13杯目 ヒロインがかわいいだけの話
この世は不思議で溢れている。
いきなりダンジョンがあらわれた理由は誰にもわからないし、もちろん魔力についても詳しいことはほとんど分かっていない。
そして、先日シモン店長からいきなり届いたメッセージ。
『今度の土曜日、ミルティとデートしてあげてください♡ ちなみに断ったら表インターネットにもキンミヤくんのおちんちんが晒されることになります♡』
という恐るべきメッセージについても、誰もその意味はわからないのであった……。
というか『表インターネットにも』って……『ウラインターネット』的な奴では我のおちんちんはいったいぜんたいどうなっているというのだ……。
ウメワリィに聞けばそのあたりのことは分かるのだろうが、なんとなく聞くのが怖かったのと、そもそもアイツが主犯となって写真をバラまいている可能性があって聞くのを躊躇っていた。
本当に心の底から彼女の悪行に司法のメスが入って欲しいと願う。
──とにかく。
シモン店長が何を考えているかは分からないが、我がおちんちんの為にも──そしてなによりも、ミルティと遊びに行くというのはそれなりに楽しそうなので、めずらしくダンジョン配信もトレーニングもせず、デートへ向かうことにしたのである。
もちろん格好は先日戦でたいへん好評だった腕まくりワイシャツスーツ姿。
デート相手の好みの服装はバッチリという訳である。
そんな訳でデートの開始時間30分前に待ち合わせ場所についた我は。
「……貴方、なんでまたその恰好なのよ」
何故か先に待ち合わせ場所へ着いていたミルティから、怪訝な目線を送られていた。
どれだけ前から待ち合わせ場所にいたのか、恐ろしくて聞くことは出来ない。
ちなみに彼女の恰好は黒のノースリーブニットにベージュのフレアスカートという、あまりにも、ちゃんとデートする気満々な服装だった。
いつもとは違って髪はゆるく巻いていて、その柔らかな黒髪が、彼女の大人びた雰囲気にどうしようもなく似合っていた 。
……正直に言ってかなり好みの恰好で困る。
我には年上好きという隠されたおちゃめ設定があるのだ。
「……シモンのやつにやられたのよ。貴方と出かけるのにおしゃれする必要なんてないし適当でいいって言ったのに。似合わないでしょう? こんな恰好」
わずかに目を伏せながら、自嘲気味に呟かれたその言葉に猛然と反論する。
「何を言っている! ものすごく似合っているではないか! 貴様の高潔さと奥底に秘めた優しさがはっきりと表現された素晴らしい格好だぞ! やはりシモン店長はご友人だけあって貴様のことを良く分かっているのだなぁ!」
「……そ、そう。この勢いで褒められると、それはそれで困るのだけど」
ミルティはその後もぶつくさと文句を言う。
内容としてはざっくりというとこんな感じだ。
①「なんで私がこんな奴とデートなんか……」
②「ていうかデートってどこ行けばいいのよ、私遊びに出たことなんてほとんどないわよ」
③「だいたいこの前は往復ビンタしてまでキンミヤと付き合うのに反対したのに、いきなりコイツとデートしろって、シモンのやつ、ほんっとうに何考えてるのよ……」
だが、彼女の耳がわずかに赤らんでいるのを。
そしていつもよりも少しだけ足取りが軽くなっているのを、我は見逃さなかった。
「まぁ、あれだ。シモン店長が何を考えているのかは分からないが、今日は一日よろしく頼む」
「ええ……せっかくだもの、楽しみましょう」
というわけで──なんか始まってしまった、人生初デート。
ウメワリィに対し若干の罪悪感がないと言えば嘘になるが、何故かむしろ笑顔で送り出されてしまったので、いったんこの感情は棚上げすることにした。
街はそれなりに賑わっていた。
ビルの谷間をすり抜けていく風が涼しく、道端の店舗ではテイクアウトの窓口からスパイスの匂いが漂う。
モンスターの肉を使った串焼きだろうか。2人組の学生がそれを2本注文し、横並びになって美味しそうに頬張っている。隣の店舗では、モンスターの素材を組み合わせてアクセサリーに加工する職人が、カップルの要望に応えて笑顔で工具を振っていた。
一方そのころ、今までデートというものを経験してこなかったふたりは。
「ねえ見てキンミヤ! 《ゴツゴウゴブリンおみくじ》ですって! 『これがあれば貴方の真の性癖に気が付ける』って……貴方やってみなさいよ! 笑ってあげるから!」
「いや我はわざわざ調べなくとも……なっ《プライマルバハムートの爪の垢》だと! しかもこんなお手頃価格で……⁉」
「そんなのが欲しいの? じゃあ今度一緒に狩りにでも行きましょうか」
満喫していた。
なんだこれ、めちゃくちゃ楽しいぞ……!
