皇子に戻る?
俺が話し終えると、ダリルとリューネが口をそろえて言う。
「だから、馬鹿強いのか?」
「完全に、竜に愛された者よね? 道理で強いわけね」
二人はそう言うと、それぞれの拳で俺の肩を殴る。
「いて!」
地味に痛い!
ダリルが、俺に言う。
「お前を知ってから、打ち明けられているからこうしていられるが、普通は怖いと思われるし、多くの人はお前を嫌がるだろう。他人には話すな」
「……だから黙ってた」
「わたしたちには言いなさいよ」
リューネが言い、もう一度、俺の肩を拳で殴った! 本気で!
「痛い!」
俺が痛がるのを見て、シスも俺を殴ろうとしたから止めた。
「待て、お前はなんで殴ろうとしている?」
「……二人がしているから、そういうものかと」
「やめろ」
手を差し出してきた彼女に、リューネが呆れながらも干し肉をひとつ、渡した。
封印の間から、ケイルズたちが出て来る。
話し合いが終わったようだ。そして、棺に何もしていないことから、封印を解くのは思いとどまったのだとわかった。
話しかけようとするより早く、彼らが膝をつき、俺を見上げる。
「ルシアン殿下……恐れながら、ぜひ帝国へご帰還くださいますようお願い申し上げます」
ケイルズが言い、他の四人が頭を垂れた。
「いや……俺は……」
「現皇帝は宰相の傀儡、四公も黒竜公家のみが宰相へ抵抗しておりますが、三公を取り込んだ宰相の前に苦戦をしております。また帝国内の諸侯も、宰相に従うしか生き延びる方法なく……現状を打破するに、先帝陛下をお救いし、宰相を倒します。ぜひ、我々の指導者として、聖なる騎士団にご参加くださいますよう切にお願い申し上げます」
ケイルズ……。
俺は、いきなりこんなことを言われて、受けるも断るも答えられない。いや、断りたいのだけど、あのケイルズだから……。
「休憩にして、話をしたら?」
リューネが言い、俺たちはエレベーターホールの場所まで戻った。ここならば、管制室のほうを監視すれば問題ない。
ヴァスラ帝国は北方大陸最大の国家で、世界的にみても三本の指に入る。
その帝国の皇帝は、血筋もそうだが四公から指名されないと帝位を継げないという決まりがあった。長い歴史のなかで、皇帝の力が強くなりすぎないようにという工夫だったのだろうけど、これが逆に、宰相家の力を強めてしまったのは皮肉だ。
宰相は、血筋で決まる。代々、シュバイク侯爵家が宰相を継ぐことが決まっているからだ。古くは、三侯爵が交代で宰相を務めていたが、長い歴史の中で今はシュバイク侯爵家のみとなっている。
「ズラターンが狙うは、帝位です、殿下。あのような男が帝位に次いで、臣民の安寧はございません」
ケイルズの言に、俺は頭を振った。
「さっきも言ったけど、そういうつもりはないんだ。それに、マリーナが俺にそれを求めていたとも思えないし、俺もそれを求めたことはないんだ」
ケイルズと俺の話し合いは、平行線となる。
ザイードが、嘆くように言う。
「殿下とお会いできたというのに……七つの罪が使い物にならない今、殿下を頼るしかないのです」
彼の言葉に、シスが口を挟んだ。
「その騎士団全員で、戦えばいいじゃないか?」
メリッサが、反論する。
「宰相が自由に動かせるだけで十万規模……わたし達は、全員で百人を超えたくらい」
ここで、ダリルが珍しく発言を求める。彼はこれまで、この件には我関せずだったのだけど、俺を見て、口を開いた。
「そんな状態で、アルを担ぎ上げて派手なことをしたら、目立って仕方ないんじゃないか?」
……さすが! すばらしい意見です!
ケイルズが、頷きながら反論した。
「ごもっともだが、俺たちには時間がそうない……帝国の動きが活発なのだ」
彼はそこで、ジュールから地図を受け取り、俺たちの前に広げた。
北方大陸全体が、記されている。
「宰相は、皇帝の力を弱めるために、あちこちへと無駄な戦を仕掛けている」
帝国による他国への侵略戦争が頻繁に起きているのは、そういう意図があったのか。
「さらに問題なのは、ついに北方の……魔族の母の森へ、軍を派遣しようとしていることです」
え?
