東方大陸上陸
「じゃ、死んだ時の報告先は、バルニアのギルドでいいんだね?」
「ええ。二人とも、それでお願いします」
リーフ王国の北西に位置する公港都市フレゼレシアの傭兵組合をまとめるのは、カーリー・シングという女性で、お婆さんというには失礼だけど、お姉さんと呼ぶほどは若くないといった見た目だ。
「でも、あんたがバルニアのアルスだなんて意外。こんなに若くて可愛い顔してるなんて」
カーリーが目を細めて言い、俺は苦笑いを返す。
「バルニアのアルス……て呼ばれているのは俺……なのでしょうか? 初めて呼ばれましたけど?」
「ここ最近じゃ、一番でかい事案だね。バルニアから来て、魔導士で、若い……名前はアルス……あんたしかいないと思ったから言ってみたけど……あんたがバルニアでデカいことをしたなら、そうじゃないのか?」
心当たりはあるが、一応は確認しておいたほうがいいだろう……。
「そのバルニアのアルスってのは、何をしたんですか? 俺もアルスですが……」
そう尋ねると、彼女は煙管をくわえる。魔法で火を指先に灯すと、彼女は会釈して煙草に火を点けた。
「ふぅ……バルニアの地下都市は、三層くらいまでは初心者向けのいいとこだったのさ。でも、四層から一気に難易度があがるってんで、有名どころの冒険者や傭兵団も狙う……ま、世界的にみてもなかなかクセのある迷宮……それを一気に下まで降りて、七層まで存在するってことを解明した……その後、誰もたどり着けてないみたいだけどね」
リューネが誇らしげに微笑み、俺の肩にポンと手をおいて口を開く。
「アルスだから、行けたのよ。住みついていた魔族の数、相当なものだったし、魔人もいたもの」
カーリーは、やっぱりあんたかというように目を見開くと、話を続けた。
「あいつら、ネズミのように増えるからねぇ……それに、これは不確定な情報だけど、バルニアを牛耳っていたオルグ商会を壊滅させて、賄賂と利権で腐敗していた評議会議員たちを辞職させたのも、あんたがしたことになってる……ここまで流れてくるほどだ……ちっとは本当の部分もあるんだろう?」
……ちょっとじゃないんですが、いちいち言うのもおかしな……俺はリューネに目配せし、言わないでと伝えると、彼女は笑みを浮かべて受付を離れて、仕事が貼りだしてある掲示板を眺め始めた。
「じゃ、宿をとりに行きますので……噂は怖いですね」
「気をつけなよ。あんた、一気に名をあげた。名を売りたい奴に狙われないようにね」
……だから、嫌なんだよ! 目立つのは! それにしても、噂が広まるの早すぎないか? 俺、バルニアであの騒動の後、翌々日には船に乗ったんだぞ。
掲示板を眺めるリューネの隣に立つと、彼女がチラリと俺を見た。
「稼ぎになりそうな仕事はあるけど、請けずに遺跡に向かうよね?」
「そのつもりです……それにしても、俺たちより噂のほうが早いみたいですね」
「わたしたちの船、フェノマ諸島経由で遠回りしてたからさ。他の直通便だと片道三日だもの……傭兵や冒険者が移動して、ギルドにその話をしたってのは十分に考えられるよ」
「……」
しかし……後悔はしていない。
あの孤児院のマリーナと子供たちの、あの時の苦しみと絶望を想像なんてできないが、彼女らにそれを強いたクズを、俺は許すことなんてできないんだ。
それに、リューネが無謀なことをしなくて済んだ……でも、彼女は怒りの矛先を失った。明るくふるまっているけど、安心だと俺には思えない。
なぜなら、彼女はたしかに俺と一緒に旅をしたいと言ってくれた。だけどそれは、きっと……バルニアから離れたかったという気持ちもあったと思うんだ。
つらい記憶と、怒りや後悔が、あの場所にいればふとしたきっかけで蘇るだろう。
