20杯目 穿て、すべてを
いつからだ。
拳を交わしながら、私は思う。
キンミヤ。
アイツのことを最初は、ただの変な奴だと思っていた。
自分の実力を勘違いしたバカ。
ハッキリ言って掃いて捨てるほどいる、口だけの向こう見ずな奴。
実力も才能も理解せず、人類最強に挑もうなんて無謀もいいところ。
彼が他の人と違うのは、その人類最強が身内だということ。
そうなるときっと引き際を見極めるのは難しい。
──大怪我をする前に、なんとかしてあげないと。
最初はそう、思っていたはずなのに……。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
拳と刀が激突する。
星の光を纏った左拳。
同じく星の光を纏った刃。
片腕を砕かれ、満身創痍のはずのキンミヤは、それでも右手一本で刀を振るい、私の拳を真正面から受け止めていた。
最初はどこか頼りなかった彼は今、私と同じ力を、同じ熱量を、そのボロボロの身体から迸らせて、私に真っ向から挑みかかってきている。
それは恐怖でもなく、困惑でもなく……むしろ、長い間自分の心の奥底に封じ込めていた闘争本能が歓喜するような、そんな感覚。
──1。
「はっはっはっ! 凄いな! ミルティ!」
キンミヤの叫びが、鼓膜を伝わって心に浸透する。
「アンタこそ……っ! やるじゃない……っ!」
自然と歓喜の言葉が漏れる。
「行くわよ! ついてきなさい!」
「応ともよ!」
左拳を振りぬいて、キンミヤの刀がそれを受ける。その防御の隙をついて振るった蹴りは身を屈めることで回避され、カウンター気味に放たれた斬撃がわき腹を掠めた。痛みはあるが問題ないと判断し、無防備にさらした彼の脳天へ肘鉄を放ち、それも受け止められる。が、そんなことはお構いなしに力を込める。その刀をへし折らん勢いで。しかしキンミヤは敢えて刀を手放し、僅かに姿勢を崩した私に痛烈なカウンターを叩き込み、二人の距離が離れ、ふたたびキンミヤは刀を手にする。そして私たちは同時に前進し──一撃、二撃、三撃、攻撃が相殺され続けて行く。それでも攻撃が止むことはない。こちらの攻撃にキンミヤは絶妙な間合いを保ち続け──チッ、隙が無い。焦れた私はタックルによる前進を無理矢理行い、それは当然斬撃によって咎められる。思わず距離を離して──深呼吸。
この間、わずか1秒。
──2。
「これだけ鍛えておきながら、よくもまあきんぎょを倒すのは自分の夢じゃないなどと、ぬけぬけと言えたものだな!」
「うっさいわね……乙女には色々あんのよ!」
「乙女などという歳か……もう24だろ?」
「はい殺す、マジでキレました。アンタ生きて帰れるとは思わないことね」
軽口を叩きながらも拳は止まらない。
──3。
ただ、殴り合う。心と心を、拳でぶつけ合う。
何度も刀と殴り合ったせいか掌は痛くて仕方がないし、足の間隔はあやふやだ。
それでも身体は止まってくれない。
全身全霊を振るえる機会がやってきたことに、歓喜の声をあげている。
内心感じていたシモンとの差。
それに気が付かないフリをするため無意識のうちに抑えていた力が、全身から湧き出ている。
私はただ力を振るう。
この胸の高鳴りを振り払うように。
──4。
気持ちがいい。
そう思ってしまってからは、もう止まらなかった。
だいたいもうコイツが悪いと思う。
勝手に付きまとってきて、勝手に心の中にずけずけと入って来て、勝手に私の心を奪っていって。そんなの反則だ。こっちは学生のころから恋人はおろか友人だってシモンくらいしかいなかったんだ、もうちょっと距離感とかそういうところを弁えて欲しい。
だから、そんな風に、楽しそうに笑うんじゃないわよ。
バカ。
──5。
「まったく……どうしてそんな顔で笑えるのよ!」
叫びながら、拳をふるう。
「きんぎょのお兄さんだからって、別に頑張らなくたっていいじゃない! こんな無茶、しなくったっていいじゃない!」
「はっはっは! 愚問だな!」
キンミヤは笑う。
全身傷だらけで。
左腕をぶら下げたまま。
それでも、どうしようもなく楽しそうに。
「そんなもの、決まっておるだろうが!」
刀と拳が、火花を散らす。
「今笑っているのは……貴様と全力で言葉を交わせるのが嬉しいからだ!」
息が止まる。
「きんぎょは関係ない!」
彼は、まっすぐに言った。
「我が……我が楽しいからだ!」
ああ、もう。
その言葉に、自然と口角が上がっていくのを抑えられない。
──6。
キンミヤの叫びが、あの日の思い出に、一瞬、重なって見えた。
あの、やかましくて、無茶苦茶で、でも……どこか、温かい時間。
楽しかった。
そう、私は、確かに……。
──7。
シモンと離れてしまえば、またひとりぼっちになる。
だって彼女と出会えたのは、人生に一回きりの奇跡のはずだ。
かけがえがなくて、喪いたくなくて、大好きで。
きっともう私なんかにはもう二度とやってこない。そういう運命の出会いのはずだった。
そう思っていた、はずなのに。
「ねぇ、もし……」
──8。
「もし、これから私がもっと強くなって……アンタが追い付けない程強くなっても……その時もまた、こうして手を伸ばしてくれるの?」
その声は、震えていたと思う。
キンミヤは、迷わなかった。
「当たり前だ」
即答だった。
「ずっと傍にいるさ……友人だからな」
「……あは。本当に、頭がおかしいわ」
──9。
その、瞬間だった。
目の前のキンミヤから、きらめく魔力の奔流が……《星を掴め》の力が、ふっと、霧のように消え失せた。
「え……?」
思わず、声が漏れる。
なぜ……?
