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魔将の城へ

 買い出しはリューネに任せ、俺は組合ギルドに寄って、魔将の城オプスィディアンシュロスに向かうという届出を出した。これで万が一、俺たちがいつまで経っても帰らないとなったら、バルニアのジェロームのところに残念なお知らせが届く……わけだ。

「一カ月内に、一度は顔を出しなよ」

「わかりました」

 一カ月超えても音沙汰ない時は、そういう判断をされるわけです。

 その後、フレゼレシア図書館に入った。ここは王立図書館で、王都にある図書館の分館扱いだ。大きくないが、森で暮らしていた俺にとって十分すぎる規模である。

 閲覧だけなら、市民でなくても利用できた。

 母さんが教えてくれた戯曲や物語……母さん、すさまじい量の本を読んで、記憶してたなんて、改めて母さんはすごい魔導士だった……ヴァスラ帝国という巨大な国家の宮廷魔導士になった人だし、大魔導士の養女だったし……今更ながら、そんな人に師事してもらえた幸運に感謝する。

 お目当ての本……というよりも、ヴァスラ帝国のここ十五年ほどの情勢を知りたかった。

 司書の男性に、それに関して知ることができる書籍はないかと尋ねると、リーフ王国が毎年のように発表している同盟国の動向調査なるもののまとめがあると教えてくれた。

 ヴァスラ帝国と、リーフ王国は同盟関係なのか。

「あちらの、国際情勢の棚にありますよ」

「ありがとうございます」

 示された場所へと行くと、すぐに見つかった。

 十五年分の『ヴァスラ帝国動向調査発表』というものを手にとる。それにしても、どうしてこんなものをまとめていて、さらに書籍にしているのかと不思議に思うと、巻末にこう記されていた。

『過去の記録は、未来を知る鍵となる。歴史は繰り返すものだ』

 リーフ王国を建国したエドワード一世の言葉らしい。彼の教えで、今もこれを作成して、残しているようだ。

 ヴァスラ帝国第二十四代皇帝アレクサンドル三世と皇妃ローゼエリーナの間に生まれた男子ルシアーノ皇子が、乳母のマリーナ・アラギウス・ファウスによって誘拐された……帝国暦五四四年、王国暦二二七年三月の出来事……三月? コボルトの村に到着した頃って、たしか寒くなってきた時期だから、秋から冬だと思うと……俺、半年間も逃げてたのか! ……いや、たしかに、長い逃避行だったような……。

 その後、父親のアレクサンドル三世は病を理由に退位……弟の、アウレリアスが帝位を継いで、現在も在位中だ。

 これ、いろんなことがあったんだろうなと想像できる。

 父上……年齢的に、今も生きていてもおかしくない。この病ってのはきっと、嘘だ。よくある病を理由にした退位で、本当は……おそらく、当時のこととからめて考えると、摂政のシュバイク候ズラターンが画策した結果だろう。

 帝国暦五四五年の冬に、アウレリアス四世と皇妃マーサカルティアとの間に男子ガウディオス皇子が誕生……帝国暦五四七年の夏に女子フィルクロ―ディア皇女が誕生……俺の従弟妹たち。

 帝室の外の記録で気になったのは、摂政家であるシュバイク候ズラターンの三女が黒鷹ギルケノール公爵の次男と夫婦になり、黒獅子リオーグ公爵の次女が、ズラターンの三男と夫婦になるという……帝室包囲網を形成しようという動きだ。

 俺の母親の実家である黒蝶ベラウラ公爵家は、先帝の妃を出している家ということで、摂政憎しだったに違いない。

 帝国四公の、残る一公である黒竜グレイグ公爵は、摂政家からの婚姻申込を断り、アレクサンドル三世とアウレリアス四世の伯父コルネリウス大公に縁談をもちかけ、公爵家譜代家臣の娘を公爵の養女とし、大公の後妻として送り出している。

 複雑な……対立の十五年間なのね。

 ただ、表向きは反乱も内乱も何もなく、帝国は相変わらず対外戦争で忙しい。

 帝国の西方にある五か国半島ファイブペニンシュラへの侵攻は苦戦中だが、東方への侵攻は順調のようで、複数の国家を従属あるいは制圧していた。

 読書に集中していると、その怒鳴り声が聞こえた。

「命令してるの! さっさとやりなさい!」

 女の声……視線を転じると、中年女性が司書と思われる男性にくってかかっている。

 こういうトラブルには、首を突っ込まないのが正解。

 情勢のことはもういいから、魔将の城オプスィディアンシュロスの予習をしておこうと思い、歴史や遺跡に関する本が並ぶ棚へと移動した。

 封印された存在たち……全七巻……読みたいけどちがう。

 約束の地の正体……読みたいけど今はやめておこう。

 東方大陸の遺跡探索……これにしよう。

 目次を見て……世界に点在する遺跡との関係性……興味あるけど今は違う。

 魔将の城オプスィディアンシュロスの項目、あった。

 魔将の城オプスィディアンシュロスとは、その名のとおり魔族の中でも強力な種である魔人の、その中でも一握りの超強力な……ゼグスみたいな存在たちを指して使う魔将アスモデウス級の魔人が根城にしていたことから、この名がついた。

