母さんの願い
黒竜騎士団の野営地を出る時、セレスは顔を見せなかった。
「奥様がご案内となれば、噂になります。お許しください」
ボバン卿に連れられて、野営地の北側へと出る。
彼と別れて、道なき森の中を北へと進む。ダリルが苦労していたけど、シスがけなげに彼を支えていた。
森の中には、人の死体、魔族の死体が転がっている。
昨日の自問。
矛盾を抱えた俺は、どうしたい?
そうだ。
どうしたらいい? ではなくて、どうしたいんだろうか?
未発見の魔導書を探したい。
これは、ずっと言っていることだ。
だけど、本当はどうしたい?
母さんは、どうしてほしかったんだろう?
「アル、戦闘中みたい」
先頭のリューネが姿勢を低くし、俺たちも倣う。
隣に来たダリルが、前を睨んで口を開いた。
「あれが、獅子頭の魔人か」
「そう。ゼグス」
「知り合い?」
シスの問いに、俺は立ちあがった。
「ちょっと」
慌てたリューネに、笑顔を見せる。
「恩人なんだ。俺を、育ててくれた」
迷いは、なかった。
黒剣を抜き放ちながら走り、木々の隙間を抜ける。はっきりと、ゼグスの姿が見えてきた。
十人以上の傭兵を相手に、さすがのゼグスも腕から血を流し、肩で息をしている。
ずっと、戦い続けているんだろう。
弱い者たちを逃がすために、ここでずっと。
「ゼグス!」
駆けながら、その名を叫んだ。
傭兵たちが、俺に気づく。
狙い通り。
彼らの攻撃が、止まった。
「馬鹿! 来るな!」
「どこの隊だ!?」
傭兵たちが、喚くも俺は止まらない。
俺は、俺を止めようとした傭兵を突き飛ばし、ゼグスの前に立った。
「アルか」
……ゼグス、目が!
彼は両目から、血を流していた。
「帰りました」
「未発見の魔導書は、見つかったのか?」
「はい。いくつか」
「そうか。さすがに疲れた……少し休む」
俺は、ゼグスに肩を貸し、その身体を大樹に預けた。
彼は、ゆっくりと呼吸をする。
「おい、てめぇは魔族か?」
傭兵の問い。
目の前には、十人の傭兵。
俺は彼らから、ゼグスを隠すように立つ。
「人間だ。後ろから攻撃しなかったのは、お前らみたいな卑怯者になりたくなかっただけだ」
「卑怯?」
「入れ替わり、立ち替わり、交代でゼグスを襲い続けたな? 他にも、たくさんいるんだろう?」
傭兵の一人が、口笛を吹く。そして、嘲りの笑みを浮かべた。
それを合図に、傭兵たちが武器を構える。
「攻撃するぞ」
宣言し、黒剣を構えてゆるりと進む。
傭兵の一人が、せせら笑った。
「おいおい、本当にやる気かよ」
俺は頷くと同時に、火炎弾を発動した。
- Il était appelé le Grand Mage. -
俺の火炎弾は、威力と精度は傭兵たちの予想をはるかに上回った。
初撃で一人を吹き飛ばした直後、風守護で加速した俺の斬撃を二人目は防ぐことができない。
驚愕する男の顔を鼻のあたりから横薙ぎに両断し、剣の動きを止めずに身体を回転させ、三人目へと黒剣を投げる。
「ぎゃぁあああ!」
火炎弾をくらって重度の火傷を負った男が絶叫すると同時に、俺の黒剣は三人目の胸を貫いていた。
風守護の効果で速度をあげている俺は、四人目へと氷槍、五人目へと雷撃を放ちながら、倒れる三人目の胸から黒剣を抜き取った。
「ぐぅううう!」
くぐもった悲鳴とともに、三人目が地に伏せた時、魔法攻撃を受けた傭兵たちが声もなく力尽きる。
一気に半減した戦力に、傭兵たちは動揺を隠せない。
「お前! 何者――」
問いかけを無視した俺の火炎弾が、その男へと命中した。
疲労困憊のゼグス相手にも苦戦していた奴らだ。
俺の敵にもならなかった。
ここで、リューネが放った弓矢が一人の肩を貫き、そこにシスの氷槍がぶつかる。串刺しになった男が地面に倒れた直後、残った奴らが一斉に走り出した。
逃がすか!
