フラド・ヴァラキ
城の敷地から出ると、馬にまたがった戦士がいて、俺を見るなり声をかけてくる。
「よぉ! すげぇな! 団長がお前に用だ。ちょっと待ってくれないか? 呼んでくる」
フラドの部下だとわかり、頷いて棺を地面に置く。
後ろから、慌てて追いついてきた四人組が、地面に座り込んで休憩を始めた。
「あんたら、ついて来るのか?」
俺の問いに、彼らはどう答えようかという顔でお互いを見合う。
殺そうとしてきた四人組に、つきまとわれたくないというのが俺の感情で、当たり前のものだろう。
「あんた達は最初、俺を殺そうとした。あそこでお別れだと思ったから手を出さないが、どうしてもついてくるなら、殺される前に殺す。どうする?」
四人組が、慌てて立ち上がり逃げていく。
情けない……くだらない。
「ダサい奴らよねぇ、本当に。バルニアで悪事を働いていたタウジナス一味と似たような奴ら……自分たちが勝てそうな相手にしか強く出ないクズ」
彼女にとっては、大切な人たちを奪われたという過去がある。だからその手の連中をよく思わないのは当然だろうし、俺も彼女の価値観に賛成だ。
日本人だった時、あの時……渋谷での騒動……あの男は、転んだ人が女性だったから攻撃しようとしていた。おそらく、あれが自分より体格がいい男だったら、別の獲物を見つけていただろう。何に不満があったのか知らないし、なんでもいいから傷つけてやると思うに至った不幸なんて想像できないけど、結局、あの男はあの行いに至った際でも、自分が勝てそうな相手を選んでいた……と、今となって思える俺は、くだらん奴に殺されるなんて二度と御免だ。
さっきの四人組……生かしてやったが、また絡んでくることはないかな? あいつらは俺たちが五百万リーグを手に入れることを知っている……絡まれたら面倒だ……ああいう奴らは粘着質で卑怯だから……こんな心配するなら、情けをかけなければよかった。
「どうしたの? 怖い顔をして」
リューネの指摘に、ニッと笑うことで誤魔化す。
「フラドさん達の用事ってのが終わったら、報酬をもらって、宝石に換金してから大隧道だ」
「その前に、宿で一泊しない? お風呂、入りたいでしょ?」
入りたい!
徒歩での旅、そして廃墟で戦闘、埃が舞う汚い環境が当たり前……しかも多数の亡骸と空間を共有していたせいで、身体に臭いがついているのではないかと疑っている現在……お風呂は絶対だ!
日本人の頃、当たり前だったお風呂がこんなにも恋しい。
「悪かったな! 呼び止めて」
馬に乗ったフラドが現れ、俺たちの手前でひらりと地面に着地した。馬はそのまま駆けて、どこかへと走り去っていく。
「馬、いいんですか?」
「ああ、部隊のところに帰る。お、これがその棺か!」
「ええ、そうです」
「譲ってくれ」
意外な申し出……。
「無料とは言わねぇよ。お前ら、五百万リーグがもらえればいいんだろ? 六百出す。皇国金貨ですぐに払う。どうだ?」
……リューネから、彼の正体を聞かされていた今となっては、その大金をすぐに用意するという背景にも納得できるものがあるが、どうして棺が欲しいのかがわからない。これから戦場に行くという人たちが、棺? ……戦死者埋葬用とかじゃないだろ……不謹慎な想像をしてしまった。
「リューネ、いい?」
「わたしは高く買い取ってくれるなら賛成……でも、ギルドにはなんて言う?」
たしかに、棺はありましたが売りました……てのは、別の問題になりそうな予感がする。
「それなら、持ち運びの手伝いを頼んだ奴らに出し抜かれたって言えばいい。俺たちが、他所へ運ぶのは事実だからな」
フラドの提案に、リューネも「なるほど」と頷く。
「わかりました。じゃ、売ります」
俺が言うと、フラドが口笛を吹く。すると、少し離れたところで待機していたらしい一個小隊が姿を見せて、近づいてきた。
……いつの間に。
いや、一個小隊と思っていた傭兵たちは、フラドの傭兵団で部隊長をしている者たちばかりだと、彼らの会話で理解できた。
「くそ、負けた」
「成功に一万賭けてのは、リグとレオン、マーゴットだな」
「ったく、本当にバルニアのアルスかよ……小僧が名前を騙ってると思ったのに」
「団長の目利きを信じなかったお前が悪い」
「隊の奴らに、責められるな……もう命令をきいてくれないかもしれねぇ」
「お前の隊、いつもバラバラじゃねぇか」
「うるさい、ボケ」
俺が成功するか否かを賭けて、部隊長たちが金を集めて団長に預けた……負けた隊の部隊長たちは、誰もがげんなりとした様子だ。
「おい、ギケーシュ、金だ」
ギケーシュと呼ばれた部隊長の一人は、長身の若者――俺のほうが若いのは複雑――で装備を騎士風にすれば、間違いなく上流階級の人に見えるだろう上品な顔立ちだ。彼も傭兵を装っているが、きっとギュレンシュタイン皇国で見込みありとされた騎士見習いか何かなんだろう。
ギケーシュが、ずしりと重い革袋をフラドに差し出し、彼は受け取ると俺たちに突き出す。
「数えろ、六百枚弱あるはずだ。六百より超えた分はおまけでとっておけ」
