表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度と酒なんて飲まん! ~そう叫んだダンジョン配信者の元には、今日もアイツらがやって来る~  作者: エクスパーサ小島
2章 焼酎ミルクティー割りで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/23

18杯目 5秒間の悪夢

「……本当に、来ちゃったんだ」


 ダンジョンの奥深く。迷子になった子供のように佇むミルティが、ゆっくりと振り向く。

 その表情に浮かぶのは、驚きも怒りもなく、ただ──困ったような笑み。


「いっそ逃げ出してくれたら、そんな人たちだったら、こんな想いはしなくて済んだのに」

「はっはっはっ、残念であったな! 我らに目を付けられたのが貴様の運の尽きよ!」

「神妙にお縄に掛かってください!」

「まったく……相変わらず能天気な連中ね」


 ミルティは、静かに息を吐く。


「ねぇ、わかっているの?」


 一歩。

 たったそれだけ。

 ただ彼女がこちらに近づいただけで、張りつめた空気が、絶対的強者の持つ威圧感がビリビリとこちらの肌を叩く。


「私を止めに来たって事は……私に勝つ気ってことでしょう」


 さらに一歩。


「ダンジョン配信者ランキング10位」


 一歩。


「近接戦最強」


 一歩。


「──ねえ、本気で勝てると思ってるの?」


 どこまでも、冷徹に、客観的に、彼我の実力差を告げる。

 一緒にダンジョンへ行った、あの日の様に。


 誰がどう見たってミルティの方が正しい。

 彼女を止める? 思い上がるのも大概にしろよ。

 最近少しランキングが上がっただけの凡人が。誰もがそう言うに違いない。


 だが。


「勝つさ」


 そんなもの、まるで関係がなかった。


「理屈とか、出来る出来ないとか、そういった細かいことは後から考える」


 我は、真正面から歩み出る。

 怖がらず、怯まず。

 こういう場面では、堂々としている方が様になると相場が決まっているのだ。


「放っておけなかったから」


 そうして、彼女と我らの距離が近づいて──わずかに距離を空けたまま、目で真っ直ぐに捉え。


「友人だからな。それだけの話だよ、ミルティ」


 彼女の目尻が少しだけ緩む。

 けれどそれは一瞬の出来事で。すぐに表情は引き締まり。


 言葉の代わりに──星が、煌めいた。


「……なら」


 破砕音。

 それから僅かに遅れて風圧が全身を叩き、思わず音の方向──背後を見ると。

 浮かんでいたドローンカメラが無残に叩き潰され、床に転がっている。

 そして、その場に降り立つミルティの瞳が、こちらをまっすぐ見据え。


「《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》」


 魔力が、星のように煌めいた。


 5秒間。

 最強身体能力・我執顕現(エゴ)


 その絶望的な宣告と共に、戦いの火蓋が切って落とされ。


「だったら、全力で来て。中途半端は許さない」


 紫の瞳に揺れる光が、助けを求めるように朧げに揺れて。

 次の瞬間には──彼女の体がふっと、霞のように掻き消え──来るっ!

