迷宮へ
翌日の朝、リューネと共に孤児院を出て、迷宮に向かう。
道中、貧民街に身なりのいい人たちが来ていて、測量器具らしき道具を使って、土地を測っているようだった。
「オルグ商会の人たち……この貧民街の土地を評議会から買いあげて……わたしたちを追い出した後、大きな宿と飲食店の複合施設を造る計画なのよ……追い出しに、タウジナス一味を使ってる」
「……宿不足、深刻ですもんねぇ」
俺も、そのせいで困ったもの。
「……評議会も多数決で売却が決まってさ……商会連に買収されている議員が多いから……クズの集まり。わたしたちは島民で、選挙権ないし……自治といっても、誰にとっての自治なのかって、バルニア人たちは皆、怒っているわ」
測量技師たちと、身なりのいい人たちが笑顔で会話をしていた。
「あの人たちの真ん中……あれがオルグ商会の会長よ。金でバルニアを支配している……再開発だけじゃなく、裏では奴隷の違法取引もしているのは、公然の秘密」
リューネの言葉。
性格悪そうな初老の男は、周りの男たち……秘書や護衛だろう。彼らと何やら笑い合っていた。
「しかし、ようやく汚い奴らも消えてくれる、よかったよかった」
会長の言……失礼な奴らだ。
彼らを横目に、迷宮へと向かって歩く。
バルニア迷宮……リューネにいろいろと聞いたところによると、竜が支配する時代に、人と亜人種たちが地下に隠れて生活をしていた……その時代の地下都市が、バルニア迷宮だ。一層から三層までは、雑に言うと市街地で、四層から下は支配階層の生活空間だったのではないかと言われているが、難易度がはねあがるせいで誰も調査をできていない。
昨年、五か国半島にある都市国家連合のミラーノ大学調査団が四層から下を目指したが、護衛全滅と調査員たち半減という悲劇に見舞われている。
「わたしは最初、案内人として二層までを案内していたのだけど、稼ぎが少ないからポーターになったの……荷物持って歩くせいで、鍛えられたわ」
リューネが上腕二頭筋を自慢するので、おかしかった。
「バルニア迷宮は、どちらかといえば魔道具や神遺物が眠っている確率が高いと思う……でも、支配者階層には書庫くらいあってもおかしくないから、そこに未発見の魔導書があるかもね」
「それを期待します」
「バルニアの他は、どこかに行く予定?」
歩きながら会話をしていると、市街地の様子がだんだんと変化する。行きかう町人は少なくなり、同じ方向へと向かう武装した人たちばかりになった。
「あんまり詳しくなくて……田舎の村でずっと暮らしていたので……遺跡や墳墓……魔導書探しにふさわしい場所、知っていますか?」
「魔導書があるかどうかはわからないけど、てか、君、本当に変わっているね? どういう生活してたの?」
俺は、母親と辺境の村で暮らしていたが、母親が病気で死んだので、母の夢だった魔導書探しの旅を始めたという説明にした。
「親孝行なのね?」
「……本当は、母さんが元気なうちに孝行というか……一緒に旅に出たかったんですけど」
「あ、ごめん。嫌なこと聞いて……有名どころはね……魔導書があるかどうかはわからないけど、世界中から人が集まる有名な冒険先としては……」
彼女は、段差をひょいと跳んで躱す。背に荷物を背負っていても、その動きができるのはすごいと思った。
「……東方大陸の大隧道……竜が支配した時代の地下都市が、未踏破層にあると言われているから……北方大陸だとヴァスラ帝国のオークトー大墳墓と北壁の巨穴も……危険だけど、人類がまだ入ったことがない地下層がある。北方大陸の西方、五か国半島のゴズ鉱山跡地、失われた島、竜の遺跡……中央大陸のロイタール遺跡、竜王の森……オロチの滝壺……などが有名ね。とくにロイタール遺跡には、地下書庫の存在が古文書に記されているけど、まだ誰も地下書庫を見つけることができていない……ここには魔導書、あるんじゃないかな?」
「物知りですね!」
「ギルドに出入りしていると、これくらいは覚えるようになるよ、あ、見えてきた」
リューネが指さす方向。
採石場のように削られた台地を、斜面を歩いて下っていく。ぐるぐると中心に向かって降りる先に、三角錐の建物があり、それが迷宮入り口だ。その手前にも建物があり、迷宮に入る人たちがその建物の手前で列を作っていた。
「あそこは?」
「受付……勝手に入っていって、勝手に死なれないように島の警備連隊があそこで管理しているの」
なるほど。
しかし、二人の組は俺たちだけで、他は皆、戦士系、支援系……鑑定士や薬草士、医師? 技術者を加えたパーティで、ポーターも二人以上という徹底ぶりだ……。
なんだか、恥ずかしくなってきた。
俺たちの前を歩いていた一団が、受付の兵士と話を始める。
