辺境へと逃げることになった
俺は今、マリーナに抱えられている。
彼女は俺を、おむつをゴミとして出す袋に隠して運んでいる!
今、俺は自分で汚したたくさんのおむつに囲まれている……でも、我慢する。
これしかない……人目につかない場所までは、これで行くしかないのは、説明されて理解できた。
「こっちへ」
誰かの声……男性とわかる。
「ケイルズ、ありがとう」
「いえ、マリーナどのが命を救ってくれたおかげで、俺は生きていますから……お早く」
「ありがとう」
「では、俺は前に」
なんだ?
俺は、様子を見ることができない。目を開いてもおむつだらけなので、目を閉じているのだ……。
馬車……? 乗り物が動き出した。
ここで俺は、ようやくおむつの山から解放される。
「ルシアン様、ごめんなさい」
マリーナが、俺の顔についた汚物を丁寧に拭いてくれ……着替えをさせてくれた。
汚れた衣類は、さきほど俺が入っていたゴミ袋に押し込まれる。
「ばしゃ?」
俺の問いに、彼女はうなずく。
「はい、ルシアン様とわたしはこれから、帝国の力がまだ及ばない場所へ行きます」
彼女は、説明する。
ヴァスラ帝国は世界でも最大の版図を誇り、国力も他を圧倒するほどだが、帝国北東部には人類の力が及ばない地域があり、そこであれば国外へ出る手続きも不要かつ、帝国の追手も迫らない。
「そこは魔族の母が統べる地域です。帝国も、ここに軍勢を派遣することは百年以上、できておりません。ですがわたしたちだけなら、魔族からも隠れて、目立たず暮らすことができるでしょう。それに、知った相手もおります」
「マリーナ、ごめん。ぼく、まりーな、まきこんだ」
「違います、ルシアン様。わたしはこれを望んで、おこなっております。わたしもルシアン様と、会えなくなるのは嫌ですから」
彼女はそう言うと、いつもの優しい笑みとなる。
俺は、確認したいことを尋ねた。
「ぼく、魔法、父、ばれた、だから?」
「いえ……はい、もちろん、陛下はお気づきでいらっしゃいましたが、それで問題が大きくなったわけではありません」
マリーナが、教えてくれる。
あの時、俺が魔法を発動した瞬間を、帝国摂政であるシュバイク候ズラターンが見ていた。彼はちょうどあの時、祝辞を述べるために俺たちの横に位置どりしていて、襲撃者と父上の間で、火炎が発生して襲撃者にぶつかるのを見たのである。
父も、母も、魔導士ではない。
父の父……もう死んでいないが、祖父が魔導士の血を流していたので、俺は覚醒遺伝だともこの時に言われたが、あの時、あの狭い範囲で、魔法を使える人間はいないはずなのに、魔法が発動した。
それも、俺の目の前……さらに、俺と父上は被害にあわず……襲撃者だけを火炎弾が襲ったとなると、発動者は自然と限られる。
そしてマズいのは、摂政は帝室への影響力を強めたいと考えていて、俺の母親は摂政家とは距離をおく黒蝶公爵家のご令嬢ということ。
「摂政は、ローゼエリーナ様のお子であられるルシアン様を排除し、今、室入りが決まっている自身の娘との子を帝位にと企んだのです……そういう意図が摂政にあることを、陛下は十分に理解なさっておりますゆえ、ルシアン様のお命を守るために廃嫡ということもお考えでしたが、皇妃陛下はそれだとお困りになるということで……」
政略結婚だから、しょうがないとはいえ、渦中の子供たる俺は複雑ですわ……。
ただ、俺のせいだしなぁ……でも、あそこでグサーと父親が刺されるのもつらいから……。
俺は次に、竜に愛された者とは何なのかを尋ねた。
「これは遠い過去、金竜が世界を統べていた時代、その腹心として竜側について同胞を殺め続けた男の呼び名です。彼は、ユウ・ビゼン・ダイグという名で、金竜の竜騎士だった人物……その魂は五百年に一度、復活するとされていて、その魂を宿すと認められた肉体……は、死罪となります」
「確かめず?」
「いえ、確かめる方法があります。仮にそれをされた場合……今回のことは、十分に素質あり、とされてもおかしくないかもしれません……ただ、ルシアン様の場合は、他の条件が異なりすぎます……月が赤い日にお生まれになっておらず、お生まれになっても皆既月食はおこっておらず……そもそも昼間にお生まれになっておられ……天災もございません。全く異なるのですが、ただ人は理解できないものを恐れるものです……わたしも、ルシアン様のお側でお世話をさせて頂いていませんでしたら、彼らと同じく恐れていたかもしれません……でも、摂政の場合は、恐れすらも利用する図太さがございます」
……その摂政、俺が逃げれば大喜びだろうな……ムカつくけど、今はまず無事に目的地に辿りつくことが大事だ。
馬車を操っているのは、ケイルズという中年男性で、精悍な印象を受けるイケオジ風騎士だ。それに、マリーナが信用しているだけあって、とてもいい人だ。
道中、マリーナから彼に、俺の早熟に関してを話してもらった。
「殿下が、帝位を継げぬことが痛恨の極みでございます」
ケイルズはそう悔やんだが、一回だけのことで、以降は帝位だの皇太子だのとは言わず、黙々と馬車を操ってくれる。
マリーナが教えてくれたが、剣の腕前が一流で、騎士たちに剣術を教える立場にあるらしい。
その男が、どうして立場や身分を捨てて、俺のためにと思ったが、実はマリーナのためだとわかった。
過去に、マリーナが魔法で彼を助けたことがあるそうだ。
本当は、惚れてるんじゃないの? と疑って、ある宿場町で馬を替えてもらっている時に、「マリーナ、好き?」と訊くと、慌てていた。
「とんでもない! 俺なぞ、妻には離縁され、誰からも相手にされない老騎士ゆえ」
こう言った彼を見て、惚れてんだなとわかった。
- Il était appelé le Grand Mage. -
馬車での旅は長かった。
途中、追手が迫ったことがあったけど、ケイルズは巧みに道を変え、森に隠れ、時には馬車を替えて……彼は判断が正確で、早い。仕事できる人って、たぶんこういう人だろうなと思う。
仮にその判断が失敗だとしても、そうと気づいた時にはすぐに修正すべく思案し、即時実行……軍人て、皆こうだとしたらすごいことですよ。
どれほどの期間、馬車で移動していたのか俺にはよくわからなかったけど、生まれた場所を出た時はまだ暖かかった気候が、いよいよその場所に近いとなった頃には肌寒くなってきていた。
北だから、というのもあるだろうけど、季節の変化も間違いなくある。
しかし、知らない土地でいきなり生活なんてできるのか? 俺はもうマリーナを頼るしかないから、お任せするだけなんだけど……と思っていると、そんな心配は杞憂だった。
「この先に、コボルトの村があります。わたしが過去、彼らを助けたことがあります。何か自分たちが役立てる時は頼ってほしいと言われていますので、頼らせてもらいましょう」
魔族が支配する地域で、その魔族の村に逃げ込む……なるほど。
森の中を、ようやく進めるといった馬車は揺れがひどい。
そしていよいよ、馬車を捨てて徒歩となる……俺は、マリーナに抱っこされた。
ケイルズが、大量の荷物を一人で……すげぇな、このおっさん!
あ……見えてきた。
森の中、木々から伸びる枝葉の向こう、白い煙をあげる小屋、畑……。
魔族?
コボルト……ファンタジーゲームでは、ザコ敵として出てきたイメージだけど、どんな奴らなんだろう?