散々笑って、いらないものを買って、普段なら絶対に選ばないような食べ物を食べ歩いて。
なんとか喫茶店にたどり着いた頃には全身がぐったりしていた。
ミルティも似たようなもの。
砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーをひと口飲むと、ふたり同時にふうっと力が抜け、くったりとする。
彼女はとろけたような顔をして、コーヒーが作り出す泡がはじけるのをぼーっと眺めながら、つり気味の睫毛がわずかに垂れて、口元が、かすかに緩む。
それはきっと、誰にも見せるつもりのなかった、彼女本来の表情。
「……おいし」
それだけを呟いて、無防備になった心から、ぽつぽつと言葉が漏れ出す。
「知らなかったわ……休日に誰かと出歩くってこんなに刺激的なのね……そりゃあ世の中の人たちが恋だのなんだのに現を抜かすわけだわ」
その表情にはなんとなく見覚えがあった。
最近、鏡で、動画で、画像で、よく見るようになった、自分の顔。
ウメワリィと出会ってから、肩の力を抜くことをようやく覚えた大馬鹿者の表情。
「なぁ、ミルティ。普段はどんな休日を過ごしているんだ?」
「休日……? そうね、筋トレして、過去の配信を分析して改善点を洗い出して、サムネイルの構図を考えて、あとは──」
ミルティはカップを揺らして、ふうと息をついてから、
「最近はシモン・バーで貴方たちの奇行を眺めることが増えたわね」
呆れたような表情を浮かべてこちらにジト目を向ける。
「貴方たちのおかげで最近シモンが入れるお酒のアルコール濃度が上がってるのよ……」
返す言葉もないとはこのことだった、とりあえず。
「ウメワリィのことはしっかり叱っておくとも」
「貴方も全然悪いからね?」
生贄作戦はあっけなく失敗に終わる。無念。
「ま、でも」
と、ミルティは前置いて。
「貴方たちを見ているのは退屈しないわ」
そう言って、少年のような笑顔で笑う。
その顔があまりにも美しくて、気高くて、無防備で。
呆然とその顔を見つめてしまう。
時間が止まったように周囲の音が止まり、呼吸が止まり、わずかな時があってから身体が生命活動を思い出して呼吸を再開する。
心臓の音がうるさい。
「な、何をジロジロ見てるのよ」
「な、何でもない! 何でもないのだぞ!」
慌ててコーヒーに口をつけ──あっっっっっっつ⁉
当然のごとく、盛大にむせた。
「ちょ、だいじょうぶ……⁉ なにやってるのよ、もう……」
「う、うむ……なんの問題もない。問題ないぞ! 本当だからな!」
「はいはい、お大事に」
それから我々は、他愛もないことを話して、話して、話した。
シモン店長からの連絡が来たのは、その時だった。
◆
きれいね、と彼女が言った。
きれいだ、と我も思った。
シモン店長から送られてきたのは、さきほどいた喫茶店から少し歩いたところにある水族館の電子チケット。要するに無料でくれてやるので向かえというコトだ。
相変わらずどういう意図があるのかはさっぱりわからないが、逆らうと怖そうなので喫茶店を出て向かうことにしたのである。
決して立派な水族館ではない。
本気で回ろうとすれば、30分もかからず回れてしまうような、小さな水族館。
当然、目玉となるような特別な魚なんてものはいない。
それでも、展示には見る人を楽しませようという工夫が凝らされていた。
独特なライトに照らされた魚たちは、鱗に光を反射させながら、ゆったりと水の中を泳いでいる。
その光景はどこか幻想的で、思わず目を奪われてしまう。
壁に貼られた手書きのポップを見ながら、ミルティが呟く。
「勉強になるわね、普通に……」