バルニアの地下迷宮は、リューネが教えてくれたように竜が支配した時代に造られた人工物……おそらく、ドワーフたちの手によるもの……その時代の後期は、暗黒期とも呼ばれるほど人類と亜人種たちは苦難にさらされていて、竜とその眷属から逃れるように、地下へともぐって生活をしていたことが記録されている。
ではなぜ、そういう迷宮や遺跡に、魔導書や特殊な道具が存在しているか。
当時は今よりもずっと、魔法学や錬金術、鋳造技術が進んでいたからだと言われているし、武器や防具に魔力の加護を与える技術も存在していた。
平和な時代が続き、そういうものが失われてしまった結果、俺たちは昔の人が遺棄したものを漁って、「おお、宝物だ!」と喜んでいるのである……。
ゼグスがくれた、この片手剣も古いものだ。
鞘を布で巻いて隠しているのも、人の目に触れないように、だ。
というのも、俺がこれを持っていると「ガキが宝剣を持ってやがる! いいところのぼっちゃんか! 剣はいただき、ぼっちゃんは監禁して身代金をもらってから殺そう」と思ってしまう馬鹿がいるからで、余計なトラブルは避けたい。
「アルス、受付を」
リューネに声をかけられて俺が受付の兵士の前に立つと、驚かれた。
「君たち、二人?」
「そうです。魔導士ですので……彼女はポーター」
「危なくなったら引き返すように……救難を受けた場合、軍に十万リーグを払ってもらうからね」
命の値段……が、十万リーグか。
「名前を書いて……予定日数は?」
「四日間です」
「気をつけて。出てきたら、またここに来て成果の報告をして。新発見には、評議会から賞金が出るから」
「はい」
迷宮の入口から、ドキドキとしながら地下へと続く下り坂を進む。
大勢の人たちがいるのであちこちが松明で照らされて明るい……迷宮っていうより、観光名所じゃねーか……。
俺の気持ちを、後ろのリューネは察したのか声をかけてきた。
「一層は平和だからこんな感じだけど、二層からはボチボチ危ない。ま、でもまだ安全かな。三層も四層からあがってきたゴブリンと遭遇しなければ平気……けど、君の場合は、そういうの大丈夫そうだけどね」
「油断が一番の敵ですから、気をつけますよ」
「足元には気をつけて。これまで死んだ人たちで、回収されないままの死体も転がっていることがある。時間がたっているものはいいけど、できたての死体があれば注意が必要。近くに魔獣がいるかも、だから」
できたての死体!
嫌な表現! ……強盗を真っ二つにしたけど、暗くてよく見えなかったのが幸いだったよ。
一層には、たくさんの人たちがいて迷宮って感じではなかった。
二層へと降りても、それは変わらない。
市街地……地下都市は、東京の地下通路を思い出す。ただ、あれほど広くない。それでも、通路の左右に店舗や住居だったと思われる部屋の形跡を見て、懐かしく感じられた。
東京の街も、はるか未来で発見された時、遺跡として観光地になるんだろうか、などと考えながら、探索をする人たちを無視して先へと進む。
三層へと降り、だんだんと人の数も少なくなってきた。
ここから先……ゴブリンと遭遇するかもしれない。
「四層へと降りる階段……は、二か所あることを発見されているのだけど、人気がないほうから降りてみる? 難易度が高いから人気がないのよ……だけど君なら大丈夫かも……そっちのほうが、誰も見ていないものがあるだろうし」
「そうですね、そうしましょう」
リューネの案内で進んでいると、どこかから悲鳴が聞こえてきた。
「悲鳴?」
「どこかで襲われたのね……ま、わたしたちにはどうすることもできない。それに、ここに入った時点で、全て自己責任だから」
「はい」
三層の奥……不人気な場所というあたりは市街地という様子は薄れて、日本人だった頃に動画で見ていたピラミッド内部といえば乱暴だけど、実際にそう感じた。石積の壁に囲まれて、ときおり、通風孔と思われる穴があちこちにある以外は変化がない。
これまで、いくつかの場所に設置してあった松明も、この辺りには置かれていない。
俺は光球を浮かべて、進行方向数メートル先を進めさせることで道を照らした。
「しかし君は……すごいね」
リューネが褒めてくれるので、正直うれしい。というのも、彼女はこれまで多くの人のポーターを務めてきた経験豊富な人だ。その彼女が褒めてくれるのだから、喜んでいいと思う。
「ありがとうございます。ただ、実戦経験はあまりないんですよ」
「チンピラを蹴散らしたのに?」
「……あれは実戦とは言えませんよ」
「ふふ……でも、君が経験不足だってのは、なんとなくわかる。今も私に隙だらけだから」
「え?」
肩越しに彼を見ると、リューネは笑った。
「ごめんごめん……いや、熟練の人はこういう時でも、背後に気を配るからね。君の場合、たとえばわたしが突然に襲い掛かって対処できる自信があるか、実戦経験がないから今は移動中で危険はないと思ってしまっているかのどちらかだと思っただけ」
……たしかに!
俺は今、移動中で安全だと勝手に思っていました!