いつか……彼女がマリーナ。そして子供たちと暮らしたバルニアに帰ると思えたなら、ようやく気持ちの整理がついたことになるんじゃないかと、勝手に思う俺は、故郷の森を出た俺の心情に重ねて考えたりしている。
そうだ……俺もいつか、母さんと暮らした魔族の母の森でと、思える日がくるんだろうか。
「アルス、どうしたの?」
「あ……考え事してました」
「……いい加減、その話し方やめてくれない? わたしたち、パーティーでしょ?」
「……二人だから、バディっぽいですけど」
「じゃ、行こう、相棒」
リューネが微笑み、先に組合から外に出る。
そこは賑やかな通りで、郵便組合や職人組合などなど、様々な組合が軒を連ねた通りだ。各都市、各国、各大陸に相互補助などを目的として存在するこの組織は、歴史をたどっていくと竜が支配した時代後期が始まりとされている。
基本的に、同じ都市内の組合同士の連携はとれているが、都市、国、大陸等がまたがると関係はかなり薄く、今回のようにバルニアで組合員の登録をしていたとしても、このフレゼレシアでは改めて登録する必要がある。
しかしながら、情報交換は組合員たちがしているので、よその大陸や国の情報は入ってきている。それと、地元のことを尋ねるなら、やはり最初に立ち寄るべきだと思い、到着した足でそのまま組合を訪ねたのだ。
「もっと自慢すればいいのに。相変わらず謙虚ね」
通りを歩きながら、リューネがからかうような口調で言った。
「目立ちたくないんですよ」
「また……いいかげん、その話し方、やめて」
「……気を付けます」
「ほら、また」
二人で、宿が並ぶ街の東側へと向かう。
荷物を運ぶ商隊が多く、リーフ王国の玄関口たる賑わいは相当なものだ。
東方大陸。
世界地図を広げれば、北方大陸東方から南にバルニア島がある。そこからさらに南に位置し、中央大陸からみてほぼ東側であるから、こう呼ばれていた。この大陸は、大きな島と呼ぶには広いが、各大陸の中では最も面積が小さい。
その大陸の中で最も国力があり、領土も広いのがリーフ王国。
母さんの師である、大魔導士アラギウス・ファウスの故郷として有名だ。
アラギウス・ファウス。
母さんは詳しく教えてくれなかったので、自分で調べたが、この世界に存在する魔法の多くが、彼によって発見されたと言われている。つまり、魔導書を見つけ、翻訳し、広めた。
ここで、どうして一人でそんなことができたのかと疑問をもったが、彼は不老不死の呪いをかけられたことで、膨大な時間を調査と研究にあてることができたのだと知り、納得した。
今も、世界のどこかで研究をしているのだろうか。
もし、会うことがあれば、母さんのことを話したい。
大魔導士アラギウス・ファウス……その彼の故郷に、来ているんだと思うと、きっといい発見があるに違いないと、勝手に期待しちゃっている。
彼と所縁がある建築物の賢者の塔に向かうべきか、それとも魔王ガルガンティアが統治するという魔族自治区と大隧道に向かうべきか、魔将の城と呼ばれる古城の探索から始めるべきか……。
「あ、アルス、空きありの宿があるよ」
リューネが指さす方向には、『空きあり、二部屋』と書かれた看板が掲げられていた。
宿を決めて、食事をして、行先を決めよう。
- Il était appelé le Grand Mage. -
傭兵組合の組合保証を使って、宿で部屋を借りた。
「アルスはそっち、わたしはこっちのベッドね」
相部屋になった。
というのも、やはりお金を節約しようと二人で決めたからだが、改めて並ぶベッドを見ると複雑なものがある。ただ、気にする側のはずのリューネがまったく気にしていない……というか、節約案は彼女からで、相部屋にするのも彼女の案なので、俺が緊張するのもおかしいと自分に言い聞かせた。
ともかく、飯だ。
船旅で最も困るのは、日持ちしない食料を積まないことに起因する、新鮮な食べ物不足である!