「うむ、生態の簡潔な説明に、インターネットに載せたらそのままバズりそうなワードを使って事例の紹介……何かのついでに寄られがちな繁華街の小さな水族館としてこれ以上ない完成度だな」
むぅ、と唸る。
「本当はダンジョン配信動画の概要欄や告知もこれくらい丁寧な方がいいのだろうな……」
「貴方、概要欄は適当だものね。てっきり硬派ぶっているのかと思ったわ」
「いや、単に考えるのが面倒でな……ミルティはそのあたり結構丁寧で尊敬しているぞ。音や間の切り取り方、テロップの付け方も丁寧だし毎回サムネイルも凝っている」
「はいはい……と言ってもある程度テンプレがあるし、そもそも優秀な編集の知り合いがいるのよ。今度紹介してあげるわ」
「助かる」
水族館を回りながら、ミルティからは色んなことを教わった。
おすすめの照明やカメラ、SNSとの付き合い方、いかにエゴサーチが危険であるかの力説。
それと。
「ああ、あとあれよ、貴方もウメワリィも少し素直すぎるわ。他のダンジョン配信者と争うこともあるのだから、能力を一部隠したり、嘘やハッタリで誤認させておいた方がなにかと助かることもあるのよ。ある程度上のランキングの配信者は大抵やっているわ」
そのどれもが──言ってしまえば当たり前のことで、でも彼女はその当たり前をしっかりとやっているからこそ、ダンジョン配信者ランキング10位にいるのだと、そんなことを思う。
「……随分、努力してきたのだな」
「ふふっ、何よ。褒めても何にも出ないわよ」
本日何度目かわからない彼女の照れた顔は、薄暗い水族館の中の照明でも光輝いて見えた。
彼女は照れた顔を誤魔化すように、口を尖らせながら言う。
「だいたい、貴方にだけは言われたくないわよ。きんぎょと比較され続けてそれでもまだダンジョン配信をやり続けてるって……初めて聞いた時はとんでもなく鈍いか、頭がおかしいかのどっちかだと思ったわ」
「それがこんな真っ当なイケメンで驚いた、と?」
「いいえ、とんでもなく鈍い上にアホで驚いたのよ……」
調子のんな。と言わんばかりにデコピンをされ、額を抑える。
普通に痛かった。
「仲間にならないか? って声をかけてきた時に、初めて貴方をまじまじと見たけど、傷の多さにちょっと引いたもの。普通そこまでやる?」
「はっはっは! 当然っ! 我はお兄ちゃんであるからな!」
「……それだけの理由で?」
「何を言うか! 十分すぎる理由であろう! だいたい、自分の好きなことくらい一番を目指すのは当たり前ではないか!」
「……そう、ね。当り前、ね」
我の笑いに、ミルティは呆れたような顔を投げかけ、ひとつ大きな深呼吸をしてから。
「つまらない昔ばなしなのだけど」と、前置いて。
何を思ったのか、スマホを取り出して、画面をこちらに向ける。
「……これ、昔の私、小学生のころ」
そこに映っていたのは、ふくよかで、目つきもどこか不安げで、おどおどした少女。
今の怜悧な彼女とは真逆で、似ている所と言えば、その美しい黒髪だけ。
「勉強も運動もダメ、人前に出るのなんてもっと苦手でね……嫌いだったの、自分が。だから変わろうって思った、ちゃんとしたい。胸を張って生きていける自分になりたいって」
写真の少女は、恨めしそうに世界を睨み付けている。
「綺麗になったら、もっと友達ができると思っていた。勉強ができるようになったら、もっと頼られると思っていた。そうして頑張って、頑張って、頑張ったら……周りから、人が離れて行った」
ミルティは、ただ、事実を事実として、他人事のように。
「ついていけないって言われたわ」
語った。
「でも、シモンだけは唯一私の手を引いてくれた」
その声に、感情が滲んでいる。
「シモンの夢は、世界一のダンジョン配信者になることだったの」
ミルティは、ふわふわと漂う青いクラゲを見つめながら、ポツリと呟いた。
