ポーターを雇った
迷宮を探索する人たちの拠点として使われるだけあって、バルニアの町には宿がたくさんあったが、どこも一杯だった……。
寝床、ないのは馴れているが、さすがに街中で野宿するのは抵抗がある。
どこかないかとうろうろして、宿屋の看板には片っ端から入って尋ねるも、超高級な宿しか空いておらず……なんでわかったか? 先ほどの金貨を売った得た七万リーグが、一晩で消えてしまう額が料金だからだ……安いところは、一泊五百リーグ……相部屋だ。
しかたない。どこかで野宿しよう。
賑やかな繁華街……酒場や宿屋が乱立する地区から離れ、民家が増えてきたあたりまで移動……ここも住民の迷惑になりそうだから、もう少し離れて……スラムのような街に入るも、住民たちにジロジロと見られて嫌な感じなので、すぐに移動した。
倉庫が建ち並ぶ地区まで、やって来た。
ん? 宿がここにもある。
……倉庫街で働く人たち向けの、超絶安い宿か!
一軒の宿に入り、料金を聞くと百リーグ!
「広間で雑魚寝でもよければ百、個室は二百だよ」
愛想のないおばさんに言われ、俺は個室を選んだ。
個室……本当に寝るだけの箱……カプセルホテルみたいな?
着替え等を入れている革袋を枕に、革の上着を敷布団代わりにして寝転ぶ。
疲れていたせいか、あっという間に眠りについた。
- Il était appelé le Grand Mage. -
夜中、ドアが開く音で目覚めた。
男が一人、そぉっと入ってくるのが見えた。その手には短剣が握られていて、ゆっくりと俺へと近づいてくる。
何か用かと尋ねるまでもなく、俺を殺して物を盗るのが狙いだろう。
男が俺に向かって、短剣を振り上げる。
やっぱり……。
短剣を振り下ろされる前に、風刃波を発動して真っ二つにした。
悲鳴もあげずに倒れた男は、廊下に血と内臓を撒き散らす。
男が倒れた音、魔法の発動音がしても、屋内は静まりかえっていた。
……眠いけど、ここはさよならしたほうがいい。
初めて人を殺めたが、罪悪感も何もなかった……。
ちょっと自分が怖い……いや、殺されるところだったんだから、罪悪感など不要だ! と自分に言い聞かせながら、安い宿を後にする。
……穴場を見つけたと思ったけど、二度と使えないのが残念だ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
町の中心地にある時計台が、大きな鐘を鳴らす。
十三時だ。
少し遅れて、俺は傭兵組合の建物に入った。
受付のジェロームと目があい、彼が俺に手を挙げて言う。
「来たな。おい、リューネ」
リューネと呼ばれたのは女性で、昨日、男の子の手をひいていった人だった。
「あ……」
俺が先に気づき、彼女も気づいた。
「君は昨日の……」
「あれ? 知り合いか?」
ジェロームの問いに、彼女は頭をふる。
「いや、昨日ちょっとね。彼が依頼者?」
「そうだ。初心者なんで、お前がいいと思って……アルス、彼女はリューネだ。若いがポーター歴十年のベテランだ。事情があって、稼がないといけないから雇ってやってくれ」
ジェロームの申し出に、反対などない。
性格は難ありでも、仕事をしてくれたら問題ない。
「昨日はごめんなさい……イライラしてたのよ」
リューネの言葉に、ジェロームが先に反応した。
「なんだ? あの日だったのか?」
「馬鹿ね、またタウジナス一味が来てたのよ……アルスね? 昨日のことは許してね」
性格に難あり、という評価は訂正してもいいだろう。
「いえ、こちらこそ、出過ぎた真似をしたようで」
「何をした?」
ジェロームの問いに、俺は苦笑しつつ答える。
「男の子にトマトをあげようとしたら、彼女に叱られたんです」
「なんだ、そんなことか……憐れみを嫌うからな、こいつは」
リューネも苦笑いし、右手を差し出してくる。
「仲直りの握手、ね?」
差し出された手を握り返すと、訓練する手だと思った。
「若いのに、剣蛸すごいね、君」
リューネに言われ、自分の手をみる。
ゼグスに鍛えられたおかげで、ごつごつしてる……でも、俺は自分の手が好きだ。
「ええ、恩人がいまして……戦い方を教えてもらったんですよ」
「へぇ……じゃ、荷物を預かるけど、どこ?」
「実は……これからなんです」
「え?」
彼女が目を丸くし、ジェロームも「どういうこと?」と不思議がる。
俺が、これから買い物したいと伝えると、二人に大笑いされた。
しょうがないじゃないか!
初心者なんだから!
「ごめんごめん……じゃ、準備から付き合うわ。日数はどれほどの予定?」
「まずは五日間でお願いします」
ジェロームが頷き、俺は一万六五〇〇リーグを彼に支払う。そして、ジェロームが一割を抜き、残り一万五〇〇〇リーグをリューネが受け取った。
街に出て、五日分の食料、水、着替えなどを買い込み、七千リーグを使った。
女性に荷物を持たせていることへの抵抗を感じるも、それが彼女の仕事なのだと思い慣れることに努める。
買い物中、警邏中の警備兵が「倉庫街で、連続強盗事件の犯人と思われていた男が倒された! 報奨金を出すゆえ、討伐した者は詰所に来られよ!」と叫んでいるのを幾度か聞いたけど、スルーを決めた。
午後いっぱいを買い物に使い、宿を探すもやはりどこも一杯……どうしようか。
「まさか、宿泊場所も確保していないの?」
「……そのまさかです」
「じゃ、一泊五百リーグ払ってくれるなら、わたしがいる孤児院の部屋を貸すわ」
「孤児院?」
……そうか、子供たちの世話人なんだっけ?
「そう、孤児院。お風呂もあるから、五百でどう?」
風呂!
お風呂! それ、最高じゃないですか!
「お願いします」
こうして俺は、宿泊場所を確保することができたのである。




