14杯目 ヒロインがかわいいだけの話2(ツー)
しんゆー達がなんかいい感じの空気を醸し出している、その頃。
しんゆーの実質彼女である私──天才ハッカー兼、天才軍師兼、超絶美少女のウメワリィちゃんと言えば。
「花彫の酔竜のダイレクトアタックです! これで、トドメだあああああ! 人類最強、討ち取ったりぃ!」
「きゃあああああああああああ!」
きんぎょちゃんとカードゲームに勤しんでいました。
戦績は7勝3敗でわたしの勝ち越し。
さて、負け犬の遠吠えでも聞いてやりましょうか。
「今日は調子が悪かっただけです。新弾が出れば私の紅目の酔竜デッキは超強化されるはずですし……」
「この前も似たようなこと言ってましたけど、結局しょーもないカードしか刷られなくてファンデッキの域を出なかったじゃないですか」
「い、いってはいけないことを……!」
そう言ってきんぎょちゃんは、ぷいっと唇を尖らせながらデッキを片付けます。
それはもうとてもとても悔しそうに。
そしてどこか、嬉しそうに。
そんな彼女の笑顔を見ていると──つられて、こちらまで嬉しくなってしまうのでした。
片や、コンビニでジュースを買う感覚で核ミサイルをハッキングできる女。
片や、人類ですらない、孤高にして最強の生けるダンジョン。
ただ対等に遊ぶ、それだけのことが、とても難しいふたりですから。
「それにしても、いつの間にこんな強くなってたんですか……この前私が誘って始めたばかりですよね?」
「えへへ……暇さえあれば大会に出たり、アプリ版のランクマ回したり、強そうな人に片っ端から話を聞いたりしてましたからね、きんぎょちゃんに勝つには、これくらいしないと」
「ウメちゃんさんはやりすぎなんですよ、この前ふたりでダーツした時とか酷かったですもん」
「いやー、きんぎょちゃん相手だとどれだけやってもやりすぎにならないからいいですねぇ」
「あの時は確か──ダーツのシステムにハッキングを仕掛けて、的の点数をランダムにした上で、お店と裏取引をしてまっすぐにダーツが飛ばないよう空調を操作してたんでしたっけ」
「結局負けちゃいましたけどね。電気の流れを読んでランダムなはずの得点を見抜くなんて無茶苦茶ですよ~。強風とか普通に無視されましたし」
「ただ遊んでいただけなのに、どこまでやる気なんですか、もう」
「嫌いになっちゃいましたか?」
「逆です、この人はどれだけ私の好感度を稼げば気が済むんだろうって驚きました」
生けるダンジョンであり、強すぎるが故に孤独なきんぎょちゃんは──どうしても、味方よりも自分に挑んでくる敵の方を好きになってしまう性分なのです。そういうところもかわいいと思います。
あと意外と負けず嫌いで見栄っ張りで隠れオタク趣味で大好きなお兄ちゃんの前ではちょっとだけ猫を被っているところも人間臭くて嫌いになれません。
──さて。
カードゲームもひと段落しましたし、さあ次はなにで遊びましょうか、そう考えていた、その時でした。
「──でも、いいんですか?」
と。きんぎょちゃんが呟いた静かな声に、部屋の空気がわずかに変わりました。
「兄さんとミルティさん、今デートしてるんですよね?」
あー。
そこ、触れちゃいます?
今、そこいきます?
