魔族自治区
大隧道の深部を目指す選択肢もあったけど、先に魔族自治区に行くことを、リューネと決めた。
四層のトンネル部分で、アルビルが出口まで送ってくれるというのでありがたくお願いする。
「また、来る? 会える?」
この魔人、いい奴だ。母さんが仲良くしていたのも、わかる。
「また来るよ。他の用事で移動するけど、このさらに地下の調査もしたいんだ」
「その時は言って。手伝う」
最強の助っ人!
地下三層にあがり、二層へと続く広間に到着したところで、アルビルと別れた。
見た目は邪悪なんだけど、平常時の彼は目が黒くてクリクリしていて、威圧的な外見なのに目だけ可愛いという不思議な生き物……だと思う。
宿場に戻り、そこでダリルと別れることになった。
「じゃ、俺はフレゼレシアに戻る。また会うことがあったら」
「ええ、俺たちも魔族自治区を尋ねた後は、フレゼレシアに戻ります」
大隧道を西へと向かう。
少し後ろを歩くリューネが、口を開いた。
「ね、ダリルを誘ったら?」
「え? 彼を?」
「うん、ダリルが前衛の時、アルス、楽そうだったから」
たしかに、楽だった。
しかし、地味な面子だ……おっさんと若造と女性ポーター……主人公にはなれないパーティーだ、きっと。ふつうは、イケメン、イケメン、イケメン、女の子で、逆ハー展開ドキドキとなるか、イケメン、美女、美女、美女で、ハーレム展開最強ストーリーでワクワク展開だろう。
「なに? 嫌なの?」
「あ、いやいや違う」
いらんことを考えていたら、勘ぐられた。
「ダリルを誘って、地味な旅に同行してもらっていいんかな? と。稼ぎにならないからね」
「あ……そうか」
本当のことを言うと、リューネもなんだけど、そういう話をするのは微妙というかなんというか。
見た目はこんな若造だけど、精神年齢は前世とあわせて五十近いおっさんなわけで、若い子がこんな地味な旅のポーターをやってて適齢期逃した責任を俺はとれるのか? なんていう昭和の考え的なものも思ってしまうわけで……リューネ、美人だしちゃんとした相手いれば、平穏な生活を送る幸せを得られると思う。
「ねぇ、アルスは……いつかお父さん……お父様とお母様に会いたいという気持ちはないの?」
彼女は俺の生まれに勘づいているから、きっと訊きたかったんだろう。
「今のところは……記憶がそもそもないんだよ」
そうなんだ、普通はないんだよ。赤ん坊だったのだから。
父親は……会いたくないとは思わない。どちらかというと、帝位を外された後も、帝室の権利を認められて、いい暮らしができているならそれでいいじゃないかと思うところがある。
母親は……なぁんとも思わない。でも彼女はきっと、実家に戻って別の幸せを得ているだろう。
「アルスは、自分の生まれのこと、お母さまに知らされてなくても、なんとなく気づいていた?」
するどい……そうだよね、記憶がなくて話されていないんだからさ。
「母さんの名前が、有名だったから死別した後にね」
これは、本当にそう……詳細は図書館で知りました。
「アルスは、帝室の血を継いでいると思っているから、誰も近づけないの?」
? どういう?
「どういう意味?」
「なんというか、一人でも平気っていう感じを受ける」
「……」
「わたし、足手まといだし、なんか申し訳ないなって」
「そんなことないよ。旅できるのは、リューネが荷物を持ってくれるからだし、それに前向きな考えを口にしてくれるおかげで、切り替えを早くできるし……」
深刻になるのも嫌だから、冗談を言おうと思った。
「……美人だから、一緒にいてドキドキするから嬉しいよ」
「……スケベ」
言った彼女は笑っていた。
よかった。
いつもの笑顔……見つめていると、彼女は照れた様子でそっぽを向く。
「い……行くよ、スケベ」
「その呼び方やめてくれ」
さっさと歩き出した彼女に追いつき、追い越し、少し前を歩く。
後ろから、ついてくる彼女の足音が聞こえる。
そう……リューネ、この音が聞こえるから、安心できると言ったら笑うかな?
