22杯目 もう二度と酒なんて飲まん!
『『このたびは、大変申し訳ございませんでした』』
ミルティとシモン店長の謝罪配信は、そこそこの話題性を伴いながら多くの人に視聴され、一週間後には話題にも出なくなっていたという。
元々、別格配信者のミルティがなんだか良くないことをやらかした……ということから野次馬のようなインターネットの魑魅魍魎が集まっていただけの事件であり、そもそも今まで特に問題も起こさず、インターネットからの好感度もそれなりに高かったミルティとシモン店長が《金黒曜の騎士》なんて一部の上位配信者しか挑めないマイナーモンスターの強さを多少盛ったからってなんなんだという話でもあった。
そんなものなんだろう。
それこそ先日までは目立ちたがり屋でフットワークの軽いダンジョン配信者たちが『噂の《金黒曜の騎士》の件は本当だったのか? 実際挑んでみた!』というような動画をいくつもあげていたが、その結果は散々なものであり……ある意味でミルティの警告が正しかったことを証明してしまったのも一因だろう。
そもそもダンジョン配信者ランキング146位だった頃の我が苦戦したダンジョンなのだ、《アレナダンジョン》は。『青春ロケット』のふたりがおかしいだけで、普通に危険な強敵なのだ。
だからといって彼女たちがしたことは許されるものではないのも事実だが……直接迷惑をかけた人がいないというのは、少しだけ気持ちが軽くなったのもまた事実。
こうして、ミルティとシモン店長は幸か不幸か、罪を清算する機会が訪れないまま、なんとなく世間に許されてしまったのである。
ぬるっと。
実に、ぬるっと。
けれど、本人たちはそれで終わりだとは思っていないようだった。
きっと彼女たちは、これからゆっくりと、自分たちなりに罪を贖っていくのだろう。
それはそれで茨の道だとは思うが、あのあとふたりともお互いの胸の内を曝け出し、思いっきり喧嘩して、泣いて、怒られて。
その上で以前より深い絆で結ばれ……なによりも、ミルティがいい顔で笑っていたので、きっと大丈夫なのだろうとも思う。
一方、我とウメワリィは、あの戦いのあと即入院。
全身の骨という骨が折れ、内臓という内臓がボコボコになっていたというのに、一週間もすれば元通りなのだから現代医療様々という他ない。
強いて言えばミルティの攻撃を思いっきり受けた左腕はギプスが外れず、まだ完治に数日かかるとのことだが……まぁ、うん、問題はない。ないことになった。
なぜなら──。
ぷよん、ぷよんと。両側から柔らかなふくらみを押し当てられながら。
「ほら、キンミヤ。あーんしなさい、あーん」と、ポテトを持ったミルティが左側から迫り。
「それともお酒がいいかしら? ……あー、もしかして、口移しがいいの? あらあら~」と、酒に酔って赤ら顔のシモン店長がはしゃいでいたから。
本日は退院初日。
久しぶりにやって来た、シモン・バー。そのど真ん中にあるテーブル。
騒動も落ち着き、以前と変わらぬどんちゃん騒ぎが繰り広げられるこの場所で、我はミルティとシモン店長からの執拗な介助を受けていた。
「いや、その、流石に我も恥ずかしいというか、それくらい自分で出来ると言うか」
「怪我してる最中は私がアンタの左腕になってあげるって言ったでしょう。黄金の左腕のミルティよ。ほら、いい加減観念してお口開けなさい、あーん」
「そうよぉ、迷惑かけちゃったお詫びだと思って……ね?」
「いやっ、そもそも我って右利きで左腕の怪我では別にそんなに苦労していないというか……」
「はいはい、うるさいうるさい」
「お口チャックしましょうね~」
「横暴だ……」
あの戦いのあと、ミルティは我の左側から決して離れようとせず、入院の世話から日常の世話まで焼いてくる始末。
たまたまきんぎょが仕事で忙しく、家を開けがちだったのもタイミングが悪く、退院後も我が家に住みついたのだ。世話は日増しにエスカレートしていき、風呂にまでついて来ようとしたときは流石に焦った。なんとかパンツを脱がされるのだけは死守できたのは奇跡と言えよう。
シモン店長は流石にそこまででは無かったが……それでも定期的に我が家に来たし、シモン・バーに入った瞬間からこの有様。
まぁ、正直に言って我もひとりの健康的な男性であるわけで。
とんでもなく美人でクールビューティーでスタイルもいいミルティ。
普段は聖母の様な笑みを絶やさない癖に、そのおっぱいで聖母は無理でしょ……と言わんばかりのシモン店長。
