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フレゼレシアに戻って準備

 神殺し。

 竜が支配した時代の末期、神々の加護を得た人々は竜と戦った。その時に、人々は竜を倒す魔法を神々から授かったとされている。しかしそれは同時に、神々をも倒すことができる魔法だった。

 竜と神が同格である証、とされる逸話だが、その逸話に出てくる魔法がどうして、ケットシーの村にあるんだろう?

「ドライヴ、母さんはこれをどこで見つけたと言ってました?」

「うーん……どこだったかな? いや、これはもらったと言ってた」

「もらった?」

「魔族の自治区に行く途中、大隧道があるのは知ってるよね?」

 それはわかる。山脈を抜けるためにドワーフたちが造ったとされる長いながいトンネルだ。だが、ただのトンネルではなく、その地下には地下都市が広がっていて、地下五層から下は誰も見たことがない。それは、地下四層には屍魔人アンデットデビルがいて、誰もそいつを倒せないからだ。魔将アスモデウス級の魔人が、死した後に何らかの理由でアンデット系として蘇ったその個体は、地下五層から下へと降りる者たちを排除するとされている。

 リーフ王国の騎士団が突破を試みたが、散々な負け方をしたと言われていた。

 ドライヴは、俺たちが知っているとみて話を続ける。

「大隧道には、屍魔人アンデットデビルがいるけど、彼からもらったそうだよ」

「……敵……じゅないのか?」

「アルビルという名前の個体でね、アラギウスと仲がいい。もともと、アルビルには魔導書という認識がなくて、何かのお話の本だと理解していたようだ。彼は子供だったマリーナを楽しませようと、それを読み、聞かせた。大きくなったマリーナが、おそらくだけど……アルビルにそれを尋ねた。きっと、魔導書じゃないかという予感があったのだろうね」

「それで、その魔人は母さんに、本をくれた……魔導書を」

「うん。で、もう記憶したしと言って、お別れにってことでもらったんだけどね……枕の高さにちょうどよくて」

「……」

 魔導書を枕にするとは……さすがケットシーノーブル。

 ともかく、そうとわかれば大隧道に向かおう。魔将の城オプスィディアンシュロスの未踏域も気になるけど、今の装備と魔法ストックじゃ先へ入れない。水の加護を得る魔法……それから毒ガスを無効化できるような装備……をそろえて、また入ろう。

「アルス、大隧道に行きたいって顔してる」

 リューネに言われ、照れ笑いを返した。

「いい?」

「もちろん。だけど、その前に一度、フレゼレシアに戻ってギルドに顔を出しておこう? 生存報告と、魔将の城オプスィディアンシュロスに関して何か仕事が発注されていないかも確かめておかない? 危ないよ、あれじゃ」

「……たしかに、経験不足の人たちが死ぬのは気の毒だ」

 ……と言ってから、偉くなったなと苦笑する。

 俺だってまだ初心者だろうに、こういう増長は絶対にダメだ……実際、リューネがいてくれるから、休憩をとる、撤退するといった判断が適切におこなえているだけで、彼女がいないと野たれ死んでてもおかしくない……注意しないと。

 その日は、俺とリューネの間に挟まってゴロゴロと喉を鳴らすドライヴの三人で眠った。

 猫、あったかいんだよね。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



「魔導書、本当に持っていかないのかい?」

「ええ、内容は記憶しました。それに、持って移動している最中に無くすのが怖いです」

「そうか……じゃ、必要ならいつでも取りにくればいいよ」

「ありがとうございます」

「ドライヴ、ありがと」

 ケットシー達に見送られ、村を出た。

 俺が前、リューネが後ろで歩く。同じ歩幅、同じ速度を維持して歩く癖がついてきた。

「アルス、どこかに書庫、借りたほうがいいんじゃない?」

「うーん……でも、そこまで運ぶのをどうするか……」

 今回、神々の黄昏ラグナロクを見つけたことで気づいた問題……本を見つけた場合、その本を保管する場所を俺はもっていないということ。そして、世界各地に散らばる、忘れられた魔導書を見つけたとして、そこから保管庫までの距離、移動時間……これは、この世界特有というか、日本人だった頃のインターネットが懐かしい!

