黒竜騎士団
コボルトの村を北へ抜けると、また深い森になる。
途中、いたるところにオークやコボルトの死体があり、俺は呼吸困難になった。
「アル」
リューネに支えられ、あふれる涙を隠せず、呼吸ができない苦しみで喘ぐ。
どうしてだ?
彼らが、何かしたのか?
迷宮で、俺がたくさん魔族を殺したから、主神はそれを罰しようと、こんなことを許しているのか?
『お前は矛盾している。魔導書のためなら魔族を狩るくせに、魔族の母の森の魔族は助けようとする。お前は傲慢で、卑怯で、許しがたい愚か者だ』
脳内で、主神ならこう言うのではないかと思ってしまった。
「アル、お水を」
リューネに水筒を差し出され、深呼吸をして一口、二口と飲んだ。
「おや?」
その声は、樹木の影に立つ男が発したものだ。
「どうしました?」
「奥様、子供と大人の四人組です」
見れば、黒竜騎士団の紋章が入った甲冑を着た男性二人と、奥様と呼ばれた美しい女性が一人。
そこまで近づかれるまで、気配がまったくしなかった。
俺が激しく動揺していたとはいっても、達人なのだと察する。それはダリルも同じで、緊張した様子で一歩、彼らに進み出た。
「黒竜騎士団の方々とお見受けする。私はダリル、アル、フィーネ、シス。ゆえあって、森に入ったが、敵対の意思はない。通して頂けないか」
「奥様、如何いたしましょう?」
美しい女性が、指揮官なのだと理解する。
「わたくしは、黒竜公爵アリアスの妻セレスティーヌ。貴公らの事情とは何ですか?」
ダリルが、緊張した面持ちで一礼する。
……何だ?
「セレスティーヌ様、光栄です……実は、罰せられても仕方のないことですが、我々は恩人を助けるために森に入りました」
そこまで話していいのかと思ったが、ダリルに任せておくことにした。ダリルは、彼女がどういう人物なのかを知っていると思ったのだ。
「恩人のために、ここに来るまで毒蛾衆と戦い、申し訳ございませんが排除もしております。しかし、基本的に戦うことを望んでいるわけではありません」
セレスティーヌが目を見開き、周囲の騎士たちに言う。
「毒蛾衆を減らしてくれたのですから、彼らは敵ではないと考えてよいのではありませんか?」
「奥様、そんなことを堂々と仰っては」
「そうです、そうです。宰相の鼠どもがどこで聞き耳を立てているかわかりません」
……そういえば、黒竜公は、宰相と仲が悪かったんだっけ。
でも、どうしてそれが参戦しているのだろう?
セレスティーヌが、俺を見た。
「あなたは、どうして泣いているのですか?」
「……」
俺は、どうしたものかとダリルを見ると、彼は頷く。
正直に話せ、と理解できた。
「俺は、昔……この森で恩人に出会い、とっても助けられたのです。ここに来るまで、戦いの激しさが見てとれたので……」
「恩人というのは、あなたにとっての恩人ということでしょうか?」
「はい、そうです」
「この森で暮らす者に、その恩人にあたる人がいると?」
「はい……」
セレスティーヌはそこで、騎士たちに問う。
「宰相が恐れている、マリーナが逃がした皇子殿下……この方ではないでしょうか?」
ギク……。
いや、待て。
繋がった。
宰相が、皇室と四公の力を削るために、魔族が暮らす森を攻撃するという目的はケイルズから聞いていた。しかし、表向きは鉱物資源のためだと帝国内に説明をしている。しかし、本当は、俺を見つけて殺したいのだ……。
逃げるか?
俺がダリルを見たが、彼は首を左右に振った。
セレスティーヌと、騎士二人はそこで、俺の前に片膝をつく。
「もしや、ルシアン殿下であられますか?」
彼女のまっすぐな問いに、俺は頷く。そして、目の高さをあわせるように膝をつくも、騎士たちに止められた。
「殿下、お直りください」
「探しました! ようやく……公爵閣下に知らせて、宰相を倒す大義を得たと報告しませんと!」
「待ってください。俺は、その名を捨てたのです」
ダリルの判断は、正解だった。
彼は、黒竜公爵と宰相の関係性から、俺たちの敵とはならないだろうと予感していたのだろう。
「セレスティーヌ様」
俺が彼女の名前を口にすると、片膝をついた彼女が頭を振る。
「セレス、とお呼びください、殿下……しかし、名を捨てたというのは、どういったご事情でしょうか?」
「長くなります。その前に、教えてください。コボルトたちは、全滅してないでしょうね?」
「はい。彼らの戦士たちが時間を稼いだ間に、多くは北へ避難しました。今はこの先、獅子の頭を持つ魔人のために、足止めされております」
ゼグス!
