アルビル
「ダリルはどうして冒険者に? 傭兵のほう?」
リューネの問いに、彼はスープを啜りながら答える。
「ゴート共和国の騎士身分だったんだけどな……イシュクロン王国侵攻戦で、仲間の不正を見逃せず訴えたら、俺がクビになったというオチだよ。若かったんだ……兄貴はすでに上層部の偉いさんだったから、クビで済んだということもあるが……家を勘当されて……それからこんな暮らしをしている」
「けっこう長いの?」
「十五年は経つかなぁ」
超ベテラン。
こんな暮らしを十五年……てことは、強いだけでなく判断も的確ってことじゃないの? あ、だから三人組と喧嘩になったわけか……。
「四十一歳だ、もう……引退するにはまだ早いが、無茶をするにはもう遅い……新しいことを始める勇気はなくなった……惰性で今の暮らしを続けていたら……でも、たしかに生きるか死ぬかの瀬戸際を体験する時しか味わえない興奮がある。いろいろ複雑だ……お前らは?」
「わたしはバルニアにいて……」
リューネが、俺との出会いから現在にいたるまでを彼に話したところで、彼はスープを飲み干して空の器を地面に置いた。
ダリルが、俺を見ている。
「お前、えげつない魔導士だ……若い……忌み子を疑われなかったか?」
答えに困っていると、リューネが代わりに口を開いた。
「そりゃ、そうでしょ。だから、お母さんが彼を隠して育てたみたい……そのお母さんと、わたしを育ててくれた人、同じ名前だから親近感あってね。姉と弟みたいな感じ? 逆かな、アハハハハ」
マリーナという名前を隠した彼女は、賢いと思った。
「そうか……苦労したな?」
優しい笑みの彼に、自然と笑みを返した。
ダリルはそこで、ふと笑みを消して、問う。
「あれ? お前らって、デキてるんじゃないのか?」
俺はスープを吐き出してしまい、リューネは咳き込んだ。
男女が二人で組んでいると、そういう見られ方もするってことね……。
- Il était appelé le Grand Mage. -
順番に休憩をとり、活動再開。
魔鉄が採れるという情報をどう使うかを、俺たちに任せるとダリルは言った。リューネは当然のように、俺に尋ねてきたので、何もしないことにする。
「変わってるな」
ダリルの感想は、一般人のもので間違いない。ふつうはお金儲けに使う。
「アルスは忌み子で疑われた過去があって隠れていたこともあるって言ったでしょ。目立ちたくないの」
「……嫌でも、お前のすごさは目立つと思うけどな」
嫌だ!
嫌な意見!
ダリルを先頭に、昨日の階段の場所まで戻ってきたところで、前方の様子をうかがうも、光球が照らす範囲に異常はないように思えた。だけど、ダリルは立ち止まって動かない。
「どうした?」
「シッ……おかしい」
彼はじっと、光球が照らす範囲外、ずっと先の闇を睨むようにしていたが、長剣をスラリと抜くと「行こう」と言って歩き出す。その速度は、やや遅めだ。
彼は前を見たまま、後方の俺たちに声をかけてきた。
「嫌な予感がする……光がチカチカしているの、わかるか?」
ダリルに言われて、俺はようやくそれに気づいた。
小さな光が……赤、青……点滅して……魔法か!
「ずっと向こうで、ドンパチやってる」
「急がなくていいの?」
リューネの問いに、ダリルは歩きながら答える。
「慎重に行こう。とんでもない化け物がいた場合、戦っている奴らがこっちに逃げてくる可能性もある。それが人間じゃない場合だってある」
改めて、自分は経験不足なんだと自覚する。
光球のおかげで、見える範囲だけを見ていた。
この時、前方からものすごい轟音が発せられた。
ズゴォオオオ! ていう音に構えた直後、俺は防御魔法を発動する。
巨大な雷帝矢を、俺の魔法は防いだが、衝撃波が発生して数歩よろめいた。
「雷帝矢だ。雷撃系の中級……だけど、これだけの巨大さとなれば術者は強力」
俺の言に、ダリルは前進を再開させた。
戦闘場所へと、確実に近づいた。
赤い点は、地面に転がる松明だとわかる。そして、雷撃や火炎の魔法が応酬されていると、闇を裂く輝きが主張していた。
音もはっきりと聞こえる。
「攻撃! 押し込め!」
「防御魔法!」
「こいつ! 死なねぇぞ!」
ラーグ語の叫び声!