 ──1。



「ウメワリィ、掴まれっ!」

「了解っ!」


 もはやこうなっては思考時間というリソースを無駄遣いしている暇は一秒だってありはしない。反射的にウメワリィを小脇に抱え──。


「《陽性残像(スターゲイザー)──叡智に乗りて歩むもの(スプートニク)》ッッッ!」


 反射的に唱え、加速床に飛び乗って、わずかでもミルティから距離を離す。

 1発でも貰えばそれが致命傷になる。それだけの差がある。

 なぜ彼女は初手でこちらを攻撃せずにカメラを狙ったのか──そんな疑問は後でゆっくりと考えればいい。


「まずは5秒間、なんとしても逃げ切るぞ!」

「はいっっっ!」

 ──2。



 叫んで、逃げて、嫌な予感がして。


「らあああああああああああ!」


 急激に右側へと方向転換。

 背後で風が裂けた。空気が悲鳴をあげる。ほんの数ミリ、肩が削られるような感触。さっきまで進もうとしていたその場所に、ミルティの強烈な拳が叩き込まれる。

 偶然。それがなければたったの2秒で終わっていた。

 彼我の実力差、頭では分かっていたはずなのに、実際間近で見ると冷や汗が止まらない。


「しんゆー、撃ちます! しっかり掴んで!」


 我の腕の中で、ウメワリィが呪文を紡ぐ。


「《穿て(ヴァー・)、蒼穹の檻(ヴァル・ヴァーニエ)、迸れ──『極小爆炎(ミニマ・イグニス)』》ッッッ!」


 一小節の短文詠唱。威力よりも速度を重視した爆炎が放たれ。

 しかし──その炎を、ミルティは避けようとすらしなかった。

 ──3。



 爆炎を置き去りにして、彼女の足音だけがはっきりと響いている。

 炎に包まれてなお、勢いは止まらず、ひたすらまっすぐに。

 背中に感じる視線が、徐々に近くなっていく。

 いくらウメワリィが苦し紛れの爆炎を放とうが、関係ない。

 額に汗がにじむ。呼吸が浅くなる。心臓が早鐘を打ち、全身に血液と酸素を供給しようと奮闘している。指先なんか笑えないくらい震えている上にどくどくと脈を打っていて、果たして刀を持てるのかも怪しい。


「逃げ切れば……なんとか、なる……っ!」


 自分へ言い聞かせる様に叫ぶ。

 逃げ切れば勝利への道が開けるのではなく、逃げ切らないことには勝負の土俵にすら上がれないことなど分かりきってはいるのだが、それでもそう思っていないとやっていられない。

 ──4。



 残り1秒。

 あと、ほんの僅か。

 今、希望は我らの眼前にある。


 ここから、ここからだ。


 1回目の《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》をやり過ごし、3分後の再発動までになんとかコピー条件を満たすことさえできれば形勢は逆転する。

 ミルティは我執顕現なしでも十分強力な打撃者だが、こっちだってウメワリィとの出会いにより随分と強くなったのだ、3分間もあればワンチャンスは掴める、そうに違いない。


 が。


 まだ、認識が甘かった。今、自分が相手にしているのが誰なのか。

 ダンジョン配信者ランキング10位。

 近接最強の打撃者(ストライカー)、『黄金の右腕』ミルティ。

 彼女と戦っている自覚が、まるで足りていなかった。


 ──空気が爆ぜる。それが合図だった。

 ミルティは地面を思いっきり踏みしめ──弾丸のごとき速度で突撃。

 たったそれだけのことで、わずかに開いていた距離は、ゼロになる。

 風をぶち抜いて、ミルティの左拳が一直線にこちらへと迫り──。


「しんゆー!」


 突然、ウメワリィが我を突き飛ばす。

 衝撃。

 地面に背中を打ち付けるのと、彼女の身体が吹き飛ぶのは同時だった。

 ──5。



「ウメワリィっ!」


 ドサ、と鈍い音が響く。空気が止まり、視線が吸い寄せられる。

 ウメワリィが壁に叩きつけられ、ごぼり、と口元から赤が零れる。

 動かない。

 動けない。


 ──だが、後悔している余裕はない。


 ウメワリィが身命を賭して作ってくれたこのチャンスを逃す訳にはいかない。

星を掴め(ウォルフ・ライエ)》の効果時間が切れたばかりの今が、最大の好機──!

 そうして振り向いた我に。


 煌めく星の影が覆いかぶさった。

 ──6。



「……は?」


 あり得ないことが起きている。

 ミルティの《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》はその強力すぎる効果の代償に、持続時間が5秒しかないはず。

 それなのに、まだ、ミルティの周りにはきらめくような魔力が渦巻いている。


 時間切れのはずなのだ。

 終わったはずなのだ。

 なのに。


 ミルティが左拳を振りかぶる。

 一瞬の呆け、その代償を払わせるかのごとく、攻撃は放たれ。


 衝撃。


「がっ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 腹部へ、まともに食らった。


 意識が一瞬ブラックアウトし、吹き飛ばされ、地面に激突した衝撃で意識が覚醒する。床をごろごろと転がって、骨が軋んで全身に擦り傷ができる。

 痛みにもがく思考のなかで、わずかに遅れて思考が現実を認識しだす。


「戦い慣れた配信者には、必ず奥の手があるって言ったでしょう?」

 ──7。



(……そう、か)


 息も絶え絶えに、周回遅れの脳はようやく答えに辿り着く。

 デートの時に彼女が言っていた事。配信には載せない奥の手について。


「っ……最初に……カメラを壊したのは……奥の手とやらが……流出しない……ように……する……ため……か……!」

「ご明察、あと2秒早く気が付いていればね」

 声と同時にミルティが腕を振るい。


「……っか、は……」


 吹き飛ばされ、壁へ激突。

 視界が、ぐにゃりと歪んだ。口から何かを吐いた。見なかったことにした。

 臓腑が裏返るような痛み、肺の空気が全て吐き出され、がらんどうになった腹の奥で、何かが軋んだ。それは恐らく人が最後に放つことの出来る危険信号。

 次の一撃をまともに受ければ、もう立つことは出来ないだろう。


 ──けれど。


 妙な違和感が残る。

(逆に、なぜその程度で済んでいる……?)


