ロイタール遺跡の中で
ロイタール遺跡の入り口まで、皇国の軍勢が俺たちの護衛についた……。
オズワルドさんは、俺たちの世話役だと言っていたけど、部隊責任者たちに命令を出していたので、偉い人なのかな? と思っていたら、皇帝陛下のご親征時には幕僚長を務めるほどの騎士だと聞いて呆れた。
そんな人を、世話役にするなんて人の使い方、間違っていません?
「それだけ、アメリア様は書庫発見を願っているんですよ」
オズワルドさんの言に、リューネが質問する。
「ロイタール遺跡の深部には、貴重な宝がたくさん眠っていると言われていますが、アメリア陛下は書庫目的なのですね?」
「ええ、アメリア様にとって、それが何よりも宝なのです。もちろん、皇国にとっても、重要な文化財となります」
遺跡入り口で、俺たちを見送ろうというオズワルドさんは、三角錐の建物を背に続ける。
「竜の時代よりも前の、貴重な文化財を隠した倉庫……として使われていたのではないかという学者もおりますのでね。歴史を調査するうえでも、重要です」
なるほど。
だけど、疑問を覚えた。
どうして氷魔人が、五層にいるのか、行く手を阻んでいるのかということだ……シスは、手を振って通過したらしいが、それもどうしてなのか?
でも、それを口にすることなく、俺たちは建物の中に入る。
ここまで、皇国軍の護衛のおかげで、まったく疲労なく到着したから、すぐにアタックしようということになったのだ。
中に入れば、時刻も関係ない。
「気をつけてください。十日経って、ご帰還なされない場合は撤収します」
オズワルドさん……絶対に帰りますんで!
ダリルを先頭に、俺たち三人と大食い一匹はロイタール遺跡に入った。
- Il était appelé le Grand Mage. -
建物の中に入ると、下へと続く螺旋階段がある。
俺は光球をふたつ、前方と後方に放った。
「普通はさ、明かりを確保するのも工夫や苦労をするもんだが、アルスがいるとそれがない。そこが強みだな」
ダリルの誉め言葉は、素直に受け取る。
「経験ある人に言われると、嬉しいですね」
「……わたしは経験なくて悪かったね?」
リューネが拗ねたように言い、俺が慌てて訂正しようとすると最後尾のシスが口を挟む。
「経験ないのは仕方ないことだ。誰だって、最初は未経験なんだもの」
「……あんた、たまにはいいこと言うね?」
リューネが肩越しに最後尾を見て応え、シスはライ麦パンをかじりながら歩いて……。
「シス、もう食べてるの?」
「リューネが、これなら食べててもいいと渡してくれた」
俺の問いにあっけらかんと答えたエルフは、リューネを指さす。
俺の視線を受けて、リューネが諦めたように口を開いた。
「あれなら、ずっしりとしているし食べるのに時間かかるだろうから」
「なるほど」
「おい、地下一層だぞ。お喋りやめろ」
階段を降りた先、広い空間が広がっていた。
俺の光球が照らす範囲の外は闇で、壁の位置すらわからない。
俺たちの呼吸音が聞こえるだけで、不気味なほどに静かだ。
リューネが地図を広げて、口を開く。
「一層は、とんでもなく広い空間。昔はここに、大量の魔獣がうごめいたらしいけど、長い調査の歴史の中で、掃討されたみたい。シスが入った時はどうだった?」
「百年前は、まだ虫がいたよ」
百年前。
改めて、エルフの長寿に驚く。
世界的に有名な魔導士は五人いるが、一人を除いて魔族とエルフだ。その一人というのが、母さんの父で師のアラギウス・ファウスである。
彼と、魔族とエルフの共通点は、何百年も生きていられることだ。
つまり、長寿であっても百年を超えて生きることはまず難しい人間は、魔導士としての質を高める途中で、死んでしまうという現実がある。
そんなことを考えていると、リューネが示す方向へと向かう俺たちの先頭で、ダリルが声をあげた。
「あった。階段だ」
下へと続く階段。
ん?
ダリルが立ち止まって、俺たちへ動くなと手信号で示した。
リューネは口を閉じ、さすがにシスもパンを食べるのを止める。
ダリルが片膝をつき、地面に落ちていた何かをつまみあげる。
「なんです?」
彼が摘まみ上げたものを見ると、それは鶏の骨のように見えた。
「誰か、ここで食事をした。鶏肉を食ったな」
「……以前に入った調査隊でしょうか?」
「古いものじゃない。最近、入ったか……下にいるのでは?」
ダリルの言は、彼がある疑惑をもったことを俺たちに伝えてきて、それで俺もその可能性に気づいた。
七つの罪が、ここにも封印されている。
これまで、俺たちより先に封印場所に入っていた謎の集団が、ここにいるのではないか?
