子爵の提案
「未発見の魔導書を探すか……ヴァスラ帝国からも出ると?」
夕食を一緒にと言ってもらい、俺、ウェルゲイ、エリザの三人で食卓を囲む。このことから、エリザはウェルゲイの恋人なのだと理解できた……事情があって、結婚できないのだろうけど、あれこれと聞くのはやめておいた。
ウェルゲイの問いに、俺は牛の頬肉葡萄酒煮込みを頬張りながら頷きを返す。
彼は、残念そうな表情となるも、俺の希望を尊重してくれた。
「ここにいてくれたらと思うが……いや、お母上のしたかった旅を自分がするという君の気持ちは何よりも優先されるべきだろう……わかった。でも、残念ながら君は簡単には出られないと思うよ」
「……手配されていますか?」
公爵の兵を振り切って逃げているので、当然、お尋ね者だろう。
「そうだ……ま、何かの罪に問われているわけではないが、忌み子だと訴えられてしまった……君は世情に疎いみたいだから説明するよ……帝国では、十五年前に皇子殿下が誘拐されていてね」
ドキ!
まだ、覚えられているのか……いや、でも、それだけの事件だろう……皇帝の子供だからなぁ……他人事みたいだけど。
「先代皇帝陛下の皇子が、その乳母によって誘拐された……当時は帝国中がひっくり返った騒ぎだったよ――」
ん? 先代? 俺の父親は、引退した?
「当然、この町にも捜索の依頼がきて、当時……親父が指揮をして周辺に兵を派遣したもんだ……全く見つからなかった。でも、通達が来たのは誘拐発生から三か月も経過していた頃……当初は裏でやっていたんだろうねぇ」
表で堂々と、探せと言えなかったと……ただ、あの時の情勢に詳しくないから想像もできないけど、摂政と父親、諸侯の関係が難しかった……いや、それはきっと現在進行形なんだろう。
「その皇子殿下は、乳母の魔導士……帝国では現在、彼女は魔女として手配されているが――」
母さん……。
「――彼女によって、忌み子であることを隠されて、育てられているという説が一般的だ。だから、十代中ごろの男の子が、すごく強いということに対して、そういう疑いをしたがる者もいなくはないだろう」
俺は、少し緊張して問う。
「ウェルゲイ様は、どうして俺を……忌み子だと疑わないのですか?」
彼はキョトンとして、すぐに笑う。
エリザも、我慢できないとばかりに笑った。
笑うところ?
「忌み子ならば、人間を憎んでいるから、物心つけば敵対する。ユウ・ビゼン・ダイグという金竜の竜騎士は、復活したら必ず人間を滅ぼすと誓って死んだほどの……人を呪う人物だったと記録にも残っていて……つまり、君がもしそうなら、私もエリザも、こうして無事じゃないってことだよ」
そういう解釈か……なるほど。
ただ、どれほどの扱いを受ければ、それほどまでに人を恨むことができたのか……歴史上の人物とはいえ、悲劇がそこにはあったと思った。
俺は、二人が疑っていないことがわかったので、あえて微妙なことを言う。
「でも、俺の母さんは魔導士で、俺もそうです……状況的には、疑われても仕方ないかもしれません」
「うん、それはそうだね……でもね、それを言ったら、世の中の魔導士は多くがそうだよ。両親ともに、両親のどちらかが……あるいは祖父母が……魔導士でないと、魔導士の血の子は生まれないから」
「……そうですね」
「そうだよ。母親が魔導士で、自分も魔導士で……十代中ごろの男の子……この帝国に、どれだけの子がいるだろう? 百人て数じゃないだろうね」
「……そう言ってもらえて、ちょっと安心しました」
「わたしたちが、疑っているなんて疑っていたの?」
エリザの言いように、笑みを返す。
「ともかく、君が帝国領を出るなら、ちょっと仕掛けがいるな……そうだな。エリザ、近々、罪人が奴隷で売れて、船で送り出す予定だったね?」
「はい。あ、それ、いいお考えです」
どういうお考え?
ウェルゲイは続ける。
「君を奴隷ということにして、運んであげよう。向かうのは、バルニア島だけど、そこは迷宮で有名だから、君の旅の目的にもちょうどいいと思う」
すばらしい案です!
「ありがとうございます!」
「いやいや、お礼を言うのはこちらなんだよ。漁業が復活して、村人たちも暮らしを取り戻すことができたんだ……そうだな、旅をするなら、息子の服、あげよう」
「息子さん、いらっしゃるので?」
この屋敷にはいないから、いないものだと勝手に思っていた。
「うん。出て行った妻との間に二人……エリザとのことで捨てられてね……」
エリザが苦笑し、なるほどとうなずいておいた……。
「……今は公爵閣下の軍に入って……騎士見習い中でね。君くらいの頃に使っていた服、鎖帷子もあるから、使ってほしい」
俺は椅子から立ち上がり、ウェルゲイに深々と頭を下げるも、慌てて止められた。
「よしてくれ。君がしてくれたことに比べたら、どうってことないんだから」
いい人だ。
最初に関わった人たちが、この人たちで良かったと心から思えた。