 彼女の拳は何度も見てきた。

 プライマルバハムートに、ゴツゴウゴブリン。彼らに振るわれた拳はこんなものではなかった。一撃で全身が砕けるような理不尽極まりない一撃。あのきんぎょをも超越した理外の一撃。それがミルティの《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》であったはずだ。


(それは何故だ……?)

 思い出す。彼女と一緒にダンジョンへ行った時の言葉を。

(よく、見ろ──!)

 未知は観察によって既知にすることができる!

 大切な親友から教わったその教えに従い、激痛に呻きながら顔をあげ、ミルティの表情を見て。


「……まったく、お人好しめ」


 観察するまでもなかった、と理解する。

 あの優しいミルティが、こんな状況で、思いっきり人を殴れるはずがないのだ。

 ──8。



 だとすれば。

 だとすればッッッ!


「こんな……所で……終わるわけには、いかんよなぁ……ッ!」


 奥歯を強く噛みしめて、右手の刀を強く握りしめて、再び迫りくるミルティの姿をしっかりと目で捉え。


 ──速い、が。

 それ故に、どうしても単純な動きにならざるを得ない。

 ましてやミルティは右手が黄金になっており、動かすことができない。

 ミルティは優秀すぎるが故に──最短距離を、最大効率で、そういった癖がある。

 ずっと近くで見てきたからこそ、知っている。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 紙一重。

 ミルティの左ストレートを初めて躱し──喜ぶ間もなく、勢いのままミルティの身体がコマのようにぐるりと回転し、髪が風を切る。

 目の前に、彼女の左足。回転蹴り。

 もはや回避は不可能。

 脳裏に浮かぶのは戦闘不能の文字。そして、今にも泣きそうな、ミルティの顔。


(──泣き言を言ってる場合じゃないだろう、キンミヤ!)


 完全に避けるのは不可能。ならば、受ける場所を選ぶ!

 そう判断した我は、左腕をその蹴りの前に差し出した。

 バキィッ! と、鈍く、そして決定的な破壊音が響く。


「ぐ……おおおおおおおおおッ!」


 左腕が、完全に砕け散った感覚。もはや、ただぶら下がっているだけの肉塊と化している。当分は使い物にならないだろう。しかしおかげで直撃を免れることが出来た。

 吹き飛ばされ、地面を数回転がりながらも、右手一本で体勢を立て直す。

 ミルティが、ほんのわずかに目を見開いた。

 ──9。



(いつになったら終わるんだ、《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》は……!)

 9秒、もう9秒だ。被害は甚大で、どう取り返せばいいかも分からない。

 それでも歯を食いしばって立ち続ける。

 強がりと無謀な勇気であれば自分の右に出る者はこの世にいないと、そう言い聞かせながら。

 ミルティが、今度こそこの戦いを終わらせるべく、その美しい瞳に攻撃の意志を宿し、踏み込んでくる。

 スローモーションのように緩慢で、終わりを告げる鐘のように絶望的に。


 最早避ける術などない。左腕は無残に垂れ下がり、全身の骨が軋み、意識は朦朧。

 だが、それでも。

 諦めなければ、道は開ける!

 きんぎょを追い続け、ウメワリィと出会ったあの時のように!

 右手に握りしめた愛刀の柄を、最後の力を振り絞って握りしめ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 最後に残された気迫のみで立ち向かう覚悟を決めた、その刹那。

 ──10。



 ふっ、と。

 周囲を圧し潰さんばかりに渦巻いていた、ミルティの圧倒的な魔力が、陽炎のようにかき消えていった。

 10秒。

 それが《星を掴め(ウォルフ・ライエ)》の真なる効果時間。

 永遠とも思えた地獄の様な時間が、遂に終わりを迎えたのだ。


 読んでいただきありがとうございました。

 もし面白いと思ってくださいましたら、

 ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