「だったらそれを叶えてあげようって思ったの。本人もあまり本気じゃなくて、とりあえず言ってみたってだけの言葉だったのだけどね……でも、私は不器用だから、その夢を叶えてあげるために頑張ることでしか、メリットを与えることでしか、彼女の友人でいられなかった」
言葉を繋ぎながら、ミルティの声が少しずつ沈んでいく。
「結局きんぎょの強さを目の当たりにしたシモンはダンジョン配信を引退してしまったし、私はなんとなく惰性でそのままダンジョン配信を続けて……」
ひと呼吸置いて。
「きんぎょを倒したら、またふたりでダンジョン配信が出来るんじゃないかって、あの頃に戻れるんじゃないかって。ありもしない、そんな情けないことを考えている」
そんなことはない──そう言うのは簡単だ。
普段のシモン店長とミルティたちの様子を見れば、彼女が夢のために利用されているわけではないことなど、一目でわかる。
たぶんそれは、ミルティ自身だって本当は分かっているはずだ。
「……幻滅した?」
ただ、理解と納得は別で。
自分を認めること。
自分を理解すること。
そして、自分が愛されるに足る存在だと信じること。
それは、ほんとうに難しい。
「いや、むしろ納得したよ。貴様の性格的に、1番じゃなければ気が済まないタイプには見えなかったからな。他人のためにそこまでストイックになれるという方がよっぽど貴様らしいよ」
ただな、と続け。
「気が付いていたか? 貴様がダンジョン配信のことを考えている時どんな表情をしているか」
「…………」
思い出すのは、強敵と戦っていた時の、楽しそうな彼女の表情。
そしてこの水族館のポップですら配信の糧としようとしていた時の真剣な表情。
なにより、一緒にダンジョンへ潜っていた時の笑顔。
「確かに最初は借り物の夢だったのかもしれない。シモン店長と一緒にいるための方便だったのかもしれない。今は単なる過去への執着なのかもしれない。だがな、」
ミルティの目が、大きく開かれて、
「もうすでにそれは、貴様の夢になっているのだよ」
「……」
「我も少し前まではそうだったからな。ウメワリィと再会するまで……自分自身の事なんて案外分からないものなのだと反省したよ」
ミルティは、何かを言おうとして、飲み込んで、ただ表情を浮かべる。
驚きでも感動でもない。ただ──そうなんだ、という納得の顔。
でもその視線には、ほんの少しだけ──光が宿っていた。
「……ハァ、貴方ダンジョン配信者よりもホストとか詐欺師を目指した方がいいんじゃない? それか視聴者のお悩み相談配信とかね、向いてるわよ」
「イケメンで人格者だからか?」
「顔だけじゃなくて口もうるさいからよ」
ミルティは額を押さえながら、困ったように笑う。
その顔が、水槽の反射と重なって──あまりにも綺麗だったから。
「仲間になろう、ミルティ」
思わず手を差し出していて。
「1番になる──きんぎょを倒すという夢を、一緒に見よう」
ミルティは、その手をじっと見つめている。
──その時。
ポケットの中のスマホが、ブルブルと小さく震えた。
「ふむ。シモン店長がお土産にスイーツを買ってきて欲しいそうだ」
「げっ、これ結構並ぶやつじゃない。しかもひとり一個限定の。シモンのやつ、これが目的だったのね……」
「仕方ない、向かうとするか」
「ええ、その前に貴方へおすすめしたいものがあるの。せっかくだしちょっと寄り道していきましょう」
笑って水族館の出口へと歩きながら、我々の肩が自然と近づいていた。
少しずつ、だが確実に、歩幅が合っていく。
読んでいただきありがとうございました。
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