このふたりが常にぴったりと寄り添っていて、その柔らかい肌や豊かに揺れる胸がわずかに触れるたび、どうしても心臓は跳ねてしまう。仕方がないことだと思う。
超絶かわいい妹が居ようが、顔だけはいいメスガキに恋心を抱かれていようが、慣れないものは慣れないのだ。
「うっわ、見てくださいよ鼻の下伸ばしてデレデレして……サルですよサル」
「うぅ……兄さんのお世話をするのは本来私の役目なのに……仕事が忙しかったばかりに……」
テーブルの向こう側。正面に座るウメワリィときんぎょからは、それはもう凄い目で見られている。
とはいえ。
ミルティたちの行為が、贖罪であることは明白で。
誰も憎んでくれなかったからこそ、自分で自分を許すためには何らかの儀式が必要で。
少なくとも、我の怪我が直るまで面倒を見る事こそが、彼女らにとってのケジメだということは、誰の目から見ても明らかで。
それが分かっているからこそ、テーブルの向こうにいる二人は強く止めることも出来ず。
「ぐるるる……」
「うぅ……」
と、不満そうに牙を剥いて唸ることしかできない。
そんなふたりを見たミルティは、きょとんとした顔でつぶやいて。
「あら、ふたりも一緒がいいのね。それならホラ、こっちへ来なさい」
「そうねぇ、いらっしゃい」
そうして、あれよあれよという間にウメワリィはシモン店長のひざ上へ、きんぎょはミルティのひざ上へと収まっていく。
「きんぎょ、アンタ体温高いわね。実家の猫を思い出すわ、元気にしてるかしら……ぎょにしゃぶ」
「へ、変な名前の猫と一緒にしないでください!」
「ウメワリィちゃん……えっ、すっごい……髪サラサラ……肌もちもち……こんなのもう赤ちゃんじゃない……ね、ねぇ……どんなシャンプー使ってるの?」
「いやっ、あの、はい……すぐボサボサになっちゃうのでケラチンが入ってるやつで……うぅ……ていうか私、シモンさんのこと許したわけじゃ……にゃああ……」
雑魚ふたりの牙は一瞬で折れた。
ウメワリィもきんぎょもどうしても他人から距離をおかれやすく、そのせいでグイグイ来る人に弱いのだ。
きんぎょは本気で自分に挑んでくれたという過去があるだけで好感度が上がってしまうので、ミルティたちへの好感度はかなり高いはずで。それ故に嬉し恥ずかしといった所なのだろう。
しかし、きんぎょはそれでも申し訳なさそうに。
「《金黒曜の騎士》の件、私のせいでご迷惑をおかけしてしまったのに、こんな風に接していただくのは……」
その言葉に、ミルティとシモンは顔を見合わせ。
「謝るのはこっちよ、今回のことは私たちが勝手に拗ねてただけの話だもの」
「そうよぉ、きんぎょちゃんに悪いところなんてひとつもないんだから」
「いや、それでもその……ご迷惑をかけたのは事実と言いますか……申し訳なさが……本当に、私のせいで……」
なおも申し訳なさそうな顔を続けるきんぎょに。
「──気にしなくていいわよ」
ミルティは気の抜けたような顔でふっと笑い。
「だってもう友達なのでしょう。私たち」
──ああ。
その表情を見て、今回の件は終わったのだと、心の底から安心した。
◆
と、ここで終わっておけば良い話で済んだのだが。
「えぇ~♡ ほんとうにぃ♡ 飲めるんでちゅかぁ~♡ ハンデでぇ、ミルクにしてあげまちょうかぁ~♡ ミルティさんってぇ……普段あんまり飲まないですもんねぇ♡」
と、我らが頼れるバカ1号。
「ぷっっっはぁぁぁ~! ナっメんじゃないわよ! 見せてやろうじゃないの、私の本気を──! 《星を掴め》ッ!」
と、期待の新星バカ2号。
「うお~! 二人ともすっげえ飲みっぷりだぁ!」
「なんでわざわざ我執顕現を使ったのかはさっぱりわっかんねえけど、とにかく勢いだけはすっげぇぞ!」
案の定というか、なんというか。
もう、理由も思い出せないほど些細なことから始まったウメワリィとミルティの口論は、この酒場の流儀に則ってシームレスに飲み比べへと発展していったのだった。
もちろん酒場のみんなは悪ノリして大騒ぎ。
「お二人ともー、頑張ってくださいねー」
きんぎょも平気な顔で焼酎梅割りを飲みながら、端の方でニコニコとその様子を見守っている。楽しくて仕方がないといった様子だった。
最近きんぎょは常に上機嫌だ。
というのも、我々の動画を見た一部の視聴者たちが「こんなバカでも本気で最強を目指せるなら、おれたちも行けるんじゃねぇか……?」と影響を受けているらしく、勝負を挑まれることが増えたのだという。
もう孤独を感じている暇がないくらいに。
