宿場町
魔将の城から東へと森を抜けるのに、二日かかった……。
風景は丘陵地帯へと変化し、街道を見つけたのでそれを使う。リューネが地図を開き、コンパスとあわせながら北東を指さす。
「リーフ王国の北東がローランド王国……方向はあっち。国境まで、まだ距離はあると思う。ここから南東に王都があるけど、どうする?」
「遺跡がないなら用はない」
俺が断言し、彼女が笑った。
後ろのシスが、地図をのぞきこんで口を開く。
「ご飯、食べられるところに早く」
……食い意地がはってるんだよな、こいつ。
てか、エルフって大食いなの?
飯、俺たちよりも多く食べてて、食糧が足りなくなるってリューネが愚痴っているんだが……。
街道沿いに歩けば、宿場町があるだろう。
北東に向かいたいが、街道沿いに東へと向かう。すると、街道が交差点のような箇所がこの先にあるとリューネが言った。
「この先で、北に向かえばちょうど国境のほうよ」
「そこ、宿場町になっていないかな?」
「宿場町程度じゃ、地図には載ってないからわかんないね」
「ご飯、早く」
シスは、空腹が限界らしい。
エルフは、燃費が悪いのか?
長寿のくせに、新陳代謝が早いのだろうか。
「これ、食べて誤魔化しておいて」
リューネがシスに差し出したのは、干しブドウの袋。
シスは目を輝かせて受け取ると、袋に手を突っ込んでは干しブドウを掴み、口に運んで咀嚼するという、お行儀が悪い食べ歩きをしながらついて来た。
「あ、宿場町」
リューネが言い、俺は豆粒程度のそれを眺めて、感心した。
「よくわかるね?」
「あの煙、炊事の煙だと思うんだよね」
なるほど。
「ご飯、早く。お肉がいい」
振り返ると、干しブドウを食べつくしたシスが空となった袋を俺に突き返す……。
こいつは……。
ドライヴと再会したら、迷惑をかけられたってチクってやろうと思った。
- Il était appelé le Grand Mage. -
宿場町……は、あった。
しかし、俺たちが到着した時、ローランド王国軍の部隊が宿場町の人々を虐殺し、物資や家畜を奪うということをおこなっている最中だった。
炊事の煙だと思っていたものが、その宿場町に近づくにつれて黒煙となり、幾本も空へと伸びる変化を見せたことで、急いだ俺たちはまさに、襲撃直後に到着したのだ。
駆けつけたところで、俺はどちらの味方でもない。
しかし、宿場町の人たちを襲って欲望を満たそうとする軍兵を、俺は見過ごそうという気はなかった。
「アル、やるの?」
リューネの問いに、魔法発動で応える。
雷撃を連発し、風刃波もぶっ放した俺は、驚くリューネとシスに「援護を」とだけ告げて前進する。
ローランド軍の兵士たちが、俺を見て騒ぎ始めた。
「魔導士!」
「敵!? 一人!?」
「こいつ! 呪文詠唱しないぞ!」
接近してきたローランド兵に、雷撃を発動しぶっ飛ばす。それで敵の魔導士が、慌てて部隊全体に結界を張ったようだが、発動し続けていると疲れるので、どうせすぐに限界を迎えるだろう。
俺は自分に強化と、風守護をかける。敵が防御魔法で守られても、自分にかける魔法まで封じることはできない。
加速したと同時に、一瞬で敵軍中へと突入した俺は、驚くローランド兵たちへと黒剣を振るった。
右に一人を斬り、左に二人目を斬る。そのまま前に進みながら、三人目を斬り捨て、次の敵へと黒剣を突き刺すと、剣先がその男の背から抜けた。引き抜きながら、さらに進み、そこから先はもう数えていない。
風守護を受けている俺は、ここまでをわずか三秒ほどで終えている。
「なんだこい――」
叫ぼうとしていた兵士を斬り伏せた時、敵魔導士の防御魔法が消えた。
シスが、氷槍を発動させ、ローランド兵たちを次々と串刺しにしていく。
「ぎゃぁああああ!」
「うわぁあああああ!」