 その魔将の名は、ディブロという。

 金竜エルミラによって生み出された魔人の祖とも呼ばれる魔将で、大悪魔エルツロードという異名を持つ。このディブロは、竜が支配していた時代、この東方大陸全体を縄張りとしていた。当時の人々は労働力兼食料として管理され、主神アロセルを中心とする天界の神々が人々を開放するまで、それは続いたとされている。

 母さんの講義では、種の対立構造を詳しく教えてもらえなかったが、こうして考えてみると、人類と魔族の対立は、その当時まで遡るのだろう。

 そしてこの魔将の城オプスィディアンシュロスは、しばらく誰も寄り付かなかったが、七百年ほど前に現れた魔族が拠点とし、東方大陸侵攻を始めた。

 この魔族は、魔王ミューレゲイトだ。彼女……女性らしいが、淫魔サキュバス系の魔人の最高格で、彼女を倒したのが大魔導士アラギウス・ファウス。この戦いで、アラギウスに破れたミューレゲイトが、彼に不老不死の呪いをかけたといわれている。

 おもしろいのが、ミューレゲイトは四百年前に復活し、今度は人間との共存を図った点である。そして、この復活したミューレゲイトに、不老不死でまだ生きていたアラギウスが協力したのだ。

 彼らが作った魔族の自治区が、大隧道を抜けた先の東方大陸西端にある。

 さらにおもしろいのが、このミューレゲイトとアラギウスは夫婦となったらしく、彼らの子供が現世界で最強の魔王と言われているガルガンティアだ。非常に理知的で争いを好まず、しかし戦えば最強という、まるで主人公みたいな存在だ。

 ともかく、こういう歴史の始まりになった城……が、魔将の城オプスィディアンシュロスである。

 では、現在は安全な場所になっているのか?

 否、となる。

 やはり、人々が忌む地として避ける場所に魔族は暮らす。これは、人々を避けた結果だと、バルニア迷宮のエビルの言葉から想像できる。歴史と関係するが、魔族は神々と人々に敗れた側だから、簡単に言うと「遠慮している」ことになるのだろう。しかし、当然ながら彼らは人々が近寄れば、敵とみなして攻撃してくるのが通常だ……故郷の森が、特殊なのだ。

 そして、この魔将の城オプスィディアンシュロスも、人がそこに入れば、魔族は攻撃してくる。

 古城は、地上三階建て、地下五階まで確認されていた。それより深くは、アラギウス・ファウスの他は入れておらず、詳細は不明。

「あー! もう! さっさとしなさいよ!」

 ん?

 さっきの女が、司書の人にまた怒鳴っていた。

 見れば、司書の人に本を運ばせ、一瞥し、放り投げている……目当ての本じゃないからか? 

 女……には、二人の屈強な男がついていて、護衛っぽい。

 関わりたくないと思いつつも、司書の人が気の毒なので声をかけることにした。

 本を棚に戻し、何かの本を探しているらしい司書の人へと近づく。

「どうしたんです? 何の本を?」

「あ、いえ、大丈夫です。関わらないほうがいいですよ」

 大丈夫じゃない人は、大丈夫ですと言うんだよね。

「手伝いますよ」

「……すみません。では、封印関係の本を探してもらえますか? 目当ての情報が見つかるまで、かたっぱしから持って来いと言われておりまして」

「いいですよ。ちょうど、さきほど読んでいた本の棚で見たので」

 俺は歴史の棚に戻り、封印された存在たちという全七巻を抱えて、女の前へと移動した。

「何?」

 失礼な女だな。

 裕福そうな恰好をしているけど……心は貧しいんだな、かわいそうに。

「ただの手伝いです。どうぞ」

 彼女は、俺が抱える七冊の最上段を手にとり、パラパラと捲ると放り投げる……を、三度くり返し、四巻目で手を止めた。

「あった!」

 女はそう言うと、本を持ってくるりと身をひるがえす。

「あ! ちょっと!」

 司書の方が声をかけても、彼女は無視して図書館を出ていく。

 本を……持ったままだ。当然、貸出などの手続きをとっていない。

 護衛二人が、何か文句あるか? というように、俺たちをバカにした笑みを浮かべて女について行った。

 くそムカつく女だ。

「大変でしたね。変なのにからまれて」

 司書を労わると、彼は苦笑しつつ首を左右に振った。

「しかたないです。彼女はフレゼレシア総督閣下の奥様ですから」

「なるほど」

 フレゼレシアはリーフ王国の王家直轄領で、王家から派遣されたフレゼレシア最高権力者の妻が、さっきの痛いやつなんだな。

 俺は余所者だからいいが、住民にとっては迷惑な話だろう。

 関わることがないように祈ろう。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 フレゼレシアから南東に一日ほど、徒歩で移動するとオムロ山を中心とする山地のふもとに到着した。このオムロ山の中腹に魔将の城オプスィディアンシュロスがあり、ふもとからでも遠目に眺めることができた。