とても良いことで、喜ばしいことで、きんぎょを孤独にしないという、自分の目的が半分くらい叶ったようなものなのだが──それでもやっぱり、せっかくならば、彼女に勝つのは自分がいい、なんて小さな欲望が芽生え始めている。
「……ったく、ギャンギャン騒ぎやがってよォ、もちっと落ち着いて飲めねェのか」
ゴマレバも店の隅で悪態をつきながら、日本酒をチビチビとやっている。
相変わらずではあるが、我々の戦いを見てから少しだけ意識が変わったらしく、ランニングをしていたり、真っ当にダンジョン配信をしていることが増えた。ランキングも、僅かに上がったらしい。
しかし、ミルティが明るい表情を取り戻したこと自体は嬉しいのだが……。
「うぷっ、あ、やば……」
「ちょ、ちょっとミルティさん! こんなとこで吐かないでくださ……あっ、わたしも、やばっ」
「……」
「…………」
「「あああああああああああああああっ!」」
ふたりはダッシュでトイレに駆け込んでいく。その勢いに、トイレのドアへ貼られていた『吐くときはトイレでお願いします♡』のポスターが虚しく揺れた。
普通の店だったらとんでもなく怒られるような行為なのだろうが、ここはシモン・バーなので……まぁ、下界には下界の流儀があるのだ。
「……流石にもう少し大人しいくらいで丁度いいかもしれんな」
そう結論づけ、ゆっくりと飲み直すため、カウンターの方へと移動してひと息つく。すると、まだ何も注文していないのに焼酎梅割りと酔い覚ましの水が置かれた。
シモン店長だった。
彼女は我の隣に座った後、こちらを見て申し訳なさそうに「その──」と口を開くが……我はそれを手で制す。
彼女が言いたいことは、もう分かっていた。
「もう、気にしてませんから。そう何度も頭を下げないでください」
「でも、私たちの事情へ勝手に巻き込んだのは事実だもの、その上そんな怪我まで……ごめんなさい。その……言い訳になってしまうのだけれど、ミルティと喧嘩したのは初めてだったから……あんなことになるとは思ってなかったの。あそこで私たちは喧嘩別れして、貴方たちがミルティのことを見てくれるって……そう思って……」
「事前に相談くらいはして欲しかった、というのが本音ですが……シモン店長もミルティを思ってのことだったのでしょう。それならば責めませんよ。というかウメワリィがたっぷり責めてましたからね。それで充分です」
ほら、と言って手元のグラスを傾け。
「こうして、お酒もタダで頂いている訳ですし──」
それを、わずかに口へ含む。
適度な量のアルコールが喉を焼いて、それが気持ちよかった。
「それに、親しい人に追い付けないという焦燥は、誰よりも分かっているつもりですから。ウメワリィはああ言ってましたがね」
「……」
「辛くて、苦しくて、どこに感情を向けていいのか分からなくて、情けない自分を殺してやりたくなりますよね」
「……そうね」
シモン店長も我と同じ様にグラスへ焼酎を注ぎ、梅シロップをとぷんと落としたあと、ゆっくりと口へ運び。
「本当は、私がもっと頑張れたのなら良かったのだけど……情けないわね」
ため息と共に、弱音がまろび出た。
「頑張ってるキンミヤくんやウメワリィちゃんを見てると、あの子から逃げ出した自分が情けなくて死にたくなるの。もう、いい大人なのにね」
きっとそれが、彼女の本音だったのだろう。ミルティについて行けなかった罪の意識、自分に対する失望、不甲斐なさ。たくさんのものが彼女を苛んで、傷ついて、追い詰められて、全て自分が悪いことにすれば釣り合いが取れる……と、そう思い込んでしまったのだ。
「才能がなかった、本気で向き合うほどの情熱もなかった、その結果、あの子を付き合わせてしまった……あの子はもっとたくさんのことが出来る人だったのに、私が彼女の手を取ってしまったがばかりに」
「……それでもきっと、ミルティは手を取ってくれたことを感謝していると思いますよ」
そうだといいな、と思う。
それくらいの報いがあってもいいな、と思う。
彼女がミルティの手を離すのにどれだけ思い悩んだのか、なんとなく想像が出来てしまうから。
それはきっと、ウメワリィに出会うまでの自分が抱えていた悩みと同じものだから。
そして。
自分も、きんぎょからそう想われていたいから。
「それにホラ、シモンさんがお店を開いてくれたおかげで今の我々がありますから! ウメワリィはああ言っていましたが、夢を諦め、他の生き方をしても、それはきっと悪いことばかりではないはずですよ!」
「キンミヤくん……」
