地下神殿の書庫での発見
「ボク、この遺跡でずっと一人だった」
屍魔人は、アラギウスとの出会いから、マリーナとのことまでを歩きながら教えてくれた。
マリーナはよく、この大隧道の地下で魔法の練習をしていたらしい。
「ボク、この先の神殿の守護者として、作られた。だから、ここにずっといる。時々、上を見回りする。マリーナ、ボクと一緒に歩いて、お散歩だって言って喜んでくれていた」
マリーナのこと、あの時は深く考えてなかったけど、わかってきたことがある。
コボルトの村……彼女は帝国に向かい、そこで活躍をした……その彼女が、コボルトを過去に助けたことがあるというのも、魔族自治区で暮らしていた経験があるからだろう。
そして、この魔人と関係を築いたから、魔人の恐ろしさを知りながら、ゼグスのような信頼できる相手もいるとわかっていた……だから、稽古でそれを確かめて……認めてからはついて来なくなった。
母さんの過去……東方大陸に来てよかった。俺の乳母になってくれる前の母さんを、当然ながら俺は知らない。だけど、こうして母さんの過去を知ると、感謝が強くなるし、近くにいてくれるみたいで嬉しい。マザコンだとからかわれるかもしれないけれど、俺にとって母さんは、本当に素晴らしい人だ。
本当に、何度もありがとうを伝えたいくらい、すばらしい母さんだ。
大聖堂……地下都市に築かれた巨大な聖堂の中は、狂獣たちの子供が数匹、じゃれあってご飯を食べているところだった。
……人の肉だと、彼らが齧っている肉が手の形なのだわかった。
えげつな……狂獣も、パピーの時は可愛いから不思議だ。
母親らしき個体が、俺たちを見て唸り始めたが、アルビルが口笛をふくと頭を垂れて伏せをした。
「あの剣、ジェイクのものだ」
ダリルの言葉に、俺たちは自然と足を止めた。
「ダリル……」
リューネが彼の肩に触れ、少し前でアルビルが立ち止まる。
「君たちの友達だったか?」
「いや……いいんだ」
ダリルは言い、短く祈ると歩き始める。
「喧嘩別れしたが……若いから無謀だったが、悪い奴らじゃなかった。助けてやりたかった」
「ダリル、俺たちが寄り道させたから」
「いや、お前らがいてくれなかったら、ここまで来ていない。すまない……上に戻ったら、ギルドに一度戻って、あいつらのことを報告するよ」
「ああ……俺たちは無事ってことも伝えてもらえないか? このまま、魔族自治区に行きたいから」
「もちろん」
- Il était appelé le Grand Mage. -
地下神殿はおそろしく広い。アルビルの案内が進むが、途中に気になる小部屋がいくつもあって、ウズウズとした気持ちをおさえるのに苦労した。
「本、いっぱいある部屋、ここ」
うぉおおおおおおおおおおおおおおお!
本、本、本、本!
大量の本がまだこんなに!
奥行と幅が約五メートルの正方形の部屋は、四方の壁が全て本棚で、真ん中に読書用の卓と椅子が置いてある。
三人で中に入ると、アルビルが離れた。
「ボク、見回り戻る。終わったら勝手に帰っていいから」
「いいの?」
リューネの問いに、彼は「大丈夫」と言い、続けてこう言った。
「動物たちに、君たちは襲うなと言っておくから安心して帰ればいい」
親切な魔人だ……。
なんなんだろう……魔人に親切にされて、人間には絡まれて……。
そういえば、彼は五人組を、神殿を荒らした人と間違えたと言ってたな……もしかして、ここにも封印されているものがある? ……いや、考えすぎだ。
それよりも、魔導書を探そう。
「魔導書を探します。本の表紙が、古代ラーグ語のものであれば可能性があります」
「古代ラーグ語がわからん」
ダリルの苦笑に、ラーグ語に似ているが読めなかったらそれがそうだと答えた。乱暴だけど、伝わりやすい。
三人で、まず対象となりそうな本を中央の卓へと積み上げた。
けっこうな時間が経過……幸いだったのは、神殿施設には手洗いがあって……使われていないので劣化が激しかったが――野糞するより全然マシ――もよおして場所を探す必要がなかったことだ。それで気づいたが、トイレの下部にはまだちゃんと水が流れていて、穴に排せつすると出たものがどこかに流れていく仕組みが生きている……魔鉄で輝いていた川に繋がっていないことを祈る!
卓上に積まれた本の数、十冊。
一冊目……魔導書! だけど、知っている。ただ……これって原書に近い複写本っぽいから貴重だ。炎姫演舞は、火炎系統中級の広範囲を攻撃する魔法だ。
二冊目、三冊目、四冊目、五冊目と既知の魔法が続く。
「やっぱり、知られていない魔法ってのは、そんなにないってことだな?」
ダリルの言に、俺は頷きを返す。
「ええ、でもきっとまだあるはずなんですよ。人類が到達できていない場所に保管されている魔導書が……これも違うな」
六冊目を終えて、七冊目……ん?
