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7杯目 焼酎のミルクティー割りってマジで美味いです

 その女は、右腕が呪われていた。


 黄金だった。


 肘から先はまったく動かすことができず、戦いに使うなんてことは以ての外。




 それでも彼女は、近距離戦最強だった。




「これって食べられるのかしら……」

 左手だけで器用にスマホを操り、画面をスクロール。一通りネットを漁って、ため息をひとつ。


 分かる訳がなかった。


 彼女の前に立ちふさがる「それ」を倒せるものなど、世界中を探しても両手で数えられるほどの人数しかいないから。


 女の前にいるのは竜種。

 その中でも最大最強との呼び声も高いモンスター。

 ──その名は、《プライマルバハムート》。


 先日キンミヤが倒したレッサーバハムートの上位種、という扱いになっているらしい。

 ネコとライオンが同じネコ科の生き物だと言うようなものだ。


 全長約30メートル、体重約200トン。

 最大サイズのシロナガスクジラと同等の存在、と言えば伝わりやすいだろうか。

 そんなものが、音速を遥かに超える速度で空中を自在に駆け回る。


 まともな理性があるものならば戦闘を避けるだろう。

 地を這う人間と、空を舞う巨大な竜。

 勝負になる訳がない。

 誰もが言う。


「ま、シモンに聞いてみれば分かるわよね」



 例外が存在した。



「それじゃあ悪いけど──」

 女はその美しい黒髪を靡かせながらダンジョンの床を思いっきり蹴りつけ、大きく跳躍し──そのままたどり着いた天井を蹴り、電撃的な勢いで落下。

 さながら床と天井を跳ね回るスーパーボールのように。

 急な事態に混乱を隠せないプライマルバハムートが必死にその突撃を躱したと思った。


 その時。


 女は既に他の壁を蹴りつけ、別の角度からプライマルバハムートに迫り、そして。


 ──星が煌めき、彼女の我執顕現(エゴ)が発動する。


 彼女の我執顕現(エゴ)は、自身の身体能力を強化するという、ごくありふれたもの。

 身体強化能力は所持者も多く、強力で汎用性も高い。

 ただ何事にもメリット・デメリットがあり、その単純さ故に、搦め手に弱く、能力の頭打ちも早い。

 そもそも魔力で身体を強化出来るのだから、ハズレスキルと呼ぶ声すらある。


 総じて、上級にはなりやすいが超級にはなれない、優等生スキルとよく言われている。




 例外が存在した。




 ──それは、彼女の代名詞。

 彼女の名を世に知らしめた、史上最強にして、史上最短の自己強化スキル。


「《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》──!」



 拳による強烈な一撃。それが突き刺さったプライマルバハムートは、この攻撃が生命を脅かす危険性があるものと判断し、全生存本能を動員させ防御を固めた。

 ──1。



 プライマルバハムートには自信と自負があった。

 ダンジョンの王として産まれた最強生物。

 その本能の赴くままに、他者を蹂躙し、駆逐し、屠ってきた。


 その直感が告げている。

 もう、手遅れだった。

 ──2。



 連打。

 連打。

 連打連打連打。


 撮影用の120fpsカメラでも捉えきれない暴力の嵐を浴びせた女は、事もなげに言う。

「あんまり叩きすぎると味が悪くなるって言っていたわね」

 ──3。



 音さえ置き去りにして。

「……こんなものをいくら倒したって……あの子(きんぎょ)に届かないって、分かってるのに」

 ──4。



 そしてようやく絶望的な彼我の差を理解したのか。

 ダンジョンの王は全身の力を抜いていく。


 生命を、諦めたのだ。

 ──5。


 たったの5秒間。

 刹那の時しか続かないそのスキルは、ダンジョンの王を屠るのに十分な力を有していた。

 右腕を封じられ、それでも近距離戦最強の称号を持つ女。


 配信者ランキング10位。

 打撃手(ストライカー)


