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出口を目指す

 書庫で、休憩をとることになり、俺たちはそれぞれに身体を休める。

 未発見の魔導書は、竜言語に近い言葉なのだが、神語(ヴァイス)にも通じるものがあり、どう訳せばいいのかまったくわからない。しかも、左から右へ書くのが一般的な現世とは違い、この書は右から左へ書かれている。

 魔導書とにらめっこをしていた俺の横に、ダリルが来た。

「この遺跡、おかしい」

 核の保管庫が地下になったなんて、そりゃそうだろう。この世界の人たちにとって、理解できないことだらけだろうし……何と説明しようかと思っていると、彼は周囲を眺めながら口を開く。

「入ってきた時と、出る時に道が違う……もしかして、先ほど乗った箱……あれで違う場所に移動しているのではないか?」

 彼が感じるおかしさは、俺が考えていたものと違う種類のものだった。

 なるほど……それもたしかに、おかしいことだ。

「行先を選べない仕組みだった」

 俺が言うと、彼は頷く。

「そうだ。だから、あの地下のおかしな空間に入った後、箱に乗ると入ってきた場所ではないところで降ろされる」

「氷魔人(フィブロス)はいたけど?」

「二体、いたとしたら?」

 ……たしかに、それは考えられる。

 あいつら、見た目がまったく一緒だったし、大きさも同じだったから、違う個体とは思わなかった。しかし、炎魔人(ヴァルラグ)や氷魔人(フィブロス)なんて、見分けがつかないものかもしれない。

「アル、エルフの奴らは出入りをしていたから、出口を知っている。出口、入口とは別の場所ってオチはないか?」

 彼の意見に、俺はシスを手招くと、自然と皆が集まった。

「なんだ?」

「シス、出口って、入口とは別の場所に出たりするか? ほら、入口は遺跡の中心だっただろ?」

「そうだぞ。出口は別だ」

 ……早く言え! というツッコミはしなかった。

 たしかに、俺たちは彼女にこの質問をしていない。

 シスは、聞かれなければ説明しないだけなのだ。

 そう理解しておくことにした。

「どれくらい、離れた場所に出る?」

 ケイルズの問いに、シスは瞬きを繰り返し、口を開く。

「いや、測ったことがないからわからないが、地上に出た時は森だ」

「森?」

 リューネの問いに、彼女はうなずく。

「そうだ」

「そちらから、入れないのか?」

 俺の問いに、シスは首を左右に振った。

「いや、出口は内側からしか開けられない。そして、自動で閉まる」

 ……出口専用ってわけか。

 魔法をぶっ放して、破壊したらどうだと思うも、彼女たちエルフにはその考えがないのだろう。

「どうして、壊して入ろうとしない?」

 ケイルズの問い。

 俺が思っていたことを、彼も考えたようだ。

「壊して、どうする? 入ることが目的じゃないの」

 シスの言うことも、理解できる。

 地図を見ていたリューネが、俺たちにその地図を広げて見せてくれた。

「森って、ここから東にけっこう離れた場所だけど、この辺かな?」

 彼女の質問に、地図を見るシスは首を傾げた。

「うーん……よくわからない。ともかく、前に皆と来た時と変わってなければ森だ」

 ここで、ダリルが書庫の奥へと視線を転じた。

 俺もつられて、そちらを見る。

 何も、ない。

 棚に、書物がずらりと並んでいるだけだ。

 ケイルズが、腰を浮かした。

「何か……来る?」

 メリッサが、警戒するように鞘から剣を抜く。

「シス、知ってる?」

「知らない。こちらは来たことなくて」

 リューネに訊かれ、彼女は即答した。

 入口のほうから、何かが近づいて来ている?

 石眼蛇姫(ゴルゴーン)は間違いなく、始末した。

 とすれば、氷魔人(フィブロス)が追ってきたのか、それとも帰る道の途中に何かがいたのか? 

「シス、前回、お前が入った後にここにエルフは入ってないか?」

 俺の問いに、彼女は頭を振った。

「皆と来て以降、他の誰かが入らなかったという約束はできない。わたしのように、命令されて来た者がいたかもしれないし」

「前回、帰り道の途中で何かを遭遇したか?」

「いや、危ない奴なら覚えているよ。それに、帰り道はさっきの分かれ道のところを左で、しばらく迷宮の中を正しい道を選んで歩く。間違った道に何があるかも、いちいち確かめてないからわからない」

 どちらにしても、出るには先ほどの空間を通る必要がある。

 ダリルとケイルズ、メリッサが前衛で、俺が続き、リューネ、シスの並びで書庫を出た。

 それは、いた。

 何かを探すように、ぎょろぎょろと目を彷徨わせている。

 蛙に似た頭部だが、色は漆黒。体長は俺たちよりも大きく、太い腕にごつい手、そして鋭い爪。脚は短いが腕と同じく太くて筋肉質だ。

「何だ? あれ?」

 ダリルの言葉に、俺も頷く。

 見たことはもちろん、聞いたこともない化物。

 そいつは、俺たちを見つけたはずだが、攻撃しようという気はないらしく、空間の中をうろついている。そして石眼蛇姫(ゴルゴーン)の死体……下半身である蛇の部分にも興味を示さず、壁を眺め、天井を見上げていた。

「進もう、いつ、異変が生じるかわからない」

 ケイルズの意見で、俺たちはその化け物から距離を保ち、邪眼蛇女(ゴルゴーン)がいた広間を出る。そして、三叉路を出口へと向かう道を選び、慎重に進んだ。

「シスも、知らないんだろ?」

 ダリルに訊かれたシスは、最後尾で後ろを気にしながら首を左右に振った。

「初めて見た」

 何だったんだろう?