「ふふっ。安心してください。すべては──わたしの作戦通りですから」
にっこり笑って言ってみた。嘘じゃない、建前でもない。
けどまあ、声が若干うわずっていたのは否定しない。
「ふたりの仲が深まれば超強力・我執顕現《星を掴め》がコピー出来るかもしれません。そうすれば他の別格配信者にも勝てる確率はグッと上がりますし、なんならきんぎょちゃんにも──」
「……なにが作戦通りですか」
きんぎょちゃんが、ジトっとした目線をこちらに投げて。
「ミルティさんが兄さんと付き合うとか言い出した時めちゃくちゃ焦ってたじゃないですか。ウメちゃんさんは本当にそれでいいのかってお話ですよ」
「いや、その」
「好きなんでしょう、兄さんの事。ミルティさんと兄さん、二人が本当に恋仲になったらどうするつもりですか」
「いやだって仕方ないっていうか、私はしんゆーときんぎょちゃんが幸せだったらそれでいいっていうか。ミルティさんも素敵な人ですし……いやちょっとアレな所はあるけれど」
「はぁ……どうしてこの子はふだん滅茶苦茶なのに自分のことになると、こう……」
「だって……」
その先を、言おうか言うまいか悩んで、結局言ってしまうことにしました。
「だって私、しんゆーとミルティさんが付き合うって言いだした時……『効率がいい』って思っちゃったんですよ……私みたいな化け物にとって、しんゆーへの恋心は人間であるために大切な最後のよすがなのに……そんなのに恋をする資格なんか……」
「めんどくさ」
「ひどっ!」
「だいたい、それを言ってしまったら私もそうなんですけどねー……」
うじうじ。
もっとかわいく、かっこよく、役に立つはずだったのに。
全然上手くいかない。
私みたいな奴は、役に立つことでしか他人から好かれることはないのに。
そのために自分が傷つく事なんて、なんてことないはずだったのに。
ちっとも上手くいかなくて拗ねたくなる気持ちと、今しんゆーとミルティさんが何を話しているのか、気が気でない気持ちが混ざりあって、胸の中でぐるぐると混ざりあっている。
すると。
「……もういいです。行きますよ」
きんぎょちゃんが立ち上がります。
「えっ、どこに⁉」
「追跡に決まっているでしょう。兄さんとミルティさんのデートを監視しに行きますよ」
「まってそれは早計というか! 心の準備が!」
「──発進します」
反論も空しく、わたしはあっという間に小脇に抱えられ、そのまま空へ連れ去られて。
「えっ、えっ、わたしちょっとあんまりジェットコースターとか得意じゃないっていうかちょっとまああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ものすごい勢いで空気を切り裂きながら飛んでいきます。よく見るときんぎょちゃんの背中には《プライマルバハムート》の翼が生えていました。どう考えてもやりすぎです。
「ふふっ、いい反応です。ざまあみろ、ですね」
「ちょ、コイツやっぱりさっきカードでボコボコにしたこと根に持ってますよ!」
「兄さんに悪い遊びを教えたことも根に持ってますよ」
「みみっちい!」
「わたしじゃどうにもできなかった兄さんの苦労を、ウメちゃんさんが綺麗に解決してくれたのも、正直ちょっと、いや、かなり嫉妬と感謝をしています」
「このタイミングでツッコミにくいことを! でも敢えて言いますよ! みみっちいガキ!」
「そんな事ないですよ、私これでも文部科学省が後援している『こころ検定』1級を所持している上にイメージキャラクターも務めていますから、かなりこころが広いと言わざるを得ません。もうお酒も飲めますし、大人です大人」
「このまえしんゆーとキスしました」
「あっ、手を滑らせます」
「ちょ、うわああああああああああああああああ!」
ぞんざいに手を離されて、地面に突っ込む寸前、ふわりと掬い上げられました。
「ハァ……ハァ……マジで死ぬかと思いました……」
「こころの広い私に感謝してくださいね?」
「コイツ……」
だけど、不思議と腹は立ちませんでした。
なぜなら──どちらからともなく、「ふふっ」と笑ってしまったから。
「……いいんですよ、嫉妬したって。だって私たち、ただの女の子なんですから。誰がなんと言おうと、兄さんがそう思ってくれているんですから」
「ええ、そうでしたね。大切なことを忘れていました……細かいことはさておき……しんゆーもミルティさんも、私がいない所で盛り上がってるのは寂しい! 悲しい! 構って欲しい!」
「はいっ! そうと決まれば、そろそろ真面目に向かいますよ」
「しんゆーの狼藉、見過ごすわけには行きませんからね!」
◆
はっきり言って、事の重大さを誤って認識していました。
クレーンゲームの景品のようにきんぎょちゃんに運ばれていた時の私は、とんだ甘ちゃんだったのです。
だってそうでしょう?
しんゆーはシスコンインポ野郎だし、ミルティさんも……いやミルティさんは年下好きの性欲異常者だけど、まさか初めてデートした相手と急接近♡ なんて浮かれポンチ恋愛脳には見えませんでしたから。
「っ! 前方に、兄さんを発見! ミルティさんと一緒にドラッグストアにいて……あっ、今出てきたところですっ!」
だから、電信柱の陰に隠れてしんゆーたちのことを尾行していたその時でさえ、危機感というものを持たず、さてこのあとなんて言って彼らのデートに混ざってやろう。
やっぱり酔ったふりが手っ取り早いかな?