「逃げろ! 逃げろぉおおおおおお!」
五十人ほどいたと思われる部隊は、短い時間で崩れ、各々が慌てふためき逃げて行った。
彼らが北の方角へと逃げ、俺は追撃をせず、襲われていた人たちへと駆け寄る。
すでに、死んでいる人たち。
虫の息の人たち。
老人は、重傷を負わされたまま放置されていた。
子供たちは、奴隷として売り物にしようとされていたのだろう。皆が鎖で繋がれて、目隠しをされていた。
「リューネ! 包帯は!?」
「あるけど……足りないよ!」
「助かる人だけ、助ける!」
ひどいことを……。
人間が、人間をここまで……。
子供を殺された親が、泣き叫んでいた。
惨殺された少女の恋人が、亡骸を抱きしめて涙を流している。
両親を殺されたと思われる男女が、死体の前で呆然としていた。
俺は、怪我で済んだ人たちの手当てをする。知識なんてないけど、止血をして、消毒をして……これくらいしかすることはできないけど、しないよりはマシだろうと思って決めたことだ。
「消毒液、もうないよ。もっと買っておけばよかった」
リューネが言い、男性の胸と肩に包帯を巻く。彼は磔にされて、弓矢の的にされていたのだ。
シスが、自分のマントを脱いで、短剣で破った。足りない包帯の代わりに使おうと考えてのことだと、確かめずとも見てわかる。
「あんたら、早く逃げたほうがええぞ」
老人が、俺たちに言う。
「あいつら、仲間を連れて来るぞ」
老人の忠告に、若者が同調する。
「そうだ。助けてくれて、ありがとうございました。早く逃げてください」
「いえ、仲間を引き連れてきたら、そいつらも蹴散らしますから大丈夫です」
過激なことを言った俺だけど、それくらい、腹が立っていた。
ムカムカしている!
このクソ理不尽な現実に!
「アル! 砂塵!」
リューネの声。
北の方角!
俺は立ち上がり、二人に町の人たちを守ってと伝えて歩く。
まだ一時間も経っていない。
近くに、敵の大部隊でもいたのかな?
なんにせよ、倒れるまで戦ってやる!
迫る部隊を睨み、魔法をくらわせようかと思った時だった。
「アル、待って!」
リューネだ。
彼女は、俺の隣に駆け付けてくると、迫る部隊を指さして叫んだ。
「フラド・ヴァラキよ! ヴァラキの旗!」
目をこらして見ると、たしかにヴァラキの傭兵団が掲げていた軍旗!
あっぶない!
あやうく、魔法をくらわせるところだった……。
先頭の騎兵が、フラドだとわかる距離で相手が叫ぶ。
「アルスか!」
「はい!」
「宿場町が襲われたと伝令から聞いて、駆けつけて来たが……途中、ローランドの兵たちが逃げていたから皆殺しにしたが、お前が追い払ったのか?」
フラドは馬からひらりと降りると、俺の後ろを眺めて表情を硬くする。
「俺たちが来た時、すでにここは……」
俺が言うと、彼は俺の肩に手を置いた。
「わかった」
彼は短く言い、後ろの部下たちへ振り返った。
「ここで野営。敵が来たら殺せ。生き残りの保護と怪我人の手当てをリュヴィドとゲインの隊でしろ。オームスは周辺の警戒。動け」
彼の部下たちが、それぞれに動きだす。
俺たちの後ろに、シスが立った。
「アル、こいつは味方か?」
彼女の問いに答えたのは、フラド本人だった。
「俺はアルの敵にはならない男だ。それでいいかな? 嬢ちゃん」
「嬢ちゃん? わたしはお前よりも年上だぞ、ガキんちょ」
「な!」
「まぁまぁ」
俺がフラドをなだめ、シスに彼を紹介する。
「フラド・ヴァラキさん。フラド、彼女はシスティーナ……エルフなんだ」
「見りゃわかる。なんでエルフがお前と?」
彼の問いに、リューネが答える。
「実はいろいろとあるんだけど、その前に棺の件、ごめんなさい」
「え?」
何だ? という顔の彼に、俺とリューネは同時に頭をさげた。
「偽物だったんですよ、あれ」
正直に、伝えた。




