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二度と酒なんて飲まん! ~そう叫んだダンジョン配信者の元には、今日もアイツらがやって来る~  作者: エクスパーサ小島
2章 焼酎ミルクティー割りで

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21杯目 『黄金の右腕』ミルティ

 もう指の一本だって動かせない。

 ダンジョンの床に伏せながら、全身の激痛と安堵にも似た脱力感の中で、かろうじて意識を保っていた。

 隣で倒れているウメワリィも似たようなもの。


「『黄金の右腕』ミルティ……本当に強敵だった」


 ため息とともに感想を吐き出す。

 もう一度戦えと言われても勝てる気はまるでしない。

 偶然に偶然が重なってようやく手に入れることができた勝利。

 今はただその味を噛みしめることで精いっぱいだった。


 とはいえ、このまま全員倒れていては、仮にモンスターが現われた場合に目も当てられない。なんとか帰還せねば。

 ──そういえば、こんな時に便利な奴がいたな。

 どうせ後で恩着せがましいことを言ってくるのだろうが、他に頼るヤツもいないし仕方がないだろう。


「なあ、ゴマレバ。回復薬とか持って──」


 そう、彼に声を掛けようとして──。


「オイ……どうなッてンだよコイツは……」


 呟きと共にその顔が驚愕に歪んでいくのを見てしまう。

 彼の視線の先。

 ぴくり、と。

 倒れていたはずのミルティの指先が、かすかに動き。

 そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、身を起こし始めたのだ。


「冗談……だろう……!」


 喉から、掠れた絶望の呻きが漏れる。

 あれほどのダメージを受けて、まだ立ち上がるというのか……!


 ダンジョン配信者ランキング10位。

 近接最強。

 その看板は決して伊達や酔狂ではない。


 もはや我々に抗う術はなく、絶望が心を支配する。

 ウメワリィも、信じられないものを見たという様に目を見開き、息を吞んでいる。


「嘘、ですよね……もう魔力も気力もすっからかんですよこっちは……!」


 だが。

 ふらつきながらも完全に立ち上がったミルティは、戦闘の意思を見せることはなかった。


「ふ、ふふ……キンミヤ……ウメワリィ……すごいわね、アンタたち」

 その表情は驚くほど穏やかで、どこか吹っ切れたような清々しささえ漂っている。

「本気だった。ちゃんと本気で戦った。その上でこうまで見事にやられるなんてね」


 彼女は、そこで一度言葉を切り、そしてはっきりと告げた。


「……負けよ、私の」

 少しだけ恥ずかしそうに、目を伏せながら。

「だって田舎で隠居するより、アンタたちの隣で戦う方が、ずっと楽しそうって、そう思っちゃったんだもの」


 その言葉に、我もウメワリィも、ただ呆然とするしかなかった。


「アンタたちのせいよ」


 勝った……のか? 本当に……?

 ミルティは、そんな我々の様子を気にするでもなく、ふっと息を吐き、ダンジョンのさらに奥へと視線を向ける。


「でも……その前に。ひとつ、やり残したことが、あるの」

 その声には、先ほどの穏やかさとは異なる、何か重い決意のようなものが宿っていた。

「私の青春に、決着をつけてくるわ」


 彼女の視線の先にあるのは──アレナダンジョン最奥。《金黒曜の騎士》の部屋。

 ミルティは、その扉の方を向きながら。

「ゴマレバ……だったかしら。まだ配信を続けているわよね?

「あ、ああ……続いてンぜ……」

「それなら、この先も、最後までしっかり記録なさい。これが、最後のケジメなのだから」

 その声は静かで、有無を言わせぬ迫力に満ちている。


 ゴマレバは、そのただならぬ気迫に押されたかのように、こくりと頷いた。


 ドローンカメラが、ゆっくりと彼女の背を追う。

 我とウメワリィは、ただ息を呑んで、彼女の行動を見守るしかなかった。


 ミルティは、我々に背を向け、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、《金黒曜の騎士》がいるであろう部屋の、あの重々しい扉へと向かっていく。

 そして、ためらうことなく、その扉を押し開いた。


 ギィィ……と、ダンジョンの奥底に似つかわしくない、古びた蝶番が軋むような音が響き、重々しい石の扉がゆっくりと開いていく。


 扉の向こうに待ち構えていたのは、広大な黄金の間だった。

 天井も、壁も、床も。

 そして、そこに置かれた装飾品の全てまでもが、鈍い黄金に染まっている。

 その中央に、一体の騎士が佇んでいた。


《金黒曜の騎士》。


 かつて、若き日のミルティとシモン店長を苦しめ、そしてミルティの右腕に癒えぬ呪いを刻んだ、因縁の相手。

 しかし、ミルティは、臆することなく広間へと一歩足を踏み入れた。

 その背中はどこか吹っ切れたような自信に満ち溢れていて。


《金黒曜の騎士》は侵入に気付き、ゆっくりと剣を構える。

 その剣筋には、一切の感情を伴わない冷たい意思がある。

 彼女は、ただ静かにその騎士を見つめている。

 やがて、ふっと、本当に小さな、自嘲にも似た笑みが彼女の唇の端に浮かび。


「こんなのに苦戦するレベルだったのね、『青春ロケット』は……」


 ミルティは、そっと瞳の端に浮かんだ涙を拭う。


 無理もない。


 彼女が《金黒曜の騎士》と戦ったのは6年前のこと。

 色んな事が変わるには、十分な時間が流れてしまった。

 ミルティは、ゆっくりと歩みを進めながら、ぽつり、ぽつりと誰に言うでもない言葉を漏らす。


「シモン……ごめんなさい。私がもっと早く気付いていれば、認めていれば、もっと違った道もあったかもしれないのに」

 その声には、深い後悔が滲んでいる。

「ねえ、私行くわ。新しい仲間と一緒に……見ていて、くれるかしら」

 その言葉と共に、ミルティは拳を静かに騎士へと向けた。


 彼女の身体から、淡い、星のきらめきのような魔力が立ち昇り。



「《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》」



 次の瞬間、彼女は一条の流星となり、《金黒曜の騎士》の胸部を正確に貫いた。

 騎士は何も抵抗出来ぬままその場に崩れ落ちていく。

 かつての死闘が嘘のような、あっけない幕引きであった。

 ミルティは、その場に立ち尽くし、ゆっくりと、自分の右腕を見下ろした。


 右腕を覆っていた黄金の呪い。

 金色に輝いていた青春の残滓。

 それはすぐには消えない。

 六年間、彼女自身が手放せなかったものだから。


 けれど。


 ミルティは、静かに目を閉じた。

 そして、初めてその右腕を責めるのではなく、労わるように撫でる。


「……もう、いいわ」


 その瞬間。

 右腕を覆っていた黄金が、まるで陽光に溶けていく朝露のように、ゆっくりと光の粒子となって宙へ解けていった。


 その光景は、どこか幻想的で……あまりにも美しかった。


 終わったのだ。

 彼女の青春は。


「キンミヤ、ひとつだけ訂正しなさい」

 ミルティは、光の粒子が舞う中、静かに自分の右腕を見つめ。

 そして、虚空へと手を伸ばした。

「人類最強を倒すのは、夢じゃない」


 その手はもう、過去を掴むためのものではない。


「私たちの、目標よ」


 過去を貫いて。

 未来に向かって手を伸ばした、彼女の名は。


『黄金の右腕』ミルティ。


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