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紙一重

 シスのおかげで、迷路になっている階層を苦労なく通過することができた。

 階段をあがると、広間があり、そこにいた魔物たちと遭遇戦になる。

 ゴブリンの群れは数が多く、俺たちを餌と認識しているせいで問答無用に襲ってきた。

 それでも、俺とシスが後衛を務め、ケイルズ、ダリル、メリッサが前に出て戦えば、ゴブリン程度なら十分に圧倒できる。

 みるみる数を減らすゴブリンたち。

 それでも俺が緊張しているのは、後ろで俺たちを観察しているあいつのせいだ。

 蛙頭魔(バトラクス)と名付けた化物。

「掃討したな」

 ダリルが言い、剣をマントで拭く。その隣で、ケイルズが俺の背後を肩越しに見た。

「まだ、いますね、やはり」

 蛙頭魔(バトラクス)は、一定の距離を保って、俺たちについて来る。

 どういうわけか、俺たちにご執心なのだ……。

 そして厄介なのは、あいつが決して弱い個体ではなさそうなことだ。

「強力な魔法で、倒してしまえばどうだろう?」

「防がれた後が厄介なんだ」

 俺は、例えば哭龍舞(ダンテ)のように防御魔法(ディフェンシォ)を無視する魔法を考えたものの、何らかの方法でそれを防がれてしまった後が困ると感じた。

 大隧道では、哭龍舞(ダンテ)を撃った後に休憩を取った。

 その時と今は、状況が違うと思っている。

 俺が休憩をとろうとすると、蛙頭魔(バトラクス)が襲ってくるからで、堂々巡りというやつだ。

「アル、体力はどう?」

 リューネの問いに、俺は頷きを返す。

「まだ、大丈夫」

「さっさと出てしまったほうが良くない? 最悪なのは、アルが疲れて戦えなくなり、あいつが襲ってきた時、わたしたちが惨敗する」

 彼女の読みは最悪なケースといえるけど、この場でそれを笑う者はいない。

 ケイルズは、真面目な顔で頷き、化物を見ながら口を開く。

「そうだ。あいつ、弱くはない。いや、強いだろう」

「魔人に匹敵する強さでしょうか?」

 メリッサの問いに対して、答えに悩んだ。

 正面から戦っていないので、実際のところわからないのだ。

「じゃ、さっさと行かない? お腹すくし」

 シスが言い、先頭を歩きだした。

 俺たちは、後ろを気にしながら大食いエルフに続く。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



「この階層の上が地上だよ」

 シスの言葉を、こんなに嬉しく聞いたことはないかもしれない!

 後ろに、ずっとついてくる不気味な化物のせいで、俺たちは間違いなくいつもの移動よりも疲れていた。それに、ゴブリンや黒皮狩人(ハンター)が襲い掛かってくるので、正直、そろそろしんどいなと思っていたのだ。

「この先が、階段」

 俺たちが進んでいる通路の先には、広い空間が広がっているように見える。

 俺の消耗を減らそうと、シスが光球(ルベン)を前後に一つずつ浮かばせてくれていた。その一つ、前に浮かぶ光球(ルベン)がその広間に入った時、ケイルズとメリッサがすぐに長剣を抜き放つ。

 道下師(スブヴィア)と呼ばれるその魔族は、人の子供程度の大きさだが縦に開いた目と口が、違和感を突き付けてきて不気味だ。そしてゴブリンの革でしつらえた衣服は悪趣味極まりない。

 ケイルズとメリッサが左右から挟み込む動きで接近するも、道下師(スブヴィア)は後退しながら積層型召喚魔法陣を宙に描いた。

 一瞬で、三体の断罪人(ヴァヒド)が召喚された。

 ケイルズとメリッサが、異変で後退した直後、現れた三体の断罪人(ヴァヒド)は、肉切包丁を両手に持ち、その刃をこすりあわせることで耳障りな音を発する。その頭部はぼろきれが巻き付けられていてわからないが、隙間から覗く赤い目はぎらついていた。