「アルス、行こう。援護しよう」
「わかった」
走り始めたダリルに続き、俺、リューネの順で走る。全力の七割程度の速度、距離が縮まり、戦っている連中の人数が五人とわかった。そして、その敵は二メートル近くもある魔人で、見たことがない外観……山羊の角が生えた頭部は人のようだが裂けた口からのぞく牙は巨大……上半身がデカく、下半身は脚が短いせいで小さくみえる。
長く太い腕と大きな手には、丸太のような棍棒が握られていた。
距離、五十メートルもない。
「加勢する! 三人!」
ダリルの声に、五人が反応した。
「助かる!」
「屍魔人だ!」
おい! 倒しちゃダメ!
俺は慌てて、叫ぶ。
「アルビルか!?」
俺の問いに、魔法を発動しようとしていた魔人が止まり、戦おうとしていた五人組も固まった。先頭のダリルが立ち止まり、肩越しに俺を見る。
俺は、動かない屍魔人の前まで移動し、その赤い目を見た。
「ケットシーノーブルのドライヴから聞いた。君のことを」
「ドライヴ……元気してた?」
ラーグ語! ラーグ語を話せるのか!
「ああ、元気にしていた。仲良くなれたんだ。君のことを話してくれた。アラギウス・ファウスと、マリーナ・アラギウス・ファウスのことと一緒に」
アルビルはそこで、五人組を見る。
「ボク、攻撃して悪かった……君たちが神殿を荒らした奴らだと勘違いした。コイツの友達なら、謝る。違うなら、殺す」
「と……友達だ! 友達!」
「神殿なんて、行ってない!」
「そう! な!?」
五人組が口々に「友達だ」と言い、俺を見て懇願する。
俺は頷きを返して、アルビルを見上げた。
「友達なんだ。大隧道の中で迷ってはぐれて……頼むから攻撃しないでくれ」
「わかった。ボク、攻撃しない」
巨体の魔人はそう言うと、赤い目は輝きを失い、かわりに黒いクリクリとした丸い目となる。そして、あぐらをかくように座ると、俺を見た。
「お前、誰?」
「俺はアルス、彼はダリル、彼女はリューネ」
俺は三人の名前しか言えないから、他の五人を尋ねられて面倒になる前にと本題に入る。
「君が、マリーナ・アラギウス・ファウスにあげた本、どこで見つけたものなのかを教えてもらないか?」
「本? ああ……子供向けの本のこと?」
彼にとっては、あれは子供向けの本らしい……。
アルビルは少し考えると、通路のずっと奥を指し示した。
「地下に降りずに、このまままっすぐ進むと昔は大聖堂で使っていた場所がある。その奥は神殿だったところで、もともとボクはそこいたんだ。その神殿には、本がたくさん置いてある場所がある。そこだよ……行きたい?」
「行きたい」
「ドライヴの友達なら、案内する」
「ありがとう!」
屍魔人が立ち上がると、五人組が「俺たちはどうしたら?」と尋ねてきた。
俺は、アルビルに声をかける。
「俺たち三人は君についていく。この五人は別行動をとるけどいいかな?」
「好きにしたらいいけど、下に降りるなら気をつけて。蛇女の巣だから」
頑張って!
五人組……おそらく経験者の集まりだろう。あの魔法といい、この魔人相手に全員が無事であることから、そうとうなやり手達だと予想できる。
アルビルが歩き出し、後に続く俺たち。
ダリルが、不思議そうに言う。
「お前、本当に変わってるよ」
「……そう言われるの、慣れました」
後ろで、リューネがクスクスと笑った……。
ここで、前を歩くアルビルが言う。
「マリーナ、元気? マリーナ、会いたい」
マリーナ、会いたい……か。
俺も、会いたいよ、マリーナに。
「ごめん、アルビル。彼女とはもう会えないんだ」
「会えない? なんで? ボク、嫌われるようなことしたかな?」
「違うんだ……マリーナは病気で亡くなった」
俺は懸命に情動をおさえこんで、言った。
アルビルが立ち止まり、振り返る。
彼は俺を、見下ろしていた。
俺も彼を、見上げる。
ダリルと、リューネが、俺たちを見守った。
「君、嘘だったら殺すよ」
「アルビル……ごめんよ? 嘘だったら、どんなにいいか……俺も……嘘だったらどんなに良かったか……」
「本当?」
「本当だ」
屍魔人は、そこで膝から崩れると、地面に四つん這いとなる。
「ウワァアアアアアア! ウヮアアアアアアアアアン!」
大泣き……わかるよ、アルビル。
俺も、我慢しているけど……話すだけで今も泣けるし……お別れの時は、リーゼキュアに抱きしめられて、お前くらい大泣きしたから。