最後尾のシスを見た。
「シス、封印場所は?」
「六層。五層に氷魔人がいるから、進めていないと思うけど?」
「……だといいけどな」
ダリルの意見に、俺も頷きを返す。
そして、皇国管理のこの遺跡に、皇国の許可なく……オズワルドさんが何も言っていなかったから、きっと勝手に入ったものと思うことにするが、それが可能ということは、皇国に内通者がいるのではないか?
「ともかく、先に進もう」
ダリルが言い、俺たちは二層へと向かう。
- Il était appelé le Grand Mage. -
二層へと降り立った俺たちは、複雑に入り組んだ迷路の中を、地図を頼りに進む。
先人たちのおかげで、正しい経路を進めることに感謝していた俺たちだったが、三層へと下りる階段の手前、それを見つけたところでうんざりとすることになった。
大きな血痕と、割れた瓶が地面に転がっていたのだ。
ダリルが、口を開く。
「瓶の内側……血液。つまり、誰かが血液を瓶詰にして持ち運んでいて、ここで落とした」
吸血鬼を筆頭に、生物の血液を食料とする化物は少なくない。
嫌な想像をして、俺たちはそろって表情をしかめた。
食料持参で、地下に入った……つまり、俺たちと一緒だ。
先ほどの鶏の骨……通常の食事をとる者と、血を食料とする者の混成部隊か。
それにしても、もしこれが吸血鬼だったら……不死人系の上位魔族で、俺も知識のみだ。
「ここで食事をしようとして、落っことしたのね」
シス……やめてくれ。
「この先の……まだ奥にいるのかな?」
リューネの問いに、先頭のダリルが答える。
「いる確率が高いと見るのが妥当だろう」
俺たちは、瓶の破片と血痕をそのままにして三層へと降りた。
長い階段の先は、広い空間となっていて天井も高い。
光球をいくつも作り出し、空間全体を照らすも吸血鬼どころか人も魔族もいなかった。
三層は地下神殿となっているが、すでにこれまでの調査によって調べつくされている。
俺たちは、先を急ぐ。
神殿の入り口から内部に入ると、四層へと続く階段が見えてきた。
ここで、俺たちは足を止める。
「聞こえた?」
リューネの質問に、先頭のダリルが頷く。
「下で、戦っているな」
「行こう」
ダリルと俺が、並ぶ。
シスが続き、最後尾がリューネとなった。
「シス、これまでお腹いっぱい食べさせたんだ。しっかりと援護しろよ」
俺の言葉に、大食いエルフが頷く。
「もちろん。次は肉まんがいい」
……。
四層が、見えてきた。
地下神殿の宝物庫だった場所だと思われるそこで、彼らは魔獣相手に戦っていた。
蜥蜴人の群れ。
戦っていたのは、黒一色で統一された出で立ちの男女五人で、女性一人、男が四人。
蜥蜴人が、吸血鬼ということはないだろう。
男女五人は、数が多い蜥蜴人たちを圧倒していた。
特に、男の一人が馬鹿強く、吸血鬼はあいつだろうと推測する。
俺たちは、戦いが終わるのを見計らって、声をかけることにした。
ダリルが、俺に目配せをして数歩、彼らへと近寄る。
彼らも、俺たちに気づいた。
皆、手練れだとわかる。
……ん?
その男の顔をはっきりと見た時、俺は息を呑んだ。
吸血鬼だろうと、思った相手だ。
白髪になって、皴が深く刻まれていても、俺は彼が誰であるかわかった。
相手は、俺に気づかない。
無理もない……なにせ、彼が俺と一緒だったのは、俺が赤ん坊だった時しかないからだ。
あれから、十五年が経っている……。
「ケイルズ」
俺は、男の名前を口にしていた。
白髪の男は、両目を細めて俺を見る。
いや、睨んだ。
「お前、どうして私を知っている?」
俺は、誤魔化すことはせず、答える。それは、マリーナのことを、この人に伝えたいと思ったから。
「マリーナは、死んだ」
「なに?」
「ケイルズ……母さんは、死にました」
俺の言葉で、彼は雷撃を受けたように硬直する。
彼は、目をいっぱいに見開き、一歩、踏み出した。
ダリルも、リューネも、俺の顔を見て驚いている。
「知り合いなのか?」
「知ってる人?」
二人の問いに、俺は答えられない。
俺は、ケイルズへと歩みより、動けない彼に両手を差し出す。
「あなたに、助けられて大きくなりました……マリーナと、あなたに助けられた赤ん坊が、俺です」
「まさか……そんな」
ケイルズは、信じられないという顔で俺を見る。
だけど……。
「いや、しかし……マリーナどのと俺のことを知るのは……一人しか……でも、まさか」
信じられないだろうけど、彼の言葉のとおり、あの時のことを知る人間は、二人の他に俺しかいない。
「ケイルズ、会いたかった。俺は、今はアルスという名前だけど、あなたとマリーナに助けられた時は、ルシアンと呼ばれていた」
「……殿下」
彼は囁くように言い、両目から涙を流した。




