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逃げるが勝ちの気がした

 一歳の誕生日会は、暗殺未遂の現場となってしまった……。

 マリーナにご飯を食べさせてもらって……いい加減、レバーペーストやらなにやら消化にいいものばかりは飽きてきたんだけど……。

 魔法を使ってしまったことを、どう説明しようか迷っている。

 マリーナたち、というか大人たちはおそらく、護衛の誰かが魔法を発動したと思っているに違いない……だけど、父親は明らかに、俺がしたとわかっていた。

 きっとマリーナが、これに関する話をされるだろう。

 その前に、どう説明したらいいだろう?

 ……お腹いっぱいになった。

 マリーナに口をふかれて、リンゴをすりおろした果汁を飲ませてもらって……眠い。

 俺の肉体、超ザコ……一歳児の肉体を襲う睡魔には勝てず、ふかふかの毛布に包まれて寝てしまった。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 寝ている俺は、人の声で目を覚ました。

 ベッドから周囲をうかがうと、両親とマリーナが、会話をしている。

「――のだ。ルシアンの早熟ぶりはすばらしいが、まさか魔法を使えるようになっているとは……」

「申し訳ございません。素晴らしい才能を前にして、どこまで伸びるのだろうという期待と興奮を、魔導士として抑え込むことができませんでした。わたしの責任です。いかようにも処罰を受ける覚悟がございます」

「そうです! 陛下! この女を磔にしてください! この女が魔女で、ルシアンを操っていたとシュバイク侯に伝え、マリーナの死をもって幕引きを!」

 ……!

 寝ていた! お腹いっぱいになって、気持ちよくなって……情けない。

 外は明るい……一晩、過ぎたのか。

 声を発しようとする直前、三人を見ていた俺を、マリーナが見た。

 目があう。

 彼女の目は、ダメ、と伝えてきた。

 そして、それは懇願するような目だ。

 俺は、悩みながらも三人を見守る。

 マリーナの視線で、父親も俺を見た。

 目があった。

 父親は、少し驚いた表情となる。それは、俺が彼を睨んでいたからだろう。

 マリーナを、傷つけたらダメだ。

 そう伝えたい。声に出して、伝えたい。でも、マリーナが……この世界でただ一人の味方だと信じられる彼女が、それを禁じるので我慢する。

 父親が、口を開く。

「ローゼエリーナ、そのような過激なことはシュバイク候も望んではおらんだろう」

「ですが陛下、このままではルシアンが、竜に愛された者レメデュドラゴンとされてしまうではありませんか!」

「だから、そうはならないように対処をする」

「どうなさるのです? いえ、もう答えは出ているではありませんか! この女を殺すしかありません。魔女がルシアンを操り、ルシアンが魔法を使ったように見せたとシュバイク候に説明してくださませ! マリーナを罰して、ルシアンを守ってくださいませ」

「……摂政は、それで納得するような男ではない」

「ではどうするのです!?」

「廃嫡させることができれば良しという魂胆だろう……命までは取ろ――」

「なりません! ルシアンが廃嫡だなんて! とんでもない! とんでもないことです! そんなこと! ルシアンを生んだ意味がないじゃありませんか! 廃嫡など、この子は何の価値もない子になってしまいます!」

 母親の言葉――ひでぇ女だな、こいつはと思いながら――を聞きながら、マリーナを見ていた。

 彼女は頭を下げて、二人の会話をただ聞いている。

 それからの会話は、平行線だった。

 俺とマリーナの命を、なんとか守ろうとする父親と、俺を皇帝――王ではなく皇帝だった――にするために、ここはマリーナに全責任を負わせて死罪として解決しろと迫る母親と、全ての責任をおう覚悟のマリーナ……。

 マリーナ……俺が、お願いしたから……。

 平行線のまま話合いが終わり、両親はそれぞれの予定があるということで退室した。

 疲れた様子のマリーナが、俺へと歩み寄って来る。

「マリーナ」

「ルシアン様、申し訳ございません。わたしが悪いのです……わたしが、お止めすればよかったのです」

「マリーナ、死ぬ、ダメ」

「……わたしの命ひとつで解決すれば、よいのですが……いえ、そうなって欲しい……ルシアン様、ごめんなさい。こんな時ですけど、抱っこしてもいいですか?」

「うん」

 俺は、彼女に抱っこをされた。

 一歳となり、以前より重くなっているだろうに、彼女は俺をずっと抱き続ける。

 俺の頬に、頬を寄せて動かないマリーナは、その目から温かい涙を流し始めた。

 彼女の涙が、俺の頬をつたう。

 これは……どういう涙なのかと悩むことなく、その心情を理解できた。

「マリーナ、ぼくも、会えなくなる、嫌だ」

「ルシアン様」

「マリーナ、会えなくなる、嫌だ」

 ギュっとされる。

 俺は、言っていいのか迷ったが、こういう時は心に従おうと思った。あの時……渋谷で刺された時も、ごちゃごちゃと考えることなく、女性を助けた自分を……実は誇らしく感じているんだ。

 あの時と同じように、俺は俺の心に従う。

「マリーナ、一緒、逃げる」

「え?」

「ぼく、マリーナ、逃げる。だめ?」

「ダメです、ルシアン様はヴァスラ帝国皇帝陛下の御子。そのような――」

「死ぬ、ぼくも、こわい」

 マリーナは、ハッとした表情で俺を見た。

 仮にマリーナが死罪となったところで、俺が助かる保証などないのだ……俺はそれを彼女に伝え、彼女もまた、それに気づいた。

「マリーナ、一緒、逃げる」

「……ですが――」

「迷う、だめ。今、すぐに」

 彼女がじっと俺を見る。

 俺も彼女から、視線をそらさなかった。

「ルシアン様、少しお待ちください。準備を整えます」

 マリーナはそう言うと、俺のおでこにキスをしてから、ベッドへと戻して部屋を出ていった。


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