エルフと魔王
俺は、アイリーンからマリーナが竜に愛された者だと聞かされた時、思考停止で声も出ない。
ハイエルフは、言を続ける。
「竜に愛された者が生まれると、月蝕などが起きると言われているけど、それは迷信でね……そんなものはただの偶然の一致。だけど、それを信じた人たちは、マリーナが生まれた時のこと、そしてたまたま、その村なのか町なのかわからないけど、そこで何かの流行り病があったのかもしれない。彼らはマリーナを、忌み子だとして、森に捨てた。彼女の産着には、後で人が見つけても助けないように、この子は忌み子だとはっきりと書かれていた」
俺は、赤ん坊の頃に助けてくれた彼女の判断は、もしかしたら繋がっているのかもしれないと思った。
「彼女は、ケットシーの村で一か月ほど暮らし、そこからアラギウスに連れられて、この地に来た。今でも覚えている……忌み子を養女にしたよ、と言ったアラギウスの表情を……彼は、迷信で我が子を捨てる愚かな人を、同種だからこそ軽蔑していた。それから彼はここで彼女を育て……魔導士の血がマリーナに流れていると知ると、惜しみなく知識を授けた」
アイリーンはそこで水を飲み、喉を湿らせて続ける。
「……マリーナは、すさまじい才能の持ち主だった。魔法戦だけなら、あのガルガンティアが、本気にならないと勝てないと笑うほどに強くなった……その頃ね、アラギウスが彼女に、独り立ちを勧めたのは」
「アラギウス様は、今もここに?」
「いえ、彼はミューレゲイトと西のほうに。不老だからこそできることをするって言ってね」
それは……なんだろう?
「マリーナは、独り立ちをすることになって、ここに挨拶に来たのよ。世界一の魔導士になるって言っていたわ。弱い者を守る力を得るって、言っていた……彼女がどうしてそう思ったのかはわからないけれど、わたしにそう言った彼女は、わたしがよく知るマリーナなら言うだろうと思える自然な彼女の目的、夢……だけど、そのマリーナが、皇子を誘拐したなんていうのは、もしそれが本当のことなら、それはそうしなければならない理由があったとわたしは思うのよ」
母さんをよく知る人の前では、誤魔化しは通用しないのだとわかった。
「で、話は戻ります。マリーナが、あなたを育てた母親だというのなら、あなたは皇子なのよ、間違いなく。わたしにはわからないけれど、その時の彼女には、そうしなければならない理由があった……あなたがそれをマリーナから聞かされていなかったのなら、彼女があなたを守るために、そうしたってこと。マリーナが、自分が連れ出した皇子をどこかに預けて、別の子を育てるなんてありえない……彼女はそういう人ではない。彼女はきっと、自分が連れ出した子への責任を負うはず」
「……はい。母さんは、最後までそうでした。だから、自分よりも俺を優先してくれて……だから母さんは、病気だったのに医者に診てもらうことすら拒否して……」
ここで言葉を続けられなくなり、唇を閉じる。小さな呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから、アイリーンを見た。
彼女は、表情を柔らかくするとリューネへと視線を転じる。
「あなたの恋人は、とてもやさしい人なのね?」
恋人ちゃう!
突然のぶっこみに、俺とリューネが慌てていると、アイリーンが目を丸くし、次にカラカラと笑う。
「あら、ごめんなさい。仲良さそうだし、信頼しあっているから」
意識しちゃうので、勘弁してください……ただでさえ、隠れて処理する俺なんです。
襲い掛かって、変態スケベ認定されて去られるなんて勘弁だ。
ここで、部屋の外から声が届いた。
「姫様、シスレミルファンギュロンフェンティーナロンヴェルが戻りました」
イケメンの声に、アイリーンが「中に」と伝えた。
扉が開かれ、美少女が姿を見せる。アイリーンと同じく銀色の髪に処女雪のような肌、蒼い瞳に瑞々しい唇……俺と年齢はそう変わらないように見えるが、おそらく何百年と生きているはずだ。
「彼女はシスレミルファンギュロンフェンティーナロンヴェル、システィーナと呼んでかまいません。シス、こちらはアルスとリューネ」
システィーナはアイリーンに一礼するも、俺たちを睨むように見て口を開く。
「姫様、こいつらがわたしと何の関係が?」
むかつく……。
「あなたは、わたしの命で封印の状態を確認する旅に出発する予定ね?」
「はい」
「それも兼ねて、彼らに同行させてもらいなさい」
「いやです」
俺もこいつ、お断り!
