ドラゴンゾンビ
ドライヴとの出会いで、母さんのことが出て、リューネに涙を見られた。
話せば……どうなる? リューネには、話しても大丈夫なのか? わからない。
誰にも、話したことがないから、どんな反応をされるのかわからないし、怖い。
リューネを信用していないとか、そういう単純な話じゃないんだ。
それでも、マリーナ・アラギウス・ファウスは歴史に名前が残ってしまった……よくないことで、残ってしまっている。
だけど、それでも俺は尋ねた。
「母さん……マリーナ・アラギウス・ファウスに、俺は育ててもらった。魔法を教えてもらった……いろんなことを教えてもらった。だから教えてほしい。母さんは……母さんはどんな人でした?」
「ん……君はマリーナの子か……可愛い子で、頭がよくて……運動神経も抜群で、魔法の才能に愛されて……アラギウスと一緒にあちこちの遺跡に入って魔導書を探していたよ……とても強いのに、優しい子だったよ。他人を思いやり、尊重し、困っている人には手を差し伸べることができた子だよ」
そうだ……母さんは、とてもすばらしい人だった。
「十七歳になって、アラギウスから独立するようにと言われ、魔族自治区を出た時に挨拶に来た。それからしばらくして、アラギウスから彼女がヴァスラ帝国で翠玉の魔導士と呼ばれるまで名をあげて、宮廷魔導士になったことを聞いた。喜んでいたのだけど……そこから先のことを君に聞こう」
ドライヴが一呼吸おいたのは、リューネの表情を見るためらしい。そして彼は、彼女が俺の事情を知らないことを察して、口を開く。
「話せないことは話せないでいい……だけど、君は僕からマリーナのことを聞き、彼女を母さんだと言った……マリーナはヴァスラ帝国の皇子を誘拐したと言われていて、それが広まっている。そのマリーナを、君は母さんだと言ったんだ……話を聞こうじゃないか。君の話を」
「……俺は……自分が皇子だなんて知りません。ただ、母さんに育ててもらったのは、事実です」
こう……話すしかない。
「ん……ま、マリーナが君に話していないなら、わかるはずもないか……で、マリーナは今……いないのだね?」
彼は、その言葉を使うことを避けた。
「……はい」
「だから君は、僕との会話で思い出して、泣いた」
「はい」
「そうか……いい子だったんだよ……でも、そうか。マリーナが君を……そうか」
ドライヴはそこで言葉を止めて、リューネを見た。
「彼は……不誠実で君に話していなかったわけじゃないと思うから、怒らないでやってくれ」
「もちろん……でも、ちょっと寂しいですけど」
ごめん……べらべらと話せることじゃないんだ、これは。
「リューネ、ごめん」
「ううん、でもひとつわかってよかった……わたしたちは、マリーナに育てられたってこと」
ドライヴが目を丸くしたので、リューネが説明をする。
「わたしを育ててくれた人の名前も、マリーナなの」
「なんと! すごい奇跡だ。マリーナが紡ぐ命か……」
冷めたお茶を飲み、今日はここで休もうとリューネに言うと、彼女は干しブドウの袋を取り出した。
「少し食べて、寝ましょ。ドライヴも」
「いただく……これは何?」
「干しブドウ」
「うむ……食べられなくもない」
交代で見張りにつくが、ドライヴはさっさと丸くなって寝てしまった。しかし、コボルトもそうだけど、彼らは異変があればすぐに起きるので、放っておいても問題なさそうだ。
先に休んでと言われて、毛布を広げて横になると、リューネが俺の近くに来た。そして、俺の頭を両手で挟むようにして持ち、覗き込んでくる。
「アルスがどんな生まれで、どんな血筋でも、わたしはアルスを嫌いになったりしないよ」
……隠していても、バレていたみたいだ。
「わたしがあの島に、いたくないからついて行くと言った気持ち、わかっているくせに何も言わないアルスに、とても感謝しているし……年下のくせに、頼りがいがあるし……強いのに、親切で優しい……わたしは、アルスを知っているから大丈夫よ」
「……リューネ、姐さんと呼んでいい?」
「バカ」
冗談に、優しいビンタで返されて二人で笑う。
リューネはそれから、俺が眠るまで、手を握ってくれていた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
