コボルトの村へ
ギュレンシュタイン皇国が用意してくれた船は、キングスレイ級三番艦の大型戦列艦オプスタクスだった。この艦は高速で、航続力にも優れているとダリルが教えてくれた。
「最新鋭を貸してくれるあたり、陛下はお前に感謝しているようだ」
「俺たちに、だよ」
ダリルと俺の船室で、彼の包帯を変えながら会話をしている。
俺もリューネも、まだダリルに荷物を持たせるつもりはなかったのだけど、シスが、自分が持つ! と言い張り、頑張った結果、疲労困憊で爆睡していた。
思えば、ダリルの包帯交換や、薬など、全部を一人でやっていたうえに荷物運びで、限界を迎えたんだろう。
「傷、どう?」
「実は腕のほうが今は楽だ。背中が長引いている感じだ」
「歩くのは?」
「歩くのはいい。庭で、少し走ってみたけど長時間はまだ無理だ。後方支援で頑張らせてもらう」
「わかった。荷物も無理はさせない」
「アル」
ダリルが、笑みを消して真面目な顔になったので、先をとることにした。
「治ったらこき使うから、詫びはいらないよ。甲板に行ってくる」
部屋から出る瞬間、頭を下げているダリルが一瞬だけ、見えた。
照れくさいから、気づかないフリをしたんだ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
ギュレンシュタイン皇国の軍船に乗れていることで、俺たちは寄港先で取り調べや手続きをしなくてよかった。
「ギュレンシュタイン皇国の海軍だ。要人を乗せている。文句あるか?」
これで、ほとんどの国は、「どうぞどうぞ」となるのだ。
「実は、アメリア陛下に、俺のこと、見抜かれたんだ」
甲板に出て、海を眺めながら話す相手はリューネだ。
「え? それなのに協力してくれたの?」
「うん……すごい人だ。あの時、船を用意してくれて助かったと思ったけど、きっと陛下は、船旅が順調に行くために、そうしてくれたとも理解できる」
「……帝国が軍を派遣する地域に、わたしたちが行く。皇国の船なら、わたしたちはいちいち調べられないってことね?」
「そう」
「……頭、いいね。あの人」
「うん、あの短時間で、そこまで考えてくれて……手を差し伸べてくれて、感謝しかない」
「ロイタール遺跡のこと、それだけ感謝してくれたのよ」
「うん……じゃ、練習再開しよう。近接戦闘で、呪文の詠唱してる暇なんてないんだから」
「はい! お願いします」
稽古を再開。
甲板の上でリューネに稽古をつけていると、海兵たちが集まって見学を始めるのはいつものことだ。そして、彼女の稽古が終わると、彼ら相手に稽古をつけるのがここ数日の日課になった。
「先生! お願いします!」
「先生! 手ほどきを!」
海兵たちに頼られて、悪い気はしない。
その彼らはリューネに、最新の総合格闘術を教えてくれるので、非常にありがたい。
打撃と柔術を組み合わせた格闘術と、武器を持つ相手を素手で制圧する技など、俺も勉強になる。
そして夜は、艦長が俺たちに最新の情報を届けてくれる。
「帝国は四公を中心に、総勢五万の軍勢を魔族の母半島に向かわせた。二日前の情報だから、今はおそらくこの位置だろう」
アネット艦長は、地図を広げて説明してくれた。
話を聞く俺とダリルは、地図を見つめる。
大軍ゆえに、速度は遅いと思う。
「辺境伯爵領のほうで、軍の編成は行われていますか?」
ダリルの問いに、艦長は首を傾げた。
「ロイス辺境伯爵はまだ動いていない。彼はもともと、魔族の母半島の魔族とは敵対しない方針だった。おそらく、今回も帝国の動きを静観しつつ、命令が出れば仕方なく応じるという構えではないかな」
「アル、どの港で上陸するのがいいと思うか?」
「目立つのは避けたいですが、信頼できるご領主がいます。コトラス子爵ウェルゲイ様です。彼の治めるコトラスから北東方向、小さいですが港があります」
俺が地図で、おおよその場所を示すと艦長が鉛筆でそこに印をつけた。
「軍艦が行けば、怪しまれる。バルニアで、商船に乗り換えたほうがいいだろう。手配させよう」
「ありがとうございます」
- Il était appelé le Grand Mage. -
バルニア港の沖合で待機すること一日。
アネット艦長のおかげで、ヴァスラ帝国北東方面へ船を出す手続きが行われた。
商船を動かすために、ギュレンシュタイン皇国海軍北海艦隊に所属する海兵隊一個小隊が俺たちに協力してくれることになった。
条件は、魔法と近接戦を融合させた俺の戦い方を、航海中に彼らに教えること。
強くなることに貪欲……。
「先生! お願いします!」
……悪い気はしない!