「どうしたの?」
俺の異変を感じ取り、リューネが本の表紙をのぞき込む。
「これは、流星召喚……の原書」
「原書!?」
ダリルが大きな声を出し、俺も大発見に手が震えた。
複写本はすぐにわかる。巻末に、複写した年月日と書き手の名前、そして複写した数が記されているが、これはそれがない。
頁をめくると、竜言語で記されているが文法がおかしい……いや、現代に伝わっている解釈がどこかで間違っているのか。
「でも、残念ね? 知ってる魔法だったんでしょ?」
「禁呪だから、使わないけど知ってる……これ、ダリルさん持って上がる? 高く売れるよ」
「……いや、この本はここにあるべきだろう」
難しいことを言うな……でも、なんだろう? 歴史に敬意を払うというのは、なんとなく理解できたし、このおっさんはちゃんとした人だと改めて思えた。
八冊目と九冊目は俺が見た本なので、一応は積んだけど知ってる魔法だ。
十冊目……召喚魔法だ。
「これ……召喚魔法の魔導書。七つの魔の王、て書いてある」
「七つの魔? それ、七つの罪じゃない?」
リューネの指摘に、ダリルが応じる。
「主神教のやつのことか?」
興奮しながら頁をめくると、呪文の詠唱をしただけでは召喚できないことが記されて……て、この本も原書だ! いや、待て……待てよ。七つの罪は宗教で定義されているものだから、多くの人が知っている。それが各地に封印されているというのは、バルニアとあの城で棺を見たから信じることができた……封印されたのか、儀式が大事だったのか、それはこの際、置いておく。
魔法なのか? という疑問だ。
これは魔導書だけど、本当にそういう魔法か?
「ダリル、アルスが思案したがっているから、こっちで休憩しよ」
「わかった……小便してくる」
「いちいち言わないでよ!」
俺は一人、卓に向かって魔導書の頁をめくる。
- Il était appelé le Grand Mage. -
「で、どうだったの?」
解読を終えて、二人の休憩に合流した俺は、お茶の入った杯を受け取りながら口を開く。
「召喚魔法だ。忘れられた魔法だった」
「すごいじゃない!」
興奮する二人と反して、俺は気が重い。
「どうした?」
ダリルの問いに、俺は説明する。
「七つの罪……は、本当に存在した。それを、七つの宝玉に変換して棺に入れて封印した……それを集めて、魔導書に書かれた積層型立体魔法陣を描き、呪文を詠唱すると、ふさわしい血と能力をそなえた魔導士ならば、七つ魔の王の召喚が成功となって、邪悪なものが再び世界に解き放たれる」
「……バルニアと、魔将の城は、じゃぁ封印が解かれた後ってことだから、誰かがそれをしてる?」
「そう……ここにあるのは原書。もしかしたら、複写本が存在していて、彼らはそれを読んで知っているのかも……大発見を世に発表しないのは、これまでの封印を解いた時と同じく、知られることを嫌っているからだ……つまり、よくないことを考えている」
俺はお茶を飲み、知ってしまった現実に、どうしようかと思案する。
「お前はこれを、どこかに訴えないのか?」
ダリルの問いに、俺は頭を振った。
「それをしたところで、信用されないと思います。ただの、陰謀論者扱いですよ」
「……アロセル教団に持ち込んでみたらどうだ?」
「教団か……」
「だめ」
リューネが、意外にも否定した。
「どうしてだ?」
ダリルの問いに、彼女を俺をじっと見つめるだけ……あ、そうか。
俺は、忌み子と疑われかねないし、帝室の血筋であることを隠さないといけない。
教団は各国の支配階級と関係がある……帝室に、俺のことが届かないとは言い切れなかった。
ダメだ。
ダリルが、「例えば」と切り出す。
「アルスがこれを、よくないと思うなら、先回りして一つの封印を奪ってしまえばいいんじゃないか? そうすれば、そいつらは七つを集められない」
……それは、いいかもしれない。
「で、どこに封印されているんだ?」
ダリルの問いに、図書館で読んだ情報を思い出す。
「えっと……怠惰はバルニアで、これは解かれていた。嫉妬はギュレンシュタイン皇国のロイタール遺跡……強欲は魔将の城で、解かれていた。色欲は南方大陸としか書かれていなかった。憤怒はヴァスラ帝国にあるカーティス城……暴食は、五か国半島の金竜半島自治区の魔窟。傲慢は封印場所不明」
「じゃ、お前はその傲慢をそいつらよりも先に見つけちまえばいいんじゃないか?」
「……いえ、下手に見つけると、奪われたら厄介です。彼らがまだ見つけられていないものを探り、隠しちゃうのがいいかと……ただ、これを俺がするかどうかってのがなんとも」
困った。
正義の味方でもないし……でも、悪さしている奴らがいて、その目的を知ってしまったのに、無視するってのもなんだかなぁ。とりあえず、魔族自治区に行って、巫女と話してみるしかないと思う。




