未踏域へ
階段のところまで戻り、先ほどは選択しなかった方向へと進む。
「ここに入る人たちは、基本は珍しい品を求めてなんですか?」
「そうだね。二層と三層の市街地だった場所には、商店などの跡地で品が落ちていることが多い……でも、かなりもう減っているよ。それでも、取りこぼしがないかと人は入るね。それと未踏域へ挑戦したい人たちも、目的はやっぱり魔道具や神遺物だろうねぇ」
「なるほど……たしかに、誰も入っていない場所のほうが発見できると思いますもんね」
「うん……あ、気を付けて」
光球が照らす先に、ゴブリンたちを見つけた。彼らは俺たちを見て、食料がきたとばかりに目を輝かせる。個体としての強さは知れているが、群れると厄介な種なので、油断しないで遠距離攻撃で倒す。
ここでもやはり、光球弾を選択した。
光球に、動く相手を狙えという命令を与えた直後、数体が勢いよく前進してきた。手にもつ朽ちた棍棒で、俺たちを殴るつもりらしい。
俺は魔法を発動させたまま、滑るように前進する。地面を蹴る反発と体重移動で、一瞬で移動したかのような素早さを発揮した直後、黒剣を抜き放ち一閃した。
これくらいの敵ならば、精霊魔法を使うほどじゃないと思った。
ゴブリンの群れは、光球弾の弾丸によって阿鼻叫喚となる。
それを背に、俺へと迫ったゴブリン三体。
一体目を一閃で倒し、返す刀で左下から右上へと斬り上げた動きで、黒剣が二体目の胴から肩へと抜けて、そのゴブリンは切断面で上下に別れてグシャリと潰れた。
三体目がたじろいだ時、俺はすでに右から左へと剣を薙ぎ払っている。
最後のゴブリンが、頭部を地面に転がした時、その後方で群れは全滅していた。残弾がある光球が、ふわふわと浮遊することで照明となり、ゴブリンたちの死体の山が生々しく照らされている。
我ながら、エグいことをしたと思うも、殺らなければ殺られる環境だ。
ただ……死体を見ると戻しそう……。
「通過するのが嫌になるね……」
リューネ……張本人の俺もそう思います。
こちらの居住区は、さきほどよりも各室が広く感じる。隅々まで調べたものの、目新しいものはなかった。ただ、銀貨をひとつ見つけたのが報酬といえるかもしれない。普通、これだけの群れを相手にして銀貨ひとつは割にあわないといえる。
リューネが銀貨をまじまじと眺め、ため息をつく。
「混ざりものが多い……今の帝国銀貨のほうが高価だろうね」
普通はショックだろうな!
ん?
リューネ、鑑定できるの?
「鑑定できるんですか?」
「金貨や銀貨、武器には詳しいよ」
有能!