アイリーンが困った表情となるも、システィーナは意見を曲げない……どころか俺たちを指さしてこう言う。
「人間のくせに、アイリーン様と会うなんて図々しい。早く出ていけ」
「わたしの客人に無礼は許しません。それに彼らはドライヴ様のご友人ですよ!」
アイリーンがぴしゃりと言い、システィーナは不満一杯の顔で、許しもないのに退室した。
敵として対峙したら、容赦なく倒せる自信がある!
「アルス、ごめんなさいね。ただ、彼女を連れて行ってほしいのよ。シスは水、風の精霊を操る精霊使いなの。彼女がいないと入れない場所がある……ただ、彼女一人じゃ不安もある……人間社会で、うまくやっていけないと思ってね……」
「間違いなく、ご心配は現実のもとなります」
断言した。
「そうよねぇ……」
ったく、お断りだ……よ……じゃない。
水の精霊?
水の精霊の加護、得られるんじゃないか?
俺の思考は顔に出ていたらしく、隣のリューネが口を開く。
「賛成だけど、ムカつくんだけど?」
だよね……。
アイリーンが、ため息をついて俺たちを見た。
「ごめんなさい。とにかく、彼女は説得しておくから数日、ここに留まってくれない?」
「あの……図書館のようなところ、ありますか?」
「ガルガンティアの城……もともとはアラギウスとミューレゲイトの家だったのを増改築したのよ。その地下に、アラギウスが集めた魔導書が保管されている……図書館はないけど、そこなら入っていいわよ」
本当ですか!
「ありがとうございます」
「城に誰かいたら、わたしが了承していることだと言ってもらっていいわ。わたしとドライヴの名前を出せば、シス以外は親切にしてくれると思います」
……彼女が特殊なんか。
- Il était appelé le Grand Mage. -
ガルガンティアの市街地中央に、その城はあった。
城といっても主塔を中心に厩舎があるくらいで、フレゼレシアの総督府のほうがデカい。
見張り、いない。
門、開かれている。
中に入ると、庭でコボルトとケットシーの子供たちが、追いかけっこをして遊んでいた。
その彼らを見守る男性の魔族……角がなければ人かと思うほど人に近い外見の男は、椅子に腰かけて子供たちを見守るようで、手に持つぶ厚い本を読んでいるようにも見える。
「お邪魔します!」
その男……魔人は城の人だろうと思い声をかけると、手招かれた。
「アイリーン様のお許しを得て、書庫に入らせていただこうかと思いまして」
「ああ、アイリーンが? 珍しいね。僕はガルガンティア」
ガルガンティア!
この超絶イケメンが四大魔王最強の!
「失礼しました。俺はアルス、彼女はリューネ」
「アイリーンの客人なら歓迎するよ」
「ありがとうございます」
俺はここで、マリーナのことを確認したくなる。
リューネを見ると、俺の顔に思考が出ていたようで、頷きを返された。
「あの、お尋ねしたいことがあるんですが?」
「何かな?」
「マリーナ・アラギウス・ファウスは、俺の母親なんです。母さんのことを、聞きたいんです」
ガルガンティアは本を閉じると、いきなり雷撃を発動した。俺は、一瞬で防御魔法を発動して、リューネを庇う位置取りをする。
ガルガンティアが、にやりとした。
「君、すごいね。うん……マリーナの子っていうのは信用しよう。彼女は、血は繋がっていないけど僕の妹だからね、嘘をついているなら殺そうと思っただけだ、申し訳ない――」
こえぇよ!
「――ただ、今のでわかったから大丈夫。で、マリーナは今はどこに?」
俺は、これまでのことを説明する。アイリーンと同じく、彼にも隠したところで無駄だとわかっているからだ。
話を聞き終えたガルガンティアは、しばらく黙って俺を見ていた。
彼は立ち上がると、子供たちに声をかける。
「そろそろお帰り! 僕は客人と用だ」
「はぁい」
「さようならぁ」
「ガル様、また明日ぁ」
子供たちが、賑やかなに離れていく。
ガルガンティアが、俺たちを誘って歩き出した。
「こっちに……マリーナは君を守るために全てを捧げた。君、ただの血筋がいいだけの人間じゃないね?」
そう解釈するか!