なんて、呑気に考えていたのです。
その時までは。
「兄さんはドラッグストアで何か買ったようですね、あれはスポーツドリンクと──ええっ⁉」
ぴたりと言葉が止まったきんぎょちゃんの視線の先にあるもの。
それを見て、わたしが思わずその箱に書かれた言葉を読み上げてしまう、その瞬間までは。
「驚愕の0.01ミリ……うすうす……エックスエル……」
「兄さん、エックスエルなんですね……」
コンドーム。
愛し合う二人がえっちする時、避妊の為に使われる道具。
しんゆーがミルティさんと買っていたものは、一切合切の見間違いがなく、それでした。
──ああ、やっぱりそうなんだ。
焦りが思考になって、冷たい水のように心の温度を奪っていきます。
なんとなく、なんとなくですが、あのふたりの相性の良さは分かっていました。
ストイックなところとか、真面目なところとか、笑顔が無邪気なところとか、悪態つきながらなんだかんだで私に優しいところとか、似ているところの多い2人ですから。
ふたりでデートをすれば急速に仲が縮まるだなんて、分かり切っていたはずでした。
ああ──ゆっくりと、視線が。心の重力と共に、地面に吸い寄せられて──。
「まだですっ!」
その肩が、言葉と共にぐいっと引っ張られました。
「兄さんが……私の兄さんがっ! そんな、ぽっと出の女なんかに惑わされるはずがありません! 何らかの勘違いに決まっています!」
「……いや、でも、ゴムを買うのはさすがに」
「それでも、ありえません! だいたいあの人に初デートで女性をホテルへ連れ込むような甲斐性があったら、私とウメちゃんさんなんかとっくのとうにイベントCGを回収されて、しゃららでエクスタシーなピアノ音楽が鳴ってエッチシーンへ突入してもおかしくないですからね!」
「伝わらない例えだなぁ……」
「兄さんってば、私がお風呂上りに薄着でくっついてもちょっと心拍数と体温が上がるだけなんですよ! あり得ますか⁉ 普段あれだけ私にかわいいと言ってる癖に!」
「そんなことをしていたんですかこの痴妹は」
猫を被っているとまでは言わないけど、大好きな兄さんの前では清楚でおしとやかなかわいい妹でいたいんですって見栄を張ってワントーン声を高くしているくせに、ぜんぜん普通にやることやってるじゃないですか。
心の要注意人物リストの1ページ目にきんぎょちゃんの名前をデカデカと書いて。
「──でも、確かにそうですね」
少しだけ、冷静になりました。
「確かにミルティさんは美人ですが、しんゆーはこんなにかわいい据え膳がいるのに手を出さないシスコンインポ野郎。そんな人がデートをした程度で簡単にゴムを使う仲になるとは思えません。何か理由があるはずです」
「ええ、そこは確かに私もそう思っていました……いや、もしかして」
「何か心当たりがあるんですか?」
「いや、さすがにそれは早計というか、ミルティさんを信じたい気持ちはあるのですが」
「……もしかして」
「ええ……もしかしたら──ミルティさんに無理やり……強引に迫られて……兄さんはその勢いに流されて……」
「──ありえない、とは言い切れませんね。《ゴツゴウゴブリン》の一件もありましたし、ミルティさんの性欲は客観的に見てとんでもないことが証明されています」
「兄さんは優しすぎて強引に来られると断れないところがありますからね。そんな所も素敵なのですが」
「ミルティさんは生まれてこのかた24年間お付き合いした男性がいないそうですが……それがなにかの拍子で爆発して……」
「「……」」
ぐるぐると。
巨大な。
あまりにも巨大なインボーが私たちの頭の中で渦巻いていきます。
私たちは冷静です。
目の前ではしんゆーとミルティさんが楽しそうに話しながら歩いていて。
「かくなるうえは」と、私は電信柱の陰から飛び出て叫びます。
「乗り込むしかないでしょう、きんぎょちゃん! 真実を確かめるんです!」
「ええ、兄さんのプライベートに土足で踏み込むのは妹の特権ですからね!」
◆
ドラッグストアの袋をぷらぷらと揺らしながら、我──キンミヤはご機嫌だった。
「長年悩まされていたマイクのリップノイズと砂埃に、こんな解決方法があったとはなあ!」
「ええ、店頭で買うのはさすがに恥ずかしいけど……背に腹は代えられないから」
ダンジョン配信の最中、どうしても喋った時の吐息や唾液の音がマイクにのってしまうことがある。
部屋で行うような配信であればポップガードと呼ばれるフィルターのようなものでなんとかなる。
だが、ダンジョンではそうもいかない。
そして同様に砂埃も大きな問題だ。
マイクの内側に入ってしまい故障の原因になる。
それを解決するのが。
「コンドームにこんな使い道があったとは……よく知っていたな」
「こういう小ネタというか裏ワザみたいなの、シモンが好きでよく教えてくれるのよ」
他にも、と豆知識が披露されていく。
