激闘と発見
姿を隠すものがなく、こちらはあちらから丸見え。しかし、相手は擬態で風景に溶け込む。
「石眼蛇姫は邪眼に気をつけろ! 石化の呪いを受ける!」
ケイルズの鋭い声に、彼の仲間たちが気合の声で応じる。
しかし、石眼蛇姫は再び姿を消し、直後、斜め前から風刃波が放たれた。
呪文の詠唱を必要としない、まさに一瞬の出来事。
俺が防御魔法で防ぐも、それを利用して相手は接近してきたようだ。
先頭のジュールが、一瞬で目の前に現れた石眼蛇姫によって、首に噛みつかれる。
「がぁあああ!」
喉を破られ、血液と悲鳴を撒き散らす彼の背後で、ハミルが火炎弾を発動するも、石眼蛇姫はそれに火炎弾をぶつけて相殺することで、後退しつつ咥えたジュールを引きずった。
もがく彼だったが、その動きが止まる。
じゅるじゅると血をすする音だけが、不気味に空間に響いた。
放り出されたジュールの身体だけが、俺たちの前に残った。そして、石眼蛇姫は姿を消す。
不気味な光景を前に、ダリルは果敢に走っていた。
彼は盾で顔を隠しつつ、石眼蛇姫がいるであろう場所――ジュールの死体の後方へと斬撃を見舞う。
しかしそれは、空中で防がれた。
一瞬だけ、鋭い爪がダリルの剣を防いでいるのが見える。
武器を持っていないが、その鋭い爪は鉄をも弾くようだ。
ダリルは化け物が擬態を解いた直後、邪眼を警戒して相手を見ないように注意しつつ後退する。
その彼の後退にあわせて、ケイルズが前に出る。だが、死体から離れた石眼蛇姫は、蛇女特有の動き――下半身の蛇をバネのようにして跳躍することで、一気に距離を取っていた。
化け物が、完全に姿を消した。
空間は、静かになる。
ししししし……蛇の尾の先が、振動することで音を鳴らす。
集中した。
左……後ろに回り込もうとしている?
俺は、リューネの斜め後方へと火炎弾を放ちつつ、広範囲を攻撃対象とする炎姫演舞を発動した。
一瞬で炎が現れ、その中で石眼蛇姫の姿が浮かび上がる。
奴は魔封盾で防ぎながら、リューネとシスへ跳躍する。
シスが、氷槍を空中へと放った。
石眼蛇姫は、氷槍を放って相殺するも、接近してきたケイルズへは無防備となる。
ケイルズの一閃が、石眼蛇姫の首を薙いだ。
化け物は、驚くように目を見開き、ケイルズを見る。
至近距離で、ケイルズはその目を見てしまった。
「まずい!」
ハミルの叫び声。
着地したケイルズの足先が、ゆっくりと石化を始めた。
首だけとなった石眼蛇姫だが、生きている。その身体が、首を取り戻そうと地面を這い、首を手で掴んだ。
「見るな!」
ケイルズの声。
俺は、リューネが守ってくれた。
彼女は俺を抱きしめるようにして、石眼蛇姫に背を向ける。
シスは、自らの手で目をかばう。
ダリルも、膝をつき盾で顔を隠した。
ケイルズを助けようと、駆けつけていたメリッサが邪眼を浴びる。
「しまった!」
彼女は直後、足先から始まる石化の呪いで動けなくなる。
「閣下! メリッサ!」
怒鳴ったザイードは、盾で顔を守りつつ石眼蛇姫へと接近するも、再び擬態した化け物によって、その斬撃は空振りに終わる。
「くそ!」
怒鳴った彼は直後、横からの爪の一閃を受けて、ふくらはぎをやられて片膝をついた。
「ぐぅお!」
どくどくと流れる血液が、たちまち赤い溜まりを作る。片足をひきずるように逃げる彼を、ダリルが助けようと走った時、ハミルは後ろから石眼蛇姫に襲われて、懸命に反撃した。
「火炎弾!」
彼が発動した火炎弾が、石眼蛇姫に直撃する。しかし石眼蛇姫の鋭い爪が、ハミルの首を裂くのが同時だった。
吹き飛んだ石眼蛇姫。
崩れ落ちたハミル。
ザイードは、ダリルに助け起こされるも出血がひどく動けない。
のたうちまわっていた石眼蛇姫は、俺たちを見る。
まずい!
俺は目を閉じ、リューネもそうしていた。
しししししし……。
また、擬態した……。
どこだ?
