棺の部屋
「宝物庫、何もないね」
リューネの言葉……。
ドラゴンゾンビを作った屍術士が、持ち出していったと考えるのが妥当だ。そしてそいつは、地下六層に到達したことを公表していない……公表していれば、そいつは有名人になっているはずだし、地下六層のことがもっと広まっているはずだから。
バルニアの時と、同じ集団だと思うのが無理ないだろう。
新発見の名誉を捨てる冒険者や傭兵、研究者なんているはずがいない……というより、いたらそいつはおかしい奴だ……いや、いる。
俺だ。
俺……きっと新発見しても黙ってる……バルニアの時は、出入りするのに受付を通らないといけないので仕方なかった……が、あれで学んだおかげで、これからは同じようなことがあっても「新発見なし」と答えるようにすると決めた。
落ち込むドライヴは、宝物庫の隅っこでボーとしている。
あまり待たせるのも悪いと思うが、せっかくなので調べておきたい。
「ドライヴ、ごめんね? 付き合ってもらって」
リューネが声をかけると、彼は「ん」と小さく頷き口を開く。
「いいんだ。何度も来るようなところじゃないからね」
俺は、宝物庫の壁を慎重に見てまわっている。例の隠し通路、ここに繋がっているという予感があった。
調べながら、コソコソとしている奴らのことを考える。
彼らは俺に近い事情がある……つまり、有名になりたくないのではなく、なってはいけないのではないか。同時に、遺跡に詳しい……研究者たち……それでいて、バルニアではゴブリンの群れを壊滅させ、ここでは黒焔蜥蜴を倒したうえに、その骸を使ってドラゴンゾンビを生み出すほどの集団……。
もしかしたら、これから先、俺が魔導書を探すにあたって、先回りされていたり、時には遭遇するパターンもあるのでは? そういう時、敵対しないように気を付けないと……あ! あった!
「リューネ、ここ、壁が新しい」
見つけた。
壁で隠した通路がこの先にあるはず!
火炎弾で壁を破壊した時、後ろにいたドライヴが言う。
「君……ちょっとすごいね。さっきのドラゴンゾンビの時といい、マリーナの子だからというのもあると思うけど、生まれ持った素質以上に、ここまで磨き上げたことが立派だよ。敬意を覚える」
「母さんの教えのおかげです」
ドライヴは微笑み、しかし壊した壁の向こうを見て残念そうな表情となる。
何もない空洞があり、行き止まり……わざわざ隠したので、おそらくこの空洞に何かが置かれていたのだろう。しかし、例の場所から通じているというわけではなさそうだった。
「君たちの時間がよければ、玉座の間も調べてみたらどうだい?」
ドライヴが気を遣ってくれた。
そうだな……そっちも調べてみよう。
宝物庫から出て、玉座の間に移動すると、ゴブリンたちがいた。しかし彼らは、ドライヴを見ると慌てて逃げだす。
「ドラゴンゾンビは、アルスという人間が倒してくれたから、僕たちが帰った後は入って大丈夫だよ」
ドライヴがジュアク語で叫んだ。
ゴブリンたちも、ドラゴンゾンビに迷惑していた? ということなんだろうか。
玉座の間……こちらも広い空間だが、やはり何もない。ただ、部屋の中央に台座があり、何かが置いてあったと思われる。
「アルス、この台座、ちょうど棺の大きさ分、色が他と違う」
「……だね」
台座にしゃがみこんで調べるも、それ以外のものはわからなかった。
上のほうから、魔法による爆発音が聞こえてきた。
地下に、俺たちじゃないグループが入って来ているらしい。そして、魔族とやりあっている。
「人間かな? 僕らの案内なしで入ると、だいたい殺されちゃうのにどうして理解しないのだろう? 皆、君ほどに強いつもりなのかい?」
ドライヴの問いに、苦笑いを返すしかできなかった。
難しいようで、難しくない話である。
というのも……例えばこの世界が、ゲームであるなら簡単だ。自分の強さは数値化されて、さらに体調……ステータスも一目でわかるから、自分がまだ余裕があるのかないのかもすぐに理解できる。そして、攻撃を受けても生命力がゼロにならなければ死なない。さらにさらに、回復の魔法やアイテムを使えば生命力は回復できたりもする。
しかし、現実にそんなことはない。自分の状態がどうか、魔力は? 経験を積むことで得た感覚で量るしかないだろう。攻撃を受ければ……腕がなくなる、脚がなくなる……いや、例えば打撲でも動きが悪くなって敗北……死に至るのだ。
弱い敵だから余裕……慣れてないうちはザコしか出てこない……的な甘い展開は、作り物の中だけのものだ。
だから俺は、ゴブリンたちですら、なるべく近づかず魔法で撃退するようにしている。運悪く一撃くらって怪我をしたら、そこで終わりってことも十分に考えられるのだ。
