お母さん
夜になり、俺も少し落ち着くことができて、タボとケイが留守の間のことを教えてくれた。
マリーナは寝込んでしまい、食事も自分ではとれなくなってしまっていた。タボとケイは、野菜を柔らかくなるまで煮込んだ……コボルトの離乳食を作って彼女に食べさせてくれていた。
「アル、ごめんよ? 俺たち力不足で、マリーナが元気なくしていくんだ」
「タボ、謝らないでくれ。ありがとう……俺が出かけている間、よくしてくれてありがとうな」
ケイは、俺の背中をバンバンと叩く。
「せめて、どこに行くかを言ってから出て行きなさいよ!」
「ごめん、あの時は反対されまくっていたから」
「わたしとタボだけにでも言いなさいよ!」
「ごめん、次からそうするよ」
俺はここで、すぐに戻らないといけないことを思い出す。
「薬、今も作ってもらっているんだ。取りに行かないといけない」
「えええ!?」
タボの大きな声。
俺たちの小屋の外で騒ぐので、周囲でコボルトたちが心配そうな視線を向けてきた。
ヴィルが、こちらにやって来る。
「こら、うるさくするな。マリーナに障るだろ」
「すみません」
タボが謝り、「じゃ、俺は水を汲んでくるから」と言って離れた。
俺は、ヴィルに薬のことを伝える。
完治まで、二十回は飲ませないといけないことと、今は半分の回数分しか手元にはなく、残り十回分をまた取りに行かないといけないことを、だ。
「わかった。止めても無駄だとわかっているから止めない。だが……アルが無断で森を出て、帰ってきたことをゼグス様に報告せんといかん。許してくれ」
「……わかった」
これはきっと、とても怒られるのだろう……最悪、何かしらの処罰も覚悟しないと。
でも、マリーナが助かることを思えば、なんてことはない。
「アル?」
小屋の中から、マリーナの声がした。
中に戻ると、マリーナが寝台に腰掛けている!
「マリーナ!」
薬が効いたんだ!
駆けつけて、マリーナを抱きしめる。
小さい……いつの間にか、身長が変わらなくなっていたんだ……こんなに痩せて……ごめんなさい。もっと早くに気づいて、俺が薬を買いに行っていればよかったんだ。
「アル、ありがとう。アルのおかげで、わたしはとっても幸せよ」
「うん、俺も……また薬を取りに行かないといけないんだ。すぐにまた戻って来るから」
離れようとしたけど、抱きしめられた。
背中にまわされている彼女の手は、震えている。
俺は、マリーナの顔を近くで見た。
リーゼキュラのように、白い顔の彼女が微笑む。
「アル、ありがとう……気持ち、とっても嬉しい。でも、お願い……このまま、こうしていてほしい」
「マリーナ」
いやだ。
嫌だ……。
こわい。
認めたくない。
理解、したくない。
「アル、ごめんね? 皇太子になるはずのあなたが、そうはなれなかったのはわたしのせい」
「ちがう」
「わたしが、あなたがあまりにも可愛いから……教えたら喜んでくれるルシアン様がとっても可愛かったから」
「その名前は嫌だ、アルスがいい……マリーナがつけてくれた名前がいいんだ」
「うん。アル……この先、どんなことがあっても、わたしにしてくれたように、優しい気持ちは捨てないで」
「うん」
「この先、どんなことがあっても、あなたの力を自分のためだけに使わないで? あなたはとても素晴らしい魔導士になれる……世界を変えてしまうほどの魔導士の素質がある。だから、それをあなただけのために使うような魔導士に堕ちないでほしい。弱い人を助けることができる……アルのままでいてほしい」
「うん……マリーナ、わかったよ」
「アル……ありがとう。アルがこの世界にいてくれて、とっても嬉しい」
「……俺は、マリーナが俺を守ってくれて、嬉しいよ。だからお願いだよ……もう少し、一緒にいてほしいんだ。マリーナ……一緒にいたいんだよ」
「ごめんね……アル、愛してる……眠い……ごめん。もう、寝かせて」
俺は、身体から力が抜けていく彼女を、そっと寝台へと寝かせる。そして、弱弱しい呼吸をする彼女の顔に頬を寄せ、口を開いた。
「マリ……お母さん、ありがとう。俺も、お母さんが大好きだ。なんでも教えてくれて、俺を守ってくれて、俺を育ててくれてありがとうございます。お母さん、愛してるよ。お母さんの名前を汚さないことを、誓うよ」
マリーナ……いや、母さんの目が、たしかに俺を見ていた。
母さんが、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
その目尻が、少し濡れていた。
母さんが、眠った。
微笑んだ表情で、眠りについた。
呼吸は、していない。
永遠の、眠りについたんだ。
俺は、母さんの髪に触れる。
目を閉じた母さんの顔が、すぐ近くにある。
赤ん坊の頃、この横顔を眺めて、お話を聞かせてもらっていた。
笑顔の、母さん。
困った顔の、母さん。
怒った時の、母さん。
いろんな母さんの、顔が脳裏に浮かぶ。
俺は言葉を、見つけることができなかった。