- Il était appelé le Grand Mage. -
コトラスの町。
ここに来たのは、もう何年も前のことのように感じる。
町の様子は変わりないと思ったけど、町の入口には黒鷹公爵旗がはためいていた。
「アル、公爵の軍が駐屯しているぞ」
ダリルが言い、シスを見た。
「荷物、大丈夫か?」
「問題ない、大丈夫」
「顔、フードで隠せ」
シスがフードをかぶって、顔を隠した。エルフがいると、それだけで目立つからだ。ギュレンシュタインがある中央大陸には、エルフやドワーフの国であるイシュクロン王国があるから、エルフも珍しくない。だけどここは帝国の、さらに辺境だ。
目立つことを避ける。
村に入るまで、これを徹底したい。
それでも、ウェルゲイ様に会って、知る限りのことを聞きたいと思った。
町に入った直後、ダリルが言う。
「中隊規模……百人ほどだ。この町の規模で考えると、警備にしては多いな」
「人が、歩いていません。戒厳令が出ているのかも」
俺は言い、子爵閣下の屋敷に向かう。
途中、兵士五人が俺たちに駆け寄ってきた。
「おい! お前ら何だ!?」
「戦争になる。避難命令が出ているんだぞ!」
ダリルが、俺たちの前に立つ。
片腕の彼を見て、兵士たちがたじろいだ。
「この通り、怪我人だ。乱暴はよしてくれ。ここに来たばかりで、避難命令を知らなかったんだ。昔、お世話になったウェルゲイ様に会いに来たんだが」
兵士たちは、俺たちをじろじろと見ていたが、道を譲ってくれる。
「コトラス子爵は最後に町を離れる。まだ、いるだろう。さっさと終わらせろ。お前たちも早く町から出るんだ」
「わかりました」
こういう時、ダリルは大人の対応をしてくれるので非常に助かります。
屋敷に入ると、玄関は開かれていた。
「ごめんください! アルスです!」
声をあげると、廊下の奥の厨房から、エリザが顔をのぞかせた。
「嘘! 信じられない!」
彼女は叫ぶと、一目散に駆け寄ってきて、俺に抱きつく。
「無事だったのね! 元気!?」
「元気です」
「ウェルゲイ様! ウェルゲイ様!」
彼女は、二階へと声を発する。
すると、階段の上にウェルゲイ様が立った。
「アルス!」
どたどたと階段を降りてきた彼は、俺の肩を強く抱く。
「よく無事で! よかった」
「ありがとうございます」
俺は、二人に、仲間を紹介する。
ウェルゲイ様とエリザと、ダリル、リューネ、シスが名乗りあい、挨拶をする。
そして、ウェルゲイ様の口から、知りたかった情報が伝えられた。
「宰相閣下のご命令で、魔族の母半島の魔族討伐だ。ここも避難しないといけない」
「先ほど、軍の人たちに聞きました。しかし、魔族相手の戦争って、どういう理由なのですか?」
「彼の地には、金や銀が眠ると言われているし、鉱物資源や木材も豊富……帝国北東地域の経済活性化のためだそうだ」
二人は俺に親切とはいえ、帝国の諸侯の一人とその恋人だ。暮らしを豊かにするために、と説明されては歓迎するのも仕方ないことかもしれない。
「しかし、どうしてこの時期に?」
「母さんのお墓、大丈夫かなと心配になって」
エリザの質問に、俺は頭をかきながら答える。彼らには、俺の素性は伝えていないので、誤魔化すようで悪い気がした。
俺の説明で、ダリルやリューネは俺が二人に詳しくは話していないのだと察してくれた。
シスが、口を開こうとしたがダリルが止める。
助かった……。
「ウェルゲイ様、馬車をお借りできませんか?」
俺の頼みに、彼は快く応じてくれる。
「避難するから使ってくれて構わないよ」
「助かります」
馬車なら、ダリルに負担をかけなくてすむ。
「でも、北のほうに行くなら気をつけて。すでに先遣隊が到着しているようだから。見つかったら、避難命令無視で捕まるかもしれない」
先遣隊?
ウェルゲイ様の情報に、俺は表情を曇らせる。
「失礼、先遣隊の規模はわかりますか?」
ダリルの問いに、子爵閣下はエリザを見た。
「何て言ってたかな?」
「たしか……傭兵組合で募集した人たちと、有名な騎士団から人を集めたとか」
嫌な予感がする。