いや……するどい。
彼はマリーナをよく知っている……その実力と、彼女が望んだことを知悉している。だからこそ、こう思うのだろうと理解できた。
「ただの皇子程度、彼女がそうまで肩入れするのはおかしいと、兄たる僕は思うのさ……君、赤ん坊の頃から変わった子だったんじゃないか?」
「自分が赤ん坊の頃なんて、わかりませんよ」
「たしかに、そうなんだけどね」
ガルガンティアに続いて、庭から地下へと降りる階段を進み、地下1階におりた。そこは円形の闘技場で、壁面には竜言語がびっしりと記されており、また魔力を宿していることから光っている……この空間そのものが立体型積層魔法陣となっていて、配列は魔法無効化……ここではいかなる魔法も発動直後に解除されるだろう。
闘技場から、さらに下へと階段が続く。
地下二階には、暖炉と椅子、寝台があり、扉の向こうはお風呂と手洗いだと言われた。
そして、地下三階。
書庫の最上部……書庫は、地下三階から地下五階までの三層にわたるもので、おそろしい数の本が保管されている。
ガルガンティアは閲覧席の椅子に腰かけ、対面の長椅子を俺たちに勧めた。
「それ、居眠り用に置いたんだ。最近はここで読書していることが多くて」
地下なのに、明るい。
いくつもの光球が、ふわふわと空間を漂っている。これ、ガルガンティアが発動しているのだと理解し、彼の魔力の総量はとんでもないのだと推測した
「アルス、先に言っておくよ、君、気づいていないけど、この女性……」
ガルガンティアは、リューネを見て続ける。
「……魔導士の血を流しているよ、知ってた?」
知らなかった! え!?
俺が驚いてリューネを見ると、彼女も目をまん丸にして俺を見ている。
「リューネ、だったね? 痛くしないから手を重ねてくれる?」
ガルガンティアが差し出した手の平に、リューネが右手を差し出した。
「ちがう、左手」
魔王に言われ、彼女は慌てて右手をひっこめ、左手を彼の手に重ねる。
ガルガンティアが、うんうんと頷いた。
「風系統の魔法に長けている……というか、おそらく特化しているね、これは」
「本当に? え? わたしも魔法、覚えたい!」
リューネが目を輝かせる。
魔王に、俺もみてもらいたいんだけど……。
「アルスもみようか? 甥っ子の素質、興味あるから」
魔王の甥……なるほど。魔王の甥、魔導士になるって、本のタイトルに使えそう。
左手を、彼の手に重ねた。
「うんうん……ははぁ……マリーナ、だから君のために全てを捧げたんだな」
「どういう?」
「特異素質なる者だ。全ての魔法現象を、最高精度で再現できる一握りの……数百年に一度の才能。彼女は僕と違って、こうして見抜くことはできないけど、君と接する中で、予感があって、期待して、確信したに違いない」
……そういえば、そんなことを言われたような記憶がある。
「しかも、君の場合、魔力の総量がすでに僕に匹敵するほどだ。磨きが足りないけど、あと百年も鍛えれば僕を超えるんじゃないかな?」
百年も生きられませんよ! 俺は!
でも、嬉しい。なんだか、俺スゲーじゃないけど、そんなすごい素質があったとは!
「アルス、素質もあってそれを鍛えて、すごいね!」
リューネに褒められ、照れているとガルガンティアが「じゃ、本題」と言って、書庫の最下層を指さす。ここは地下三層で、半円状の部屋になっている。そして残りの半円は吹き抜けで、書棚となっている壁には足場がついていて、一定の間隔で梯子があった。
「ここにある本は全て魔導書と、それに関係する本なんだけど、珍しいものはないんだ。でも、読み込むことが魔法への理解を深め、解像度をあげる。脳内に映像として再生したとおりに、現実世界に現象が生まれる。ここにいる間、好きに使っていいよ」
「ありがとうございます」
「それで、リューネは魔法を覚えたいなら、まずは古代ラーク語の他に竜言語を学ばないといけないから、地下五階の入門書から読めばいいよ。風系統の魔法は、三層の東側にまとめてあるからね」
「うん、わかった。ありがとう」
ガルガンティアは笑みを見せると、「じゃ、僕はこれで」と言って階段をあがっていく。
「あの! 帰る時の戸締りは?」
尋ねると、彼は笑った。
「この城に盗みに入る馬鹿はいないよ。仮に、泥棒に入った者がいたら、僕が必ず殺すからね」
抑止力……最強の抑止力だと思った。