俺は、自分の黒剣をリューネに差し出す。
「これ、どうでしょう? 母の形見なんです」
こういう細かい嘘、後で忘れないようにしておかないと困りそう。
彼女は黒剣を受け取り、光球の下で眺めた。
ゴブリンたちを斬ったのに、刃こぼれなどまったくない。光沢のある黒い刀身は濡れているようにも見える。薄く何かの文字が彫られていて竜言語のようにも見えるけど、俺が知っているどの言語とも違う。
「これは……相当に古い。どういう鉄を鍛えたら……ここまでの素晴らしい業物ができるの? ……すごい剣だということはわかる! これは……君のお母様はどこでこれを?」
うーん……嘘をつくと、また嘘を重ねることになる。
ここは、嘘に本当を混ぜるしかない。
「母は、ある事情で魔将級の魔族から、これを受け取ったみたいです。詳しくはわかりませんが……」
「君のお母様のお名前をお聞きしても?」
リューネ、いい人だけどどうしようか……。
彼女は俺の反応を見て、「あ、ごめん」と言うと、再び剣を見つめる。
「ただのポーターが無礼をしたね……ごめん。誰にでも話したくない事情があることを、ついつい忘れて……この剣が素晴らしすぎて……ごめんなさい。わたしには、この剣に価値をつけるほどの眼力はないよ」
彼女はそう言うと、剣を俺に返す。
受け取り、鞘に戻しながら、言えることだけを口にした。
「母のことは……育ての母なんです。詳しくは俺もわからなくて……ただ、俺に魔法を授けてくれて、学問を教えてくれて……生かしてくれた人です。魔に与して人を害したから、この剣を持っていたということは、決してない人です」
「それは、とてもわかる。アルスと一日だけど一緒にいて、それはすごくわかるよ」
リューネの言葉に、自然と笑みがこぼれた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
居住区を調べ終えたので、上に戻ってもうひとつの階段から降りることができる四層エリアに行こうかと思ったが、居住区の奥……石扉があることに気づいた。
魔法で照らしているので気づいたが、松明もって移動していると、いちいちこんなところを照らさないだろうと思える位置だ。
「これまで、こっちに調査隊が入ったことはないんです?」
「ここまで来ることができたのは、君が最初だと思うよ」
石扉を光球で照らして調べると、取手も鍵もなく、押せば開くかと思うも重くて押せない……ここを造ったドワーフが、おそらく数人がかりで押していたと思われる。
つまり、これを閉じたってことは向こう側から押して閉じているので、未踏域があるはずだ。
強化で、俺は筋力を高めて、扉へと両手をあてる。
「ぐぅ……」
魔法で強化していても……重い。
それでも、ズズズ……と扉が少し開く。
人ひとりがすり抜けられるほどの隙間を作り、先に進んだ。
「おお!」
続くリューネが驚く。
未踏域……回廊……奥へとまっすぐに続く回廊は、高さ三メートルはあるだろう。こちらの単位だと一シーグほど? 幅は二メートルほど……それがずっと先まで……ん?
光球が、それを照らしていた。
人形兵の群れ……五体。
人形兵は、素早さはないが力任せの攻撃は破壊力満点であると学んで知っている。また、あらゆる感覚がない人形なので、完全に破壊しなければ、動けるかぎり攻撃してくるという相手だ。
光球弾だと、穴をあけることはできても動きを止められないと思う。
あちらは、俺たちを察知して前進を始めた。
ガン、ガン、ガンと地面を踏む音が威圧的に聞こえるのは、奴らが重いからだ。
炎、風、氷、雷……きかないだろう。
俺は、重力系の魔法を発動することにした。
中級程度の難易度、攻撃対象範囲が広いものを選ぶ。
圧縮展開が瞬時に発動し、人形兵たちは何かに吸われるように変形すると、ガツンという衝撃音とともに潰れた。だが破壊しきれなかった二体が、片腕となりながら前進を続ける。
圧縮展開を再び発動し、残る二体も完全に破壊した。
「……君、魔法を連発して疲れないの?」
「まだ余裕があります」
毎日、光球を発動しつづけて、魔力の容量を増やす努力をしたのが良かったんだろうと思う。
地味だったけど、基礎魔力量向上にはもってこいだったのだ。
回廊を進むと、一定の間隔で人形兵が配置されていた……。
さすがにしんどい。
「休憩しよう。けっこう時間が経過したから。この砂時計で管理しているから正確じゃないけど、もう午後も遅い時間帯だと思う」
彼女の手には砂時計があり、半刻を計ることができると言った。
「そうですね、休める時に休みましょう」
リューネの提案で、回廊の真ん中でキャンプする。
キャンプ、といってもマントを敷いて、あぐらをかいて座り、水を飲み、保存食を齧る程度のものだ。光球の発動をやめて、俺たちの前後二メートルほどの距離に松明を置く。
交代で睡眠をとることにした。
先に眠らせてもらうことにして、横になると一気に疲労が襲ってきた。
気が張っていたから、脳が誤魔化していたのか……この、脳による嘘にも気をつけないといけないな……彼女の言う通り、休める時は休んだほうがよさそうだ。