「魔族との戦争となれば、それはもう消耗が激しい。皇帝、四公の力が大きく削がれて、残った宰相の一人勝ちとなれば、結果は悩むまでもないでしょう」
「ちょっと待って。ケイルズ、それは本当なのか?」
俺の問いに、彼は頷く。
俺は……俺を利用したいから彼が、そう言っているのではと疑ってしまった。
「俺は、あの森に守られた……恩がある。ケイルズはそれを知っている。だから、こう言えば俺が協力すると思っているんじゃないのか? 本当に、あの森に帝国は軍を派遣するのか?」
「……我々が、中央大陸に向かう前に掴んだ情報です。本当のことです」
俺は、情けないほどに動揺していた。
嘘だろ……戦争なんて……皆が戦争に巻き込まれる?
コボルトの村……。
脳裏で、東方大陸で見た、あの宿場町の光景を描いた。
人と人の争いでも、あそこまで残虐な光景が描かれたのだ。
魔族相手だと、どうなる?
背中を、冷たい汗が流れ落ちた。
「アル」
リューネの声で、俺は我に返る。
その声は、殿下でも、皇子でもなく、俺をアルとして呼んでくれる声だった。
彼女は俺の顔を、まっすぐに見つめる。
「……わからない。助けたいのは、助けたい。でも、それと帝位云々は、別の問題だ」
俺の言葉に、ケイルズは頷く。
「ですが、繋がっております」
「卑怯だぞ」
ダリルだった。
「あんた、それを知っていたなら、最初からそうと言えば良かったじゃないか? アルが受ける気がないとわかって、隠し玉みたいに使いやがって」
彼の批判に色めいたのは、ケイルズ本人ではなく、彼の仲間たちだ。
「貴様! 閣下を愚弄するか!?」
「誰よりも苦労し、我々よりも帝国を憂いておられるのだ!」
「発言を取り消せ!」
ダリルが立ち上がり、ジュール、ザイード、ハミルも立ち上がる。
にらみ合う四人を、メリッサが止めた。
「やめなよ。わたしらが喧嘩したって、体力の無駄」
彼女の言に、ジュールが憤るもケイルズの視線を受けて口を閉じた。
ケイルズは、俺をまっすぐに見て頭を下げる。
「申し訳ございません。話す必要はないと思っておりましたが……ルシアン様があまりにも……ご自身の生まれを、ご自覚ないと思い……つい、交渉の材料に使いました」
「生まれの自覚?」
「……先帝陛下の、ご嫡子であられることは、避けては通れぬことです、殿下」
俺は、言葉を見つけられない。
マリーナの子、アルスじゃいけないのか?
そう問いたいけど、彼はそれを否定するだろう。
「殿下は、なんと言われようと、殿下です。そして、きっといつか、このように各地を旅していると、見つかります」
……否定できない。
「強い魔導士、若い……自然と、目立ちます。まだ、森を出て半年も経っていないから、見つかっておらぬだけのことだと、ご自覚ください」
耳に痛い諫言とは、こういうことを言うんだろう。
俺の言うことを、肯定してくれるリューネはきっと、こういう意見は言ってくれない。
黙っていると、意外な人物が口を開く。
「さっさと地下を探索して、北方大陸の魔族の母の森が危険なことになっていないかを確かめに行けばいいんじゃないか?」
シスは言い、干し肉を頬張る。
皆の視線を受けて、「あげないよ」と干し肉を抱え込む彼女に、リューネが問う。
「アルに、この人たちに協力しろって言うの?」
シスは干し肉を頬張り、ガジガジと咀嚼して飲み込むと口を開いた。
「いや、別に確認に行くだけの話。協力するしないはまた別……でもそれが、ケイルズたちにとって歓迎したいことなら、それはそれでいいんじゃない? と思っただけ」
食べながら、言うなよというツッコミはしないであげた……。




