バルニア島
「もういいぜ」
奴隷商のミゲルが、俺の手錠と足枷を外してくれた。
他の奴隷たちが、うらやましそうに俺を見ているが、俺はお前らと違って罪人じゃないと言ってやりたい。
コトラス子爵領では、重犯罪者は死刑にはせず、奴隷として国外に売り飛ばすことをしている。俺が紛れ込んだ奴隷たちは、人に怪我を負わして金を盗んだ者が一人、女性に乱暴を働いた者が一人、酔って暴れて他人に重傷を負わせた者が一人だった。
皆、言い訳ができる者たちではない。
「俺も外してくれ。逃がしてくれ」
酔って暴れた男の懇願に、ミゲルは薄ら笑いで応える。
「うるせぇ、クソが。黙ってろ」
ミゲルに腹を蹴られた男が、胃液を吐き出して苦しむのを横目に、船内の牢獄から出て通路を進んだ。
後ろから、ミゲルが声をかけてくる。
「子爵閣下が珍しい。あんた、何者だ?」
「縁を頂いただけですよ」
「ふぅん……コトラス子爵にはお世話になっているから、話したくないなら聞かないことにしておこう。バルニアまでで、いいんだな?」
「ええ、迷宮に入ろうかと」
「はは……迷宮ね」
意味ありげな言い方に、何かあるのかと思うとミゲルはバルニア出身だと言う。
二人で甲板に出で、船乗りたちの作業を眺めながら船べりへと近づき、穏やかな海を眺めた。
ミゲルが、巻き煙草をくわえたので、俺は魔法で指先に火を点してやる。
「お、すまねぇ」
ひと吸いした彼は、俺にも煙草を進めてきたが丁重にお断りした。
「縁起物だ。海神の加護を得られねぇぞ」
「苦手なんですよ」
前世の時から、吸ったことがない。
「ま、いいさ。バルニアには仕事で寄るが……古くからの住民は迷宮のせいで迷惑してるのさ」
「どういうことですか?」
彼は、煙草の煙を鼻から出すと、咥え煙草で海を眺め話す。
「迷宮があることが明らかになり、冒険者や傭兵があちこちから来るようになると、彼らを狙った商売が増えて……宿、女、賭け事……よくない連中も増えて、島にもともと住んでいた住民たちは、金と暴力で追いやられているのさ」
「……複雑ですね。しかし、どうして有名になったのです?」
「十年は経つか……迷宮の三層で、大量の古ラーグ金貨が見つかったんよ……それと、貴重な神遺物も……神々の音色は魔法の加護が授けられた琴で、今はリーフ王国の王家が買い取って保管しているらしい」
「へぇ、それはすごいですね」
「ああ……で、もっと深くにも迷宮が続くことは確認済だが、三層から四層に下ると難易度が跳ね上がるそうでな……ゴブリンやホブゴブリンの大群が生息しているから、腕利きの冒険者たちでもなかなか厳しいらしい。それでも、一攫千金を狙って人が集まる。それを目当てにまた集まる……どんどんと増えていって、そんな町に帰りたくないね」
なるほど。
彼は古きよきバルニアを懐かしんでいると同時に、新参者たちに故郷を荒らされていることへの憤りがあるわけか。
「気をつけますよ」
「いや、お前に文句があるわけじゃない……バルニアは、ギルドがあるから、まずはそこに行けばいい。仕事をするにも、仲間を集めるにも、まずはギルドを頼るのがいいだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
ミゲルは、らしくないことをしたと言って、煙草を海に投げ捨てて離れていく。
俺は、自然と海を眺めた。
地球と……変わらないように見える。
この世界の、海。
俺は、旅立ったんだ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
バルニア島。
島の中央に巨大な地下迷宮があることで、世界中から傭兵や冒険者、研究者に発掘屋たちが集まり、彼らを目当てに商売をする人たちが増えて、それを目当てに悪い奴らもやって来て……賑わいのある都市になったとミゲルから聞いたが、思っていた以上に大きな都市だ。
バルニア島の北部に港があり、そこから島の中心部へと向かうように市街地が形成されている。
中心部に、迷宮がある。
島の東部、南部、西部は耕作地で島民たちが食物を作り、市街地で売るという図が定着していることを市場で話を聞き、理解できた。
闘技場の賞金、残っているのでトマトをひとつ買った。そして、それを齧りながら歩いていると、小汚い恰好をした子供と目があう。その男の子は、じっと俺のトマトを見ていた。
「食べる?」
差し出すと、小さな手が伸びてきた。
「ダメ」
鋭い声は、女性のものだ。
「ジェス、人様のものをダメ」
男の子を叱ったのは、俺よりもいくつか年上だろうと思う女性。
ミルクチョコレートを思い出させてくれた肌は健康的で、鮮やかな金色の髪が目立つ。二重の目は、今は鋭く男の子を睨んでいた。
「あ、これはあげようと俺が差し出したんです」
「見てればわかる」
彼女は言い、男の子の手を握ると俺を見た。
「親切で、この子にトマトをあげるあなたは、この島の人じゃないのでしょ?」
「え? ……ええ」
「憐れみをこの子に与えないで」
「……」
男の子は、気の強い女性に手をひかれて離れていく。
手を軽く振ると、男の子はにぱっと笑うも、女性に「こら」と叱られて歩いていった。
「あんた、上陸したてかい?」
やりとりを見ていた、果物の売り場を出していた中年女性に訊かれて、「そうです」と答える。
「あの子らは、孤児なのよ。この島に来た、冒険者や傭兵たちが、この島の女たちとデキて、生まれた子……男は島で死んだか他所へ行ったか……母親はどこにいるんだろうね? ありふれた気の毒な話さ。あの子らを保護する孤児院がいくつかあるが、最近は市街地の再開発で潰されることもあってね。行き場をなくして、少なくなった孤児院に集まって……評議会は何もしないもんだから、世話人たちも気がたっているんだ。許してやってくれ」
「あの女性は、世話人なんです?」
中年女性は、「じゃなきゃなんだってんだい?」と質問に質問を返してきた。
俺は果物屋でプラムを二個、買わせてもらい、実をかじるようにして食べながら歩く。
市場をしばらく見物しても良かったが、組合に行かないと。それから宿を決めて……準備もしないといけない。