火炎弾を放ち、逃げる奴らを掃討した時だった。
「おい! やられているぞ!」
「奴らの援軍か!?」
「こっちだ!」
「黒獅子騎士団を呼んで来い!」
傭兵たちの新手が、いたるところから集まり始めた。
「おい、人間じゃないか?」
「お前、味方を倒してどうするんだよ!」
傭兵たちは、俺たちが敵であると信じられないようだった。
「この森で、魔族を狩る奴は俺の敵だ」
俺は言い、新手たちへと突っ込む。
リューネとシス、ダリルが俺の後方へと駆けた。彼女らは、ゼグスの周囲で彼を守ろうとしてくれているのだ。
近づけさせない。
新手の一人が、呪文の詠唱をしないで範囲攻撃魔法を発動させた瞬間、俺は次元遮断でその魔法を消滅させる。
「次元遮断を使えるのか!? こいつ! やばいぞ!」
その魔導士が叫んだ直後、俺の黒剣が彼の胸から腹部を斬り裂き、その仲間たちへと火炎弾をぶつけた。
魔導士を失った彼らに、俺の魔法は防げない。
一方的な展開に、傭兵たちが距離を取り始める。
人数は、十人以上。
竜眼を使うと、樹木に隠れて見えない敵がさらにいるとわかる。
それでも、俺は戦うために前に出た。
一人の傭兵が、仲間たちよりも前に出て来た。
「俺は中央大陸で黒の疾風と呼ばれるカイン・レイヴン。相手にとって不足ない。名乗れ」
「アルス・マリーナ・ファウス」
カインと名乗った男は、剣を構えながら前進してくる。そして、斬撃を繰り出す瞬間、火炎弾をぶつけてきた。
呪文の詠唱を必要としないので、かなりの手練れと理解できる。だけど、母さんやゼグスに比べたら、火炎弾の発動が荒いと思った。
魔封盾で防ぐと同時に、奴の斬撃を黒剣で弾いた。
俺は、強化で剣での攻撃の力強さを増す。
カインは、衝撃の強さで剣を手放していた。
反撃の一閃で、カインの肩から胸までを裂く。
「馬鹿なぁあああ!」
カインが叫び、口から血を吐きながら倒れる。
「やばい! 撤退!」
「騎士団と連携しないとまずいぞ!」
傭兵たちが、我さきにと逃げ出した。
光球をふたつ、宙に放って彼らを追撃させる。
少し離れたところで、光球弾による掃討が始まったことを、発射音で理解した。
ゼグスへと駆け寄り、その頬に触れた。
「ゼグス、目は?」
「うむ、ちょっと竜眼を使いすぎた。休めば治る……あちこちに隠れている奴を倒そうとしたせいでな」
「よかった」
「それよりも、仲間を得たのか?」
「はい。リューネ、シス、ダリルといいます」
彼の問いに、俺は答えた。
ゼグスは、頷くと口を開く。
「アルが世話になる。このゼグス、マリーナの代わりに礼を申す」
ゼグスはそう言うと、俺へと手を伸ばす。
その手を、握ると、抱き寄せられた。
「アル、強くなった」
- Il était appelé le Grand Mage. -
「ゼグス殿は、魔導士の始祖として知られる知恵の魔人。アル、すごい方に教わっていたのだな?」
歩くシスが言い、俺は頷くも知ったのは最近のことだ。
ゼグスはそういうこと、まったく話してくれなかった。
「シスは、彼のことを知っているの?」
リューネの問いに、彼女は頷く。
「有名だ」
俺の肩を借りて歩くゼグスが、喉を鳴らして笑う。
「他人がどう話すかなど、関係のないこと」
彼は言い、北の方角を指さす。
「目がまだ治らず、手間をかける。ぼんやりとしかまだ見えぬ」
「北に向かえば、いいのですね?」
俺の確認に、彼は頷く。
「そうだ。リーゼキュラ様の城に、皆を逃げさせた。我々もそこに行こう」
「……リューネ、シス、ゼグスを頼んでもいいか?」
俺は言い、驚く二人に説明をする。
「母さんの、お墓に寄りたいんだ。後をすぐに追う」
「わかった」
リューネは早かった。
ダリルが、水筒を手渡してくれた。
「気をつけろ。さすがのお前でも、敵の数が多いと危ない」
「一人なら、逃げの一手を選べば大丈夫」
ダリルと互いの肩を叩き、シスには頷いてみせる。
俺は、森の中を南へと向かう。
母さんのお墓の場所、忘れるはずがない。
コボルトの村へと戻って来た時、黒獅子騎士団の部隊が移動していた。
森の中に潜み、やり過ごす。
「強い奴がまた現れたらしい」
「傭兵たちが、短時間でやられたようだ」
木の陰に隠れていると、騎士たちの中に白銀の甲冑が眩しい美少女がいるのを見つけた。
……ジュリアン。
まさかと思ったけど、来ていたのか。
今は、声をかけるなんてできない。
逃げたほうがいいと、伝えたいが……。
彼らが見えなくなってから、風守護で速度をあげた俺は、その場所に着く。
コボルトたちが、手入れをしてくれているのが一目でわかった。
母さんのお墓は、石碑のまわりが花畑だ。
村があんなことになっても、ここだけは母さんが永遠の眠りについた頃のままだった。
空はもう暗くなり始めていて、星たちが瞬き始める。
石碑へと近づき、両手で優しく触れた。
「母さん、森の皆を守る力と勇気、知恵を俺に……見守ってください」
その時、その光景が脳裏に蘇る。
『弱い人を助けることができる。アルのままでいてほしい』
そうだ。
母さんは、ちゃんと伝えてくれていた。
母さんが、俺に願ったこと。
俺は、弱い人たちを守る魔導士になる。
そのために、生まれも血筋も、利用できるものは利用する。
「母さん、ありがとう」
俺は感謝を伝え、立ち上がる。
星降る夜に、森の中を北へと走った。




