棺があった場所で
地下一層から長い階段を下った先、棺があった部屋へと到着した。
システィーナは、この部屋の壁に書かれている文字を眺め、悩む様子もなく口を開く。
「ここ、偽物。本物はもっと奥……あの先のはず」
「それで、時代がおかしいと感じたのか」
俺の違和感の正体は、ダミーの部屋だったからだとわかった。
リューネが、焚火の準備をして、荷物から水筒を取り出す。お湯をわかそうとする彼女の隣で、ドライヴが座ろうと所作で示した。
もちろん、ここで俺は彼に、出生のことを聞かれるのだと理解する。
ここに来るまで、質問をされなかったのは、おそらくドライヴが何を質問すべきかを決めかねていたからだろう。
リューネがケトルに水を入れ、システィーナが先に座る。
俺は、ドライヴの隣にあぐらをかいた。
「アル、隠し事なしだ。ヴァルカニアスが言った、バルボーザが選んだ魂の持ち主に、共通していることがひとつある。君は、前世の人格のまま、この世界の、赤子の肉体に宿ったね?」
ズバリ、だった。
帝国の皇子であったこと、に関してはリューネも薄々と気づいていたことだけど、これはさすがに驚いたらしく、彼女はケトルを蹴っ飛ばして尻もちをついた。そのケトルを浴びたシスティーナが、ずぶ濡れとなっても、騒ぐことなく俺を見ている。
エルフが、目を丸くしたまま口を開く。
「あんた、それって本物の竜に愛された者よ」
答えられない俺を見て、ドライヴが口を開く。
「マリーナが……君を抱えて逃げた理由、最も大きな理由はこれかい?」
「……いえ、俺は母さんに、このことは話していません。ただ……赤ん坊の頃から、話せたので特別な事情があると、母さんは理解してくれていました」
リューネが、ケトルに水を入れ直しながら会話に加わる。
「じゃ、アルが魔法にものすごく秀でているのは、竜王バルボーザに愛されているうえに、特異素質なる者だから?」
「……なんてことだ」
ドライヴは目を不気味に輝かせると、初めて低い声を出す。それはこれまでの彼とは一変していて、今の声こそが彼本来の、ケットシーノーブルとしての声、いや精霊に近い格をもつ存在の声なのだとわかる。
彼は、不気味な輝きの瞳を俺に向けて口を開いた。
「君が……この世界に現れたということは、竜王がこの世界の危機を察知したからだ。つまり、逆にいえば、君を必要としているほどの災いが近い」
「……それが、七つの罪に関係している?」
リューネの問いに、ドライヴは唸ると、首を左右に振った。
「いや、七つの罪が仮に解放されたとしても、それで世界がどうこうなるとは思えない……だけど、繋がっているのかもしれない」
ドライヴはシスティーナを見た。
「ヴァルカニアスは竜だ……だから、さきほどの話し方に危機感はなかった。つまり、現存する種にとっての危機に限定すると、やはり七つの罪が解放されることで、金竜が力を増すことだろうね? つまり、金竜が復活する可能性がある」
「ドライヴ様……となると、アイリーン様だけじゃなく、イシュクロン王国のハイエルフの方々にも知らせないと」
ケトルのお湯が沸き、リューネが香草茶を淹れてくれた。
彼女は、ドライヴのために念入りにふぅふぅをして手渡すと、ドライヴは目の輝きをくるりといつもの金色に戻して、ニコニコとして啜った。
「ずずず……リューネ、ちょうどいい。ありがと」
「どういたしまして」
ドライヴはここで、俺を見る。
「アル、隠さずにこれまでのことを、覚えている限りで教えてくれないか?」
俺は、リューネから茶を受け取り、両手で包むように杯を持つ。
熱すぎない、絶妙の温度……彼女をちらりと見ると、その瞳は不安で揺れた。
俺は、赤ん坊の頃からこれまでのことを、覚えている限りのことを、三人に話す。
それはとても長い話だ。
赤ん坊なのに、前世の人格のままであったこと。
赤ん坊の頃、すでにマリーナと短い言葉で会話をしたこと。
魔法を、教わったこと。
それで、父親を助けたことでマリーナと逃亡することになったこと。
そして、コボルトの村に逃げ込み、村の一員となったこと。
コボルトたちの親切で支えられ、ゼグスに鍛えられ、マリーナに守られて、成長したこと。
そして、あのことを。
マリーナが、血の病で亡くなったことを話した時、俺は涙を堪えられなかった。
リューネが、俺の隣に座ると、肩を抱いてくれる。彼女も、大切な人を失っているから、気持ちをわかってくれているのだと思えた。
話し終えた俺に、ドライヴが言う。
「アルス・マリーナ・ファウス……君は大変な使命を背負わされて、この世界に現れたんだ。望まないとしても、世界が君を必要としている……この世界の種のために、君の力を貸してもらえないだろうか?」
ドライヴの懇願に、俺は濡れた声で答える。
「当然です。母さんに誓いました……弱い人たちのために、俺は力を使います。母さんの名前は、汚さない」
「……ありがとう。僕は君を決して裏切らないと誓うよ。システィーナ」
「はい?」
「君も、僕の前で誓うんだ。アルを裏切らないと」
「……ドライヴ様の命令だから、仕方なく誓うわ、アル……ま、仲間を裏切るような人間みたいな真似をエルフはしないのよ」
「……ありがとう」
こういう時でも、強がりやがってと濡れた目で見ると、彼女はたじろいだ。
「……あ、そうだ。許してあげる。わたしのことを、シスって呼びたければ、呼んでもいいわよ。特別に許可する」
……一応、親しもうとしてくれていると思えた。
ドライヴが、リューネを見る。
「リューネ、アルと関わって大変だと思うけど、お願いだよ……これまでと同じように、彼の近くにいてあげてくれない?」
「わたしは……魔法を使えない……」
リューネはそう言って、俺の髪に触れた。
「使えるようになっても、アルやシスみたいにできない。まだまだ修行しないと足手まとい。それでも、一緒にいてもいい?」
「当たり前でしょ、姐さん」
俺が言うと、彼女は微笑み、俺のおでこにキスをした。
「え? リューネは魔法、使えるようになるの?」
ドライヴが、目をくりくりとして問う。
そうか、彼女が魔導士だってこと、ガルガンティアに教わるまではわからなかったことだから。
「そ。ガルガンティアに診てもらったら、風の魔法に特化した魔導士みたい。今、勉強中」
「にゃにゃにゃにゃ! すごいにゃー!」
ドライヴが勢いよく立つと、ウズウズとした顔で俺たちに言う。
「喜ぼう!? あれ! あれで! 辛気臭いのを、あれで跳ね飛ばそう!」
彼が言う、あれ、とは何であるか確かめなくてもわかる。
俺が立ち上がると、リューネとシスも加わって、四人で輪になる。
「魔法を修行すっぞー!」
リューネが叫ぶ。
「わたしはべつに――きゃぁああああああ!」
ぼそぼそと言うシスの髪を、ドライヴがめちゃくちゃにしながら声をあげる。
「アルの活躍を応援するよー! にゃにゃにゃー!」
俺は、ここぞとばかりに叫ぶ。
「よーし! さっさと世界を救って! カノジョ作るぞぉおおおおおお! って、痛い!」
叫んだ直後、リューネに足を踏まれたんだ……。