「いいの!?」
リューネの声が弾む。
「いい。棺を譲ってもらうほうを優先」
俺は棺に執着しているわけではないので、売ることにした。しかしその前に、棺に書かれた竜言語を模写させてほしいと依頼し、承諾される。
作業をしながら、フラドに棺を欲しがる理由を尋ねる。
「どうして棺を?」
「……俺は傭兵やってるが、ギュレンシュタイン皇国の世話にもなっていてな」
知ってます……。
「アメリア皇太后陛下から頼まれごとをしている。俺が仕事で世界各地を転戦する中で、魔道具や神遺物が遺跡から持ち出され、その価値が脅かされると判断した時は、買い取って送って来いと命令……じゃなくて、依頼されている」
リューネがニコニコで数える金貨の出所は、ギュレンシュタイン皇家か。
「皇太后陛下は、こういう物の保護に熱心なのですね?」
「芸術的価値も高いというご判断でな。怒らせたら怖いから、従うしかない」
フラドの発言に、傭兵たちがそろって笑う。彼らは口々に、「懐いてるくせに」「恩人だと正直に言えばいいのに」と言い、フラドは聞こえないフリをした。
俺の作業と、リューネの作業が同時に終わる。
「六〇五枚! 頂きます」
リューネが言い、俺は傭兵たちに言う。
「重いので、気をつけて運んでください」
「あ? 木製の軽いやつじゃねぇのか? お前、運んでただろ」
フラドの指摘に、「どうぞ、持てばわかります」と答えた。そして、傭兵の一人が棺を持ち上げようとして「無理!」と叫ぶと、説明をする。
「筋力強化の魔法を母から教わったので、それで運んだんですよ」
フラドが目を細め、棺へと歩み寄ると掴む。そして、舌打ちをして俺を見た。
「お前、強化系統の魔法……本当に使えるんだな? 支援系統と呼ぶべきか」
「ええ」
「お前、魔族から教わったろ」
ギクリ……答えに窮していると、フラドは傭兵たちに「棺を運べ」と命じて、一人のこった。彼らが十分に離れた後、団長と呼ばれる男は、鋭い視線を放つ。
「魔族……それも魔法を使う魔人……さらに彼らの中でも一握りの強者たる魔将は、とっくの昔に俺たち人間が忘れた支援系統の魔法を使う。お前、バルニアのアルスが、あの島であれだけのことをできた理由……わかった。だがわからないのは、人間のお前はどうして魔将から、魔法を習った? お前、何者だ?」
困った。
お金は受け取り、棺は引き渡した……立ち去るべきか。
この時、リューネが俺の隣に立って口を開く。
「アルスは、不思議なくらいに強いけど、誠実で、頼りになります。それに、他人に話したくない過去がある普通の人です……いけませんか?」
「姉ちゃん……おもしろいな」
フラドは笑みとなり、俺に右手を差し出す。
少し迷ったが、握手に応じた。
「すまない、アルス。俺はこれでも一応、組織の上に立つ男だ。魔族から魔法を教わったとなると、無視はできねぇ……だが、姉ちゃんの言う通りだ。お前、悪い奴じゃないし、言いたくないことだってあるだろう。俺だって、童貞捨てたのが三十の時だなんて言いたくないからな」
言うんかい! という苦笑をした俺の横で、リューネも呆れたように笑っていた。
「モテなかったんだよ! 笑うな……確認する。お前、俺たちの敵にはならないか?」
「……少なくとも、俺は俺の敵じゃない人の敵にはなりません」
「……わかった。お前とは敵にならないようにしたいが……忠告だ。支援系統の魔法、使えるところをあまり人に見せるな。それと、数年前から活動を活発化させている秘密結社があって、そいつらは魔族とも協力関係を構築しつつある……大国は裏でそいつらを追っているからな……同じだと思われたら面倒だぞ」
「……ありがとうございます。気をつけます。俺は、母がしたかったこと……俺を育ててくれた母が元気だったら、きっと魔導書探しをしたがったと思うんです。だから、それをしています。それに、俺も忘れられた魔法を見つけて、使いたいから」
「わかった。もし、中央大陸に来ることがあれば、ロイタール遺跡がある。あそこの地下書庫……皇太后陛下が世界各地で人を募集し、攻略なさりたがっている。ぜひ、応募して協力してくれ。俺の名を出して、チョコレートをまたご馳走になりたがっていたと言えば、皇太后陛下はきっとお前を雇うだろう」
「……わかりました」
力強い握手を終えて、フラドが離れていく。
「あの人……アルスの敵にならないってことを名言しなかった。いつか、立場で戦うかもしれないって、思っている。でも、今は親切にしてくれる……アルスみたいに、信用できる人だと思う」
リューネの感想に同意だ。
ゼグスを連想する……なんていうか、芯があり信義がある。
でも、どうしよう?
どっちにしろ、食料や水を補給しないといけないから、一度、フレゼレシアに帰るか。
「リューネ、大隧道に入る準備をフレゼレシアでしよう」
組合には、棺は運搬していた者たちが持って逃げたと伝えておこう。
※話の中に出てくるギュレンシュタイン皇国は、【デカくてデブで一重で三十路のわたしが皇太子の妻に?】に出てくる皇国と同一です。