お酒が回ってきたのか、彼女の目はその端に僅かな雫を貯めながら、とろんと蕩け、ぽーっとした目線でこちらを見る。
「ひとつ、お願いがあるの。お願いばかりで申し訳ないのだけど……」
「なんでしょう、他ならぬシモン店長の頼みですからね、なんでもいたしますとも──っ⁉」
ぐいっと。
言葉を言い終わる前に、身体が抱き寄せられ。
唇に、唇を、思いっきり押し当てられる。
後頭部を思いっきり掴まれ、一切の感情を逃すことなく。
それは、想いを刻みつけるかのようなキスだった。
「私の代わりに、連れて行って欲しいの、私の我執顕現を」
唇越しに、彼女の魔力が流れ込む。それは、優しさの奥に仄かな熱が籠った、彼女らしい魔力。
「大した能力じゃないんだけどね。《あした天気になあれ(ノーレイン)》っていって、ちょっと運が良くなる程度のものなのだけど……その、自分とパーティーメンバーが大きな怪我無く帰ろうとするとき、ちょっぴり効果が強くなるから」
「……はは」
その言葉を聞いて笑ってしまう。
まったくこの人は。
ミルティに追いつけないことを悩んでいた筈なのに。
他にもきっと願うべきものは沢山あった筈なのに。
それでも目覚めた我執顕現は、ミルティが無事に帰ってきて欲しいという、どうしようもなく彼女らしい執着だったのだから。
「それは……責任重大ですね」
託されたものの重みを、しっかりと受け止める。
それは心地の良い、信頼という名の重みだった。悪い気はしなかった。
ウメワリィと出会うまでの自分は身軽で、それはそれで楽だったのだけど、色んな荷物が増えた今の方が、きっと前の自分よりもっともっと強くなれている気がするから。
「それにしても、キンミヤくんには色々と助けてもらっちゃって申し訳ないわね……今度ぜひ改めてお礼をさせてちょうだい。キンミヤくんが望むこと、なんでもしてあげたい気分なの」
「お礼、ですか……」
「そうそう……お礼……ってアレ?」
ごくり、と。唾を飲む。
なんでも。
その魅力的な言葉に、どうしても目線がそこへ移動してしまう。彼女の胸にぽよんと揺れる、豊かなおっぱいに。
我の視線に気が付いたシモン店長は「あらあらぁ~……」と責めるような目線をこちらに返し、「おー、男の子だねぇ」と言って、悪戯を思いついた少女の様にニヤニヤと笑い、こちらの耳元で囁く。
「そのぉ……私、いま、結構罪悪感があってぇ……何を命令されても断れないと思うからぁ──」
甘い。蠱惑的でおとなでえっちな吐息に、否が応でも自分が男である事を自覚させられ。
「はじめてだから、優しくしてね?」
「──なにをサカっとんじゃあこの浮気者があ!」
どたどたどたっと。
いつの間にかトイレから復活していたウメワリィとミルティ、それから面白半分でついて来たきんぎょがなだれ込んできた。
「いやっ、そのっ、ウメワリィ、これは違ってだなっ!」
「なにが違いますか! いま完全に罪悪感へ付け込んでワンチャン一発ヤってやろう脱☆童貞ハッピーハッピーって目だったじゃないですか!」
「キンミヤ、アンタ最低ね」
「に・い・さーん……!」
「これは、そのっ! そ、そうだ! シモン店長の方からも何か言ってやって……って、いないっ⁉ いつの間に⁉」
知らぬ間にカウンターの奥の方へと逃げ込んでいたシモン店長が、ぺろりと舌を出しながら片手を挙げて「ゴメンね」のジェスチャーをする。アイツ見捨てやがった!
「しんゆー!」
「キンミヤ!」
「兄さーん!」
迫りくる3人の手に握られているのは当然のごとく『焼酎梅割り』で。
──ああ。
ウメワリィと再会してから、我の人生は大きく変わってしまった。
昼過ぎに起きることは増えたし、食べたいときに食べたいものを食べて、好きな時に好きなことをやるようになった。それを怠惰と認識する自分が居ないではない。そんなことで、きんぎょに近づけていると言えるのか、疑問は残る。
ただ、それでも。
きっとこの道は、以前よりも歩いていて楽しい道だということは、間違いがなかった。
なお。
当然というか、当たり前というか。
そのあと我々は記憶をぶっ飛ばすほどお酒を飲んでしまい、目覚めたときにはシモン店長も含めた5人全員で仲良く、我のベッドで酒臭いままぐちゃぐちゃに雑魚寝をしている状態で。
もっと言うと、二日酔いの頭痛で頭はガンガンしていて、油断すれば胃液が吐しゃ物として喉からせりあがってくる様な状態で。
うん、昨日はああ言ったが、なんというか、まぁ、あれだな。
「もう、二度と酒なんて飲まん!」