「この魔将の城に、人間たちの案内人として村の子、二人が入ったんだけど、帰ってこなくてね」
ドライヴが歩き、俺が続き、リューネが最後尾を歩く。
隠し通路の先に、彼が探すケットシーたちはいないだろうとなり、一旦、正規の道へと戻っていた。
ドライヴがいると、魔族や魔獣たちが全く現れない。
おそらく、彼の格が高いので、隠れているんだろうと思われる。それほど、ケットシーノーブルとは魔族の中でも格が高く、魔将よりも上かもしれない。強さとなるとまた別らしいが、敬われるという意味ではやはり上だ。
「ケットシーを雇う? 人間が?」
俺の問いは、ケットシーが金品目的で仕事をするとは思えないからだった。
「フレゼレシア総督の依頼でね、調査隊を派遣するので案内をって言われたのさ。リーフ王国とは自治区の件もあって友好的なんだけど、この古城にひそむ奴らは人を見ると襲うから……だから、ケットシーが案内についていれば、襲われないだろうってことだったんだ」
「……調査隊は、帰ってきたのか?」
「そうなんだ。彼らに、うちの子らのことを尋ねると、途中で別れたと言う……また、道草をくっているのかと思っていたけど、丸一日経っても帰ってこないとなると心配でね。村の周辺はいなかったし、痕跡がない。となると、城の中でおいかけっこやかくれんぼでもして遊んでいるかと思ってね」
「あなた達にとって、この城はそういう遊び場なの?」
リューネの問いに、ドライヴが頷く。
「ん……そうだね。高いところに上って飛び降りたり、ムカデをからかって遊んだり、化けネズミをおいかけて遊んだりして、おもしろいよ」
人にとっては危険な場所も、猫にとっては遊び場か……。
しかし、この素晴らしい出会いの反面、残念なこともある。
アラギウスと母さんは、きっとこの古城の調査を終えているに違いない……つまり、魔導書があったなら、もう見つかった後というわけだ。それでも、やはり自分で確認したい。それに、もしも万が一、その二人でもみつけられなかった魔導書が眠っていたとしたら、大発見じゃないか!
それにしても、おもしろいくらいに静かだ。
途中、ドライヴが前方に向かって、「邪魔するなら許さないよ」と威嚇したけど、あれで相手は逃げたということだし、彼はそれを見なくてもわかっていたってことだし、一緒にいるとおもしろい経験ができている。
「アルス、ドライヴにさっきの空間のこと聞いてみたら? あそこ、彼も入ってなかったんじゃない?」
リューネの問いに、なるほど、と思いつつ尋ねようとすると、彼から教えてくれた。
「新しい道ができていると思って、もしかしたら村の子がいるかなと思ったんだよね。いたのが君たち」
「じゃ、ドライヴも部屋の隠し通路の先が、何になっているのか知らないってこと?」
リューネの問いに、先頭のドライヴが「ん」と短く答えた。
ただ、彼は「興味ない」とも言い、たしかに彼にとって、城の地下がどうなっていようが問題じゃないのだと思えた。
古城の地下は、人工的な洞窟といえる。通路の左右にいくつもの空間があり、したくない想像をするとこれはきっと、巨大な地下牢獄……人々をここに入れていたのだ……。
ディブロという大悪魔によって、管理されていた当時の人々はここで……。
ドライヴの案内で、魔族や魔獣が現れることもない。俺たちは迷子のケットシー二人を探しながら、地下五層にある、下へと続く階段まで到着した。
この下は、アラギウス以外は降りたことができていないという地下六層だ。
「下は、ディブロがいたとされる場所でね、宝物庫もあるよ。ミューレゲイトも使っていた場所だそうだよ」
「そのさらに下はどうなっています?」
俺は、その下が気になる。
「暑いから、入れないと思うよ……火口に近くて岩漿の熱でね」
……水の精霊の加護を得る魔法があれば進めそうだが、残念ながら、俺が使える魔法にはない。魔法で岩漿を凍らせて……と考えたところで不可能だろう。熱や炎から身を守ることができる魔法……魔法に対しては魔法で防げるが、自然現象には効果なしだ……だから、水の精霊によって熱や炎から身を守ってもらう必要があると思った。
風の精霊の加護を得る魔導書があったのだから、水の精霊の加護を得る魔導書もきっとどこかに眠っているはず……見つけてから、出直せば新発見の予感がする。だけど、それはけっこう先のことになるだろうな。