けれども、こういう考えをしない楽観主義者が意外と多いことをバルニアで学んだ。あの時も、大勢を助けながらの帰路だったから……。
「アルス、どうするの? 助ける?」
リューネの問いに、俺は残酷なようで当たり前の回答をすることにした。
「いや、ここは安全だから俺たちは休もう……魔法連発してるし、上の人たちが戦っている相手が大群だったら避けたい」
「わかった、じゃ、準備するね。ドライヴ、お茶とお水、どっちがいい?」
「うーん……お茶……ふぅふぅして冷ましてほしいんだけど」
「いいよ、わかった」
毛布を広げて、その上に座った俺の隣で、ドライヴが真面目な顔で口を開いた。
「君はすごいね……冷静だし、優先順位が明確だ。リューネのためにも、君の選択は正しいと思うよ」
わかっている。
ドライヴは、上の連中が危なくても無視するとした俺の選択を尊重することで、口にはしない俺の葛藤をやわらげようとしてくれているのだ。
「自分が大事なんですよ、俺は」
照れ隠しの返事に、彼はひげを揺らして笑った。
- Il était appelé le Grand Mage. -
玉座の間で一休みをして、出発する。
やはり食事をして、ひと眠りするとスッキリできた。
ここから、例の場所に戻って、塞がれた壁を壊して進む。このことをドライヴに伝えると、付き合ってくれると言ってくれた。
「君、おもしろいからもうちょっと一緒にいたいよ」
ケットシーノーブルにそう言ってもらえると嬉しい。
地下五階にあがり、ドライヴを先頭に争いなく進む。
地下四階、三階……で、パーティーが全滅しているところに遭遇した。
十人ほどの男性中心のパーティーは、きれいな死体などなかった。
腹を裂かれ内臓を引きずり出されて食われた者……負傷し動けなくなったところを、生きたまま足や腕を食われ絶命に至ったと思われる者……肩から腰までが砕けたような死体は、それをされてもしばらく生きていたと思われるように、無事な片手で這った形跡があった。
火炎弾で燃やそうとした時、ドライヴに止められた。
「君たちには悪いけど、他人の食料を奪うようなことはしないでやってもらえないかい? 気持ちはわかるけど、魔族にとっては、戦って得たごちそうなんだよ」
「……わかりました」
通過しようとした時だった。
「が……て」
ん?
「……けて」
声。
見れば、顔面を食われて目と鼻、そして上唇を失っている男……左腕はなく、右わき腹から腸がこぼれ落ちていて、齧られていたとわかる状態のその男は、まだ生きていた。
「……て。はは……に」
俺は、ドライヴに謝る。
「すみません。せめて彼を楽にさせてあげたい。いいでしょうか?」
「わかった」
俺は黒剣で、その男の頸動脈を断った。
- Il était appelé le Grand Mage. -
棺が中央に置かれた円形の空間に、俺たちは戻ってきた。
そして、正面奥に見える石扉へと近づき、火炎弾を放ち破壊すると、読みどおり下り階段が露わとなる。
「やった」
リューネと肩をたたき合い喜ぶと、ドライヴも入りたそうにしていたので三人で肩をたたき合う。
「ニャニャ! こういうの、いいね」
しかし、問題は階段を下りた先だった。
かなり長い階段だったが、途中でドライヴが言う。
「ダメだ」
先頭の彼が止まった。
「どうしたんです?」
前方には、階段が延々と下へ向かって続いている。
彼は鼻をヒクヒクとさせ、俺に言った。
「よくない臭い……ツンとするよ。硫化水素が溜まっている」
「岩漿のせいね?」
リューネが言い、俺はここで理解できた。
そうだ。ここの地下は火口に近いってドライヴが言っていた……だから硫黄ガスが出ていて、それがどこかで地下水に反応したのだろう。
風系の魔法で、ガスを吹き飛ばすと進めるようになる! と思わない。
発動しつづけないと意味がないし、したとしても途中でバテるとそこで終わりだ。
「アルス、撤退しよ」
リューネがあっさりと言い、でもおかげで早々に諦めることができた。
「生きてこそ、だよ。地上、探索しよ」
前向きなリューネに感謝だ。
「俺たちは、地上に戻って上を見ます。どうしますか?」
「一緒に行くよ。ここを出たら、ぜひ村に来てよ。泊まっていって」
ありがたい申し出!
俺も魔族相手に無駄な戦いをしたくないし、魔将の城を出た後にケットシーの村に寄れるなんてすごい経験になるに違いない。
ここで、また爆発音が聞こえてきた。
多いな……組合に、ここに関係する仕事でも出ているんだろうか?




