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美少女の事情

 五層のここは、支配者たちの生活空間だったのだと理解できた。

 一室あたりが、二層よりも広く、天井が高い。調度品の品々は銀製のようで、形が崩れていない……磨けば輝きを取り戻しそうだ。

「値がつくと思う。リューネ、持って帰ったら?」

「いいの?」

「孤児院の運営費にあてなよ」

「アルス、君は強いだけじゃなく、かっこよくて最高の魔導士よ」

 おだてられて照れていると、彼女に肘で小突かれた。

 それにしても……支配者層の空間だったにも関わらず、ゴブリンたちの汚物や、奴らが食べたネズミなどの死骸……牛頭魔人ミノタウルスのものと思われる排泄物……臭い。

 白骨化した小動物の死骸が散乱する地面を歩き、光球ルベンを先導させて進む俺たちは、次々と新しい部屋を見つけ、出くわした魔族を蹴散らした。

 魔導書は見当たらない……いや、無理もない。ここは生活空間だった場所だ……図書室のような場所はないだろうか?

「ジュリアン様! いました!」

 後ろで声があがり、振り向くと騎士の一人が俺を指さしていた。

 ……追ってきたのか。

 死なずに済んだのだから、あのまま逃げればよかったのに。

「すみません。反意はありませんので、失礼します」

 会釈をして、光球ルベンの後をついて歩く。

 通路へと出たところで、奥にはゴブリンたちの群れがいたが、俺を見ると一目散に逃げていく……フリをして、待ち伏せだな。

 卑怯なんだ、あいつら。

 わかっているよ。そうしないと、生きていけないもんな。

 俺は光球弾ルベンバラムで、奴らを掃討する。

 その最中、美少女一行に追いつかれた。

 俺の光球ルベンが、弾丸を潜む敵へと撃ち続ける光景に、少女は呆然としていた。

「先に行かれますか?」

 俺が通路の隅により、リューネも俺にならった。

 壁を背に、片膝をついたと同時に、敵を倒し尽くした光球ルベン二個が、すぅっと俺の頭上へと移動し、待機する。その光は、騎士たちが持つ松明よりも照らす範囲は広い。

「そのほう! 名はなんと申す!?」

 少女の上からの問いに、片膝をついたまま答える。

「高貴な御方に、名乗るなどもってのほかでございます。失礼いたしました。退散いたします」

 銀製の調度品を拾って、地上に出るか。

 とにかく、帝国の人たちと接触しないようにしないと。

「待て!」

 去ろうとしたが、止められた。

 逃げようと思えば、光球ルベンを弾けさせての閃光で目くらましをくらわせて、その隙に逃亡も可能だ……でも、穏便にいきたい。

 ここで少女は、護衛の騎士たちに「離れておれ」と命じた。

 騎士たちは困惑しつつも、俺に反意がないことと、彼女の重ねての命令で渋々と距離をとる。彼らが十分に離れてから、美少女が表情を緩めた。

 彼女は、初対面の俺にどう話そうかという迷いを視線の動きで露わにしつつも、言葉を探すように瞬きをして、口を開く。

「わたくしは、黒獅子リオーグ騎士団の総長アルフレッド・パラメイスの娘、ジュリアン・パラメイスである。騎士叙勲試験のため、この迷宮に参った。そなたは?」

 彼女の口調が、先ほどとは違い柔らかなものになった。

「アルスと申します。村は名もなき辺境……父はおらず、母の名も覚えないまま別れておりますのでお許しください」

 母さん、ごめん。

「アルス……わたくしは父から命じられ、この迷宮の未踏域層に入ることを合格の条件にされている。しかし、その方が先に進むと、合格条件がおかしなことになってしまう」

 なんて勝手な言い分なんだ!

 いや、いい。

 だったら、先に行けばいい。

 俺は、それを口にしようとしたが、ジュリアンはこう言った。

「そして、魔族相手の戦いは不慣れなのだ。よって、そなたを雇うことで同行し、未踏域に先に入らせてもらおうと考えた。望む額を申せ」

 お断りします。

「申し訳ございません。俺には荷が重うございますので、これにて失礼いたします」

「ま! 待て! アルス!」

 美少女の声にも、お断りで返す。

「ご無礼をお許しください」

 リューネに目配せをして、離れようとした時だった。

 離れていた騎士たちが、駆け足で俺たちの前に回り込み、道を塞ぐ。

「お嬢様が待てと申しておる!」

 騎士たちの長と思われる中年男性が、高圧的に言った。

 あのさ……俺は穏便に済ませたいから、ペコペコしてるんだよ。

 帝国と関わりたくないのは、この先の面倒を考えてのことで、恐れているわけじゃないんだよ……母さんがいない今、母さんと俺が、ああするしかなかった当時のことといい、いろいろと積み重なったイライラをふくめて、ぶつけてしまうこともやろうと思えばやれるわけ……だけど、そういうことを母さんは望んでいないような気がするから、ここはお互いに関わらないでいこうと願うわけだけど……わかってくれないだろうなぁ。

 しかたない……。

「リューネ、すみません。ここで契約を解除してもいいです?」

「え? だけど……」

「この無礼な人たちをこらしめますので、リューネに迷惑かからないように」

 彼女は苦笑し、俺の肩をポンポンとする。

「気にしなくていい。だけど、短気は損気だ」

 リューネは、ちらちらと高圧的な騎士を見ながら俺に言う。

 ん?

 その騎士は、少しずつ後ずさりしていた……。

 呆れた……こいつら、態度はでかいけど、俺と戦って勝つ自信ないから怖いんだ……でも、お嬢様も騎士たちも、普段は命じてばかりだから、他の話し方を知らない。

 くだらん。

「無礼を承知で言いますが……」

 俺は口調を、素にする。

「俺は、俺がしたいことがあるからここに入っているのです。その俺の希望、事情などを無視して、護衛に雇うと言われても、応じるわけがないでしょう。俺はあんたの臣下じゃないんだ」

 言いながら、気持ちが昂り乱暴な言葉遣いをしちゃったけど、言ったものは仕方ない。

 憤る騎士たちが、剣を抜こうとするも、俺が黒剣に手を伸ばすと彼らは動きを止めた。

 馬鹿な奴が、いきがる相手を間違って後悔するパターンか?

「お前たち、離れていなさい。アルスと二人で話をします」

 お嬢様の命令に、騎士たちは反対を述べるも姫様は全く意見を変えない。

 早く決めてくれないかな?

 騎士たちが、離れた。

 お嬢様は、一メートル先で俺を見る。

 表情が少し、和らいだように感じた。

「すまぬ……わたくしは人に頼み事をしたことがない。気分を害したなら、詫びたい」

 生意気なクソ女……から、すこしマシだと思えるくらいにはなったと思う。

「俺は魔導書を探しに来ています。それ以外のことはしたくありませんし、彼女との契約はあと二日ほどなので、さっさと行動したいのです」

「わたくしは、未踏域に行き……あの騎士たちが証人……これまでそなたが先に来てしまった。少し、譲ってくれぬか? そして、化け物が出たら戦ってくれ」

 ……無視したい言い分だけど、どうせ進めば戦うこともある。

 それに、この人たちがついてきても迷惑だから、どうせなら一緒にいたほうが把握しやすいかもしれない。

「承知しました……では、光球ルベンで照らしますので、先にどうぞ」

「助かる」

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