初体験だった?
出発の日、システィーナが宿を訪ねて来て、リューネが彼女の荷物も運ぶというと目を丸くしていた。
「え? 運んでくれるの?」
「え? わたし、ポーターなんだけど?」
「……人間……て、親切なの?」
俺たちは、このエルフが一人で旅に出た場合、とんでもない目に遭うと確信した。だから、アイリーンは俺たちを頼ってくれたのだ。というか、彼女にとってはまさに、渡りに船だったのだ。
システィーナが、リューネに荷物を預けると、彼女は俺たちの荷物を一度おろして、積み直してから背負う。
「女なのに……すごい」
システィーナが感激しているので、リューネは照れた顔を隠すように歩き出した。
「行くよ」
ポーターが先頭を歩き出すってのは、なかなか珍しい。
「待って、姐さん」
「姐さん言うな」
「姐さん?」
システィーナが首を傾げ、俺がリューネは頼れるし荷物も運んでくれる先輩だからと説明する。
「なるほど……人間は自分よりも上の立場の女性を、姐さんと呼ぶのか……」
ちょっと違うけど、いちいち訂正しないでおいた。
大隧道へと向かう道を、三人で進む。
俺が前、リューネ、システィーナの順となる。といっても、距離が離れてるわけじゃない。
「あんた、何年ぶりに人間社会に出るの?」
リューネの問いに、システィーナが少し考えた。
「えっと……たしか、二百年弱かな?」
「けっこう……出てないな」
俺の感想に、後ろのリューネも頷く。
「システィーナ、今更だけど確認する。俺のことはアル、リューネのことは――」
「リューネって呼んで!」
姐さんは拒否られた。
「……アルとリューネでいい。君のことは、システィーナでいいか?」
「……いいよ。人間にはわたしたちの名前、長いものね」
「大隧道で一泊、その後、魔将の城に向かう。いいかな?」
「ええ、強欲が本当に奪われているかの確認もしたいから」
ドライヴが暑いと言っていた場所に、入ることができそうだ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
魔将の城に到着した時、あきらかに様子がおかしい。
大勢の人……軍装で、しかも統一性があるので、リーフ王国軍だと思ったら、正解だった。近づくと、軍旗でわかったのである。
「止まれ! 冒険者、傭兵は立ち入り禁止である」
「……何があったんです?」
兵士に尋ねると、彼は背後の魔将の城を肩越しに眺めて言う。
「総督閣下のご子息が、調査に入っておられる。終わるまで待て」
「調査? ですか?」
「そうだ」
……棺の件?
「もしかして、棺の調査ですか?」
「なんだ、知ってたのか?」
兵士はそう言うと、さっさと離れろと身振りで示す。リューネが俺の腕を肘でつつき、何だろうと思うと腰の革袋を見た。
賄賂か。
俺は、金貨一枚を取り出し、兵士に渡す。
「ご苦労様です。これ、気持ちです」
「……」
兵士は、周囲の兵士たちがこちらを見ていないと確認して、素早く俺の手から金貨を取った。
「棺の調査で、部隊が入っているんですね?」
「そう。棺が盗まれたってことで、他に残っているものはないかの確認でな。論文を完成させるのに、棺に書かれていた古代の呪文か何か知らんが、それがどうしても必要らしい」
……ああ、あの不気味なやつか。
覚えているけど、それを伝えたところで、信じたりしないだろう。
でも、なんだか申し訳ないな。
俺が、横流ししたせいで、馬鹿息子に巻き込まれた人たちが大勢……申し訳ない。
「アル、入るのはまたにしたらどうだ?」
システィーナの提案に、俺は頷きを返す。
「そうだな。そうしよう」
俺たちが離れようとした時だった。
城のほうから、部隊が続々と出てきて、それは逃げているようだ。
「撤退! 撤退だ!」
「逃げろ!」
「撤退しろ!」
兵士たちが続々とあふれ出てきて、その中に混じって恰幅のいい中年男と、ぽっちゃり体型の若い男が走っている。その二人を兵士たちが守っていたので、総督と馬鹿息子だと理解できた。
「アル、少し待てば、諦めて帰るんじゃない?」
リューネの言う通りの気がした。
「そうだね。少し離れて、野営にしよう」
- Il était appelé le Grand Mage. -
夜になり、交代で見張って、一晩を過ごす。
俺が起きていると、その声が聞こえてきた。
「やめて……やめてください」
身構えると、声を発したのは寝ているシスティーナだとわかる。
彼女は、苦しそうに呻いていた。そして、寝返りを何度もうち、ハっと起き上がった。
自然と、俺と目が合う。
「……聞いた?」
「聞こえた」
問われて、答えた。
聞こうとして、聞いたわけじゃない。聞こえてきたんだと言いたかった。
「忘れて」
「そうする」
どうしてうなされていたのかを、質問するなという彼女の言葉に、素直に従う。
誰にだって、人に話せないことはある。それがエルフだろうと、人間だろうと、魔族だろうと……この世界で生きているかぎり、そういうことがあってもおかしくないだろうと思う俺は、間違いなくこの世界では少数派だ。
でも、そう思えるだけの経験をさせてもらったと言える。
再び、寝息を立て始めたシスティーナは、俺に背を向けていた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
翌日、リューネが魔将の城の周囲が無人になっていることを確認した。それから出発の準備をして、俺が先頭を歩く。
「昨日のあれ、何に追われていたのかな?」
リューネの問いは当然のもので、この国の正規軍が逃げだすほどの脅威があると思うと、油断はできない。これまで三度、この中に入っていて慣れているような感覚を覚えているのもよくないと感じた。
敷地内に入ると、それが、いた。しかしそれは、昨日の戦いで倒された個体であるとわかる。
大蠍の死骸は、腹を上に向けて死んでいた。おそらく、魔法で倒されたのだろうと、腹に空いた穴でわかった。
雷撃か、火炎?