 進む先で、また左右に道が分かれた。

「シス、道を」

 彼女は後ろから先頭に出ると、右の道を迷うことなく選ぶ。

 最後尾は、俺が受け持つことにした。すると、自然とリューネの背が視界に入る。彼女は、大きな荷物を軽々と担いでいた。

 未発見だった魔導書を追加で荷物に入れたのだけど、それだけでもけっこうな重さのはず……。

 読めないので、持って行こうと決めたのだけど、なんだか申し訳ない。

 ん?

 ふと、後ろを見た。

 先ほどの、蛙頭が俺たちの後をついて来ている。

 ……俺が立ち止まると、そいつも止まった。

 まるで偶然のように、壁を眺める。

 俺が歩き出すと、そいつも歩き出した。

「アル? 遅れるよ」

 リューネに声をかけられて、再び歩き出す。

 肩越しに、後ろを見る。

 蛙頭が、大股でまっすぐに、俺たちの後を追って来ていた。

 歩く速度、向こうのほうが速い。

 あいつ、さっきは全く俺たちに興味を示さなかったのに!

「さっきの奴が、追ってくる」

 俺が言い、立ち止まって構えた。

 前にいたケイルズとメリッサが、後ろへと駆けつけてくる。

 俺たちが警戒すると、そいつは立ち止まり、その場でうろうろとしながら壁を眺めたり、天井を見ていた。

「どう思う?」

 俺の問いに、ケイルズが頷く。

「こいつ、我々が警戒しているとああやって誤魔化しているんでしょう」

「……攻撃しますか?」

 メリッサは、そう言って剣を構えた。

 直後、それまで天井を眺めていた化物が、さっさと離れて行った。

「……あいつ、きっと追ってくる」

 俺は言い、ケイルズとメリッサを見た。

「たぶん、あいつ一体じゃ俺たちに勝てないと理解している。だから、後ろからいきなり攻撃したいか、俺たちが何かと遭遇して困っているところで襲い掛かるか……だと思う」

「卑怯な奴です」

 メリッサの感想に異論はないのだけど、人間っぽいと言えるかもしれない。

「さっさと、出てしまいましょう」

 ケイルズは言い、最後尾につくことを選んだ。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 迷宮となっている場所が、果たしてどれだけの広さかなどわからない。しかし、けっこうな時間を歩き続けている。

「もう、三時間歩いている」

 時計を見ていたリューネの愚痴は、疲労混じりのものだとわかる。

 そろそろ休憩をとりたいと思うも、後ろを見れば、あれがついて来ていた。

 こちらから攻撃をしようとすると、逃げていく。しかし、いつの間にか接近してきていて、背を見せると距離をつめてくる。

 一度、ケイルズがギリギリまで引き付けてから攻撃を見舞ったが、鋭い爪で剣を防いだ化物は、さっと離れた。そして、また誤魔化すようにあちこちを眺めるのだ。

 通路の前後を、俺とダリルで監視して交代で休むことにした。

 一番つかれているのは、荷物を抱えて歩き続けたリューネだった。

 メリッサが彼女の荷を持ち、持ち上げられないと驚いたくらいだ……ダリルが分担しようと提案しても、彼女は「わたしがポーターだから」と言ってきかない。

「こいつの食料、捨てたら軽くなるか?」

 ダリルの軽口に、チーズをもぐもぐと食べていたシスが目を見張る。

「ダベヴァ!」

 ダメだ、と言ったらしい。

 急いでチーズを食べようとするエルフ女を無視して、ダリルが後ろのケイルズに声をかけた。

「追ってきてるか?」

「ああ、相変わらず」

 座って、持参した血液を飲んだケイルズは、それだけで回復できるらしくすぐに立ち上がる。そして、俺と見張りを交代してくれた。

 横になり、仮眠をとる。

 その時だった。

「来た!」

 ケイルズの鋭い声。

 蛙の頭部を持つ化物――蛙頭魔(バトラクス)と勝手に俺たちが名付けたそいつは、俺が休んだ時を狙って、一気に距離を詰めてきたのだ。

 俺が飛び起きて、火炎弾(フレイム)を放つと同時に、ケイルズが前進しながらの一閃を奴にくらわせる。

 化け物は防御魔法(ディフェンシォ)で魔法を防ぐと同時に、爪で剣を弾いて後退した。

 ダリルとメリッサが、二次攻撃に移ろうとした時、蛙頭魔(バトラクス)は一気に距離をとり、さっさと逃げ出してしまった。

「あいつ……殿下が横になったら襲ってきたな」

 ケイルズの言に、メリッサも頷く。

「はい、もしかしたら、殿下のお力を理解しているのかも」

 ……殿下、殿下と呼ばれているけど、訂正するのも面倒になってきた。

「だとすると、アルがいなけりゃ勝てると、思っているってことだ」

 ダリルの意見に、ケイルズが表情を厳しいものへと変える。

「舐められたものだ」

 彼は言い、後方を睨む。

 そこには、再び姿を見せた蛙頭魔(バトラクス)がいた。

 化物は、十分に距離をとってこちらの様子をうかがっている。

 強いのか、弱いのかわからないから余計に不気味……いや、弱くはない。

 俺の魔法と、ケイルズの斬撃を防いだのだから。

「こちらから、攻撃して倒しますか?」

 メリッサの意見に、ケイルズは頭を振る。

「いや、さっさと逃げられて、追えばこちらが疲労する。やめておこう」

 ……しばらく、隙を見せないようにしないとダメか。


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