身体が、美味しいご飯を求めていた。
特に野菜、そして果物。
二階の部屋から一階へと降りて、宿の受付に美味しい飯屋を訪ねると、「それはもう、この宿の酒家だね! 二人でも入れるよ!」と言うので、受付右手にある『リリアン酒家』に入った。
酒家……広めの飯屋のことだと、リューネに教えてもらった。
キレイな店なので、もしかしたら高級店なのかと緊張したが、メニューが書かれた黒板を見ると、金額は良心的だと思う。
リューネが、牛レバーのステーキにブラートカルトフェルンと、レタスときゅうりをあわせた生野菜に白ワインビネガーがつくサラダ、そして、鶏もも肉のオーブン焼き、赤ワインのグラス二杯を注文した。
「ブルートカルトフェルンて何?」
俺が尋ねると、彼女は黒板から俺へと視線を転じて口を開く。
「下ごしらえしたじゃがいもを薄切りにしてこんがり焼くの。おいしいよ」
「へぇ」
赤ワインが運ばれてきて、ちびりと飲んで美味さに驚く。
この世界のワインは、おそろしく美味い! いや、俺の好みにあっているのかもしれない……日本人だった頃、お酒はそんなに飲まなかったけど、このワインの美味さは理解できる。
ライトボディなので、酒に慣れていない俺にあっているのかもしれない。
「安いワインだから、ちょっと物足りないな」
リューネはそう言うが、俺にはとってもいいワインだと思えた。
「なんていうワイン?」
「これ? リーフ王国の……エルノ・ロメールていうワインみたいね。黒板の端っこ、下のやつ」
覚えておこう。
サラダが到着し、レタスを口に入れるとあまりのおいしさに二人で感動した。
「美味しい!」
思わず声に出して、きゅうりも食べる。
新鮮な食べ物……この世界では贅沢品のひとつかもしれない。農家の人たちが収穫し、街の市場へと運び、卸業者が買い上げて市場に出し、市場で各店が売りに出す。
昔、氷系の魔法で凍らせて保存しようと考えて、試したことがあるけど、力加減が超絶むずかしく、凍りすぎて火炎系で解凍しないとダメだったし、解凍するのも困難で実用的じゃないと理解できた。
偶然の産物で、うまく冷凍して解凍できても、びしゃびしゃになって食べられたものじゃなかったし……日本人だった頃は、何も思わず食べていたけど、冷凍技術ってすごかったんだなと改めて感心する。
「で、アルス、どこから攻めるの?」
話題は、アタック先になった。
「そうだなぁ……ここからだと一番近いのが魔将の城だから、まずはそこから行こうと思うけど」
「いいね! その話し方! それでお願い」
丁寧に話すのではなく、くだけて話すことに気をつける日がくるなんて。
「で、そのお城に魔導書はありそう?」
「それは、アラギウスが魔王ミューレゲイトを討伐した際に、地下深くまで入ったはずだから、魔導書があればすでに見つかっていた確率が高いんだ。だけど、もしかしたらということもあるし、実際に自分の目で確かめたい」
「わかった。じゃ、ご飯を食べたら日が落ちるまで別行動しよ。わたしは地図や食料を仕入れてくるよ」
「助かりま……じゃなかった。助かる」
「で、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「砂時計、面倒だから機械仕掛けの懐中時計を買ってもいい? お嬢様がくれたお礼のお金から出そうかと思って」
地球と同じ昼夜十二等分法と同じ時間単位だけど、ここでは二十四分法と呼ばれている。日付変更線は東方大陸の端で、海上貿易が発達してきた百年前から、基本的にはどこもこうだ。
「携帯用の時計、大丈夫なの?」
日本人だった頃に知る時計であれば無用な心配だが、この世界の携帯用時計は、故障やズレが日常茶飯事なので、結局は砂時計に頼ることになるのではないかと思った。
「リーフ王国の王都にはドワーフ街があって、そこの職人が作る精巧な懐中時計を買うの。ギルドからここに来る途中、ドワーフ職人が作る精密機器を扱う看板を掲げた店があったのよ」
なるほど。
高級品だ。
「お高いんじゃないの?」
「お嬢様から、五万リーグずつもらったでしょ? それを使いたい。安いやつでもたぶん……三万リーグほどかかると思う……だめ?」
「アタック中の管理はリューネに任せるから、リューネが欲しいなら買ってよ」
「ありがと!」
肉料理が運ばれてきた!
アタック中はまた保存食の毎日だから、美味しいものを食べまくってやる!




