二度目の魔将の城
二度目の、魔将の城。
前回と同じく、壊れた壁のところから中に入る。
静かだ。
俺もリューネも、ここでもう異変を感じ取っていた。
おそろしく……ひどい臭い……濃い血の臭い。
「アルス……あの人たちかな?」
すれ違ったパーティー……一組や二組じゃなかった。
五百万リーグ欲しさに、命を懸けた結果だと言えば酷だろうけど、戦った結果であれば仕方ない。
光球が照らす前方で、巨百足数匹が山のように重なっていて、何かをむさぼっている。いちいち確かめたくもないので火炎弾を放って、燃やした。
キーキーと奇怪な音を発して燃える大ムカデたち。
奥には、ムカデの死骸と人の死体が散らばっている。下からここまで逃げて来て、もうすぐというところでダメだったのか……。
階段の場所まで進み、下へと降りる。
地下に降り立つと、死臭はさらに濃くなった。光球が照らす先、まだ暗闇に包まれている前方から、肉を咀嚼する音が聞こえてくる。
「また来たぞ、ご馳走が」
「肉がきた」
「おーい! 人肉が来たぞ!」
ジュアク語……ゴブリンたちだ。
風刃波で薙ぎ払い、炎姫演舞を発動する。俺が指定した範囲を、炎で包み燃やし尽くす火炎によって、俺たちを狩ろうとしていたゴブリンたちが絶叫とともに焼き尽くされた。
黒焦げとなった無数の死体が、地下通路を埋め尽くす。これだけの数……ケットシーがいないと並の腕じゃ下になんて行けるはずがない。
背後のリューネが、声をあげる。
「後ろ! 群れ!」
彼女はそう言うと同時に、俺のバックパックから弩をひったくるように取ると後方に一発放った。
接近してきた先頭のゴブリンがそれで倒れ、俺と彼女は位置を替わる。
群れ相手の時は、焼き尽くしたほうが楽だ。
火炎弾の威力をおさえて、迫る群れへと数発ぶつけた。
爆発音と悲鳴、そして轟音とともに空間が燃える。
「アルス、前からも!」
彼女の声に、反転する。
しゃがんだリューネの頭上越しに、火炎弾を放った。
掃討するのに、一時間近く戦い続けたおかげで、さすがに疲労を覚えた。
「前回よりも、敵の数が多くない?」
リューネ、同感。
どういう? もしかして、人間が立て続けに入って来て、それに吊られて地下一層に魔物が集まってきているのかもしれない。
「アルス、一度、安全圏まで撤退して休もう。戦いっぱなしだよ」
リューネの意見に同意し、一階へとあがった。
こりゃしんどい……弱い部類の魔族しか出てこないとはいえ、数がバルニア迷宮の上をいく……
破壊された壁から外に出ようと来た道を戻った……天井が崩落し出入口が塞がれていた。
二階部分が露わとなっていて、二人で瓦礫を登って二階の部屋に立つ。
そこにはゴブリンの群れ……十体ほどと遭遇。
まずい……さすがにしんどいぞ。
光球に攻撃命令をだし、光球弾で群れを掃討したが、その奥からキィキィという鳴き声とともに大ムカゲ数匹……の奥にきっと大群がいると予想。
「アルス!」
リューネの鋭い声。
背後で、彼女は崩れた床の向こうへと跳躍していて、そこにあった窓を蹴破った。
飛び降りるか!
彼女に続き、壁の外……高い。
リューネは荷物を外に落とし、綱を近くのデカい瓦礫へと結ぶ。その時間を稼ごうと、火炎弾をムカデたちへとぶつけた。
飛散した虫たちの鳴き声で、奥から新手が現れ始める。
リューネが先に降り、途中で壁を蹴って地面へと跳ぶ。
俺も真似して地上へと降り立ち、頭上を見張りながら後退した。
城の敷地からも完全に出て、しばらく歩いてから大樹によりかかるように止まると、リューネが俺の隣で大きく息を吐き出す。
「超絶むずかしい! 簡単だと思ったわたしが馬鹿、ごめん」
「いや、数が多すぎる」
「ドライヴに、また手伝ってもらう?」
「……俺たちのお金儲けに、彼を頼るのは個人的に抵抗がある」
「……アルスしか思わないだろうけど」
リューネがここに荷物を降ろし、焚火の用意を始めた。
腰をおろして、水筒の水を飲む……手がふるえて力が入らない。
やばかった……こんなに疲れていたら、剣も握れない。
「アルス、先に休みなよ。見張ってるから」
「うん……ありがとう」
遠慮なく、横にならせてもらう……すぐに睡魔が……疲れた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
翌日、疲労回復したので再び城に入る。
「すなおに、ドライヴに頼ったら?」
「ケットシーノーブルに金儲けで頼ったら、いつかバチがあたる」
「バチがあたる?」
あ、これは日本人特有の言い回しなのかもしれない。
「ケットシーノーブルは、ケットシーというよりは精霊に近いほど格が高いからね。自分でできることはやってみるよ」
俺たちが魔将の城に到着すると、大規模な部隊が到着していた。
おや?