どうして、今……?
だって効果時間はあと1秒あって。
(コピーだと効果時間が減る……? そんな筈はない、何度も見たから分かる。彼の能力は元の効果を完全に再現している。魔力切れもあり得ない)
ということは。
(あえて効果時間終了前に《星を掴め》を解除した……?)
何故? どうして?
混乱する私の渾身の一撃が、力を失い、無防備になった彼の腹部へと、一直線に吸い込まれていく。
まずい。
このままだと……!
力を緩めようとした。けれど、疲労しきった私の身体は、激闘の勢いを殺しきれず、彼の言葉によって揺さぶられ切った私の心は、咄嗟の判断を許してくれなかった。
嫌。
嫌よ。
嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ!
だってこれからなのに。
やっと前を向けたのに。
一緒にいたいって、思えたのに!
拳が。
《星を掴め》によって強化された拳が、彼に突き刺さり、その身体を吹き飛ばし。
私はただ放物線を描き、遠くへ行ってしまう彼を虚ろな目で見送ることしか出来ず──。
そうして、キンミヤの。
いつもの。
あの不敵な笑みが。
一瞬、私の目に焼き付いた。
──10。
◆
──脳裏に浮かぶのは、かつて思い描いた必勝の形。
《星を掴め》の、コピー。
小手先のテクニックや力の大小なんて些細な問題。
圧倒的な力同士の衝突。
そして、疲弊したところをウメワリィが仕留める未来。
当初より考えていた必勝のパターン。
「そういう作戦だったよなぁ! ウメワリィ!」
ミルティの拳を受け、吹き飛ばされながら叫ぶ。
腹の奥から血がせり上がる。
視界が白く滲む。
それでも、笑った。
だって、見えたのだ。
ミルティの向こう。
壁際に倒れ伏したまま、片腕をこちらへ伸ばしている、ピンク髪の女の姿が。
「──唸れ爆炎、逆巻け炎熱」
ウメワリィは、身体を起こすことすらできない。
口元には血が滲み、伸ばした腕は震えている。
それでも。
その目だけは、しっかりと前を見据えていた。
「全ての終わりとはじまりを統べる炎の王よ。第一拘束から第十三拘束まで解放せよ。範囲固定。出力最大」
詠唱。
ずっと、続けていたのだ。
吹き飛ばされてからも。
壁に叩きつけられてからも。
気を失ったふりをして、血を吐きながら、最後の一撃のために。
「燃えろ、燃えろ、燃えろ――!」
信じていた。
ウメワリィが、約束を違えるはずがないと。
あの女なら、どれだけみっともなく倒れても、どれだけ痛みに泣きそうになっても、絶対に最後の最後まで勝つ気でいるのだと!!!
「私たちの目の前に立ちふさがるもの、すべてを打ち砕け――!」
信じていた!!!
「何が強くなっても手を伸ばすだ! ナメるな!」
血を吐きながら、あらん限りの力を込めて、とにかくデカい声で叫ぶ!
想いを心に突き刺すために!
「言ったであろう! 我々は独りではない!」
ミルティの紫の瞳が、こちらからウメワリィへと移る。
そして、すべてを理解したように、わずかに見開かれた。
「勝つぞ、貴様に!」
我は叫ぶ。
「手を伸ばすのは、今度は貴様の番だッ! ミルティ!」
ミルティは、吹き飛ばされていく我からウメワリィへと視線を転じ。
血まみれで、泥まみれで、それでも倒れたまま手を伸ばしている彼女を見て。
それから。
何かを納得したように、穏やかな笑みを浮かべ。
「――ああ、まったく」
困ったような。
呆れたような。
けれど、どこか泣きそうな笑みを浮かべ。
「本当に、頭がおかしいわ。あなたたち」
その言葉を受け取るように、ウメワリィは残された全ての魔力を解き放つ!
「塵は塵に、灰は灰にッッッ!」
空気が震える。
黒と赤。
闇と灼熱。
凝縮された破滅の奔流が、ウメワリィの掌の先で膨れ上がる。
「さあ、これが私の、私たちの、全力全霊! 受け止めてくださいッ! 『極滅爆炎』ッッッ!」
ミルティは避けられなかった。
いや、避けなかったのかもしれない。
《星を掴め》はすでに切れている。
我との激突で、身体も魔力も限界に近い。
それでも、きっと。
彼女は避けなかった。
目の前に差し出された手を、今度こそ見失わないために。
回避も、防御も、もはや意味を成さない。
世界そのものを揺るがすかのような凄まじい轟音と共に、暗闇と灼熱が複雑に絡み合った破滅の奔流が一条の光となって飲み込んでいき。
最後の刹那。
ミルティの口元には、困ったような、それでいてどこか肩の荷が下りたような、安堵にも似た穏やかな笑みが浮かんでいた。
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