ともかく、今は宝物庫を見てみよう。
運よく、魔導書があるかもしれない。
六層に降り立つと、ドライヴが鼻をひくひくとさせて、俺たちに振り返った。その表情は真剣そのものだ。
「僕がいることを知っても、逃げない奴がいる。注意して」
六層……光球を五個に増やして、慎重に進む。最初に、玉座の間を確認したが無人だった。しかし、その奥にある宝物庫に、それがいた。
アンデッド系の中でも、強くて狂暴なドラゴンゾンビだ。ドラゴンと名がつくが竜とは違い、巨大な蜥蜴である黒焔蜥蜴を元にした個体だと見てわかる。
黒光りする身体はいたるところが破れ腐肉が露わとなっており、顔面は半分が骨となっている。長い尾も途中で切れてしまっていた。四本の脚は太く、前足のかぎ爪は鋭く立派だ。
竜とはちがい神格を得られない大型爬虫類を、誰かが屍術を使って作り出した個体である。そして、ドライヴが豹変したかのように威嚇を始めた原因を、俺はドラゴンゾンビの足元に見つけた。
「シャー! 貴様!」
「待て」
一瞬で、彼の腕を掴んで止めたが、そうしなければ突っ込んでいたに違いない。
ドラゴンゾンビは、宝物庫の中央にいるが、そいつの足元には、食い散らかされたケットシーのものと思われる足……と尻尾があったのだ。
「リューネ、ドライヴが無茶をしないように見ていて」
「うん、ドライヴ」
彼女が彼の腕をとり、怒るその背を優しく撫でる。
黒焔蜥蜴であった頃に倒されて、それなのに死ねない身体にされて……誰がしたのかわからないし、ここに捨て置かれた理由も知らないが、楽にしてやる。
一般的に、ドラゴンゾンビは燃やして討伐する……が、黒焔蜥蜴から作られたので、火炎への耐性があり効かないと思ったほうがいい……どうするか。
ほんの数秒、黒剣をかまえて考えていた俺へ、ドラゴンゾンビは威嚇の咆哮をあげた。
『グゥオオオオオオオオ』
勇気を折る叫びか!
子供の頃、経験していなかったら初体験であぶなかったかも!
それでも、恐怖と不安が襲ってきた……大丈夫だ。これは聴覚が混乱して脳が錯覚しているだけだ。問題ない!
俺は懸命に両足を踏ん張り耐えながら、攻撃魔法を発動した。
氷槍!
一瞬で生まれた槍状の氷が、薙ぎ払われた奴の左前足を串刺しにする。
ドラゴンゾンビはのけぞり、悲鳴をあげた。
踏ん張った両足から生まれる反発で、前へと加速し黒剣を抜き放つ。そして、氷槍と雷撃を浴びせることで奴を防御一辺倒へ追い込み、苦しむその頭部へと斬撃を見舞った。
黒剣は、巨大な蜥蜴の骨すら簡単に斬り裂く。
巨体が崩れるように倒れ、破れた皮膚から腐臭を放つ液体を溢れ出させた。
しかし、少しの時間で動画を逆再生したように肉体が元に戻ろうとする!
そういうことかよ!
倒れていた奴は、動く前足だけを激しく振るった。
反転し躱すと同時に、風刃波で前足の付け根を切断する。そして、再生を始めた肉体へと風系の強力な魔法を発動した。
風神踊刃!
無数の鎌鼬による全方位からの集中攻撃は、ドラゴンゾンビの巨体を切り刻み、肉片の山と化した。
ドラゴンゾンビは、身体が爆ぜたように四散し、残滓となるも、やはり再生を始める。
これほどまでになれば、火炎に耐性があっても関係ないだろうと思い、炎宴を発動した。そして、その肉体が燃え尽きるまで炎を絶やさないことで、復活を阻止する。
炎の魔法をしばらく発動し続け、ドラゴンゾンビを燃やしつくした時、俺の隣にドライヴが並んだ。彼は、村の子たちの足と尻尾が落ちていた箇所を見つめていた。
そこには、もう何もない。
俺の魔法で燃えてしまった。
「すみません……燃やさないように注意する余裕がありませんでした」
燃え続ける巨体を背に、涙を流すドライヴに声をかけた。
「いや、いいんだ。あの子たちは、あいつの咆哮で動けなくなったところを……やられたのか」
ドライヴがつぶやき、燃え続ける炎を前に両膝をつく。そして、祈り始めた。
俺は遠慮しそこから離れ、勇気を折る叫びで、立てなくなっているリューネに肩を貸す。
「大丈夫?」
「だめ……歩けない。アルスは平気なの?」
「昔、経験があったおかげで耐えられたんだ」
リューネは祈るドライヴの背を見て、俺に言う。
「気がすむまで、待ってあげたい。いい?」
「もちろん……もちろんだよ」
俺は言い、ドライヴを見守る。
その背は、震えていた。