 これまで掃討してきた奴らよりも、桁違いに強い魔族との戦い。

 嫌な予感がした俺は、後方の蛙頭魔(バトラクス)がニタニタと笑っているのを見る。

 こいつ……。

 ダリルが、俺の隣で後方に構えた。

「後ろの奴は、襲ってこない。前の四体を始末しよう」

 いい判断。

 俺は前の二人に加勢するように前進し、緊張した顔のシスに声をかける。

「ダリルと後ろの奴を見て」

「……わかった」

 シスと入れ替わる。

 局面が、動いた。

 断罪人(ヴァヒド)三体が迫ってきたと同時に、道下師(スブヴィア)が爆雷(ドナーシュラーク)を発動した。広範囲を攻撃対象とする雷撃系の危険な魔法だ。

 俺が全員を魔封盾(スクトゥーム)で守りながら、火炎弾(フレイム)を連発して道下師(スブヴィア)を狙う。俺の魔法で奴が攻撃魔法を発動できなくなった隙に、ケイルズとメリッサが断罪人(ヴァヒド)三体に突っ込む。

 彼らはすれ違いざま、二体の断罪人(ヴァヒド)を斬り伏せるも、一体の斬撃でケイルズの腹部が裂かれた。

 俺は黒剣を抜き放っていて、二人が討ち漏らした断罪人(ヴァヒド)へと突っ込み、化物が次の動きへ移る、その重心が揺れた瞬間を狙って、斬撃を見舞う。

 ほぼ同時に、道下師(スブヴィア)は防ぎきれなかった俺の火炎弾(フレイム)をくらって、吹っ飛んでいた。そこにメリッサが突っ込み、胸部へと剣を突き立てる。

「アル!」

 シスの声!

 急ぎ振り返ると、俺が前面の敵へと集中した隙を狙い、蛙頭魔(バトラクス)が襲ってきていた。その攻撃を受けたダリルが、左腕を肘のあたりで切断されていたが、長剣を蛙頭魔(バトラクス)の腹部へと突き立てている。

「ダリル!」

 叫んだ瞬間、ダリルが転がりながら後退する。その彼をシスが守ろうと、氷槍(バラス)を発動した。

 俺は、黒剣を握りしめたまま走り出す。

 リューネが、弩の矢を蛙頭魔(バトラクス)へと放った。

 化物の頭部に矢が刺さったと同時に、シスの氷槍(バラス)は防御魔法(ディフェンシォ)で防がれる。

 蛙頭魔(バトラクス)の爪が、シスに振り下ろされた。

 彼女を突き飛ばしたダリルは、背をざっくりと斬られる。

 距離をつめた俺は、黒剣を振りかぶり、隙だらけとなった蛙頭魔(バトラクス)の頭部を狙った。

 黒剣を振り下ろすも、化物が横に逃げる。しかし、その肩を俺の剣が裂いた。

『グギャギャァアア』

 悲鳴をあげた化物は、背を見せて離れようとした。

 俺は、これまでのことで十分に予感している。

 風守護(シルフェ)で、俺は速度をあげた。

 逃げた蛙頭魔(バトラクス)の前に回りこんだ俺は、驚く蛙顔へと黒剣を一閃する。

 化物の頭部と胴体を、斬り離した。

 胴体が倒れた直後、リューネが叫ぶ。

「ダリル!」

 メリッサが鋭い声をあげる。

「閣下! 血を!」

 俺は、ダリルに駆け寄る。

 彼は、重傷だったが生きていた。

「すまん、ドジふんだ」

「わ……わわわたたししししが、わたしが逃げれなくて」

 シスが顔面を蒼白にして、彼の腕の切断面をマントで縛ろうと必死だ。

「リューネ、手当てを」

 俺は二人にダリルを任せ、ケイルズへと駆け寄った。

「大丈夫か?」

「ええ、血を飲めば治ります。だから、ああいう戦い方をしました」

 ケイルズはだが、持参した小瓶は戦いで割れている。

 メリッサが、彼の前に腕を差し出す。

「閣下、わたしの血を」

「……すまない。殿下……お願いです。見ないでください」

 俺は、二人に背を向ける。

 背後で、メリッサが小さく呻く声。

 ダリルは、リューネに包帯を巻かれていた。

「アル、急いで地上に」

「俺が背負う」

 俺は、応急処置を終えたダリルの顔を見る。

「運ぶよ」

「すまん。頼むよ」

 ダリルを背負い、泣きじゃくるシスの頭を撫でる。

「戦おうとしたんだ。頑張った」

「うううう……ダリルがぁあああ……うわーん! 死んじゃうよぉおお!」

「おい……勝手に殺すな」

 俺の背中で、ダリルが呻くように言った。


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