コボルトの村へ帰った
疲れた。
限界……太陽が沈むまで、走り続けていたような気がする。途中、岩場などで隠れて休憩をとったけれど、食事もせず、魔法発動し続けて、さらに走って……稽古で身体が鍛えられていなければ、こんな無茶はきかなかったに違いない。
最初の、貧しい村に入った時は夜だった。
真っ暗で、小屋から漏れる光すらない。
蝋燭などもないのだろう。
腹減った。
全身が痛い……激しい筋肉痛だ。
空腹に抗えず、申し訳ないと思いながら畑の野菜……これはアスパラガス? こっちはキャベツかな? ごめんなさい。食べさせてもらいます……代わりに、お金を置いていきます、許して。
俺は八万リーグの中から、詫びもこめて一万リーグを畑に置いた。
えぐい……うぇぇ……でも、空腹に勝る調味料はない。
まずくても、食べられる。
キャベツは普通に美味しかった……芋虫も一緒に食べたかもしれないけど……暗くて見えなくて……しかたない。
歩く。
もうさすがに追っては来ていない。
疲れた……身体のあちこちが痛い……どこかで休まないと……限界で倒れたら元も子もない。
でも、もしまだ追われていたら……それに、マリーナが待っている。
体が……くそ。
困った……そうだ!
俺は、リーゼキュラにもらった指輪にキスをする。
「リーゼロッテ・キュアノラ」
すると指輪が光り、小さな魔王を映し出した。
「アル? 困ったことが起きたのね?」
これは……立体映像みたいなものだ。
「はい、疲れて動けません。実は……」
手短に状況を説明すると、映像の彼女は頷き、口を開いた。
「主神の力を借りよ」
彼女から放たれた光が、俺を包む。すると、身体がおそろしく軽く感じて疲労が薄れた。
いや、待てまて……これは神聖魔法だろ。どうして魔王が使えるの?
「アル、頑張ってね。この指輪はこれで役目を終えたわ」
リーゼキュラは姿を消し、指輪は砂が風にさらわれるようにサラサラと散る……。
この指輪は、離れた場所にいるリーゼキュラと話すことができて、彼女の助けを得る中継をしてくれるものだったのか。
もったいない気がしたけど……疲労が薄れて、また走ることができそうだ。
そうだ。
行かないと。
- Il était appelé le Grand Mage. -
「あ! アル! アルだ!」
村の子供たちが山菜採りをしていて、俺に気づいた。
「ただいま!」
「皆、探してたんだ!」
「アル!」
「アル! どこ行ってたの!」
子供たちが、山菜を放り捨てて駆けつけてくる。
様子がおかしい。
なんだか、慌てているような。
「アル! 大変! 早く!」
「早くはやくぅ!」
子供たちに急かされ、俺は嫌な予感で走り出した。
「マリーナ! マリーナぁ!」
村に入ると同時に、叫んでいた。
コボルトたちが、帰ってきた俺を見て驚き、慌てて、転んだり、跳んだり、俺と一緒に走ったりと忙しい。
小屋に駆けこむと、タボとケイが、マリーナのベッドの傍らに座っている。
彼らは俺を見て……とっても心配そうな表情だった。
「マリーナ」
声を発して、ベッドに駆け寄ると、痩せた彼女は目を開いた。
……また、痩せた気がする。
「もう、三日目なんだ……何も食べてくれないんだ」
タボが、言いながら涙をこぼした。
俺はマリーナの髪に触れ、頬に触れて、彼女の手を握る。
顔を近づけた。
マリーナは、俺を見ている。
「アル?」
目が……見えないのか?
「帰ったよ。薬を……ったんだ。きっとよくなるよ。今、飲ませるから」
「……とう」
ありがとう。
マリーナ……ごめん。
もっと早くに、無理をして……マリーナの反対を無視してでも、俺は行くべきだったんだ。
でも、薬を買えた。
震える手で、包みを取り出す。そして、タボが柄杓で水を用意してくれた。
「マリーナ、飲める?」
彼女は、何も言わない。
俺は水を飲み、薬を口に入れ、彼女の唇に唇を重ねた。そして、薬を飲ませる。
ゴクン、とマリーナが薬を飲んだ。
「……マセ……キめ」
マセガキめ……と言われたんだな。
彼女は微笑んでいる。
「明日、また薬を飲もう」
俺が言うと、マリーナが頷く。
大丈夫……間に合った。
薬が効いてくれば、大丈夫だ。