前方が、明るくなってきた。
トンネルを出る。
輝く太陽が、地上を美しく照らしていた。
高みが西側の出口で、俺たちが立つ場所からは魔族自治区になっているローディア半島が一望できる。
森と湖が手前に広がり、その奥に、赤と白の屋根が建ち並ぶ市街地を眺めることができた。そして、湾のほうにも村があり、湖から流れ出る川を幾艘もの船が行き来するのが見える。
「きれーい」
リューネの感想。
そうだ。
キレイだ……。
巨大な建築物がないことが、自然との調和を成しているとわかる。そして、そこに暮らしがあることも見て理解できた。
ここで、母さんは暮らしていたのか。
- Il était appelé le Grand Mage. -
コボルトの子供たちが、追いかけっこをして遊んでいる。ケットシーもいて、オークやドワーフ、エルフたちも暮らしていた。ホビットやケンタウルスもいる。なかなかすごい光景だ……中央大陸のイシュクロン王国に近いのかもしれない。
魔族自治区の中心都市は、ガルガンティアという名前で、最高責任者で四大魔王最強の存在から名前をもらったとされているが、この町を造ったアラギウスとミューレゲイトが、自分たちの子の名前にしたという親バカ論が最も支持されている。
リーフ王国の商隊が何組もいて、荷物の積み降ろしなどをおこない、取引をしたりと忙しい市場を抜けて、宿に入って申込をした。
「まだ陽が落ちるには早いから、エルフを探す?」
リューネが荷物を降ろしながら言い、俺はベッドの上に装備を並べて点検しながら答える。
「そうだね。聞けばすぐにわかると言っていたから、宿の人に聞いてみよう」
「あ、それがいいね」
二人で部屋を出て、受付にハイエルフの巫女がどこにいるのかを訪ねた。
「すみません。ヴェル族のアイリーン様を訪ねたいのですが、どこに行けばよろしいでしょうか?」
受付のオークは、うさんくさいという顔で俺たちを見たが、客観的に見て、あんたのほうがうさんくさいだろうとは言わず黙っておいた。
「誰の紹介? 紹介者がいないとまず会えないし、紹介者によっては会えないよ」
「大隧道の東側の森で暮らす、ケットシーのドライヴ様です」
「嘘つくな。ドライヴ様がお前らの相手をするわけがないだろ? ケットシーの中でも最も高貴なお方だぞ」
かなり格が高いだろうと思っていたけど、最高格だったとは……ケットシーノーブルよりも存在は上で、もし本人が望めば魔王格になれたかもしれない……。
次に会う時は、もっと敬おう。
「嘘じゃないの。ドライヴから教えてもらったから、わたしたち、ここまで来たんだから」
「へぇ? 信じられないが、どうせ嘘なら追い返される。市街地の北東部に屋根が緑の屋敷がある。そこだ」
「ありがとう、優しいのね?」
リューネの言葉に、オークは照れていた……。
素直な奴かもしれない。
宿を出て、市街地北東と聞いたので、そちらへと向かう。途中、多くの荷馬車がガタガタと移動していた。荷は魔鉄で、これがあるからここの魔族は豊かだし、人間たちも一目おいているのだと思える。
緑の屋根……たしかに、このガルガンティアにはそんな屋根は他にないだろう。白か赤の二択だから。
見えてきた。
屋敷の周囲は柵もなにもなく、誰でも侵入できる不用心そのものだ。
玄関まで進み、呼び鈴を鳴らす。
しばらく待つと、超絶美形のエルフ男性が現れた。
「何用か?」
こわいくらいにイケメンなんだけど……リューネが見惚れています! 無理もない。
「あの……ケットシーのドライヴ様の紹介で参りました。アルスと、リューネと申します。アイリーン様にお取次ぎ頂けないでしょうか。七つの罪の封印を、解除している奴らがいると思いまして、そのお知らせをしたく……」
「ドライヴ様の? 嘘をつくな」
必ず疑われるのか……。
だが彼は、難しい顔でこう続けた。
「しかし、七つの罪の封印を解いている者どもがいる件、誰から聞いたのか?」
「自分たちで見ました。バルニアでは棺が空でしたし、魔将の城でも同じように……」
「ドライヴ様に本当に会ったのか確かめる。あの御方が苦手なものを言ってみろ」
苦手なもの?
俺ではなく、リューネが答えた。
「他のケットシーより、熱いのが苦手。フウフウしてあげましたから」
「……本当にドライヴ様が、お前たちの紹介者になったのか?」
次にドライヴと会った時は、心から敬うことにしよう!