 データで送って! オンラインストレージにアップ! 外出先からでもちょちょいと閲覧可! なんなら修正、追記なんかもできちゃう! ていう便利さに慣れていたので、とても残念な気分だ。コボルトの村で患っていた現代技術喪失病……と、俺が勝手に命名したけど、二十一世紀の日本で生活をしていた頃に、当たり前のようにあったサービスを受けられないことに起因する喪失感、倦怠感、イライラ、愚痴、嘆き、悲しみ、怒り、諦め、しかたないからここでできることを考えように至るまでの経緯……全てひっくるめて、ある種の病だと思う。

「どうしたの?」

「なんでもない」

「でも……あ、またパーティー。魔将の城オプスィディアンシュロスに向かっているのかな?」

 森の中を進む俺たちは、向こうからこちらへと向かってくる一団に気づく。

 道を譲るように脇へと避けて、魔将の城オプスィディアンシュロスに向かっていくのかと問いかけた。

「そうだが、どうした?」

「何組か、全滅しているから気をつけて。俺たちは危険だから撤退するんだけど」

 こう言っておけば、違和感ないだろうと思った。

「二人なら人数不足だろう? それに君たち、若いからな」

「そう。もう少し仲間を増やしてからと思って。仕事が出ているんです?」

「地下に隠し部屋があるらしい。書物に書いてあるみたいでね……その場所にあるという棺を運び出せっていう内容なんだよ。総督府発注の公共事業で報酬も五百万リーグ。大金だからね」

 五百万!

 七人パーティーに、ムカデやゴブリンの大群がいることを伝えて別れた後、リューネが口を開いた。

「あの棺、空だったよね?」

「……うん」

 俺は、図書館での出来事を話す。

「じつは、図書館で総督の奥方と会った。彼女は、封印された存在に関する本を持って行ってね。多分、それに書かれていたのが例の棺じゃないかな?」

「空でもいいのかな? 棺さえあれば……」

「どうだろう?」

「その書物に書かれた内容、読めばわかる? どんな奴が封印されていたのか」

「わかるんだろう……だから、奥方はお求めになっているだろうし……もう図書館に戻されているかな? 行ってみる?」

「うん。気になる」

「わかった。フレゼレシアにどうせ戻るから、図書館に行ってみよう。戻って来ていればいいけど……あと、街で毒ガス対策の防護服みたいなもの、仕入れたい」

「あの階段の下、行きたいのね?」

「そう。呼吸を守る装備があれば」

「炭鉱の街なら、たぶん売ってるんだろうけど……フレゼレシアは……でも、探してみようね」

 ここから一日の移動で、フレゼレシアだ。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 図書館に、本は返却されていなかった。

 あいつは! という憤りをこらえた俺に、リューネが言う。

「全七巻だったんでしょ? 他の六巻を読めば何かわかるかも」

 天才!

 さすが! 美人! 天才! と褒めて、彼女を喜ばせて――反応がおもしろい――からその書棚へと向かう。

 たしか、あの奥様は四巻を手にとって行ったな。

 封印された存在……あった!

「封印された存在……一巻は傲慢オルグイユか……二巻は嫉妬ランヴィ……」

 俺が表紙を読み上げると、リューネが「ああ」と声を漏らした。

「七つの罪ね?」

 七つの大罪か……この世界にも? じゃ、欠けているものが四巻てことになる。

「七つの罪? えっと、たしか四巻を奥様は持って行った……強欲ラヴィリスの巻になるのかな?」

「アルスは、主神アロセルの教本を読まない?」

「……」

 母さんが教えてくれた内容に、アロセルの教本はなかったな……。

 リューネがおかしそうに笑う。

「知識、偏ってるよねぇ」

 たしかに!