「お、アルスじゃないか」
フラドだ……完全武装の彼は、いかにも武人といった感じで、隙がない立ち姿だ……風呂場での、気がいいおっさんという印象は消え去っていた。
「こんにちは」
「お前ら、ここに入るのか?」
「そのつもりです……が、フラドさんも?」
「いや、俺たちは東へ移動して、ローランド王国との国境に向かう。今日は一日、ここで休憩だ。到着したらすぐに戦闘だからな」
「戦争ですか?」
「そう。リーフ王国とローランド王国は一年前から派手にやっているからな。どうだ? 働くかい?」
「いえ、城の中に入るんです。地下の棺を持ち出すっていう仕事を請けてまして」
「ああ、クソ総督閣下様のバカ息子が望むやつか」
「ご存じで?」
「フレゼレシアじゃ、有名な仕事になってしまったな。挑戦したパーティーがことごとく連絡つかないんだから……で、どう? 中で死んでるか?」
「ええ……残念ながら」
「お前さんは、それを見ても入るのか?」
「五百万は魅力です」
フラドは笑うと、周囲で俺たちを眺めていた傭兵たちに言う。
「おい、言ったろ? バルニアのアルスに風呂場で会ったと……こいつだ」
……やめてほしい!
傭兵たちが口笛をふき、一人がずいっと前に出る。
「勝負しろ」
……筋肉馬鹿は嫌いなんだよね、もう。
「勘弁してください。これから魔物相手に戦うんですから」
俺に勝負を挑んでいた傭兵に、フラドが「フラれたな」と言ってさがらせると、城を見て口を開く。
「気をつけろよ」
「ありがとうございます」
俺は会釈をして離れ、城の敷地へと入る……さて、どこから侵入しよう。
「さっきの傭兵たち……団長の名前はフラド? アルスがそう呼んでたけど」
「うん。知ってるの?」
「フラド・ヴァラキ。有名……ギュレンシュタイン皇国の教導部隊の指揮官で、ああして世界各地を転戦するの……見込みがある兵士を鍛えるのが目的だそうだけど」
「……えげつな」
「誘われてなかった?」
「金儲けできると言われた」
「認められたら、ギュレンシュタイン皇国の騎士になれるかもね。皇国騎士団の騎士になればモテるよぉ?」
「いいよ、リューネがいるから」
後ろから、背中をバンバンと叩かれた。
喜んでくれているらしい。
- Il était appelé le Grand Mage. -
これまで出入りしていたところは使えず、建物をぐるりとまわるように歩いていると、壁に裂け目があり、そこから中に入れそうだ。
全く別の場所……昨日まで出入りしていた場所とは違って……広間か……こちらにも、ゴブリンたちがすでにいて、倒れた人たちの身体を食べている。
数……五十ほど。
一体が、俺たちに気づき、一斉に武器――こん棒みたいなもの――を手に突っ込んでくるが、昨日の経験もあり、十分に引きつけてから範囲を限定し、炎姫演舞を発動した。
俺とリューネを中心に、炎の渦が周囲を包む。
俺たちに近寄ったゴブリンは、獄炎に焦がされ悲鳴とともに焼け死んでいった。
倒れた人たちの遺体を燃やしてあげたいが、疲労に繋がる行為は慎む。
昨日の大掃除のおかげか、遭遇する敵の量が少ない。
広間から通路へと出て、そこは見覚えのある場所だ。
階段を目指す途中、デカいムカデの群れと遭遇するも、昨日に比べて数が減っていた。
光球弾で掃討し、階段を下りたところで、無数の死体が転がる通路を歩く。昨日の俺が倒しまくったせいだ……魔物相手とはいえ、罪悪感を覚えた。
こいつらも、生きるために人を襲うわけで……複雑だ。
でも、それで殺されたくはないわけで……。
例の隠し通路がある部屋へと入り、光球に続いて先へと向かう。
「アルス、今日は敵、少ないね」
「ああ、昨日、戦いまくったからね」
俺はそう言ったが、実はその原因は別のところにあったとすぐにわかる。
例の隠し部屋へと入った時、そいつがのそりと動いた。
狂獣! いや……デカいし、頭部には二本の角……狂角獣! 狂獣が長く生きて、多くの命を食ったことで上位の種となった個体と習った。
厄介なのは、奴は無意識に防御魔法をまとっていることだ。すさまじい身体能力の生物でありつつ、魔法が効かないという賦活状態……かつ、 勇気を折る叫びもある。
こいつがいるから、ゴブリンや他の魔獣が逃げ出してるんだな?