大蠍……大人ほどの大きさで、この死骸の周囲には、人の腕や脚……肉片が散らばっていた。こいつに殺された兵士たちだ。
「うう……」
システィーナがそこで蹲り、我慢できずに地面へと胃の中のものを吐き出す。
「大丈夫? 慣れてないの?」
リューネが声をかけると、彼女はスクっと立ち上がる。
「びっくり……しただけ! おえぇええ」
強がったものの、再び嘔吐……。
システィーナが落ち着くまで待ち、俺たちは進むことにした。
「ちょ……ちょっと本当に、入るの?」
高慢エルフの怯え方に、これまでの態度は世間知らずの強がりだったのだなと思えた俺は、明るい声を返すことで安心させようとした。
「大丈夫。俺の後ろにいればいい。油断しなければ、死なない」
「ちょっとぉ……大丈夫なの? これ、本当に? え? いっぱい死んでる……人が」
建物の中は、リーフ王国正規軍の軍装の死体がたくさん、転がっていた。大蠍にやられたと思われ、どれも切断されて殺されたのだと推測できるし、尾の棘で刺されたのだとわかる死体も多くあった。
地下へと下りる階段を前に、それがこちらを見ていた。
大蠍、二体。
奴らは、尻尾を激しく揺らしてブブブブと音を発する。
すると地下から、一体、二体……次々と大蠍が通路へと現れ、俺たちへと突進してきた。
「援護頼む」
俺は言い、前へと出ながら光球を五つ、浮かび上がらせると同時に、攻撃命令を発した。そして、左手には炎鞭を作り出し、右手には剣を持つ。炎の鞭は俺の意思で自在に動き、前後左右へと炎がしなって攻撃をする。この鞭に大蠍が触れた瞬間、燃え上がりながら切断されて、鳴き声をあげる間もなく息絶えていく。
次々と現れる大蠍。
光球弾が撃ち漏らした個体が、俺へと急接近してきた。
一瞬後、リューネが撃った弩の矢がそいつに刺さり、グンと弾かれたように後退していく。そこへ、風刃波をくらわせて屠った。
大蠍の群れは、そこで攻撃を停止すると、俺から逃れるように地下へと撤退する。
厄介だ……あいつら、どれだけの数がいる?
「システィーナ!」
リューネの鋭い声。
直後、乾いた音が通路に響く。
振り返ると、システィーナが頬を押さえて片膝をついていた。
リューネの手は、震えている。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
彼女は、システィーナに怒鳴った。けれど、震えるリューネの手を見れば、それは怒りだけじゃないとわかる。
彼女も、恐かったのだ。
それでも、俺の背中を守ってくれた。
リューネが、動かないシスティーナに鋭く言う。
「恐いのはわかる! でも、アル一人に戦わせてどうするのよ!」
「……殴った? このわたしを?」
「もう一回、ぶん殴られたい?」
「殴ったなぁあああああ!」
システィーナがリューネに掴みかかった。
リューネはその腕を取ったが、二人はもつれ合うようにして地面に倒れた。
上になったリューネが、システィーナの胸ぐらを掴む。
「あんたは魔法が使えるんでしょ! わたしは使えない! アルを助けたくても、助けられない!」
リューネの声は、激しく震えた。
「ちょうだいよ。あんたの力をちょうだい。そうしたら、わたしがアルを助けられる!」
システィーナは、仰向けのまま、両目から涙を流す。
俺は、周囲を警戒しながらリューネを立ち上がらせ、泣いているシスティーナを起き上がらせた。
「えぐ……うぅうううう……うううううぅうう」
「システィーナ、戦ったことがないんだな?」
彼女は泣きながら、コクコクと頷く。
……アイリーンは、それでも彼女にこの役を命じた。
才能だけなら、おそらく他を圧倒するほどのエルフなのだろう。
俺はエルフを慰めようと、彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫……少しずつ、慣れよう。俺の後ろをついてくればいい。リューネ、しょうがないよ。誰にだって、初めてはあるんだから」
「……甘い!」
姐さんは、プンプンだ……。
「システィーナを頼むよ。俺、戦いに集中するから」
「……しかたない。おい、行くよ! 早く泣き止んで!」
「ふわぁあああああああ! しょんなにおこぉんないで! ふわあああああああああ!」
……魔獣が寄ってくるから、静かにしてほしいと思った。




