星空の下で
「あ! マリーナだ!」
「マリーナ? 本当だ!」
「マリーナ!」
服を着た犬たちが、一斉に俺たちへと群がってくる。
犬……犬だ。
外見は、俺が知る犬そのものだと言える。個体差はあれど、犬で間違いない。
「みんな、ひさしぶり」
マリーナが応えると、彼らは彼女にまとわりつき、尻尾をブンブンして……一斉にガン見された。
「マリーナ! 子供?」
「おめでたい!」
「違うの。この子はそうじゃないの」
「おめでたい! あおー!」
「うおー! あおー!」
「あおーお! あおー!」
騒がしい! でも、悪い奴らじゃないみたいで良かった。
- Il était appelé le Grand Mage. -
ワンコたちの村の長老は、真っ白になったボーダーコリーといえばわかりやすいかもしれない。
彼は俺たちを招くと、疑いもせずにこう言う。
「マリーナどの、いつまでもいてくれてかまわんですから」
「ありがとう、エブール様」
「いえいえ、昔、助けてもらった恩は忘れておりません。しかし、この子が御子ですか?」
エブールが、俺をのぞき込む。
鼻で、くんくんされた。
「ええ、ですが、帝室に戻ることはないでしょう」
「さようですか……我々には、帝国の政治などどうでもいいことですが、マリーナどのに受けた恩をお返しするのは大事です。ただ、ひとつだけ心配もあります」
「帝国の、軍兵がわたしたちを追って、ここに来ないかということですね?」
「さよう……なので、お願いなのですが、隠れてお住まいになって頂ければ」
「それはもちろん。わたしたちも、見つかりたくないのです」
「では、ケイルズ殿とマリーナ様は夫婦ということにして、御子はお二人の子ということで」
「え?」
「いや、それは」
マリーナと、ケイルズが慌てているも、長老は無視して言を続ける。
「御子のお名前も変えたほうがよろしいでしょう。万が一、本当に万が一ですが、人の世に存在が伝わったとして、名前が違うなら時間を稼ぐこともできましょうから」
このお犬さん、いい犬だし頭がいい。
さすがボーダーコリーだ。
マリーナは困っていたが、ケイルズは照れていた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
夜となり、俺たちは長老の家……雨風をしのぐ壁と屋根があるだけの空間で、長老家族と並んで寝ている。
明日、村のコボルトたちが俺たちの家を建築する作業を始めてくれるらしい。
静かな夜。
とても、静かだ。
静かすぎるのと、いろんなことへの不安と、興奮で、眠れない。
早く、自分で歩けるようになりたい……今、他人に頼りっぱなしなのは、正直、怖い。とくに、こんなことになっているから。
俺が、軽率だったのだけど、そうだとしても、父親に死なれたくないし、俺も死にたくないし、マリーナに死んでほしくない。
ごちゃごちゃと考えていると、マリーナが俺を見ているとわかった。
「ルシアン様、眠れない?」
「うん……マリーナ、外、行きたい」
「はい」
マリーナに抱っこされると、ケイルズもむくりと起きた。
コボルトたちは、眠っている。だけど、長老はピクリと耳を動かし、俺たちをチラリと見た……気をつかってくれたらしく、すぐに目を閉じる。
小屋の外……村の上空は森の木々が侵食していないので、空を見ることができた。
美しい星空に圧倒されていると、マリーナの横に立ったケイルズが、口を開く。
「それがしは、村を出て、どこかに逃れます。マリーナどのと殿下が、そちらに逃げたという形跡を作りましょう」
「……ケイルズ」
マリーナの声は、沈んでいた。
彼女もおそらく、最初はそれを考えていたに違いないと、ここでわかった。
いつ、それを言うべきか、悩んでいたのだと理解できた。
「それがしは、妻には離縁され、子もおりません……両親もすでにおらず……独り身ですのでご遠慮なく……旅費、頂いてよろしいですか?」
「……はい、あまり残っておりませんが、全て持って行ってください」
「……殿下、ひとつだけ、お伝えいたします」
俺は、何をこの騎士に言われるのだろうと身構えた。
彼は、優しい笑みで口を開く。
「陛下が、旅費と馬車の用意をしてくださったのです……ですから、陛下のことは嫌いにならないでさしあげてください」
騎士の心に、俺は感謝する。
「ケイルズ、わかった。ぼく、父上、好きだ」
「よかった……よかったです、殿下」
彼はそう言うと、俺たちを残して、村を出て行こうと離れていく。
その手をマリーナが、掴んだ。
「ケイルズ……いつか、またいつか」
彼女はそう言うと、立ち止まった彼の唇に唇を重ねる。
俺は二人に挟まれて、息苦しいけど我慢した。
一秒、二秒ほどの時間。
離れた二人。
離れる騎士と、見送るマリーナを、俺は交互に見た。
そして、頭上を見上げると、頬に一滴の涙が落ちてくる。
星降る夜は、悲しかった。




