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迷宮の魔人

「君は、光球ルベンを発動し続けていても疲れないのか?」

 護衛隊長のグレイ・キーンに問われ、「疲れますよ、少しは」と答えた。

 ずっと発動しているんだから、疲れるに決まっている。だけど、なんというか……耐久力というか、持久力というか、そういうものの差だ。

 俺にとって、光球ルベンを発動し続けるのは、のんびりと歩いているような感覚。

 でも、他の人にとっては全力で走っているようなもんだろう。

 この差は、母さんによって鍛えられたからあるといえる。

 騎士たちの誰もが、これだけのことに驚いているから、やはり母さんが教えてくれたことは、すごく実践的だったわけだと改めて感謝を覚えた。

 五層に広がる支配者層の生活空間も、俺が潜む化け物たちを掃討したので、静かになった。

 グレイが、感心したように口を開く。

「君、騎士見習いにならないか? 一年、見習いをして騎士叙勲試験を合格すれば……君は強位シュプレームをすぐに取れそうだ」

強位シュプレーム? なんです?」

「騎士の格……強い騎士に与えられる格がある。強位シュプレーム上強位ラン・シュプレーム最強位ディバンタイン……世界に一人だけ名乗ることができるのが、神位セレストだ」

 へぇ……ま、でも目立つのは避けたいから。

「一年も我慢するのが無理です。迷宮探索したいので」

「そうか……いや、残念だ」

 階段を見つけた。

 六層へと通じる階段。

「お嬢様、六層に降りたら、未踏域に入ったと我らが証明しますので、帰りましょう」

 騎士の言葉に、ジュリアンはコクリと頷く。その横顔は、緊張と不安で硬い。

 騎士たちは、素質で彼女にかなわないのだと察した。

 というのも、実は俺も、緊張している。

 なぜか……階段の先……六層から、嫌な圧を感じるのだ。

 ……だが、お嬢様は進む。

 彼女を先頭に、六層に降り立つと、そこは巨大な空間で、光球ルベンをいくつも放ち、照らした空間奥には、玉座があった。

 光球ルベンで照らされたそこには、牛の頭を持つ巨体が座っている。牛頭魔人ミノタウルスと違い、全身が闇に溶けるように黒いそいつは、蝙蝠のような翼を広げることで違う種であることを俺たちに主張した。

「上の奴らを蹴散らして来たのか?」

 その巨体は、ジュアク語で語りかけてきた。

 俺が、リーゼキュアの森で使っていた魔族たちの言語だ。

「あなたの配下であったなら、失礼をしました」

 俺がジュアク語で応え、固まったお嬢様を隠すように前に出る。

 もういいだろ? 上にあがれ。

 肩越しに彼女と騎士たちを見たが、皆が恐怖で動けないでいる……リューネだけが、いつでも動けるように、静かに荷物を置いていた。

 光球ルベンの数を増やして、周囲を照らす。

 ……広い空間の壁際には、黒皮狩人ハンターたちが潜んでいた。

「魔導士か?」

 牛頭の問いに、俺は慎重に進むも、後ろのお嬢様と騎士たちには早く上に上がれと手の動きで急かしたが、誰もが固まって動けない。

 まずい……さっさと逃げてくれよ、もう!

「ええ……お騒がせしてすみません。俺たちはもう帰りますので、見逃してくれます?」

「……お前たち人間は、自分たちがこの場所を放棄したくせに、我らが住むと図々しく戻ってくる。そして我々の弱き者たちを殺戮するが、自分たちが危ない目に遭うとわかると、助けてくれと言う……人間こそが世界の価値観だと主張する図々しさが、そこにはあると断じよう」

 たしかに。

 牛頭は玉座から立ち上がると、地面を蹴って俺へと突進してきた。その翼が加速を助け、すさまじい速度で接近してきた牛頭は、俺が抜き放った黒剣の間合いに入る直前で急停止する。

