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貧民街で一晩

 リューネと俺がその建物に入ると、子供たちがわっと寄ってきた。

「誰!?」

「お姉ちゃん誰?」

 ……男なんだよ。

「俺、お兄ちゃん」

「えー!?」

「見えなーい!」

 血なのだろう。俺の顔は、あの育児放棄していた女にそっくりなのだ……目の色が、父親と同じ緑で、髪も父親と同じ黒……それ以外は、産みの母親似だ、残念ながら。

「喉仏、なかったらわからないかもね、君、キレイすぎるんだよ」

 リューネにからかわれ、子供たちに囲まれて……十人の子供たちの中に、トマトを欲しがった子もいて目があうとニコリとされた。

「お客様なの?」

 玄関から奥へと延びる通路の先で、その老婆が顔を見せた。

「マリーナ、わたしの雇い主が、宿がとれないっていうから連れてきた。五百リーグ払ってくれるって」

 マリーナ?

 母さんと同じ名の老婆は、ニコニコとして表情で口を開く。

「あなたの雇い主なのに、お金をとるの?」

「それとこれとは別」

 俺は、老婆に会釈をして名乗る。

「アルスといいます、一晩、すみません」

「ごめんなさいね、リューネはがめついから」

 老婆の言いように、リューネが「当然でしょ」と言い、続ける。

「ご飯、残ってる?」

 老婆が苦笑し、首を左右にふった。

 子供たちが、平らげてしまったようだ……これは完全に俺の想像だが、ボロい孤児院に十人の子供たちがいて、食事の量もきっと満足するものじゃないんだろう。

「荷物を置いて、食べに出る? すぐそこに串焼きのお店あるよ」

「そうします」

 俺は忘れないうちに、五百リーグ……銅貨を五十枚――銅貨未満の単位は、羊皮紙にバルニア貨幣一リーグという印を押された紙切れなのには驚いた――リューネに差し出す。

 彼女は笑顔で受け取り、それを全てマリーナに渡した。

 老婆が、俺に深々と頭をさげる。

「ごめんなさいね、使わせてもらいます」

「いえ、泊めていただけるのだから当然です」

「君の寝床は、ここ」

 示されたのは、玄関脇の小部屋……物置に置かれた長椅子だった。

 ……いや、野宿よりマシだ。それに季節は夏に向かうところだから、寒さに困ることもない。

「文句ある?」

 俺の表情から、そう問いかけてきたリューネ。

「ないです。ご飯、行きましょう。ご馳走します」

「いいの?」

「いろいろと、話もしたいです。今回の目的など」

「わかった。じゃ、マリーナ、出てくる。帰ったら彼、お風呂に入らせてあげて」

「はいはい、わかったわ」

 ニコニコのマリーナに、笑顔でペコリと返して孤児院を出た。

 きっと、マリーナという名前は、いい人の証に違いない。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



 貧民街の串焼き屋は、店というより屋台に近い。

 何の肉かわからない串焼きを二本と、水はないというのでバルニアで愛されているという地酒のプラム酒を麦酒で割ったものを頼んだ。

 ぬるい……ただ酔うための飲み物だ。

 串焼き……何の肉だろう?

 リューネに尋ねると、ネズミだと教わりドン引きした。

「ネズミ?」

「そうだよ。牛や豚は、外地人しか食べられないよ」

「外地人?」

「外から来る人……外から来て、この町を支配している人たちよ。評議会も今じゃ外の人ばかり……迷宮でお宝が出たから、それまで島の自治はもともとの住民でしてたところに、わっと人が来て、民主制? 多数決ってやつで無理やりに書き換えられるこの島は、きっとわたしたちが邪魔なんだわ」

 屋台の煙から逃れるように、少し離れて壁際に立つ。

 ネズミの肉……知らずに食べたら、それなりに食べられるだろう。

 ま、森にいた時にリスも食ったし、近いものだと割り切ろう。

「で、迷宮に入る目的は?」

「未発見の魔導書を、見つけたいんです」

「君、一人だし他は仲間いないのに大丈夫? わたしが口出しすることじゃないけど、わたしも死にたくないから、いざという時は見捨てて逃げるよ」

 割り切ってらっしゃる……。

「それはもちろん……魔導士なので、なんとか戦います」

「ああ……魔導士の力量はあるけど、傭兵や冒険者としては初心者とジェロームから聞いてる。未発見の魔導書……未踏域に入るってことだけど、四層はゴブリン、ホブゴブリンの巣で、黒司祭サバトも確認されている」

 黒司祭サバトとは、魔人の一種で強力な魔族だ。山羊の頭部に、人に近い身体、背には蝙蝠の翼があり、魔法を操り、武器も使う。その黒司祭サバトはゴブリンたちを従えていることが多く、その群れに遭遇すると手練れの傭兵や冒険者たちでも危ない。