「なってくださいました」
「……こちらへ」
中へと入れてもらい、応接室へと通された。観葉植物で囲まれた空間は、そこにいるだけで心が安らぐというか……そうか、コボルトの森と似た空気だ、ここ。
部屋に、神々しいという言葉がふさわしい少女が現れる。見た目の年齢は俺とそう変わらないが、白い肌に銀色の長髪は月の輝きを連想させる。長い睫毛に赤い瞳は、魔族の母のリーゼキュラ様を思い出した。
自然と、頭を垂れた俺とリューネは、彼女の声を聞く。
「わたしがアイアラマリンシュッドフィルガーリーンヴェルです。アイリーンで大丈夫」
「俺はアルス、彼女はリューネです」
彼女は所作で、俺たちに腰掛けるようにと勧めてくれて、遠慮なくソファに腰をおとした。ここで、先ほどのイケメンが飲み物を運んできてくれた。
透明な液体……水だろう。
アイリーンは、エルフの中でも高貴なハイエルフで、しかも始祖直径と聞いていたけど、リーゼキュラと雰囲気が似ている……もしかしたら、魔族とエルフは似ている種なのかもしれない。
「実は……僕を派遣しようかと思っていたところなのです」
アイリーンは言い、イケメンエルフに視線を転じる。
「シスレミルファンギュロンフェンティーナロンヴェルという、わたしの忠実なる戦士がいるのですが――」
名前がなげぇ……。
「――、彼女をつかわせてまだ無事であろうと思われる封印を見てこさせようかと」
「つまり、アイリーン様はお気づきなのですね?」
俺の問いに、彼女は頷く。
「ええ、少しずつわたしの力をそがれるような感覚が……半信半疑だったのですが、ドライヴが寄越した貴方たちが言うのであれば、本当なのでしょうね」
俺は、封印の場所を確認しようと、本で読んだ場所を順に口にした。すると、その情報は正しかった。
「では、封印の場所が不明であるとされる傲慢はどちらに?」
「最も安全な場所……とだけ。ごめんなさい。これは誰にも教えていないの。封印をする際に、手伝ってくれていた人たちがいた……きっと彼らは悪気なく記録に残していたのだと思います……わたしも、まさか封印を解きたい者が現れるとは思わず、書物などに記載されることに無頓着だったのですが……どうしてこんなことをするのでしょう、その者は」
「きっと、長い年月の中で本当の意味を忘れてしまったんだろうと思います」
俺の言に、彼女は頷く。
「アルスたちは、これからも七つの罪の封印場所へ?」
「……いえ、魔導書探しがそもそもの目的でして」
「魔導書?」
俺はこれまでの事を、アイリーンに伝えた。
ドライヴにも話したことなので、マリーナに育てられたことから隠さず、だ。俺の血筋だけは、黙っておいた。
途中、喋り続けていて喉が渇いたので、無作法を詫びて水を頂く……柑橘系の香りがする。ほんの一滴、二滴? 水そのものを邪魔せず、それでいて香りを加味する程度の見極めだ。
美味しい。
話し終えた時、彼女は瞼を閉じて口を開く。
「……マリーナの魂が、バルボーザの導きで再びこの世に現れた時、わたしはその時も彼女の友でいることを誓います……しかし彼女は、帝国の皇子を連れて姿を消したことで有名です。アルス、貴方がそうなの?」
……やっぱりそうなるよね。
「自分では、わかりません」
この嘘にも、すっかりと慣れてきました。
「……アルス、客観的に、あなたは皇子だと思います」
やっぱり、そう思われますよね。
「わたしもマリーナのことは、知っています。この町で成長していた彼女は……アラギウスとドライヴのおかげで人になれたのよ」
「……捨て子だった……と聞きました」
アイリーンは少し悩む表情となるも、俺とリューネを交互に見る。
「アルス、彼女にも聞かせて大丈夫なのかわからないのだけど、彼女は信用できるのね?」
「間違いなく」
迷いなく答えた俺の横で、照れたリューネがうつむく。
アイリーンは、小さく頷くと俺をまっすぐに見た。
「マリーナと名付けられた女の子は……竜に愛された者と思われたから、捨てられていたの」




