コトラス子爵と再会
森を出て、最初に向かった先はお世話になったコトラスだ。
まだ黒鷹公爵の兵がいるかと思い警戒したが、外から見るかぎり、軍装の者たちが出入りしている様子はなかった。
腰ほどの防御柵を幾重にも張り巡らすことで、町に直線で向かえないようにしてあるのは、過去から現在にいたるまで、魔族と人の境界線に近いからなのだろう。つまり、魔族とコトラスの人たちは、これまで何度か争ってきた。
そして、魔族がここを襲ったこともあったのだろう。
前回の訪問は、薬のことで頭がいっぱいだったから、そういうことも見落として、感じることもなかった。
見張り塔から、声が聞こえた。
「おーい! おーい! アルス! 無事だったのかー!」
見れば、ユーリが身を乗り出して叫んでいた。
手を振り、叫び返す。
「無事でーす! 子爵閣下に御礼を申し上げたくて! 来ました!」
見張り塔から、急いで降りてきたユーリは走って来ると、ガシっと抱きしめてきた。
背中をガンガンと叩かれる!
「いたた!」
「あ、すまん! いや、よかった! よかったぁ……あの後、無事に逃げられただろうかと皆で心配していたんだ」
「ありがとうございます。ウェルゲイ様はお変わりなく? 俺のせいでご迷惑はかかっておられません?」
「黒鷹公爵家から、審議官が来たが君のことは何も知らないで通した。実際、俺たちは君のこと、本当に何も知らなかったんだから」
たしかに……知らないことで助かったのだと思ったが、拷問など受けなかったのかと心配するも、彼は笑う。
「ははは! 子爵閣下にそんなことはさすがにできんよ。仮に、黒鷹公爵がウェルゲイ様を捕えて、乱暴なことをすれば他の領主たちが騒ぐ……俺は見張りがあるから、すまんな。屋敷におられると思う」
「ありがとうございます」
ユーリと別れて、コトラスの町へと入る。
どれだけの人が住んでいるのかわからないが、市場があって、闘技場もあって……行きかう人たちも少なくない。共同井戸の周囲で洗濯をする子供たちは健康そうだ。
「あ! アルス!」
名を呼ばれ、見ると知らない人だったが、その男の人は笑顔だった。
「連勝の英雄! また闘技場か?」
「いえ、子爵閣下を訪ねて」
「お前のおかげで一万リーグ稼いだからな! 次もまた賭けるよ!」
……笑顔で離れ、周囲の人たちの注目を浴びるなか、こういうのはよくないと理解した。
なるほど……彼は確かに俺で稼いだ……けど、逆の人もいる。
そういう人たちが、チクったんだろう。
ウェルゲイにチクったとしても、ウェルゲイが相手にするわけがない。となると、この町の近くの、他の領主……あるいは、公爵が治める直轄領があるのかもしれない。
屋敷が見えてきた。
庭の花たちに水をやっていたエリザが、俺に気づいて跳びあがる。
「アルス! アルスー!」
水桶を放り投げた彼女に抱き着かれ、背中をバンバンと叩かれた。
この町じゃ、これが歓迎のしるしなんだろうか! 痛い!
「ウェルゲイ様に会いたくて」
「もちろん! どうぞ」
「水やりは?」
「一回くらいサボっても、枯れやしないわよ」
「……」
使用人たちが俺に笑顔を見せてくれて、俺も笑顔で「無事です」「ありがとうございます」「お邪魔します」と返しながら子爵執務室に通された。
ウェルゲイは執務机に向かっていたが、俺を見て飛び上がると、抱きついてきた。
背中をバンバンとされる……。
「アルス! よかった!」
痛い!
でも、喜んでくれているのが伝わってきて、嫌じゃなかった。
「薬、用意できているよ」
子爵閣下の優しい声。
彼は、棚へと移動して、包みを手にして振り返り、俺を見る。
そして、理解した。
「アルス……」
「ウェルゲイ様……ありがとうございました。この御恩、忘れません」
彼は無言で、俺の肩を抱く。
後ろで、エリザが鼻をすすった。
ウェルゲイが、俺の肩を優しく叩く。
「アルス……お悔みを……残念だ。残念だよ」
俺は懸命にこらえていた涙を、一滴、溢した。




