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皇子

 森の中を、北に進む。

 風守護(シルフェ)の効果で、皆と別れた場所まで戻って来られた。

 傭兵たちの死体が放置されていて、多数の足跡が北の方向へと続いているのが見てとれる。俺は堂々と姿をさらすことで、わざと見つかることを選んだ。

「おい、お前はどこの部隊だ?」

 黒獅子(リオーグ)騎士団の騎士と思われる男たち三名に見つかり、声をかけられる。

「黒獅子(リオーグ)騎士団の方々と見受ける。俺はアルスという。ジュリアン様に会いたい」

「ジュリアン様? お前、知り合いか?」

「アルスが、お目にかかりたいと伝えて頂ければわかってくださると思う」

 騎士たちは半信半疑だったが、二人が見張りとして残り、一人が駆けていく。

「お前、どこでお嬢様と?」

「バルニアで」

 俺が答えると、彼は仲間と目をあわせる。そして、俺に聞こえないように何かを囁きあった。

 俺は彼らから視線を逸らして、北の方向を眺めながらジュリアンを待つ。

 途中、傭兵たちの集団がいくつも、北へと向かって進んでいった。

 黒竜騎士団(ドレイグナイツ)は積極的に参加していないということは、先遣隊の主力はおそらく黒獅子(リオーグ)騎士団だろう。それを補佐するために毒蛾衆(モルスファレナ)がいて、彼等の指示で傭兵たちが動いているものと思われる。

 待っていると、白銀の甲冑が眩しいジュリアンが姿を見せた。

「アルス!」

 彼女は俺を見ると、まっすぐに駆け寄って来る。

「ご無沙汰しています」

「アルス!」

 飛びつかれて驚くも、突き飛ばすわけにはいかず抱きとめる。

 彼女の様子に、騎士たちがざわめいた。

「アルス! どうしてここに!? 東方大陸に向かったのではなかったか?」

「話すと長くなりますが……その前に、この先遣隊の指揮官と会いたいのです」

「……それは、わたくしの父上だ」

 彼女が言い、周囲の騎士たちに言う。

「父上は?」

「ここから後方で、毒蛾衆(モルスファレナ)の頭と打ち合わせを」

「会う」

「しかし、お嬢様……この大事な時に」

「恩人が、わたくしを頼っているのだ」

 彼女はそう言うと、騎士の一人を南の方向へと向かわせたうえで、自分たちも行こうと誘う。

「ジュリアン様、もうひとつ、黒竜騎士団(ドレイグナイツ)のセレスティーヌ様にも使者を頼めないでしょうか? 同席をお願いしたい」

「黒竜(グレイグ)公爵夫人? かまわないが、彼女とも知り合いだったのか?」

「ええ、先ほど」

 彼女はまた、騎士の一人を走らせる。

 南へと、彼女の少し後ろを歩く俺は、周囲を騎士たちに囲まれていても質問をすることにした。

 あまり時間がない。

「今回の半島侵攻、狙いは皇子ですね?」

 ジュリアンは沈黙を選ぶ。

「大事なことです。それとも、お聞きになられていない?」

「いや、その通りだ」

「お嬢様!」

 騎士の一人が彼女を注意するも、ジュリアンは無視して続ける。

「先帝の御子を連れて逃げたマリーナ・ファウスが、この森に逃げ込んだのではないかということになったのだ」

「どうしてでしょうか?」

「帝国中を、この十五年間、探し続けた。しかし、見つからない。国外に人知れず出たとしても、マリーナほどの魔導士が、人に知られずに十五年間? 考えづらい。この半島だけが、これまで捜索対象から外れていたから、資源確保も可能ということで宰相閣下と四公による多数決で、侵攻が決定したのだ」

「黒竜(グレイグ)公爵は反対票を?」

「そこまでは聞いていないが、賛成三、反対一、棄権一と聞いている。どちらにしても、賛成が多かったようだ。しかし、アルスはどうしてここに? 強いのはわかっているが……傭兵になったわけではないだろう?」

「……ジュリアン様には、御父上同席のもとでお話をします」

「……そうか。大切なことがわかったのかな?」

「大切なこと……そうです。とても大切なことです」

 俺は、頷きを返す。

 周囲の騎士たちが、何者だという表情で俺を見ている。しかし彼等は口を挟まず、邪魔もしなかった。そのことから、ジュリアンが騎士たちから信用されているのだと受け取ることができて、少し嬉しい。

