迷宮を出てから・・・
俺とリューネが交代で見張り、ジュリアンは最初から最後までしっかりと睡眠をとった。
仕方ない。彼女は俺以上に初心者だから。
「申し訳ない……一人だけ」
「いいんですよ、慣れていないんですから当然です」
「そう言ってもらえて助かるが、迷惑ばかりかけて……本当にすまない」
生意気な美少女は、すっかりとしおらしくなっている。
リューネが出発の準備を整え……お嬢様の荷物も背負った彼女は、そこらへんの男よりもムキムキなんだろうと思った直後、お風呂のことを思い出し、やばかった……。
こんなところで!
……日本人だった頃から数えて、精神的にはかなりのおっさんなのだけど、身体と頭の中のバランスが……いかん、いかんぞ……落ち着け。
「どうした?」
ジュリアンに質問されるも、答えることなどできるはずもなく、曖昧に笑みを返して歩き出すことで逃れた。
さて……行き止まりの壁。
俺は、その壁へと力加減をした火炎弾をぶつけた。
やはり、穴が開き、向こうは空間だ。
俺とリューネで壁を崩し、進むと二層のような光景となる。しかし、決定的に違ったのは、ホブゴブリンの群れから逃げる人たちと遭遇したことだ。
「逃げろ! 大群だ!」
走りながら叫んだ男。
後ろを見ながら、走る女。
転んだ男は、たちまちゴブリンたちの餌食となる。それで群れが止まったが、後ろから新手が現れ、俺たちへと向かってきた。
光球弾で接近するゴブリンたちを薙ぎ倒し、同時に前進して風刃波で次々と新手を屠る。討ち漏らした敵には、黒剣の斬撃を見舞った。
後方で、リューネが言う。
「アルス、ここ四層だそうよ。わたしたちが行かなかった側の階段から降りた先ね」
「じゃ、彼らを守りながら帰ります」
ゴブリンの大群を掃討し、振り返って答えた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
こちら側の四層は、ホブゴブリンとゴブリンの他、黒皮狩人の群れが徘徊する市街地だが、俺の魔法は彼らを敵としなかった。途中、苦戦していた冒険者たちを助け、困っていた傭兵団を救い、遭難していた調査隊を見つけ、地上に戻った時、大勢から感謝された。
「アルス! 最高の魔導士! すばらしい!」
「よかった! 助からないと思った!」
「アニキ! アニキと呼ばせてくだせぇ!」
「アルス! ありがとう! アルス!」
照れます。
スカした顔で、いえいえ当然のことです。という受け答えをしていたけれど、内心はもうニッコニコなわけです!
まぁ、親切なことをして、感謝されたら嬉しいよね?
地上に出て、詰所で迷宮の調査成果をいろいろと質問され、俺たちが通過した内容を教えると、兵士たちが慌て始めた。
「大発見だ! 君、これは大発見だよ! ちょ! ちょっと君、すごいよ! バルニア評議会にすぐに連絡をいれるから! 君、宿泊しているのはどこ?」
あ……宿は決まっていないんだよな。
「今晩も、うちに来なよ」
リューネのお誘いに、ありがたく乗ろうとした時、ジュリアンが俺たちに言う。
「よければ、わたくしのところに。バルニアインペリアルに部屋がある。グレイたちの……部屋を使ってくれていい。それに、部屋の金庫にお金があるので、二人にお礼を払いたい」
俺が断るより、リューネが受けるのが早かった。
「ありがと。アルスもそうするよね?」
……迷宮で見つけた物は、あくまでも俺に権利があるという体裁をとっていたけど、お礼に関しては別ってことね。
「助かります」
お金はあっても困らないからね、と自分に言い聞かせた。それに、ジュリアンはこれから黒獅子公爵領へと帰るが、無事に送り出すところまで面倒をみてあげるのが、本当の親切だと思った。
ここでようやく、宿泊場所を早く言えという顔の兵士に答える……前に尋ねる。
「何があるんです?」
俺の問いに、兵士は興奮した状態で喋る。
「表彰と賞金だよ! 君!」
うーん……これは、遠慮したい。
「こちらから出向きます。宿泊場所に来られても、他の客も迷惑でしょう」
「そうか……わかった。ならば、中央評議会館一階に迷宮管理部があるので、そちらに出向くように」
「わかりました」
行かないと思う……いや、賞金は欲しいな。
お嬢様が宿泊しているという宿へと向かう途中、リューネに言う。
「賞金、受け取りに行ってもらえません? 分けますから」
「そういうことなら喜んで」
迷宮の中と今じゃ、別人みたいだ! いや、でもこちらの彼女が正しい姿だ。俺がおかしいんだ……。
街並みが賑やかになってきたが、なんだか様子がおかしい。
賑やかなんだけど、騒がしいというか、なんというか。
リューネとジュリアンも、違和感のせいで歩く速度があがる。
なんだ? 何があった?