「ふふ、こんなに大きなジビエ。あの子喜ぶわよ」



 その名は、『黄金の右腕』ミルティ。



「ミルティさんの強さが分かりやすく伝わるのは……うん、これがいいでしょう」


 我が家に帰宅した我々は、さっそく作戦会議と洒落込んだ。

 ソファーに並んで、ミルティさんの配信アーカイブを再生する。

 映し出されたのは、プライマルバハムート戦──先日我が倒したレッサーバハムートの、さらに上位種との死闘。

 ……いや、それは死闘と呼ぶには一方的すぎた。

 動画を見た我々は、息を吞む。


「「《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》」」

「たった5秒間しか保たない最短の自己強化スキル」

「しかしながら──効果は絶大です」


 何度も見てきたから分かる。


「数秒という刹那の間であれば──きんぎょよりも強い」

 これが、別格配信者。

 これが、ランキング十位。

 『黄金の右腕』ミルティ。


 至極シンプルな感想が出た。

「どうやってこんなのに勝つんだ……?」


 我の当たり前な疑問に、ウメワリィは不敵な笑みを返す。


「ミルティさんには明確な弱点があります」

「遠距離攻撃が一切使えないことか? 確かに我の《叡智に乗りて歩むもの(スプートニク)》による加速ならば平時の速度からは逃げ切れるし、逃げながら魔力弾を撃ち続ければ勝機はあるかも知れんが……流石に《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》を使われたら逃げ切れんし、そもそもダメージが入る気がせんぞ」

「それもアリっちゃアリなんですけどね、もっとシンプルな答えがあるんです」


 いつものイタズラを思いついた時の表情で、ウメワリィはにやりと笑う。


「強すぎるんですよ、能力が」


 プライマルバハムートを数秒で屠った、あの圧倒的な力。それ自体が──弱点だという。


「それのどこが弱点だ、強すぎるからデメリットがあるという話か?」


 我の《陽性残像(スターゲイザー)》がいい例だ。

 その強力さ故に、燃費の悪さ、コピー条件の厳しさなどのデメリットを抱えている。


「5秒しか使えないという大きなデメリットを抱えている時点で他の──例えば魔力消費量が多いとか、特定の条件下でしか発動しないとか、そういったものを期待するのは望み薄だぞ」

「いや、大きすぎる弱点なんですよ」


 ウメワリィは、悪魔みたいににんまり笑った。


「あれだけ効果量の高い身体能力強化スキル――それを、こちらが使えたら?」


「……!」

「もし、《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》を《陽性残像(スターゲイザー)》でコピーできたら。しんゆーと私、二人掛かりで挑めたら」


 脳裏に浮かぶ、激突の光景。

 小手先のテクニックや力の大小なんて些細な問題。

 圧倒的な力同士の衝突。

 そして、疲弊したところをウメワリィが仕留める未来。


「勝てる」

 ウメワリィは、当然のように言い切った。


「しんゆーはミルティさんと非常に相性がいいんですよ」

 確かにウメワリィの考えている通りになるかもしれない、しかし問題はもっと手前にある。

「難しいな」

「それは……しんゆーが散々難しいって言ってるコピー条件ですか? いい加減教えてくださいよ! 作戦立てられなくて困ってるんです」

「うーむ……あまり言いたくはないのだが……仕方がないか」


 我は咳払いをひとつしてから、彼女に向き直る。


「ウメワリィ。貴様の能力の詳細を言ってみろ」

「? 私の能力は《穿て(ヴァー・)、蒼穹の檻(ヴァル・ヴァーニエ)》といって、魔法使いみたいに呪文を詠唱することで、その内容に応じて魔力に性質を与えることができます」


 たとえば、と彼女は軽やかに詠唱を始める。


「《穿て(ヴァー・)、蒼穹の檻(ヴァル・ヴァーニエ)。粘る意志よ、しなやかに絡め。止めよ、逃げよ、惑わせよ――『粘液縛魔術(アヘドロ・マギア)』》」


 スライムのような粘性を持った魔力が、ウメワリィの掌にぽよんと湧き出す。


「とまあこんな感じですね、呪文の詠唱を長くすればするほど強力な変化を起こせるので、長時間詠唱による爆発魔術なんかが主な使い道ですかね」

「便利で強力な我執顕現(エゴ)だな」

「しんゆーの役に立ちたいって考えて、まあだいぶ苦労して発現させたので……ああ嘘嘘ナシ! ナシ! 私そんな重い女じゃないんで! なんか楽しそうだったからとかそんな感じです!」