「危なくなったら、俺も逃げますから」

「それがいいわ。命は大事」

 リューネは言い、肉を頬張った。

 気になっていたので、質問をしてみる。

「あの、リューネは孤児院で暮らしているんです?」

「そう。マリーナに育ててもらって、そのままポーターをやりながらお金を稼いで……独立して出ていった人たちと協力して、孤児院を守っているの」

「なるほど……じゃ、けっこう若い時からポーターやってたんですね」

「……君ね、わたしは今でも十分に若い」

「すみません」

「いくつ? わたしは二十二」

「十六……十二歳からやってたんですか?」

「大変だった……怪我もたくさんした……美人の顔が無事なのは奇跡よ」

「自分で言います?」

「じゃ、言ってよ」

「……リューネは美人ですよ」

「ありがと」

 二人で笑いながら、串を屋台に返す。再利用なのは、エコじゃなくもったいないからだ……ばっちいなと思うも、ここではこれが当たり前なんだろう。

 ん?

 騒がしい。

「また!」

 リューネが、走り出した。

 慌てて続くと、雑貨屋らしき建物の前で、男たちが女店主を囲んでいる。

「優しく言っているうちに、出て行けって言ってるんだよ!」

「ここらの土地は、オルグ商会のもんだ! さっさと汚い小屋を壊して出て行けよ! なんなら、こっちで壊してやってもいいんだぜ!」

「やめてください!」

 雑貨屋の中から、商品が外へと投げ捨てられる。何人かが、中に入って暴れているのだろう。

 人々が非難の声をあげるも、悪者たちに睨まれてたじろぐ。

「やめろ!」

 リューネが怒鳴り、男たちが彼女を見た。

「お! リューネか! ようやく商売替えする気になったか?」

「ならない! 店のものを! 弁償しろ!」

 リューネは勇ましく、男たちへと駆け寄ろうとしたので、その手を掴んで止めた。

「邪魔をしないで」

「怪我をします、あいつら武器を持っています」

「え?」

 どうしてわかる? という質問を飲み込んだリューネの前に立ち、風守護シルフェを使った。

 三人の男……一人目の男へと接近し、相手がまだ俺の接近に気づいていないうちにみぞおちに拳を入れる。二人目に、黒剣を抜かず鞘ごと振って気絶させ、三人目がようやく俺の攻撃に気づいた時には、その顎へと拳を振り上げ吹っ飛ばした。

 一瞬で、三人を倒した俺は、そのまま雑貨屋の中に入り、強化ムスクロルムを発動し、悪さをしていた男の腕をつかみ放り投げる。

「ぎゃ!」

 地面に肩から落ちた男は、おそらく骨折しただろう。しかし、こういうクズに同情はしない。

 転がっている男たちに、女店主が蹴りをいれる。

「帰りな! クズども!」

 貧民街の人たちが、歓声をあげた。

「何者だ!」

「すげー!」

「うぉー! タウジナス一味のゴロツキを一瞬だぞ!」

 驚いて固まっているリューネに、帰ろうと伝える。

「き……君! すごいね!」

 手を握られ、ブンブンとされた。



 - Il était appelé le Grand Mage. -



「君、すごいじゃん! 強い! 未踏域も余裕よ、きっと!」

「はぁ……あの、自分でできますから」

「いいから、いいから! 洗ってあげるって言ってるでしょ」

「あの……一応、俺も男でして」

「なに? 恥ずかしいの?」

「……いや、逆で、恥ずかしくないのかと思って」

「……君はそっち向いているから、わたしを見れないでしょ?」

「それはそうなんですが……いろいろと問題――」

 頭から、お湯をかけられて言葉を止めた。

 孤児院に戻り、お風呂に入れと言われたが、どういうわけかリューネも一緒に入っている……混浴……お湯がもったいないからだと言われて、たしかに貴重だしなと思うも、振り返れば女性の裸がある状況で、十代男子の下半身がおとなしくしていられるはずもなく……日本人だった頃の大人の自制心で平静を保っているに過ぎない。

 孤児院のお風呂……浴室の桶にたっぷりのお湯があり、それを使って体を洗うのが、ここでいうお風呂だ。

 子供たちが使った後、わざわざ俺のためにマリーナがお湯を沸かし、運んでくれたのだと思うと、感謝しかない。

「背中、すごいね。戦士って感じ……若いのに」

「ありがとうございます……」

「ちょっと腕をあげて」

「はい?」

 万歳すると、脇や胸を洗われて……くすぐったい。

 もだえると、俺の腕がやわらかいものに当たった。

「あ!」

「こら、じっとしろ」

「はい」

「こっち見たら、つねる」

「しません」

 こうして俺は、悶々として洗われて……村にいたころも、当然ながら、そういう欲があった。ムラムラした時は、村からこっそり離れて、一人で処理していたのだが……これは今晩、物置でこっそりと処理することになるだろう……。

 それほど、そういう方向での刺激が少ない環境にいた俺にとって、この混浴は大変だったのである。


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