 牛頭は、赤い目を輝かせて口を開く。

「お前しか、戦おうという者はおらんようだぞ? 情けない奴らだ!」

 牛頭は、そこで地団太を踏む。

 空間が揺れ、埃が舞い散り、空気が汚れた。

 咳き込んだお嬢様。

 牛頭が、俺の後方を睨む。

「よかろう! お前たちが帰ることを許可する。代わりに、女たちを置いて行け」

 ……食べるつもりだな? 魔族は、男よりも女、年老いたものよりも若いものを好む。ゼグスも、俺とマリーナだから食べなかったと言っていたし……。

「貴様! お嬢様に何をするつもりだ!」

 あ、馬鹿!

 グレイの怒声に、牛頭が反応した。

 一瞬で、火炎弾フレイムを放った牛頭。

 俺も魔封盾スクトゥームでそれを防ぐ。

 火炎が見えない盾にぶつかり、空中で爆発した。爆風で騎士たちが吹き飛ばされ、リューネがお嬢様を抱えて後退するのを肩越しに見た俺は、眼前の牛頭の殴打を黒剣で弾いた。

 硬い! そして、重い!

「名を名乗れ、人間」

「アルス」

 魔人の蹴りを躱し、その動きを反撃につなげる。地面を蹴る反発で加速し、重心移動と腰の回転で剣を振るも、牛頭は腕で受け止めた。

 硬いものにぶつかった衝撃。

 蹴りがくる!

 俺は奴の蹴りに、足の裏をあわせることで衝撃を緩和し、後方へと跳びながら火炎弾フレイム氷槍バラス雷撃トニトルスを連発しつつ、壁際からこちらへと群がってきていた黒皮狩人ハンターたちへと、氷魔息吹シーブルカレツァスを発動させた。

 俺を中心、円状の結界は冷気の壁で、触れた化け物から次々と凍りついていく。

「とどめを!」

 騎士たちに叫び、顧みずに眼前の牛頭を睨む。

 奴は俺の魔法を防御魔法ディフェンシォで防ぎながら、一気に距離を詰めてきた。

「アルス! 我が名を名乗るにふさわしい! 我はエビル・ゼグス。相手にとって不足なし!」

 ゼグス!

 ゼグス!?

「ちょっと! ゼグスの身内ですか!?」

 俺は叫ぶも、奴は無視して殴打を見舞ってきた。

 剣で防ぎ、追撃は体捌きで躱し、反撃の斬撃を見まい、雷撃トニトルスを放つ。防がれても、予想している。接近からの火炎弾フレイムをぶつけ、後退した化け物へと追撃の袈裟斬り、斬り上げ、反撃の拳を剣で弾く。

 牛頭は、肩を上下に揺らしながら赤い目を輝かせる。

「ゼグス……を知る者か……語るは戦いを終えてから。参る」

 肩越しに、騎士たちが黒皮狩人ハンターたちにとどめを刺しているのかを確認をしたが、苦戦中だった……黒皮狩人ハンターの数が多く、俺の魔法で凍りつかせられなかった奴らが、騎士たちに襲いかかっているのだ。

 一対一なら、騎士は黒皮狩人ハンターに苦戦しない。しかし、三対一、四対一の戦いを強いられて、倒れる騎士たちもいた。

 早く、助けにいかねば……。

 一瞬の焦り。

 エビルの攻撃は、その隙に為された。

 反応を、あと少し遅らせていたら倒されていたほどの一撃は、剣で受けるも衝撃で後ろに飛ばされる。自分で跳んだわけではないので、重心は乱れ、体勢を崩した。

 まずい!

 防戦一方はいかん!