空気の揺らぎ、音……変化を逃すな。
シスは俺たちの後ろで、口を開く。
「わたしが皆を魔法で守る。アル、凍王降臨を」
俺は、魔法発動に意識を集中する。
それは一瞬のことだけど、石眼蛇姫にとっては十分な時間だった。
奴は、こちらの動きが一瞬、止まった瞬間を見逃さなかった。
俺は魔法発動に集中していたが、目の前の違和感に気づく。
直感で、黒剣を振るっていた。
擬態が解け、石眼蛇姫が露わとなる。
俺の黒剣を、奴は爪で弾こうとしたが、ざっくりと爪を切られて驚くように口を開いた。
俺は、奴の目を見ないように両目を閉じる。
危険だが、そうするしかない。同時に、黒剣を振るった。
「殿下!」
石化していたケイルズの声。
『キィイイイイイイイ!』
すさまじい女の悲鳴。
見れば、ケイルズが投げた剣が、石眼蛇姫を貫いている。それを抜こうともがく化け物は、擬態をしながら姿を隠そうとしていた。しかし、ケイルズの剣と、こぼれ落ちる血は隠せない。
ダリルが突っ込み、擬態して逃れようとする石眼蛇姫に斬撃を見舞う。
そして、俺の雷撃がそこに加わった。
吹き飛んだ石眼蛇姫は、床の上を転がると壁にぶつかって動かなくなる。
急いで駆け寄り、その首を斬り落とす。
そして、頭を潰さなければまた身体が繋がる気がしたので、火炎弾で頭部を完全に破壊した。
蛇の身体が、床の上でのたうち回っていたが、次第に弱弱しくなり、動かなくなった。
振り返ると、術者が死んだことで呪いが解けたらしい。
ケイルズとメリッサは、石化が進んでいたところが逆再生のように戻っていく。しかし、ザイードとハミルは、助からないとわかった。
ケイルズは、死んだ三人への祈りで片膝をついた。
ダリルが、瀕死のザイードに問う。
「言い残すことはないか?」
「……シュバイク侯爵ズラターンの首を、取ってくれ」
「家族には? 伝えるぞ」
「……ズラターンに、殺された」
ザイードはそこで、俺たちを見ているようで、違うものを見ていたようだ。
「ああ……お前たち……待っていてくれたのか」
幻影を見る彼は、伸ばしかけた手をだらりと下げて、死んだ。
ケイルズとメリッサが、三人の遺体へと近づき、祈りを捧げる。
シスが、俺を見た。
「……すまない。知らなかったんだ」
「いや、わかっている。俺が軽い気持ちで、行こうと言ったから」
俺の言葉に、リューネが言う。
「また、自分のせい? そうやって、なんでも自分のせいにしてると、いつか潰れちゃうよ?」
「……」
俺は、何も言えなかった。
- Il était appelé le Grand Mage. -
石眼蛇姫がいた空間の奥、扉を開くとそこはとてつもなく広い書庫だった。
見渡す限り、棚だった。
右も、左も、奥も。
どれほどの年月を閉じ込めてきたのかわからない古びた紙と革表紙の匂いが、静かに満ちている。
そして、ずらりと並んだ棚に、ぎっしりと書物が収められている。
本当であれば、大喜びするところだけど、三人の死の後ではそうもならない。
重い気持ちのまま、書棚を探していると、魔法関連の書物が固めて置いてある棚を見つけた。
「皆、手伝ってくれ」
俺が皆を呼び、五人が集まる。
三列の棚を、手分けして探した。
「あった。火炎弾の原書じゃない? これ」
リューネが持つ本は、とても古いものだとわかる。
開くと、写本された時に記す番号がなく、革表紙に記された名前から、本物の原書だとわかる。
「……魔導士の始祖ヴァルケイン・ゼグスの署名」
俺はそう口にした時、どうして今まで気づかなかったのだろうと口を開く。
「どうしたの?」
リューネに声をかけられて、俺は彼女を見ていた。
「……俺、すごい先生に習っていたんだ……二人もいたんだ。すごい先生が」
「え? どういうこと?」
「……いや、なんでもない」
「これ、雷帝降臨の原書じゃないかな?」
シスが手に持つ書物。
中を開いて、確かめる。
間違いない。
これも、超貴重な本。
「ねぇ! これ、表題がない」
メリッサの声。
駆けつけると、真っ黒の表紙の書を彼女が抱えている。
開くと、文字が読めない。
どんな内容かまったくわからないけど、確かなことがひとつある。
これは、発見されていない魔導書だ。
「これ、未発見の魔導書だよ」