 黒獅子(リオーグ)騎士団の野営地が見えてきた。

 騎士たちの他、騎士見習い、従者たちが忙しそうに動く中を俺たちは中央の幕舎へと歩く。

 大きな幕舎は、見張りの騎士たちが開けてくれた。

 ジュリアンに続き、中へと入ると壮年の騎士と、老婆が地図を眺めているところだった。

「ジュリアン、そちらがアルス殿か?」

「そうです、父上」

 壮年の騎士は、老婆に会釈をすると俺の一礼を受けて微笑む。

「アルフレッド・パラメイスだ。バルニアでのことは聞いた。娘が賢くなって帰ってきた。感謝したい。また、あの時、娘の護衛につけた者たちのことは残念だったが、見舞金をしっかりと支払い、またそのご家族の暮らしは私が責任をもっている」

 俺は頷き、老婆へと視線を転じる。

 彼女は、うさんくさそうに俺を眺めていた。

「アルスと申します。お邪魔して申し訳ありません」

「ベルニカ・グレシュ。どうも」

 名乗った彼女を、アルフレッドが補足してくれた。

「毒蛾衆(モルスファレナ)を率いておられる女性だよ」

「勝手に紹介しなさんな」

 老婆の注意に、笑みを返した黒獅子(リオーグ)騎士団総長は、従者の少年に飲み物を頼むと、床几のひとつを俺に勧めてきた。

「話があると聞いた。うかがおう」

「ありがとうございます。ですが、少しお待ちください。実は、ジュリアン様にお願いをして、セレスティーヌ様にもご同席をお願いしたのです」

「小僧が生意気な! セレス様を呼び立てるとは!」

 ベルニカが怒り始め、アルフレッドが宥める。

 毒蛾衆は黒蝶(ベラウラ)公家直属だったはずだ。

 なら、セレスを知っていて当然か。

「生意気なことをして、申し訳ございません。それだけ大事なことなのです」

「なぁにが大事なことだよ! わたしらがこうして時間を割いていることに見合うんだろうね?」

「必ず」

 俺の断言に、ベルニカが目を見張る。そして、彼女を宥めていたアルフレッドも。

 ジュリアンも、俺の隣で驚いていた。

「アルス、そんなに大切なことなの?」

「そう。とても大切なことだ。セレスティーヌ様がお見えになるまで、休ませてもらいます」

 俺はそこで、床几に座った。




 - Il était appelé le Grand Mage. -



 しばらく待った後、幕舎の中にセレスが現れた。

 彼女を見て、誰よりも早く一礼したのはベルニカだ。

「婆や、皆の前だから」

「姫様、若造のためにご足労をおかけしました。アルフレッド卿が恩人と申すもので――」

「婆や、いいのよ」

 彼女はベルニカの言を遮ると、俺の前で片膝をつく。その所作ひとつで、彼女はこの場を支配した。

「殿下、まかりこしました」

「……話す前なのに」

「ですが、お話になられるものと臣にはわかっております」

 アルフレッド、ベルニカ、ジュリアン、居合わせた騎士たち、従者たちが、自然と俺を見る。

「ひとつ、確認する。ヴァスラ帝国によるリリス半島侵攻は、マリーナ・ファウス発見と、行方不明となった皇子探索だな?」

 口調を意図的に変えた俺に、セレスは合わせてくれた。

「はい、殿下」

「ならば、侵攻の名目は失われた。速やかに各隊を後退させよ。異論があるなら、宰相に伝えろ。探していた皇子本人がここにいるとな」

 俺は言い、固まる面々を順に眺める。

 ジュリアンが、「アルス?」と囁いた。

「俺の名は、アルス・マリーナ・ファウス」

 名乗った時、誰もが、俺が母さんの名前を持つ意味に、衝撃を受けたように固まる。

「マリーナによって救われて、育てられた皇子だった男子は俺だ。ルシアンという名前から、母上によってアルスと改名された」

 セレスが、立ち尽くすアルフレッドを見上げて口を開いた。

「頭が高い」

「は? ……ええ!? あ!」

 アルフレッドはハッとして、両膝をついた。

「はははぁああああああ!」

 彼が平伏したことで、騎士たち、従者たちも慌ててその場で両膝をつく。

 ベルニカは、腰を抜かしたようにへなへなと座り込んだ。

「アルス……本当か?」

 ジュリアンだけが、立ったまま呆然としている。

 俺は姿勢を正し、全員の視線を正面から受けて答えた。

「俺が、そなたらが探す皇子ルシアンである。育ててくれたマリーナは病で没したゆえ、皆に会えぬことも伝えておこう。宰相に遣いを出すように。これは、ルシアーノ・アレクサンドル・ヴァスラ・グイエンとしてそなたらに頼む」



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こういうシーンってなんでこんな気持ちいいんだろうか! かましたれ!
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