「う、うむ……」


 慌てて取り繕うウメワリィを見て、思わず頬に熱がこもる。

 我執顕現(エゴ)──それは、人生を懸けた本当の願い、執着が形になる力だ。生半可な想いでは発現しない。それが自分のためだというのは、正直照れるし、嬉しい。


 それに、そのおかげでコピーが出来たわけだし。


「《陽性残像(スターゲイザー)──穿て(ヴァー・)、蒼穹の檻(ヴァル・ヴァーニエ)。粘る意志よ、しなやかに絡め。止めよ、逃げよ、惑わせよ――『粘液縛魔術(アヘドロ・マギア)』》」


 ウメワリィが唱えていた呪文と同じように唱え、同じように手の中の魔力がスライム状になっていく。


「えっ⁉ コピー出来てるじゃないですか!」

「……条件を満たしたからな」

「条件が難しいのに、再会したばかりの私の能力がコピーできたって……もしかして 」


「ああ……この能力は口づけを交わさないと相手の能力をコピーできないのだ」

「ひと昔前のライトノベルですか⁉」


「我だって困っているのだよ、おかげでこんな便利な能力を活かしきれなくて……」

「誰彼構わずぶちゅーすればよかったじゃないですか」

「貴様本当にそういうところだからな?」


 と、いう訳で。


「我が《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》をコピーするためには──」

「顔見知り程度の関係しかない、ランキング10位の有名人で、黒髪ロングの超絶美人な大人のお姉さんに、合意の上でキスをしていただく必要がある、と」


 まとめた。まとめてみて、改めて思う。


「無理だろ」

 無理だ。

 あまりにも無理だ。

「第一、その……嫌ではないのか? 好いた男が別の女性と口づけを交わすというのは」


 言い訳がましく言うと、ウメワリィは呆れた顔になった。


「驚きはしましたが、こっちはもうとっくに覚悟を決めているので。きんぎょちゃんを倒してしんゆーと結ばれるって無茶をやるんです。どんな汚い手だって使いますよ……しましょう、ミルティさんと、ちゅー」

「いや、でも、そのだな……」

「無理矢理が嫌なら恋人になっちゃえばいいじゃないですか」

「そんな簡単に言うがな……」

「あれあれ~?」

「なんだ腹立つ顔と声と仕草だな」

「もしかしてぇ~ビビッてんですか~?」

「は? ビビッてないが」

「はいはいビビッてないビビッてないw 年上美人に声を掛けられなくてビビッてないw 童貞なのに高嶺の花を口説こうとするのにビビッてないw」

「なっ……あぁっ……⁉」


 怒りに震える。図星を突かれたとき人はいちばん怒るのだ。

 だが、ウメワリィはふいに真剣な顔に戻り、

「勝てるんですよ、ミルティさんに、きんぎょちゃんに」

「……」


「確かに無茶を言っている自覚はあります。いい作戦だって思いついていません、でもどう考えたってやるべきでしょう」

「いやそれは分かるがな、常識的にな……」

「常識ってなんですか、私たちは常識外の存在に挑もうとしているんですよ」


 言いたいことはあった。しかし、ウメワリィの言う事にも一理あった。


「ずっと憧れていたんでしょう? 同じ酒場にいたのに、絶対に勝てないと、手が届かないと諦めていたんでしょう?」

「……」

「届くんですよ。手を伸ばせば」


 胸の奥で、何かが熱くなる。

 無理だと思っていた。

 見上げるしかないと思っていた。

 同じ酒場にいて、同じカウンターに座っていて、それでも別世界の人間だと思っていた。


 だが。


「……そこまで言うなら、やってやろうではないか!」

 拳を握る。

「メロメロにさせるぞ! ランキング十位!」


 読んでいただきありがとうございました。

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