ギュレンシュタイン皇国の都
ロイタール遺跡。
世界中の冒険者、研究者が最下層に行くことを夢見ているといっても過言ではない大迷宮。
竜の時代と呼ばれるはるか昔よりも、さらに遠い昔に築かれた地下迷宮で、誰が何を目的にそれを築いたのかも、わかっていない。
あまりにも挑戦者が多く、また犠牲者が多いことから、現在はギュレンシュタイン皇国の許可なく入ることは禁じられている。
中に入るには、ギュレンシュタイン皇国が学術調査をするために組成する派遣隊に選ばれることだ。
組合にも、その募集は出ていない。
ギュレンシュタイン皇国の都、その中心にある皇宮のロイタール管理課に行き、面接希望を提出した後、宿で連絡を待ち続けるしかないのだ……ということを、俺たちに教えてくれたダリルは、鶏もも肉の炙り焼きを咀嚼しながら、こう続ける。
「――だから、気長に待つしかない。今日、提出したから、早くても二カ月、三カ月先だろ」
マジすか……。
せっかく、フラドさんの推薦を受けられたのに、そんなに待つの?
ギュレンシュタインの皇都リールガーデンの宿併設の酒場で、食事をしている俺たち。
「ニシンのパイ、季節野菜のリゾット追加ぁ!」
シスが追加を頼み、平らげた皿を店員に返したところでリューネが呆れたように笑う。
「あんた、食費を節約しようていう気持ち、ある?」
「わたしたちは仲間だ。仲間は、支え合い、助け合うものだ。ハグハグハグ……」
俺の資金が、シスの食費で消えていくんではないかと心配になる勢いで、見た目美少女中身は大食い女のエルフが食事にがっついている。
俺は、ミートパイを頬張るも、ロイタール遺跡にいつ入ることができるんだろうという不安で食事が進まない。
店内がざわつき、皆が席を立ち始めた。
なんだろう? と思い店の出入口を見る。
騎士?
正装の騎士……一人、二人じゃない。
「皇国の近衛騎士団だ」
ダリルが言い、俺もただ事ではないと思って席から腰を浮かした。
騎士たちが、誰かに道を譲る。
背の高い女性が、すらりと店内に入ってきた。
「東方大陸から来たアルスぅ!? 宿に聞いたらここだろうって言っていたけど、誰がアルスなのぉ!?」
女性は、俺を探しているようだ。
「俺です!」
声を発すると、店内の客たちが俺を見る。
俺の隣で、ダリルが言葉をこぼした。
「うそだろ……」
え?
女性は、スタスタと俺の前に歩いて来ると、俺の両手をガシっと掴んだ。
「ニールセンからの手紙、読みました。アルス、ロイタール遺跡、よろしくね」
「え? ……あ! はい! ありがとうございます!」
「わたしはアメリア・ホルムズ・ギュレンシュタイン。皇太后をしているの。よろしく」
「……よろしく、お願いします?」
「お仲間は四名?」
彼女は、俺たちを見る。
唖然とするダリル。
呆然とするリューネ。
食事中のシス。
俺は、コクリと頷いた。
「宿には、支払いを済ませるわ。出発まで、部屋はこちらで用意する。ニールセンが信用できる子たちだっていうから、ぜひ書庫を見つけてほしいの。お願いね」
皇太后をしていると言った女性は、そう言うと騎士たちに「じゃ、案内を」と伝えて俺の肩をポンと叩いた。
「期待しています、アルス」
長身の女性が、颯爽と去っていく。
騎士たちの多くが、彼女に続き、三名が残った。
立ちすくむ俺に、騎士の一人が名乗る。
「オズワルド・ブローニンと申します。皆様のお世話を仰せつかりました。よろしく」
「はい……よろしくお願いします」
ロイタール遺跡に、入れる?
俺、入っていいの?
申請したの、今日だよ?
