宝物庫
七層の宝物庫に入ると、たしかに物はほとんど無かったが、当時の支配者層が使用していたと思われる封蝋印が転がっていた。
当時の人たちが、運び出す時に落としたのかもしれない。
「これ、未踏域に入った証として持って帰ったらどうです?」
俺の提案に、ジュリアンは泣き腫らした目をパチパチと瞬きする。そして、印を受け取り、印面を眺めて声を絞り出した。
「これ……これは、ライノグル家の……本物なら、すごい価値」
「わかるんです?」
「竜が支配する時代末期……暗黒期において竜と戦った一族として有名で……蓮と薔薇の特徴的な印は当時、彼らしか使っていなかった……素材は象牙……本物だったなら……高値で取引される。いいのか?」
俺はそういうものに興味はなく、リューネも「見つけたアルスがいいなら、わたしに異論はない」と言った。
苦労した張本人である俺が、求めるものが何にもない……。
がっくり。
書庫の書棚もガラガラで……巻物も状態が悪くて持てばすぐに崩れた。
普通、魔法や呪術の書物は、長く残すために、保存がきく楮で作られた紙を用いると母さんから聞いた。だけど、ここにあるものはそういうものではないうえに、保存環境も悪いから、そもそも魔法や呪術の書物を保管していなかったのではないかと思える。
仮に、ここにあったとしても、エビルが言ったように持ち出したのだろう。
ここで、リューネが書棚のひとつにもたれて立った……時、その書棚が大きく揺らぎ、倒れて、隣の書棚へとぶつかる。
「ああ! やっちゃった!」
リューネが叫んだ時、ドミノ倒しになった書棚の最後が、壁にぶつかる。すると、壁が崩れ、新たな空間が現れた。
扉がない、部屋。
失敗したと焦っていたリューネが、予想外のことで固まっていた。
閉じられた空間には、棺があった。
……嫌な予感が、する。
棺を置き、何者も入ることができないようにした……のであればいい。しかし、棺の中の者が、万が一、目覚めても外に出られないようにしたのであれば……お目覚めなさる前に、さようならをしないといけない気がする。
だけど、知的好奇心が勝る……母さん……俺は、小さい時からこうで、教えて教えてとねだっていたよね、本当に。
古ラーグ語よりも古い言語が、びっしりと刻まれた棺。
竜言語。
「この者は百の都市を滅ぼし、万の民を殺めた。その罪は永遠に許されるものではない。その魂は永遠に暗闇の中にとどまり、肉体は二度と地上に出ることはないものとする」
翻訳した俺の横で、リューネが棺にそっと触れる。
埃をはらえば、金の細工は輝きを放った。
俺は、思案する。
竜言語は、竜とその眷属が使う言葉……つまり、この棺は彼らの手によるものである確率が高い……ということは、ここに閉じ込められたのは、竜側にとって邪悪な存在であったと理解すべきだ。
もう一案。
竜あるいはその眷属を封じるにあたり、彼らが理解できるように、彼らの言語で記した可能性もなくはない。
「開けてみる?」
リューネの問いに、俺は首を縦に振った。
「離れていて」
俺の指示で、リューネがジュリアンをかばうように壁際へと移動する。
棺の蓋を押し開ける……身体強化をしてやっと……重い。
中……空?
空……ということは、ここにいらっしゃった良くない者は、もう外ってこと……だ。
「アルス、崩れたこの壁、他よりも石が新しい……」
壊れて転がる壁の石を、リューネの隣で眺めると、たしかに使われている石が他の箇所に比べて新しいと色の違いでわかった。
何者かが、先にここに来た。そして、この棺の中のものを連れ出したか取り出したかした……その後、何もなかったかのように見せようと、壁を作って……ということは、俺たちよりも先に来た奴……奴らだ。一人ふたりじゃない。そして、俺たちがここに降りてきた階段とは違う出入口があるはずだ……でなければ、エビルと遭遇戦になったはず。
エビルを倒せるほどの者がいたとしたら、俺たちが六層に到達した時に、エビルがいたことがおかしい。逆に、エビルが見過ごすとも思えないし、降参した相手を許すとも思えない。
今回、俺が勝ったことと、ゼグスの縁者ということで、こういう展開になっただけだからだ。
「リューネ、他に出入口がある。きっと、壁を造って隠されているだろうから探そう」
「わかった」
「おい」
ジュリアンの声。
「なんでしょう?」
「……手伝う」
「……ありがとうございます。では、ジュリアン様はあちらと、リューネはそっちをお願い」
宝物庫のほうを二人に任せ、俺は書庫とこの封印されていた空間を調べた。
同時に、ある考えが浮かぶ。
この迷宮……地下都市じゃないな?
