地上にて
重傷のダリルを抱えて、岸壁の横穴から外に出た時、夜だった。
シスが周囲を眺め、つぶやく。
「森が……なくなっている?」
そうだ。
俺たちが立っている場所は、森ではない。
正確には、かつて森だった場所、と言うべきだろう。
焼けただれた樹木がぽつぽつと並び、地面は焦げた跡が痛々しい。
最近のことではないだろうが、遠い昔のことでもない。
リューネが、方向を示した。
「あっちが、出発地点。三〇分ほど歩くね、この距離は」
回復したケイルズとメリッサが、最後に出て来た。
「ケイルズ、俺たちはギュレンシュタイン皇国の許可を得て、遺跡に入ったんだ。ケイルズたちが一緒にいたら、彼らにそちらのことを話さないといけなくなる」
俺の言葉に、彼らは意味を受け取ると片膝をつく。
「殿下、ご配慮、感謝申し上げます」
ケイルズはそう言うと、その姿勢のまま言葉を続ける。
「私どもは、ここで失礼いたしますが……私が申し上げたこと、熟考くださいますよう」
「……」
「これを」
彼はマント留めを外すと、俺へと差し出した。
ダリルをそっと地面に横たえ、マント留めを受け取る。金で作られた高価なもので、模様も凝っていた。
「本拠は、五カ国半島のミラーノにあります。半島に来られた際はぜひ立ち寄ってください。その時、それが必要になります」
立ち寄りたいとは思わないけど、彼なりにいろいろと考えてのことだ。
ここで拒否するのも悪いと感じて、受け取ることにした。
「わかった。ありがとう」
「では」
二人が去り、俺はまたダリルを抱える。
リューネが彼に飲ませた痛み止めのせいで、彼は眠っていた。
シスが、俺の後ろでダリルを見つめながら歩く。
「シス、戦った結果だよ」
リューネに言われたシスは、涙を腕でぬぐうと言う。
「わたしは、ダリルがいなかったら死んでいたの」
彼女は言い、俺の横に並ぶと眠っている彼の顔を覗き込んだ。
「わたしは、人間のことを好きじゃなかった。さっさと死んじゃうし、エルフをさらう奴らもいるし、嘘や裏切りも当たり前だもの」
さっさと死ぬってのは、寿命のことを言っているんだろうけど……。
彼女は、それ以上のことは言わず、進む方向に光球をふたつ、後方にひとつ、浮かび上がらせる。
「早く、運ぼう」
彼女が先頭を歩く。
ダリルが、歩いていた位置だ。
この三人だと、自分が前を進んだほうがいいと思って、そうしているのだとわかる。
いつも後ろで、何かを食べながら歩く彼女に見慣れていたので、見直すことができた。
「もう少し左側に進んで。この方向」
リューネの指示で、夜の荒野を歩く。
ふと、ダリルが軽くなった気がして驚くと、後ろのリューネが彼を支えてくれていた。
はるか先に、光がぽつぽつと見え始める。
「光?」
シスの言葉で、前を見た俺にはわかった。
「野営地だ。急ごう」
俺たちは少し、速度をあげた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
オズワルドさんの部隊と合流した直後、ダリルの手当てが行われた。
腕の切断面を焼いて止血し、消毒する。それに背中の傷の消毒や縫合など、軍人たちは戦場で慣れているらしいが、俺たちは全く慣れていない。
幕舎の中から、手当をされるダリルの悲鳴、叫び声が外に漏れてくる。
早く終わってくれと祈る俺の横で、リューネが俺の腕を掴んで離さない。
そしてシスは、幕舎に近い場所でずっと精霊に祈っていた。
「お願い、お願い、助けて。彼を助けて」
彼女の声が、聞こえてきた。
ダリルの声が聞こえなくなり、医務官たちが出て来る。そして、指揮官のオズワルドさんが俺たちの前に立った。
「腕の切断、少し上部で切断し直してから焼いて、治療をしている。背中の傷、縫合は終えたが癒えるまで動かすとまた開く。それと化膿止めと包帯の交換を定期的におこなう必要がある」
「わかった」
答えたのは、シスだった。彼女は一人、幕舎へと入る。
俺は、オズワルドさんに感謝を伝えた。
「ありがとうございます」
「当然のことです。氷魔人との戦闘で、彼は怪我を?」
「いえ、そうではありません。氷魔人は戦いをこちらから仕掛けなければ、向こうから攻撃してくることはないはずです」
俺の言葉に、彼は目を見張る。
「ダリルの怪我は、他の奴です。実は……ちょっと説明が難しく長くなるのですが……」
「かまいません。それを聞くために、私がここにいるのです」
オズワルドさんが言った時、幕舎の中からシスの声が聞こえてきた。
「ダリル! 頑張ったね! よかった……よかったよぉおお! うわーん!」