走り出した俺は、遠くに見える光景を信じたくなくて、でも確かめずにはいられなくて、一直線にそこへと向かう。
貧民街が!
貧民街と呼ばれていた市街地の一画が、そこにあったはずの家屋が、焼け崩れて瓦礫の山となっていたのだ。
孤児院は!?
マリーナと子供たちは!?
途中、道がわからなくなって立ち止まった俺を、リューネが勢いよく追い越していく。続くジュリアンが、俺に尋ねた。
「知り合いがいるのか?」
「いる。いや、俺じゃなくて、リューネの!」
リューネの背を追い、そこに立った。
孤児院だった建物は、焼け崩れていた。
周囲を見れば、瓦礫を前に泣き崩れている人々がいて……よく聞けば、家族を呼ぶ声が聞こえてくる。
脳裏に、ある光景が蘇った。
測量技師たちと、笑顔で会話をする身なりのいい男たち。
証拠などない。
しかし……貧民街の一画では立退きを迫られていて、オルグ商会から委託を請けたタウジナス一味は、まともな奴らではなかった。
俺は、リューネの肩を抱いて支えた。
そうしなければ、彼女が崩れ落ちそうだったからだ。
後ろのほうから、その声が聞こえてきた。
「あー! 残念! 火事はどーしよーもねーなぁ!」
「さっさと瓦礫を片付けないとなぁ!」
誰による発言かなど、確かめる必要もない。
「お前ら! 後片付けはこっちでしてやるからよ! さっさと住む場所見つけていなくなれ、バーカ!」
「うす汚ねぇ家がなくなって、景観がよくなったぜ!」
俺は、リューネの肩を抱く手に力をこめる。
「アルス、離して」
「いやだ」
「離して……あいつらを殺す」
「ダメだ……リューネ、ダメだ」
俺が懸命に、彼女を抑える後ろのほうでは、チンピラたちの煽りが続く。
リューネが、俺の手に噛みつこうとした。それで、俺から離れようとしたのだ。
一瞬で、彼女の腹部に拳を見舞う。
「う!」
くの字に折れたリューネを抱き上げ、ジュリアンを見た。
「宿、行きましょう」
「……わかった」
「お……降ろせ」
痛みで動けないリューネの抗議を、俺は無視した。強化によって彼女を右肩にかつぎ、左手で二人分の荷物を持つ……リューネ、よくこの荷物、持ってくれていたよ……強化しないと無理だし……背負って戦うなんてもっと無理だ。
リューネを運ぶ俺を、チンピラたちが驚いてみていたが、思い出したように煽ってきた。
「おっとぉ! リューネちゃんじゃん! ショックで倒れたぁ!?」
「婆とガキ、残念だったよ!」
俺は、動けないリューネにかわり、奴らを見る。
「なんだ? こら! おお? やんのか!? こら!」
どこの世界でも、クズのセリフは同じかよ……。
今はまだ我慢だ……こいつら底辺をこらしめたところで、何にもならない。