地下都市だと思っていたが、七層にはあの棺があったので、大規模な墓所だったのではないか。七層が最下層ではなく、もっと深部があるかもしれない……それでも現地点で十分に深く、ここまで深く掘るってことは、それだけの存在……あの棺から、よっぽど地上に出て来てほしくなかった奴がいた場所……迷宮の評価そのものに変化を齎す発見だ。しかし、俺たちよりも先に入った奴らは、そういう名声を捨てて……知られたくないからコソコソとした。
「アルス、こっちだ!」
ジュリアンの声で振り返り、宝物庫だった場所へと急ぐ。
俺の光球に照らされた壁の一部、ちょうど人が通ることができるほどの高さと幅だけが、壁の色が違う。
火炎弾の威力を抑え、壁にぶつけた。
穴が開き、通路が伸びていることがわかる。
「リューネ、こっちから行こう」
俺の意図に、リューネは気づいてすぐに賛成した。
来た道を戻るのではなく、新しい道に進む理由は、好奇心だけじゃない。
六層には、まだ騎士たちの遺体がある……しかしきっと、彼らの遺体はゴブリンや黒皮狩人に食われている最中……破損しているだろう。
それを、ジュリアンに見せたくなかった。
壁の石を手作業で崩し、俺、ジュリアン、リューネの順で進む。
通路は緩やかに上へと向かっていたが、左右に別れる場所に出た。
左は上へとゆるやかに登り、右は階段で下へと向かう。
「リューネ、八層がある……けど、いったん、戻ろう」
「賛成」
俺たちの意見に、ジュリアンは口を挟まない。
ゆるやかな登り道を進み、開けた場所に出た。
円形の空間は、天井が高い。中央には枯れた噴水があり、奥には通路があるのが見えた。
リューネが方位磁石を眺めて、口を開く。
「まっすぐ進めば、迷宮の入り口へ向かう方向」
ここで少し休憩をとる。
「あの棺、何人か雇って運び出したらどう?」
リューネの意見に、俺は首を傾げた。
「高く売れるだろうけど……目立つのは避けたいんですよね」
「お前は、目立ちたくないのか?」
ジュリアンの問いに、俺は事情を離せないので誤魔化すしかない。
「ジュリアン様は、目立ちたいんです?」
質問に質問を返した俺に、彼女は少し悩んだ。
「……難しい問いだ。だけど……皆の注目を浴びることは嬉しかった」
無理はないだろう。年齢的に、俺とそう変わらないだろうから、チヤホヤされたい年頃だ。とくに、自意識過剰っぽいし、容姿もキレイ系で人気だろう。
しかし、女の子でも騎士にならないといけないってのは、騎士団のトップの家とはいえ楽じゃないんだな。
噴水の空間を抜けて、通路へと進むと階段……その先には、扉だ。
木製の扉は、向こう側に鍵があるらしく押しても引いても開かない。
仕方ないので、魔法で強化して力任せに押すと、あっけなく開いた。
先に入った奴らが、閂で閉じて去ったんだな。
「アルスは、肉体を強化する魔法を知っているのか?」
ジュリアンの驚きに、俺は頷き、口を開く。
「珍しい、とよく言われます」
いちいち、長々と説明はしない。
進むと、ゴブリンたちの死骸が白骨化した状態で転がっている広場に出た。
光球を追加で五つ作り、空間全体を照らすと、立方体の空間はエビルがいた場所ほどの広さだとわかる。そして、ゴブリンやホブゴブリンだったと思われる白骨が地面に散らばり、空気は埃っぽく、臭いも音もない。
骨は踏むと、簡単に砕けた。
下の宝物庫からここまで、通路は壁で塞がれていたので、新たに魔族はここに入って来ていない。逆をいえば、この先もきっと壁か何かで閉じられていて……先に七層に入った奴らは、ここを通過した……そして閉じて帰っていった。
魔族たちのものとはいえ、遠慮なく骨を踏んで歩くってのは抵抗があったけど、避けられないほどに地面を覆っている。
ジュリアンが、質問をしてきた。
「アルスは、どうしてそんなに強い? わたくしはこれでも……試合や稽古では負けたことがなかった」
ゼグスのおかげだし、母さんのおかげだし、いろんな人の助けがあったからだと説明すると長い。
「稽古をつけてくれた恩師が、実戦想定で教えてくれたからですかね」
「……わたくしは……一本取れば勝ちと言われてきた……あの時、現れたゴブリンを斬ったが……化け物はそれでも飛び掛かってきた。そこからはもう……戦うのが怖くなって」