コンビーフとポン酢を一緒に食べるとしゃぶしゃぶの味がしたり、お酒を飲む前にバナナを食べると酔いにくくなったり。
どれも眉唾ではあるが一度は試してみたくなるようなものばかり。
「なにっ、唐揚げにはバニラアイスが合うのか……」
「今度シモン・バーで試してみるといいわ。きっとあの子ノリノリでやってくれるわよ」
そんなくだらない話をしながら、歩道をゆっくりと並んで歩いていく。
デート、という言葉は照れくさいが──まあ、それっぽい空気ではある。
居心地は悪くない。
ミルティも同じなのか、両腕を上に伸ばしてリラックスしたように小さなあくびを漏らす。
「それにしても本当、何が目的だったのかしらねぇ、シモンたら」
「案外ほんとうに我々を恋人にしたかったのかもな」
「なにそれ、ないない。そんなガラじゃないでしょう、私たち」
「はっはっは、その通りだな!」
なんとなく、気持ちよくて。
思いっきり笑って、ふたりの笑い声が重なって、思わず目をつぶってしまった次の瞬間。
「しんゆーっ!」「兄さんっ!」
姦しい声が響いた。
「しんゆー、確保っ!」「ミルティさんも確保しました!」
響いたと思ったら拘束された。
ミルティは困惑と共に声をあげる。
「な、なんなのよ貴女たち……って、き、きんぎょ⁉ 本物⁉」
「はい、きんぎょです」
だらだらとデートに勤しんでいたらいきなり初対面かつ一方的に因縁のある人類最強が身柄を押さえに来たのだ、それは驚くだろう。
きんぎょはミルティを拘束し、腕から触手を生やして器用に我の買い物袋の中からコンドームを取り出し、こちらに見せつけてくる。
「さあ兄さん、ミルティさん、これについての説明をしていただきますよ!」
超速理解。
この二人はきっと今日のデートを尾行していて、兄が変なものを買ったから何かあったのかと心配になって出てきたのだろう。
まったく、きんぎょも宇宙一かしこくてかわいいとはいえまだまだ子供であるな。
「安心したまえ! これはマイクのリップノイズ対策で──」
「兄さん、そういう言い訳はいいですから。本当のところを聞かせてください」
「いやっだから、」
「しんゆーはミルティさんに騙されているんですっ!」
「ミルティ……助けてくれ……」
まったくもって聞き届けられない、兄は無力だった。助けを求める視線をミルティに送るが、残念ながら向こうも混乱の極みにあるようで、問題解決能力を有しているようには見えない。
「しんゆーっ!」
「兄さんっ!」
ああ。ウメワリィにがくがくと揺られながら、思う。
我の生活は、コイツが来てからさっぱり変わってしまったのだ、と。
めちゃくちゃで。
むちゃくちゃで。
でも、そんな日々がどうしようもなく、楽しかった。
──現在というものが、終わった過去の屍の上に成り立っているものだとは、知らなかったのだ。
空気が変わったのは、その時だった。
まず最初にそれに気が付いたのは、様々なことにアンテナが高いウメワリィのスマホが振動したからだった。
続いてミルティのスマホが震え、我のスマホが震え、唯一蚊帳の外にいたきんぎょは何事かと思って辺りを見回す。
「これ、は……」
画面を見たミルティの手が震えていた。残るみんなも、自らのスマホを開き、言葉を喪う。
『緊急ニュース速報』の文字が躍る画面。
そこには、シモン店長の顔と共に、こう記されていた。
『元・新人ナンバーワンパーティーの嘘──元【青春ロケット】メンバー・シモンが引退後に語った「演出」の真実とは』
アナウンサーは冷静に語る。
『本日、元ダンジョン配信者であり、かつて新人ナンバーワンパーティー【青春ロケット】として活動していたシモン氏が、自身の配信内にて《金黒曜の騎士》の強さについて一部誇張があったことを明かしました」
アナウンサーの冷たい声色に呼応するように、ミルティの表情から、温度が奪われていく。
『シモン氏は、酒場の開店当時、話題性を作るために《金黒曜の騎士》を店の象徴として打ち出す必要があったと語りました。そのうえで、モンスターの危険性や戦闘難易度について、事実よりも強調した表現が含まれていたと認めています』
誰も、何も言わなかった。
ついさっきまでの馬鹿騒ぎが、嘘みたいに遠い。
『また、かつての相棒であるミルティ氏については、「彼女は私の話を信じ、誠実に活動していただけで、責任は一切ない」と述べています』
ミルティの唇が、わずかに震えた。
『シモン氏は、ミルティ氏個人への誹謗中傷を控えるよう視聴者に呼びかけました。この告白を受け、配信者界隈では大きな動揺が広がっています』
ニュースは、そこで一度途切れた。
けれど、誰も動けなかった。
画面の中で笑っているシモン店長の顔だけが、嘘みたいに明るく見えた。
読んでいただきありがとうございました。
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