悪は許さない
バルニアインペリアルは、大きな宿でジュリアンが借りている部屋……というより空間には、五つの寝室と食堂の他、手洗いと浴室までついていた。
リューネが動けるようになったら暴れると思い、浴室に閉じ込めて、ドアを寝台で塞ぐ。
「どうするのだ? 彼女を置いて」
「ギルドに顔を出してきます」
「……わかった。わたくしはどうしたら?」
「ここで、リューネが外に出ないように見張ってください」
「わかった」
宿から出て、傭兵組合に向かう。あのジェロームならば、火事の件、その裏のことなど知っているに違いなく、リューネに同情的だろうと思ったからだ。そして、彼ならば、あれをしたクズどもの親玉がどこにいるのか、奴らの本拠地がどこなのかを、知っているに違いない。
ぶっ潰す。
俺は、決めたんだ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
「そりゃ知ってるが、教えられないな」
「どうしてです?」
「……アルス、お前はいい奴だ。迷宮から無事に出てこれたんだから、命は大事にしておきなよ」
ジェロームの窘めに、俺は我を通すと決めているので挑むように応じる。
「リューネがタウジナス一味に突っ込んでいって、あんた、後悔してからじゃ遅いぞ」
「……言うね、ガキんちょ」
歓談スペースにいた男たちが、何やら様子がおかしいという体で俺たちを眺め始めた。その中の一人が、俺を指さして声をあげる。
「あ! あにき! アニキじゃないすか!」
おっさんに、アニキと呼ばれて違和感しかない!
誰? ……迷宮で、ゴブリンに追われて逃げて大変だったところを助けてあげた人か……名前、えっと……。
「俺っす! ガイムですよ! アニキ!」
「あ……どうも」
ジェロームが、俺がアニキと呼ばれている理由をガイムに尋ね、そこで彼が俺の迷宮での戦いぶりを大げさに説明した。
「でや! ター! てなもんで、魔法も剣も拳も蹴りも最強っす、うちのアニキは」
……この人、ちょっとアホっぽいけどいい人だな。
ジェロームが、疑う目で俺を見る。
ここで、掲示板の前にいた男たちの一人が、口を開く。
「ジェロームさん、そいつの言っていること、本当だぜ。俺も助けられた。こうして、次の仕事を探せるのは、その人のおかげ」
「お前、本当か……」
ジェロームは目をまん丸にして俺に言うと、こう続けた。
「迷宮の、未踏域に入って大発見して、他のパーティや調査団を助けまくった英雄級の働きをした若者って、お前なんか?」
「……自分で言うと恥ずかしいですが、そうです」
ジェロームは両手を広げて、天井を仰ぐ。
「信じられねぇ……いや、新発見だと大騒ぎになって、大活躍した奴がいるって騒がれていて……それがお前だったか」
ジェロームは、周囲を眺め、その場に居合わせた奴らの視線を集めた。
「すまない。こいつと二人にしてくれ」
ジェロームの言で、男たちが移動を始めた。「あいつ、貧民街の仇とるらしいぜ」「迷宮の英雄だろ? あいつならやっちまうかもな」と、俺のことを見ながら建物の外へと男たちが出て行った後、ジェロームが口を開く。
「火事があったのは、二日前……消火活動に駆け付けた軍も、なぜかモタモタしていた。結局、二十棟が全焼……助かった者は三人だけ……残念ながら孤児院の子たちは誰も」
「オルグ商会から、評議会のほうに金が流れていたから、消火活動に待ったがかかったんでしょうね」
「お前みたいな、頭がいい若造は苦手だ……火をつけたのはタウジナス一味だろう。当日、奴らが甕をいくつも載せた荷馬車を走らせていたのを見た奴は、一人ふたりじゃない。甕の中身は油だったんだろう」
「オルグ商会……場所と、経営者の自宅……タウジナス一味の本拠の場所……全て教えてください」
「本当に……突っ込むのか?」
「まさか! 抗議をしに行くだけですよ。そう聞いたとしているほうが、ジェロームさんもいいでしょう?」
「……ちょっと待て」
彼は、台帳の紙をビリっと破り、三つの住所を書くと、紙切れをわざと受付のテーブルから床へと落とした。
「俺は落とし物をした。見つからなかった」
「ありがとうございます」
「リューネは?」
「勝手なことができないように、閉じ込めています」
「……アルス」
「はい?」
「戻ってきたら、酒、つきあえよ」
「強くないですけど、つきあいます」
「生きて帰れよ」
俺は笑って、紙切れを拾い、傭兵組合を出た。
男たちが、俺を見ている。
「やるのか?」
誰かが、問うた。
俺は答えず、片手をあげてその場を離れる。
すると、後方で会話が為された。
「成功にかける者は!?」
「千からだ! 千から受けつける!」
……賭けられていた。