彼女は、どうやら出会った当初……俺たちより先に進んだ直後に、逃げ戻って来た時のことを話してくれたらしい。
無理もない。
「ジュリアン様がそう感じたのは、別におかしいわけじゃありません……」
慰めにもならないだろうが、俺は思うところを言う。
「……それに、ジュリアン様は無事に騎士になれます。護衛の方々は気の毒ですが、彼らも役目は果たした結果ですから」
彼らには気の毒だが、騎士という戦闘の専門家なのだから仕方ないだろうという諦めが俺にはある。ただ、彼女は見知った相手なわけで、なかなか割り切れないだろう。それでも……戦った結果だ。
前方は、行き止まり……。
「アルス」
リューネに声をかけられて、肩越しに彼女を見ると後方を指さしている。
「どうしました?」
「そろそろ休憩をとろう。君、ここまで戦いっぱなし。その行き止まりの壁、他と色が違うから、そこは後で造られたとわかるけど、疲労回復してから入るほうがいいと思うよ」
「あ、そうか……たしかに」
幸い、後方は広い空間で、一方だけを監視すればいい。
俺たちは少し戻り、通路と広場の境あたりでキャンプをすることにした。地面に散らばる骨を蹴ってどかす……リューネは慣れたもので、両手で掴んでぶん投げていた……。
三人が座れる場所を確保したところで、リューネが周囲に松明を転がした。それで、近寄って来る者がいればわかる。
誰から睡眠をとるかを決めるまでもなく、ジュリアンが疲労から座ったまま寝始めた。
馴れないことだらけのうえ、顔見知りの護衛たちに死なれてつらかったに違いないが、その後は平常心を取り戻したあたり、やはり騎士の娘なのだと思えた。
ふつうは、ショックをひきずり前向きになれないだろう……俺は、母さんを失った時、周囲に支えてくれる家族がいた……一緒に悲しみ、一人にしてくれて、励ましてくれた人がいて、送り出したくれた人たちだ。
……人、じゃなくて、魔族なんだけど。
でも、気になることがある。
彼らはどうして、魔族と呼ばれているんだろう? 本人たちも、その自覚がある。
魔法……を俺は使うが、これも魔だ……魔は、もしかしたら、もともとは人とは敵対しない意味だったのではないかと想像するも、すぐにやめた。
こういうことを考えて……意見を求めていた人のことを思い出してしまいそうになった。
母さんは、俺が考え事をして、「どう思う?」と訊くと、必ず自分の意見を述べてくれ、問いを返してくれた。それで俺の考えもまた深まることができた。
懐かしむにはまだ早いけど、悲しむのは今じゃない。
「アルス」
リューネが、サラミを差し出してくれたので、受けとって齧る。
しょっぱい……塩分補給にもなる。
冷えたビール飲みたいなぁ……どっかにないかな? どっかに……風呂、ビール……これ、商売になるかなぁ?
「一度、地上に戻ってこのお嬢様を帰してあげるのね?」
「……あ、ああ、そうです。そのつもり」
「君は強いのに、それで威張らない。そして親切……他人でも、必要なら手を差し伸べることを当然のようにする……なかなかできることじゃないよ。お母さま、ご立派だったのね?」
自分を褒められるよりも、嬉しい。
「ありがとうございます……すごい人でした」
過去形で、話すのはつらいな。
話題を変えよう。
「リューネは、マリーナさんとずっと一緒に?」
「そう……マリーナがわたしを拾ってくれなかったら、わたしはあの街の娼婦になるしかなかった……今も、タウジナス一味からは、会うたびに迫られる……ま、無視してるけどさ。あ、寝ていいよ。君こそ疲れているよね?」
俺は素直に、横になる。
「先に休みます」
「うん、しばらくしたら、声をかけるよ」
目を閉じて、呼吸を整える。
それにしても、あの棺にいた存在……そして、それを連れ出した奴ら……どこに行ったのだろう? それに、この迷宮はどういった意味をもつ地下都市だったのだろう? ただの市街地じゃないはずだ。
このあたりのことにも、興味が芽生えた。
魔導書を探しながら、歴史の裏側を調べるのもおもしろいかもしれない。
……眠くなってきた……やっぱり疲れていたんだな。
リューネ、俺の様子を観察して、気づいてくれていたわけか……助か……ぐぅ……。