「あの……オズワルドさん」
俺は、世話役という騎士に尋ねる。
「ロイタール遺跡に、入れるのですか?」
彼は、瞬きをして「ああ」と声をもらした。
「失礼。ラーグ語はお話にならない? ヴァスラ語で説明しましょうか?」
「いえ、話せます」
「……では、先ほどアメリア陛下が仰ったとおりです。入っていただけますよ」
「はぁ……はぁ!?」
俺は、驚きのあまり、声をあげた。
「え? 今の人……じゃなかった……いいいい今の御方が、アメリア陛下!?」
俺の疑問は、叫び声となったのだった。
- Il était appelé le Grand Mage. -
ギュレンシュタイン皇国の皇宮に、迎賓館という超高級な宿泊施設があるが、そこに部屋を用意された俺たちは、慣れない環境で緊張していた……。
「酒、うめぇ」
ダリルは、部屋にあったブランデーを飲んで感動している。
「モグモグモグモグ……蟹、美味しい」
シスは、足長蟹をゆでたものを特製ソースにつけて食べ続けていた……こいつ、ずっと食べてやがる!
「シス、腹いっぱいになって動けなくなっても知らないよ」
リューネに叱られても、シスはモグモグと止めない。
仕方ないので、俺たちは三人でロイタール遺跡の予習を始めた。
「食料や水は、現地にオズワルド様が支援隊を派遣し、用意してくださるって」
リューネが言い、俺は地図を広げる。
ここから、十日ほど東へ移動した山間部にその遺跡がある。
地上には、古城のような建物しか出ていないが、地下がおそろしく広いのだ。
現在、地下五層までの調査が進んでいるが、その五層の奥に恐ろしい魔人がいるということで、誰も先に進めていない。それを突破できるのは、都市国家連邦の赤い悪魔という異名で呼ばれる傭兵だけだろうと噂されていることを、ダリルが教えてくれた。
「アルスがいるから、そこはなんとかできると思う」
ダリルの言に、俺は頭をかいた。
「ハグハグ……ちゅぅううう……五層にいるのは、氷魔人」
シスの言葉に、俺たちは彼女に注目する。
彼女は、五杯の蟹を俺たちから守るようにした。
「あげないよ」
「あんた、知ってるの?」
リューネの問いに、彼女は頷く。
「炎魔人と対の魔人で、竜の眷属。わたしはエルフだから、通れるけどあんたらは攻撃されると思う」
「そこは、お前が説明すればいいじゃないの?」
ダリルの指摘に、彼女は蟹の身をタレにつけながら言う。
「言葉が通じないの。竜言語の、かなり古い言葉でわたしもわからない。モグモグ……」
使えるようで、使えないエルフだ……。
「その魔人の奥から先が、未踏破地域」
リューネが地図から顔をあげると、俺を見た。
「アルス、バルニアでも東方大陸でも、未踏破にぽんぽんと入っちゃうから、ここでも大丈夫よ。強い相手も、がつーんとやってよ」
「なるべく、頑張ります」
そう答えた俺は、氷魔人について知っていることを、ダリルとリューネに伝えておこうと思った。
「まず、魔法は氷系統はきかない。風もほとんど……雷撃や火炎系は可能性があると思う。物理攻撃で破壊するのが確実……ただし、これまで発見された個体数が少なくて情報がほとんどないし……発見されていても、そのパーティが全滅で情報を持ち帰ることができていないから、謎が多い」
リューネが、蟹を黙々と食べるリューネに声をかけた。
「あんたはどうなの? 詳しくないの?」
「……戦ったことがない。前に、封印の場所に入った時に挨拶をしただけ」
「挨拶? 言葉が通じないのに?」
リューネの疑問に、シスが右手を軽くあげて、振って見せた。
「こう」
呆れた……。
いや、待てよ。
「もしかしたら、攻撃するから、反撃してくるのかも」
俺の仮設に、ダリルも同意を示す。
「その可能性はある。大隧道の地下の、屍魔人も、反撃型だったからな」
試すのが怖いけど、会った時、手を挙げて挨拶をしてみよう。
それで、戦いが避けられるならば、最高だと思う。