 風刃波ベントスを放ち、奴が防御魔法ディフェンシィで防ぐ時間で、風守護シルフェを発動し、地面を蹴る。

 エビルが魔法を防いだ時には、奴の背後へと移動していた。

 渾身の一撃を、エビルの腹部へ見舞う。

 奴の右わき腹を裂いた俺の一撃は、エビルに片膝をつかせた。

 精霊魔法で速度をあげた俺は、奴の予想を超えたのだ。

 緩急の駆け引き。

「見事……」

 エビルが、苦し気に呻いた。

黒皮狩人ハンターたちを止めてください」

 深い傷を負ったエビルは、脇腹を手で押さえながら俺を見る。片膝をついても、視線が俺と同じ高さなのは体格差のせいだが、その相手にも接近戦で勝てた。

 ……風守護シルフェのおかげだ。

 ゼグス、ありがとう。

 負傷したエビルが、咆哮をあげた。

 耳を塞ぎたくなるほどの叫びで、黒皮狩人ハンターたちが、じりじりと後退し、やがて玉座の奥へと消えていく……あちらに通路があるのだとわかった。

 騎士たち……全滅。

 グレイは、腕と脚を引き千切られて死んでいた。他の者たちも、多数に囲まれてやられたのだとわかる……まだ生きていた騎士がいたが、腹部から内臓がこぼれ落ち……生きながらそれを食われていたと見てわかった。

 むごたらしい光景だが……その覚悟が彼らにはあったか?

 お嬢様を連れて、未踏域まで行ってさっさと帰ろう。

 弱い敵ばかりに遭遇するわけじゃない。

 敵はこちらの人数に配慮して、順番に来てくれるわけでもない。

 こちらが逃げようとしたら、逃がしてくれるわけなんてない。

 俺は、エビルを睨みながら階段の方向へと声をあげる。

「終わった!」

 リューネが姿を見せ、騎士たちの惨状を前に足を止めた。彼女は後方のジュリアンに、それを見せまいとしたが無駄である。

「いやぁああああ! グレイ! シモンズ! オルセイ! あああ! ああああ!」

 叫んだお嬢様は、両膝をつき、慟哭する。

 俺はエビルに問う。

「ゼグスの知り合いですか?」

「……我が師だ」

「では、あなたは俺の兄弟子です」

「そうか……では、兄弟子として言う。とどめを」

「……あなたの回復力なら、助かるのでは?」

「おい、生き恥をさらせと言うか?」

 俺は、黒剣を鞘におさめる。

「生きてこそ、挽回ができる……俺は、そう信じます」

 エビルは、血を流す脇腹をおさえたまま、玉座の方向を見る。

「あの奥、階段がある。七層は宝物庫だ。それが狙いだろう?」

「いえ……あ、でも、魔導書はありませんか?」

「……宝物庫の隣は書庫だが、魔導書はもう残っていないと思う……人間たちとドワーフたちは、ここを放棄する時、多くを運び出した。残っているとすれば、役に立たないものだろうな」

「この目で、確かめてみます」

 エビルは頷くと、敵意はないとばかりにその場に座り込み、泣き叫ぶお嬢様を眺めて言う。

「とにかく、あれを黙らせてくれるか?」

「……そうします」

 俺はジュリアンへと近づきながら、死にきれず苦しむ騎士の首を刎ねた。そして、内臓を食われながらも、涙を流して「母上」と言い続けていた騎士の頸動脈を断つ。

「何てことを! 何てことを!」

 わめくジュリアン。

「しっかりしなさい!」

 お嬢様の肩を、リューネが掴んで叱った。

「お嬢様が! 騎士たちを楽にしてさしあげなかったから、アルスが代わりにしたんです! それくらい、わかりませんか!?」

「リューネ、ありがとう」

 俺は、目を真っ赤にして、俺を睨むお嬢様の前に立つ。

「アルス……」

「ジュリアン様、お許しください」

 俺の謝罪に、彼女は何も言わない。

 その唇は、激しく震えていた。

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― 新着の感想 ―
姫がケット・シーとして登場するとかなんとか…アップに余念がないようです。
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