さて……奴がこちらを警戒している間に、風守護と強化を発動しておこう。
狂角獣は、食事の邪魔をされたといわんばかりに俺を睨み、足元に転がるゴブリンと人間の死体を踏みつけ、二本脚で立ち上がる。
天井部に届きそうなほどの巨体。
背後で、リューネが邪魔にならないようにと後退した。
『グゥオオオオオオオオ!!』
きた! 勇気を折る叫び!
直後、突進してきた巨体に向かって、滑るように前進する。
これまで経験していて、さらに来るとわかっていればなんてことはない。
狂角獣は、俺が動けることに驚いたようだ。
風守護で、一気に加速した俺は巨体の背後へと回り込むと、奴が反応するより早く黒剣を抜き放ちながら一閃した。
『ガァアアアア!』
脚を切断され、倒れた狂角獣だが腕を払って攻撃してくる。それを黒剣で弾き、その軌道を変化させて首の付け根に深く突き刺した。
ここで、脳が危険を知らせる!
一瞬の判断。
剣から手を放して、後退した。
俺がいた空間を、奴の左手が払っていた。
するどい爪をくらっていたら……。
距離をとると、狂角獣は動きが相当に悪いとわかる。
風守護での加速で接近し、奴の首の付け根に刺さった黒剣を持ち、抜きながら払う動きで狂角獣を斬り裂く。
「リューネ、終わった」
彼女が姿を見せて、俺が倒した巨体を前に目をパチクリとさせた。
「あいかわらず……強い」
「運がよかったよ。初見だったらやられてた」
「……ううん、運を引き寄せるのは、その人次第だから」
彼女はそう言い、空間をぐるりと見渡すと、うんざりとした表情となる。
「……もう、気持ち悪くもならないくらいに見るのに慣れたけど……長居したくない」
同感。
狂角獣がいたから、ゴブリンやムカデが隠れていた……時間が経ったら、また大群の相手をしないといけない。さっさと片付けよう。
強化で筋力をあげて……これ、今さらだけど、俺はバルニアで強化の魔法を連発していたから、これも鍛えられているみたいだと、棺を持った時に気づいた。
石造りの棺は重く、さすがに何度も強化をかけながら一階へとあがる。すると、俺たちとは違う冒険者のパーティーが入ってきたところと遭遇した。
「なに!?」
「成功しちまったのかよ!」
「なんだよ、もー!」
「はぁ!? やんなっちゃう!」
四人組の男女は口々に言い、次に俺を見てリーダーらしき戦士が口を開く。
「魔物が誰かに倒された後に、運よく棺を見つけたみたいだが、置いていけ。死にたくないだろ?」
四対二で、俺とリューネを見て勝てそうと判断したらしい。
重い棺をかつでいる俺を見ても、そんなことを思え……軽いと思ってんのか。
俺は棺を、ドーンと通路の床に置いた。
四人組が、驚いた表情で固まる。
「運べるなら、持っていけよ」
俺の申し出に、四人組は怪訝な表情をしつつも棺を囲んだ。そして、ようやく持ち上げたが少しの移動でお手上げとなった。
「人を殺そうとしたってことは、そうされても文句ないってことでいいか?」
俺が、ヘバって動けない彼らに言うと、四人組はひきつった顔で謝罪をしてきた。
「あ……あんた、どうしてこれを一人で?」
「どうやったんだ?」
くだらん奴らだと思って無視し、強化で筋力をあげて棺を担ぎ、彼らに言う。
「魔導士で、魔法を使ってるんだ」
俺はもう振り返らない。
リューネが俺に続き、四人組に言った。
「早く逃げないと、魔物が来ちゃうよ」
彼らは疲労困憊だったが、手足をばたつかせて俺たちについてきた……。




