ケットシーの上位種と遭遇
長い階段をおりて、その部屋にたどり着いた。
棺が中央に置かれた円形の空間。
壁には、竜言語がびっしりと彫られていて、解読するには少し時間がかかるだろう。
「ここでキャンプする? 壁の文字、調べたいって顔をしてるよ」
リューネの言葉にうなずきを返し、準備を任せて壁へと近づいた。
文章を読みながら、先頭はどこかと探すと、入ってきた出入口の反対側の石扉あたりだとわかる。
竜言語ってことは、ここは遠い昔に人々を支配していた側が使っていた城……歴史認識と相違はない。
竜言語を解読する俺の後ろで、リューネがお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
「どう? 解読できそう?」
「うん……危ないことが書いてある」
「危ないこと?」
「わかりやすく言うと、棺を開けるとものすごい邪悪な存在が世に放たれてしまう……てこと」
俺はそこで、強化を使って棺の蓋を動かす。
ズズズ……と空いた隙間から、中を除けばこちらも空だ。
バルニアの時と同じ……だ。
「……最悪。もういないじゃん、その邪悪ってやつ」
ここでお湯が沸いて、リューネが慌てて戻った。
俺は棺を眺めていたけど、香りに誘われて、彼女の隣に座る。
リューネが差し出してくれたのは、香草茶だった。
すすりながら、考えをまとめ、口にする。
「バルニアの後だから、こう思うのかもしれないけど、何等かの集団が、遺跡に入って棺を開けている……そして、それが露見しないように、壁で出入口を塞いだ」
「その人たちは、棺の中身を運び出した?」
「そう考えるのが、普通だよね」
「ものすっごく邪悪なんでしょ? その人たちは、よく無事で済んだね?」
「……そうだよなぁ。ただ、どうも納得できないことがある」
「なに?」
リューネが質問をしてくれるので、説明するために頭の中で考えをまとめる。
「この古城、竜が支配する時代に造られて……魔王だったミューレゲイトが使って、アラギウス・ファウスも中に入って……彼らはここを放置してたのか? という疑問」
「あ……じゃ、新しいってこと? 竜言語で書かれているけど、ここは最近の?」
「うん……バルニアの地下……あそこへ誰かが入ったのは、まだそんなに昔じゃなかった……ここもきっと、大昔……竜言語が公用語で使われていたほどの昔ってわけじゃない。誰かが……ミューレゲイトがアラギウスに倒された後……ここに来て、ここを見つけて、どういうわけか、こういうことをした」
「その人は、どうしてそんなことをしたのかな?」
「……棺はかなり古いものだった……棺を見つけて……ここはそういう場所ですと偽装したと考えるのが普通だ。どうして偽装した? しかも、それを隠した?」
自問を口にし、お茶をすする。
リューネが、表情を消して入口付近へと視線を転じた。
俺は、黒剣を手に片足立ちとなり、そちらへと意識を転じる。
「そこにいるのは、フリルとミーンかい?」
ジュアク語……魔族だ。
「人が二人。攻撃するなら応戦する」
俺がジュアク語で答えると、相手は両手……をあげて姿を見せる。
「敵意はないよ。僕は帰ってこない村の子を探しに来たんだ」
服を来た人型猫……コボルトが犬なら、彼は猫だ……ケットシーだ。
コボルトと縁がある俺には、相手が敵であるとは思えなかった。
彼は美しい白猫で、金色の目が輝いている。
「ラーグ語か、ヴァスラ語は話せますか?」
ジュアク語だとリューネが困るので、俺がそう尋ねるとケットシーは頷く。
「ラーグ語で」
「リューネ、ラーグ語大丈夫だよね?」
「もちろん……ケットシーがどうして一人で?」
「この城に入った子たちがいる。帰ってこない。だから、探しに来たんだ……いい?」
ケットシーは、俺たちの近くに座っていいか? と所作で問い、俺は頷きを返した。
リューネが、カップにお茶を注いで差し出すと、ケットシーがにこりとする。
かわいいニャンコにしか見えない……。
「ありがとう……フーフーフー……あちゃ!」
猫舌……。
ケットシーの村が、近くにあるのか……でも、どうして古城に彼らが入った? というか、大ムカデの大群にやられていなければいいけど……。
「僕は上を探してたんだけど、どこにもいなくてね……で、降りてきたってわけ」
「他の人間、見なかった? 六人くらいの奴らがいたはずなんだけど」
リューネの問いに、ケットシーが頷く。
「ん……いた。でも、逃げてたよ。パニックになってた」
リューネが、「ざまぁ」と笑う……悪い顔になってる!
「俺はアルス、彼女はリューネ、あなたは?」
「あ、失礼。僕はドライヴ。もし、君たちが下に行くなら、探すのを手伝ってもらえないか? かわりに、魔族が来たら退かせてあげるから」
「あなたの命令に、他の魔族は従うのですか?」
俺の問いに、彼は「ん」と短く返事をして、続ける。
「だいたいの子は従ってくれる。だから、安全に進めるよ」
「ゴブリンは信用できない。従ったフリをして、襲ってきそう」
俺は経験からそう思い、口にしていた。
ドライヴが笑う。
「ニャニャニャ! はっきり言うね……でも、正解かも。僕のことはどうなの? 疑ってる?」
「俺はコボルトを知っていて、関係がいい。だから、あなたとも仲良くできると期待してますけど、どうです?」
「コボルト……あいつらは単純だからなぁ……君らは何が目的? 宝石類なら地下六階の宝物庫まで案内するよ」
「わたしたちは、魔導書を探しているの」
リューネが言い、ドライヴが俺と彼女を交互に見て、また笑う。
「ニャニャニャニャ! 魔導書? そんな価値がないものを探す人がまだいるんだね……アラギウスやマリーナくらいかと思っていたよ」
おい!
母さんを知ってるのか?
「マリーナ?」
リューネも、その名に反応するが彼女と俺は似た事情なれど全く違う……。
俺は、リューネに目配せをして、お茶のカップを地面に置いて口を開く。
「あの……ドライヴ、あなたはアラギウス・ファウスと、マリーナ・アラギウス・ファウスを知っているんですか?」
リューネの視線が俺に……それは、困惑と好奇心……わかる。無理はない。
「アラギウスは友人だ……もう二百年ほどの付き合いだね」
二百年! それだけ長寿なケットシーってことは、ケットシーの中でも特別な存在のケットシーノーブル! 超絶貴重な存在と、まさかこんなところで会うなんて!
「ドライヴ……あなたはケットシーの村の長で、上位種ですね?」
「そうだよ。だからここに来た」
「アラギウスだけでなく、その養女マリーナも知っているのは本当に?」
「もちろん。すばらしい才能をもった女の子……森に捨てられていた赤ん坊を、僕の村の子が見つけてね……肉食獣に食われるのは、人の子とはいえかわいそうだと村に連れて帰って来たんだ……ちょうど、村に僕を訪ねてアラギウスが来ていたから、彼に相談したのさ」
母さん……母さんは、捨てられていた……。
母さん。
俺は、頭の中に母さんの笑みを描く。
誰よりも俺を慈しんでくれた表情、それを想像しただけで、俺は目を開いていられない。
声も、出せない。
言葉も、見つけられない。
「おい、彼はどうしたんだ?」
ドライヴがリューネに尋ね、彼女は微笑むと俺の隣に座り、肩を抱いてくれた。
「意外だけど、泣き虫みたい、この人」
「大丈夫か? よくこの城に入ったね?」
「あ、そっちは大丈夫、強いから」
「泣き虫なのにかい?」
「うん、アルスは本当の意味で強い人なんだよ」