セレスは一呼吸おき、頷くと言を続けた。
「我々は、宰相の命令に従うフリをしてこの森に入り、マリーナと、皇子殿下を探しておりました。殿下、マリーナはどこに?」
俺は、セレスをまっすぐに見て、答える。
「母さんは、俺を守って、死にました」
- Il était appelé le Grand Mage. -
俺たちは、黒竜騎士団の野営地に招待された。
セレスと二人の騎士――ヴォルツ卿、ボバン卿を前に、俺はこれまでの経緯を話した。
三人は、最後まで聞き終えると、そろって一礼する。
だから……ルシアンという名前は名乗らないと言ったんだけど。
俺の隣で、リューネが口を開く。
「あの……アルの味方なら、助けてくれませんか? コボルトや、この森でアルを育ててくれた魔族を」
セレスが、苦しい表情となる。
「そうしたいのは山々なのですが、黒竜公家単体では抗えず、今は反意を隠して力を蓄える時とアリアス様はお考え。軽挙は我らの首を絞めます」
彼女はそこで、俺を見る。
「では、アルス様とお呼びします。ですが、アルス様がルシアン様であることを捨てたと仰っても、帝国と宰相がそれを許さぬでしょう。そして、失礼ながら、わたくしたちも同意いたしかねます」
「母さんは、俺が帝位に就くなんて望んでいなかった」
「マリーナ……」
ここでセレスが母さんの名前を囁き、こぼれそうになった涙に瞬きで耐えた。そして、頭を振ると口を開く。
「彼女は……わたくしにとっても大事な人でした」
「母さんと、知り合いだったのですね?」
「はい。わたしは黒蝶公爵家の出で、魔法を鍛えることを家はよい顔をしませんでした。しかし、マリーナだけはそんなわたくしの話相手をしてくれて……相談してくれていれば、わたくしも協力できたのに」
母さんは、だからこの人を頼らなかったのかもしれない。
セレスは、公爵家の人だから。
ここで、ハムを挟んだパンを食べていたシスが口を開く。
「ここから先、危ない?」
ヴォルツ卿が、頷きを返した。
「ええ、現在は獅子頭の魔人が率いる魔族の部隊と、傭兵たちが交戦中です。我々はお伝えした通り、これに積極的に関与しておりません」
「アル、北に行くよね?」
「当然」
彼女は頷くと、リューネを見た。
「休もう。たぶん、これから大変になりそう」
「……そうね。そうしよう。ずっと移動し続けていたから。気が張ってて今は感じてないだけで、たぶん、疲労が溜まっている……あの」
リューネが、セレスと二人の騎士に頭を下げる。
「ここで、休ませていただけませんか?」
「もちろん」
セレスは、微笑んでいた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
幕舎のひとつを借りて、俺たちは寝転ぶ。外には、ボバン卿が見張りに立ってくれていた。彼は部下たちにも、俺たちのことを徹底して隠すためにそうしているのだ。
皇子が生きていた。
発見した。
きっとそれは、黒竜公家にとって、悲願だったに違いない。
でも、本人である俺は皇子でいたくないと言う。
それなのに、皇子であることを利用して、黒竜騎士団の協力を得ている。
矛盾。
俺は、矛盾だらけの人間だ。
「ダリル、セレスさんのこと知ってたの?」
リューネの問いに、横になっているダリルがこちらを見た。
「セレスティーヌ・ヴェルヴィラ……といえば、帝国でも一、二を争う魔導士で、氷系統を得意とすることから、氷姫と呼ばれる。以前に参加した戦闘で、彼女の指揮下にいたことがある」
「……公爵夫人なのに、戦場に出るのね?」
「黒竜公爵のアリアス卿は頭脳明晰で公領発展に心血を注いでいる。その彼の軍事面を彼女が支えている。黒蝶公爵家のご令嬢だった時も公領経営を担っていて、彼女が黒竜公領に嫁入りした後に黒蝶公爵家の凋落が始まったという噂、俺も同意だ」
リューネは、自分の手を見つめていた。
「わたしも……あの人みたいに強くなりたい」
「強いと、わかるんだね?」
俺が尋ねると、彼女は笑った。
「自分で、戦うようになってわかった。あの人に攻撃をしかけても、勝てる気が全くしないの。自然体なのに、隙がなかった。それに最初……あんなに近くにいたなんて、まったく気づかなかった」
ダリルが、喉をならして笑う。
「あの二人の騎士も、馬鹿強いだろうな。さすがのアルも、あの時に戦闘になっていたら、まずかったかな?」
俺は、素直に答える。
「三人相手は、厳しいだろうね」
「二人なら、いけたような言い方だな」
ダリルの指摘に、たしかに生意気だなと思いつつ瞼を閉じる。
「うごぉ……うごぉ」
シスのいびきが、聞こえてきた。