 言われてみれば、そうかもしれない。母さんの知識を教わっているわけで……いわば、母さんが興味ある分野、好きなものはかなり教えてもらっているが、そうではないものは知らない。

 リューネが、全七巻のうち、六巻を抱えて口を開く。

「竜との戦いにおいて、人類が苦戦した理由となる七つの欲望……それが、七つの罪とされているんだよ」

 なるほど……たしかに苦戦の理由になりえる! でも、それを封印? できてないだろ……今の世界にも七つの欲望はあふれてるじゃないか……。

 俺はどういう理解をすればいいのかと悩みながら、思ったことを口にする。

「でもさ、もしかしたら、棺は空で正解かもなぁ」

「どういうこと?」

 彼女が首を傾げ、俺は近くの閲覧席に彼女を誘う。

 二人で並んで座り、机に本を広げたところで口を開いた。

「つまり、欲望は心の中の問題で、形があるわけじゃない。バルニアの時も、魔将の城オプスィディアンシュロスでも、棺が空なのは形がなく……なんというか、封印した! という恰好をとることを重視した結果だったりして」

「儀式的な?」

「そう」

 俺の説にリューネは頷くと、こう続ける。

「バルニアに封印されていたもの、巻を見ればわかるんじゃない?」

 なるほど!

 彼女の予想どおり、バルニアの地には、二巻に書かれる怠惰ラ・パレスが封印されていたとわかった。

 これは……各地に封印したという儀式をおこなうことが目的だったのか、本当に何かを封印したのか……後者であれば、封印は解かれていたと理解するしかないが……。

「アルス」

 リューネに呼ばれ、思考を止めた。

「うん?」

「……仕事、請けない?」

「……五百万リーグかぁ。どうやって持ち運ぶの? 今の金貨だけでも重いのに」

 そうなのだ。

 金貨、銀貨、銅貨、紙幣……とにかくお金が重いのだ。さらに、故郷の森を出た時にゼグスがくれた古い金貨もまだまだたくさんあって……リューネが驚くほどの量だから、これもきっと大金なわけで……。

「宝石に換えて持つのよ。旅に出る富裕層が、宝石や高級な装備にするのは、旅先で売って現金化するため」

「なるほど」

 そういえば、全滅した六人パーティーも、もしかしたらそれを目的にブランド品で固めていたのではなかろうか……ムカついたけど。

 古い金貨……宝石に換えようかとも思ったけど、ゼグスにもらった金貨だと思うと、簡単に手放すのが惜しい。おかしな感覚かもしれないけど、本当に必要な時にだけ、使わせてもらうことにしたい。