 天幕をリューネと張って、近くの小川で水を汲む。

 俺たちの装備は、二人で移動することを前提にリューネが揃えてくれていた。

 まず、俺はウェルゲイからもらった鎖帷子の上に革の上着とブレイズはやや細身、靴は編み上げ靴の丈夫なもので靴下も当然はいている。マントはフード付きで、色は黒だ。これは汚れが目立たないようにという配慮で選んでくれていた……汚れ……泥とかじゃなくて、倒した敵の血のこと……。

 そして左の腰に黒剣をぶらさげ、盾は持っていない。その代わりに、二本のナイフを腰に差していて、攻撃を受けたり、食事を切り分けたり、仕留めた動物をしめたり捌いたり……用途は多岐にわたるけど、遺跡などの屋内での近接戦闘で使うのがやはりメインになるだろう。

 移動時は背にバックパックのような荷物入れを背負うが、それは俺の荷物というよりも、リューネの武器である弩と矢筒が入っている。彼女は基本的に戦うことはないが、いざという時のために弩と短剣を使うそうで、俺が背負うことで後ろにつく彼女がすぐに取り出せるように、という意味があった。もちろん、短剣は彼女が携帯している。

 彼女の恰好も俺に近いが、服はスリムフィットだ。そして、二人分の水や食料や着替え、天幕などの野営用道具一式などを背負っている……日本でそんなことをさせて歩いていたら、とんでもなく白い目で見られていたに違いないが、不思議なのは、この世界でこれは注目を集めることではないようだ。

 俺も、バルニアから現在まで、リューネと一緒に行動することで気づいたのだが、ようは主従関係なんだろ? もしくは、そういう契約関係でしょ? という解釈を見た人が勝手にしてくれているようなのである。

 火をおこして、焚火を二人で囲む。そして、鍋を火にかけて、ここに来るまでに仕留めた野ウサギを捌く。

「馴れてるね?」

「故郷では、これが普通だったんだよ」

「意外……ていうかさ、アルスって見た目はいいとこのおぼっちゃんじゃん?」

「……全然、おぼっちゃんではないけどね」

 ウサギ肉と、途中で摘んだ食べられそうな草――少し噛んで異常がないので毒はないと勝手に判断した――を鍋にいれ、チーズ……保存食の代表を削っていれて、岩塩と胡椒をパラパラと振りかける。

 グツグツという音と、チーズと肉の良い香りが食欲をそそり始めた頃、リューネが匙ですくって味見をして、塩とチーズを少し追加した。

 しばらくして完成した兎肉シチューは、抜群とまでいかないにしても、故郷であるコボルトの村でよく食べていたシチューに味が似ている。

 やっぱり、食べなれた兎の肉を使っているからだろう。安心できる味、というやつだ。

「アルス、現場到着は明日になるだろうから、今日はたっぷり寝ておいて」

「そうするよ。季節もちょうどいい……これから先、冬に野営は想像しただけで嫌だ」

「わたしもバルニアを出ることはこれまでなかったから、他所での経験値はないんだよねぇ。雪国とか、たぶん装備自体が違うと思うんだけどさ」

「たしかに……ただ、大雪の場合は雪で固めた野営地を作れば暖かいんだよ」

「へぇ? アルスが住んでた辺境って、北のほう?」

 コボルトの村を思い出す。

 森の中、豊かな水、恵まれた土壌……北のほうだったけど、雪はそこまで多くなかった。冬はさすがに寒かったが、雪深くはなかったな。

「北方大陸の、北のほうだと思うけど、そこまで雪は降らなかったなぁ」

「リリス半島に近いかもね。魔族の母リリスは、その加護で豊かな森を維持しているって聞いたことがある」

 ギク……いらんことを言った。

「リューネ、夜空がすごいよ」

 話題を無理やりに変えるために、星空を利用した。

 普段、夜空を見上げるなんてなかなかないが、野営していると自然と目に入るものだ。

「本当だ……キレい」

 夜空を見上げるリューネの横顔……見惚れた。

 ……無理もない。これまでコボルトに囲まれて生活をしていた俺は、同族……という表現を使ってしまうあたりすでにおかしいのかもしれないけれど、人間の女性と二人きりなのである。

 母さん……は、母さんだ、もちろん。

 いかん。

 こんな時に、若さゆえの煩悩が……寝よう。

「ごめん、先に寝るよ。歯磨きしてくる」

 シチューを急いで平らげ、糸と歯ブラシを持って、その場を離れた。


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