「ちょっと、ダリルを寝かせてあげて」
リューネが中へと飛び込む。
開け放たれた入口から、中の様子が見えた。
ベッドの上で目を開けているダリルに、シスが抱き着いて大泣きしている。
「エルフが珍しい」
オズワルドさんの言葉に、俺は苦笑した。
「彼女、いい奴なんです。エルフにもいろいろいるんですよ」
「へぇ……それで、どうだったのですか?」
俺は、遺跡の内部で経験したことを彼に説明する。ただ、核兵器云々というところは誤魔化した。説明しても、理解されないだろうからだ。
「古代の遺跡で、いつ造られたのかもわからないというのは、相当に昔だったということです。おそらく、竜が支配する時代よりもずっと前だと思います」
俺が説明をそう結ぶと、オズワルドさんは腕を組んだ。
「……入ったところと、出口が違うか……しかも、その人が乗ることができる大きな箱型の部屋で、移動させられる……今回、君たち四人だから死者は出ていないが、まだ危険は残っていると思いますか?」
「はい。氷魔人の問いかけへの回答に失敗した場合や、その地下施設の状態、帰る道の迷宮など経験しただけでもまだ危険はあると思いますし、新種の魔人と遭遇したことから、迷宮にはもっといるものと予想します」
「わかった。私から報告書を提出しますが、君からも話を聞きたいと陛下は仰るかもしれない。彼の怪我もある。しばらくは皇都に滞在してください」
「はい。そうさせて頂きます」
「部屋の心配はいらない。迎賓館に用意させますから」
「ありがとうございます」
「よかった。じゃ、明日に出発」
頭を下げて、オズワルドさんを見送る。そして、幕舎の中に入った。
ベッドで横になるダリルは、無事な右手を差し出してきた。
握ると、強く握り返してくる。
「アル、すまない。足手まといになって」
「そんなことはないよ。ダリルがいてくれて助かったんだ」
彼は、自分の左腕へと視線を転じた。そこは、上腕部の半分ほどしか残っていない。包帯が濡れているのは、シスが流す涙のせいだ。
「アル、リューネ、シス、傭兵稼業は引退だ。ちょうど今、ギュレンシュタインにいるから、このままゴート共和国に帰るこ――」
「だめ」
シスの短い言葉は、俺とリューネの視線を集めた。
「ダリル、離れるのはだめ。わたしはダリルに、恩を返したい。一緒に」
彼女はそう言うと、俺を見た。
「アル、彼も一緒に。じゃないと、わたしはダリルと一緒に行く」
「行くって、どこに?」
リューネが困ったように尋ねると、シスは真面目な顔で答える。
「ダリルが、行くところに行く」
「……馬鹿かよ、お前」
ダリルが言い、俺を見た。
「こいつ、わかってない。片腕の俺は何の役にも立たないって言ってやってくれ」
彼の言に、シスは俺をじっと見てくる。
「ダリルには、リューネの荷物を分けて持ってもらう。戦う必要はない。相談にも乗ってほしい」
「え?」
「その分、リューネには前に出てもらう。弩と魔法、それに短剣で戦ってもらえばいい」
リューネが慌てて口を開こうとしたけど、俺は彼女を見た。
「リューネ、魔法の勉強もしているし、大丈夫」
「アルもシスも、次はダリルが、本当に死んじゃうかもしれないよ!」
「わたしが、必ず守る」
シスが、言った。
俺も、頷く。
「リューネ、俺の我儘だけど、俺はダリルの経験をかっているから、彼が傭兵を辞めることを少し先に延ばしてくれるなら、一緒にいたいんだ」
リューネは俺とシスを交互に見て、次にダリルを見た。
「どうする? わたしたちはダリルと一緒にいたいけど、ダリルはどう? 一緒に来てくれる?」
ダリルは何も言わず、小さく頷く。
「ありがとう」
感謝を伝えると、彼はそっぽを向いた。そして、鼻をすする。
シスが、ベッドの横に座ろうとするので、声をかけた。
「シス、明日は出発だ。寝よう」
「わたしは、ここで包帯の交換をする。あと、お薬も」
「軍の医務官がしてくれるから」
「わたしが、する。わたしが、したいの」
「……わかった」
俺はリューネを誘い、幕舎を出る。
彼女が、俺の腕をギュッと握った。
「アル、よかったの? わたしもダリルと別れるのはつらいけど、彼のためにも、いいことなの?」
「いいか悪いかなんて、それだけで物事を決められないよ」
「……」
「……いいよ、聞きたいことを聞いても」
俺は、きっとリューネが、例の件を知りたがっているとわかっていた。
「……魔族の母の森、助けに行くの?」
「行く」
「皇子として?」
俺は、迷うことなく答える。
「マリーナの子、アルスとして行くよ……いや、戻るよ。恩人たちのところに」