 でも、この先、金欠で旅ができないなんて冗談にもならない……二層までならすぐだろうし、棺も強化ムスクロルムの魔法で運べるだろう。

「わかった、請けよう」

 俺は承知し、傭兵組合ギルドに向かい、カーリーを訪ねた。

「へぇ? 請けるの? 二人で?」

「はい……でもなんで棺が必要なんです?」

「総督閣下のご子息が、大学の博士号をとるための論文に魔将の城オプスィディアンシュロスに封印されたという強欲ラヴァリスの棺が欲しいんだとさ」

「大学?」

 リューネの問いに、カーリーは呆れたように笑う。

「そう、親バカここに極まれり、だ。王立リーフ大学の歴史学科にいるみたいでね、必要なんだと……本当に請けるか? もう何組も請けて、でも誰も帰ってきやしないよ」

「請けます」

「はいよ、じゃこの受付票をもって、総督府を訪ねておくれ」

 俺たちはカーリーに礼を伝え、組合ギルドを出て総督府に向かう。街の中心にあると言われたが、見ればすぐにわかった。

 街でもっともデカくて、もっとも高い建物。

 門のところに男が二人、門番だろう。

組合ギルドの紹介です。仕事で」

「ああ? お前ら? 二人?」

「そうです」

「いいだろう、通れ」

 門番二人は、笑いをこらえるのに必死という顔だ。

 ……失礼な奴らだ。

 総督府に入ると、受付に立つ男性と目があう。

「御用は?」

「仕事を請けます。これが受付票です」

「拝見……たしかに。では、こちらにご署名をお願いします」

 用紙を差し出され、名前を書く。

「棺を運べばいいのですね? 開けませんよ?」

 俺の問いに、受付の男性が頷く。

「ええ、開けたりしたら大変ですよ。封印されている状態でお願いしますよ」

 ……空なんだけどね。

 男性は、さらに説明を続けた。

「先日、部隊を派遣して探索したのですが、発見できずで……外注にしたんですよ」

 もしかして、それってドライヴの村の子たちが犠牲になったやつか……。

 総督府を出て、リューネが口を開く。

「あの子たち、残念だったね……」

「案外、からかうつもりが失敗したってことになったのかも……ケットシーたちにとって、馴染みの遊び場だった……油断していたのかもしれない。気をつけよう」

「そだね。アルスって超絶強いけど、無敵ってわけじゃないんだから」

 そう。

 俺も寝ている時、大をしている時などは無防備なわけで……。

 リューネが俺の少し前に出て、肩越しに笑みを見せる。

「じゃ、買い物に行こう。毒を吸っても大丈夫な装備を探さないと」

 そうだ! 棺よりも、あの下の先を知りたい!



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 がっくり、とはこのことだ。

 毒ガス対策……マスクなど、この世界には存在しない。いろんな雑貨屋、鍛冶屋に行ったが、「毒ガス? 吸わねぇようにしろ」と言われた……。

 困った。

 宿をとり、ベッドの上に大の字となる。リューネはお風呂に行くといい、俺は横になって荷物を見張っていた。二人部屋とはいえ、狭いのでベッドとベッドの間は荷物の山だ。

 毒ガス……を、なんとも思わない生物に助けてもらう……となると、当然ながら魔族だろうけど……ん? リーゼキュア様なら心当たりがあるかな? 水の精霊の加護を得る魔法を探して、手に入れたら一度、故郷の森に戻ってみようか……。

 ドアが開く音がして、視線を転じるとリューネだった。

「ごめんね? お風呂いく?」

 もちろんです!

 宿から出て、公衆浴場が目の前にある。

 脱衣所で服を脱いでいると、隣にやって来たおっさん――鍛えられた体躯は戦士だと容易に想像できた――に声をかけられた。

「若いくせに、すげぇ身体だな? 相当に鍛えてるな?」

「え? ああ……稽古のおかげです」

「傭兵か?」

「いえ、冒険者……でもないですね。魔導書探しをしています」

「魔導書? ……あんた魔導士か?」

「ええ」

「魔導士でありながら、その鍛えかた……うん、いい心掛けだ。最近の若いやつは地味なことを嫌がる……効果がどうのこうのと……でも、お前はいいな。気に入った」

 気に入った……と肩を叩かれて、痛い! 痛いよ、もう!

 どんなに鍛えても、痛いものは痛いんだ……。

 おっさんと俺は、ほぼ同時に風呂場に入った。かけ湯で身体を洗い、湯舟につかる。おっさんは俺の隣で、顔を湯で洗いながら俺を見た。

「俺はフラドだ。傭兵で、百人を率いている」

 傭兵団の団長シェフらしい。百人規模というと、けっこう大きな傭兵団だろう。

「名乗らず失礼しました。アルスといいます」

「魔導士不足でな、うちに来ないか?」

「魔導書探しの旅が終わってからでもよければ」

 あっさり断ると悪いので、そう答えておいた。

「そうか……金、女、名誉、手に入るぞ?」

「すみません。魔導書探しは、死んだ母の夢というか……したかったことなんです。親孝行できなかったので、今になってようやく」

「そうか……ん? アルス? ……若くて……魔導士……か。お前、バルニアにいたか?」

 よくない前触れ。

「いえ、まだ行ったことはないです」

「そうか……すまん、人違いだったようだ」

「その、俺と同名のそいつは何をしたんです?」

 おっさんは、おかしそうに笑いながら言う。

「迷宮の未踏域まで一気に突破……しかも悪徳商会と腐敗政治家を成敗……やることが派手だ。もし、会うことがあったら気をつけるように言ってやりな。名前をあげようってやつが狙っているってな」

「……そうですか、会ったらそうしますよ」

 おっさんはニコリとする。

 俺は先にあがることにした。

「お先です、また会った時はよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。気をつけな」

 気をつけな、か……おっさんは俺の嘘に気づいていたわけだ。

 見逃してくれた理由はわからないが、ここは素直に退散したほうがいいな。


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