さぁ、敵がでましたよ! なんて、誰が教えてくれんだよ、アホか、俺は!
照らしていたら安心だと思っていると、後ろ……リューネごと吹っ飛ばされるかもしれないし、周囲の風景に擬態できる奴なら終わってる。
よかった。
彼女を雇って正解!
「気を付けます」
「うん。わたしもこれまで大けがしなくてやってこれたのは、自分の力を過信せず、謙虚に備えていたから。アルスはすごい魔導士なんだろうけど、才能だけの人ってのをたくさん見てきた……たしかに試験や稽古じゃすごいんだよ……でも、そういう騎士や魔導士が、現場であっさりと死ぬのを……見てきた」
金言だ。
ん?
交差部に出た……左右に別れている。
「どちらに行きましょう?」
「階段なら右。左はぐるっとまわって、入り口のほうに戻る」
当然、右に進む。すると、広い空間に出た。
奥には階段があり、空間は特に気になるものはない。
光球で照らしながら、先へと進む。
何かの咆哮……奥から聞こえてきた。
絶叫……さっきとは違う方向のような気がするけど、おそらく通風孔を通って届いているので方向はアテにならない。
四層に降りたところで、左右に進める。
俺は、光球をもうひとつ作り、左右にそれぞれを飛ばした。
右、異常なし。
左、時間がたった死体……匂いもしない白骨状態。
「左に行きます」
「わかった。ここからの情報は少なくて……このあたりは、地下都市を掘っていた人たちの居住区だったと思う」
「居住区?」
「そう。ここを掘る時のドワーフや人間たちが、生活をしていた場所。小部屋がいくつもあって、見通しが悪いから注意しようね」
「これまで入って、どうでした?」
「三度……同行していた傭兵団は半壊して撤退が、一番マシな結果。ゴブリンやホブゴブリンの混合型の群れの他、黒皮狩人がいた」
黒皮狩人は、蛙に似た頭部を持つが口には鋭い牙がびっしりと生えている。そして身体は人に近く、小柄ながら力があるし、道具を扱う。個体の強さはゴブリンの上、ホブゴブリンの下だが、集団でかかってこられると面倒だし、弓矢を持つ奴もいるので注意が必要だ。
「魔獣系は出ます?」
「黒豹が出たことがある」
黒豹は厄介だ。
いきなり襲われて、首を咬まれると終わりです……他は、奇襲さえうけなければ問題ないはず。
ん? ……光球が照らす先に、黒い影が動いた気がした。
通路の先……居住区か。
まっすぐに伸びる通路の左右には、いくつもの穴があり、それは俺の身体ほどの大きさだ。それが出入口で、その中が個室のようになっているのだろう。
肩越しにリューネを見ると、彼は背後を警戒しながら囁く。
「居住区よ。左右の穴の奥は部屋。奥までずっと続いている……前に来た時よりも、遭遇が早い」
広範囲をまとめて攻撃できる魔法で、かたっぱしからやってやるかと思ったが、万が一、魔導書があって燃えちゃうと最悪なわけで……となると、遠隔操作できる魔法攻撃を選択。
竜眼を発動すると、物影に潜むゴブリンたちの姿が赤色で示される……体温ある者を判別できる眼……数はざっと二十以上。
俺は、光球弾で、死角を攻撃することにした。
光球を三つ作り、進行方向へと進ませた。
動く者を撃て、と命じる。
隠れていたゴブリンが、浮遊して現れた光球を見て驚いて動いたようで、攻撃が開始される。
光球から連射される光弾。
「ギシャアアア!」
「ギャアアアア!」
「ギャギャ!」
光弾を撃ち尽くした光球が消失し、静寂が訪れた。
今の俺の力量だと一個あたり二十発が限界だと把握しつつ進む。
一発で倒れた者もいれば、複数弾くらって倒れたゴブリンもいた。隠れていた奴らの姿……ゴブリンと、上位種のホブゴブリン。
正確な数を数える気にもならないほど、死体が転がっている。
「すごい……やっぱり君、すごいよ」
「思った以上に、うまくやれました」
居住区の各部屋に入るも、朽ちた木箱や棚には何もなく、甕は割れている。
掃討したエリアを調査し終えて、さらに奥へと進む。
相変わらず、死角を利用して待ち伏せを企むゴブリンたちがいるので、光球弾で蹴散らし続けた。
だけど……何もないな。
階段のところまで戻って、進まなかった方向へと行こう。
「アルス、その前に少し休もう。疲労を感じる前に、水分をとって食事をしておいたほうがいい。あと、排せつもできたら済ませておいたほうがいいよ」
「そうですね、そうしましょう」
飯……こんな場所で贅沢はできない。
水、サラミ、草団子。
こういう時、男は楽だよな。
立っションでいいんだから……女の子じゃなくてよかったよ、ほんと。
リューネは、慣れた様子で影に隠れると、さっさと済ませてきた……。
ベテランは、違うなと感心した。




